人口10万の金貨
「おまえらはどうしてそんなにモテないの。いつから女日照りなの。周りを見渡してみろよ、例えばあいつやあいつ。世の中にはちゃんと男と同数くらいの女が居て、みんなよろしくやっているじゃないか。だけどおまえらの周りには女がいない。どうしてだ、おまえらはそんなに弱い人間なのか、日々あくせくと人に命令されるままに働いて、負け犬のようにただ従うだけなのか。
いやいや、おまえたちの言いたいことは分かってる。だがまずは俺の話を聞いて欲しい。
君らにまず足りないのは注意力だ。これから話すことは奴隷のようにただ盲目的に言うことを聞いてれば良いってもんじゃない。例えば、今こうしている間に、この広場から何人の女の子が出て行ったか知ってるかい? もしも分かるなら、君はこちら側の人間だ。そうじゃないなら、それだけ女の子と出会うチャンスを失ったと言うわけだ。分かるだろう? 君らが見逃したのは彼氏募集中の可愛い女の子だったかも知れない。もっと周りに注意を払わなきゃね。出会いの神様は後頭部が禿げ散らかしてるんだ。一瞬の隙も逃しちゃならない。集中して聞いて欲しい。
これから僕が君たちに話すのは、少し恥ずかしいことかも知れない。だから本当は話したくは無いんだ。正直に言えば絶対に誰にも話さず、墓まで持ってくつもりだった。僕の恥ずかしい秘密だ。だけど君たちの勇気に敬意を表してなんとか頑張ってみようと思う、僕だって君たちとそう変わらない、辛い日々を送ってきた過去があるんだ。
高校時代の僕は暗く、じめじめとした、孤独な日々を送っていた。僕は家と学校を往復するだけのルーチンワークを繰り返し、毎日が浪費されてくばかりだった。惨めなくらいに誰からも相手にされない日々だった。だけど周りを見れば青春を謳歌する若者たちでいっぱいで、毎日がパーティみたいにはしゃいでた。そして数え切れない女たちが、夢中になって男たちを追いかけていたのさ。
一体、僕と彼らの違いはなんなんだ? 背だってそう変わらない、見た目だってそうだ。成績は僕のほうがいいくらいだと言うのに、彼らは日のあたる場所に居て、僕は暗い部屋でしょげ返っているだけだ。そんな日々が3年も続いて、僕はすっかり自信をなくしてしまった。
そんな時、人生が180度変わるような奇跡が起きたんだ。世界観がぐるりと逆回転しちゃうような、もの凄い出来事だった。
僕は世界的な著名アーチストたちが集う秘密結社を発見したんだ。彼らは日夜、僕のような自信を失った少年たちを救済するために活動していた。僕は驚いた。どうして世界的アーチストの人たちが……? 何故なら、彼らもまた、かつての僕と同じだったからさ。だったら、僕だっていつか彼らのようになれる! 僕は勇気を取り戻せた気がして、彼らと共に活動するようになったんだ。
彼らは僕のような若者が自信を取り戻し輝けるために、誰にでも可能なプログラムを開発していた。僕はそのプログラムにチャレンジし、見事自分を変える事に成功したんだ。
その日から世界が変わった。見るものすべてが輝いて見えた。もちろん僕を見る周りの目も変わったよ。自信に満ち溢れた僕が歩けば、後には女たちが列を成して、男たちがやっかみの視線を向けてきた。
君たちもそのプログラムを手に入れたいと思うかい?」
「思いますっっっ!!」「是非っ!! お願いします!!」
あまりにも食いつきがいいので、途中から口が滑らかになっていった。どの辺でやめればいいかなあ……と思っていたのだが、もはや後には引けない。
「……いいだろう」
但馬は思いつくまま、出鱈目を並べ立てた。
「これから私が言うことに、諸君らは最初戸惑うかも知れない。しかし、これが真理だ。心して聞きたまえ。モテる男にあって、君たちにないもの、それはずばり金だ。
女は金についてくる! 見るも無残な豚だって、ビジネスで成功して大金を手にした瞬間、無理目だと思っていた姉ちゃんが興味を示すようになる。そんな女を抱いても意味が無い? 願い下げだ? いやいや、それならそんな女は選ばなければ良いだけだろう。諸君らは根本的に間違ってるのだ。
いいか? ここに双子の男が居るとする。見た目も性格も何もかも殆んど同じだ。ところが、片方は大金持ちで、もう片方は普通だとしたら、人はどちらの男により関心を払うと思う? 残念ながら金持ちのほうだ。金を持っているというのは、それだけで無視できない存在になっているのと同義なのだ。
何の取り得も無い男が、ある日突然、大金持ちになったとする。すると周囲は、あいつは金を持っていると、見方を変えざるを得ないのだよ。今まで気にも留めなかったはずの男に、ついつい興味が向いてしまう。何故か? それは逆の立場から考えてみれば良い。経済的に困窮していると、人間は余裕を失い狂気に走る。なんとしても金を得ようと躍起になる。時に、貧乏は人を殺す。それは自分に限らず、他人に向けられるかも知れない。私達はそうならないように自分を律して、日々働いているわけだ。
つまり、金持ちを羨む気持ちとは、その恐怖の裏返しなのだよ。そうはなりたくないと思う気持ちが、どうしたら自分も金持ちになれるだろうか? と言う気持ちにつながり、現実に成功している人への興味へと変わるのだ。
金を得る能力を持っていること、それこそが魅力そのものなのだ。金で人の心を買おうと言うわけではない。そこは履き違えないで欲しい。お金を持つことが悪いなんてことはあり得ない。そもそもお金持ちは偉いんだよ。
これで分かったろう。金があれば、モテる。それに、金を持っているという経済的な余裕が、魅力を相乗効果的に上げてくれる。ウィンウィンの関係だ。ついでに余裕があれば、他人に優しく出来るし、大らかになれるからね」
「先生。おっしゃる意味は分かるのですが……」「僕らにはお金を稼ぐ術がありません……」
「おいおい、諸君。もう忘れてしまったのかい? 私が最初、なんて言ってたかを」
「え?」「な、なんでしたっけ」
「私は秘密結社から、誰にでも可能な簡単なプログラムを手に入れて、世界的アーチストたちも、それを実践したんだと……」
二人の目が輝いていた。今ならお尻の処女くらい簡単にくれるだろうな……と思いつつ、別にホモには興味もないので但馬は話を進めた。
「金持ち父さんと貧乏父さんのお話を知っているかい。お金持ちならみんな読んでいる名著さ。本の中で貧乏父さんは毎日必死に働いているのに借金まみれで、逆に金持ち父さんは悠々自適に暮らしているけどお金にはまったく困らない。彼らの違いは何か? それは投資しているかしていないかだ。使わないお金は眠らしちゃ駄目。運用して、不労所得を得なきゃね」
「不労所得……」
「そう、不労所得。使っていないバジェットは誰かにアジャストし、イニシアチブを持ってリスケして、その誰かにインカムゲインしてもらえばいいんだよ。僕たちが開発したプログラムはその不労所得を最高のリバレッジでアウトライトをアービトラージでイフダンし、インターバンクでオフショアをオーダーするオーバーナイト取引なんだ。その結果が、パルスのファルシのルシがパージでコクーンになる。ね? 簡単でしょ?
おやおや、まだ分からないって顔をしてるね。オーケー、もっと簡単に説明するから、しっかりと聞いてくれよな。
いいかい、このプログラム……えーっと、そうだな……オプーナは、親から子、子から孫へとプログラムを受け渡していくことで成り立つ集金システムだ。君らは俺から、このオプーナを買う権利を得て、それをこいつならと思う5人に売るんだ。
そしてその5人もまた、おまえら同様にこいつはと思う相手に売っていく……
ただし! このオプーナを買う権利は貴重だから、タダでやるわけにはいかない。分かるだろう? おまえらはオプーナを買う際に、秘密結社に銀貨1枚を、そして二代前にオプーナを売ってくれた親の親に感謝の気持ちを込めて銀貨1枚を渡さなければいけないんだ」
「親にはお金を渡さないんですか?」「……先生。それでどうしてお金が増えるんですか?」
要領を得ないと言った顔で、男のうち一人、確かマイケルの方が首を捻った。
「馬鹿だなあ、マイケルは……それがホントなら銀貨2枚が25枚に化けるぜ」
適当にくっちゃべっていたから、この先どう説明しようか迷っていたら、ブリジットと話をしていたはずのシモンから横槍が入った。まさか邪魔するんじゃないだろうな……
「そ、それより……先生、俺にもそのオプーナを買う権利を下さい!」
「いいだろう、シモン君。君にこのオプーナを買う権利をあげよう」
逆だった。
盗み聞きしていたシモンが一番熱心に欲しがるとは思わなかったが、これがいい感じにサクラ効果を生み出し、後の二人も我先にと欲しがった。よもや……
「あの……失礼を承知で、先生。僕たちにもそれをゆずってはくれませんか?」
向かいのベンチに座っていたアベックまでもが欲しがるとは思わなかったが……君ら、今さっきまで自分らの憎しみの対象だったのだぜ?
「よいでしょう。我々結社は来るものを拒みません。すでに幸せそうなあなた方にもオプーナを買う権利をあげましょう」
そんな具合に、あっという間に5人から計10枚の銀貨を巻き上げた但馬は、権利だけじゃ不安だからと現物を欲しがる彼らに証明書を書いて渡してやった。
羊皮紙に適当に『オプーナを買う権利。結社ハジマタル』などと書き入れて、鼻くそをほじりながら渡したら、
「先生、文字が書けるのですか?」
と、妙なところに食いつかれた。まさか、こいつら字が書けないのか……識字率はどんなものなのだろうか。つくづくアンバランスな国である。まあ、そうでもなければ、こんなのに騙されやしないだろう……
識字率が低いせいで、需要が少ないのか、羊皮紙も無駄に高かった。日に焼けて、虫食いみたいな穴の空いたA4程度の紙が5枚セットで銀貨1枚である。昨日は4人で飲み食いしても銀貨1枚足らずだったから、とんでもないぼったくりだ。
とまれ、どうせ彼らから巻き上げた金だからケチケチしても仕方なし、羊皮紙を買うとその場でオプーナを買う権利を渡し、アホな時間を過ごしたものだな……と思いながら、またブリジットを連れて街の視察を続けようかと歩きかけたとき、
「……あの……」
ガシッと、襟首を掴まれて、喉がつまって盛大に咽た……そして、何すんだと抗議の声を上げながら背後を振り返ると、ブリジットがモジモジしていたのである。
「あ、君もなの? いいよいいよ。いくらでもあげちゃうよ、俺」
溜め息を吐きつつ、但馬はまた5枚1セットの羊皮紙を買い、
「君に、オプーナを買う権利を上げよう」
残った4枚が無駄になっちゃうなあ……と思いながら、彼女に権利書を恭しい素振りで手渡した。ブリジットは子供のようにはにかんで、嬉しそうにそれを眺めていた。
しかし、結論から言えば、その残った羊皮紙4枚は無駄にはならなかった。それどころか、但馬はそれから数日間、街中の羊皮紙を買い上げて、腱鞘炎になるくらい延々と文字を書き入れる作業を続けることになる……
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「左団扇じゃああああああぁぁぁぁ~~~~!!!!」
ホテル・グランドヒルズ・オブ・リディアの最上階ロイヤルスイートルームに、下品で卑猥な声が木霊した。肥え太った醜い豚のような男が、今、ジャラジャラと音を立てて金貨の風呂の中にダイブした。但馬である。
「ふははははははは!! ちょろいっ! ちょろいぜ、異世界!!」
オプーナを買う権利は、売れた……
売れに売れるものだから、いい加減権利書を書くのが嫌になってきて、金貨1枚に値上げしたのにも関わらず、それでも売れに売れたのであった。よもや、こんな簡単に大金が手に入るとは思わなかった但馬は濡れ手に粟のあぶく銭を手に入れて、一躍リディア最大の大金持ちにまでのし上がった。
この間、わずか7日ほどである。
言うまでも無く、但馬がやったのは『ねずみ講』である。繁殖力の強いねずみが倍々に増えていくことに因み、取引が進めば、親元に倍々になった金が転がりこむと言う詐欺である。これの巧妙なところは、始めのうちは上手くいくので、一見すると誰も損しないように見えるところだ。
さらに、実際に儲かった者が、騙されているとも知らずに熱心に勧誘を行うので、歯止めが利かない。騙されるほうも、大抵の場合は身内や親密な人であろうから、まさか自分が騙されるとは思わず、ついつい買ってしまう。そして、もしその人が儲かったとしたら……その繰り返しである。
しかし、人口には上限があるから、やがて売る相手がいなくなり破綻する。
実際、リディアの人口10万人くらいに到達したころ、権利が売れなくなったと但馬に突っかかってくるものが出てきた。
「これは、ここだけの話ですが……そう言うときは、その権利を自分自身で買い取ればいいのです。もし、あなたが自分の売る権利を5個買って、25人に売れば……たった銀貨7枚が、125枚に化けますよ!?」
「な、なんだってー!!」
そうやって、欲をかいたものが、また詐欺の片棒を担ぐかのように大宣伝をしてくれるものだから、事態が収束するのはどんどん遅れた。中には借金をしてまで買うような輩も出てきて、更に事態は悪化の一途を辿っていくのだ。
但馬はロイヤルスイートで高級ーヒーを飲みながら、窓辺に立ち、眼下を見下した。
「ふぅ~……人がゴミのようだ」
ホテル・グランドヒルズ・オブ・リディアは、今、返金を求め蜂起した群集たちに囲まれていた。金返せー! 詐欺師ー! などと叫ぶ怨嗟の声が心地よい。しかし、どう頑張っても、彼らがこのホテルになだれ込むことは不可能なのだ。
「先生……準備が整いました」
但馬がほくそ笑んでいると、背後から声がかかった。振り返ると、タキシードを着たシモンが恭しく片膝をついて臣下の礼を取っている。
「ご苦労……ふ~、そろそろ潮時か。ま、こんなもんだろ。こんなケツ拭く紙もないような国に、未練も無い。さっさとずらかって、海外でよろしくやるしかないな。あ、エリック、マイケル、重いから気をつけてね?」
「はっ!」「ははぁー!!」
さらにタキシードを着た男二人が、さっき但馬がダイブしていた金貨の風呂から、中身を必死に袋詰めしている。
「先生。お早く。退路は我々が確保しておりますが、それも時間の問題です」
鹿鳴館みたいな格好をしたブリジットが、廊下の左右をキョロキョロと見回しながら手招きする。彼女は抜き身の白刃をぎらつかせ、周囲を警戒していた。
運がいいのか悪いのか、但馬が最初に子にしたのがブリジット達、軍関係者であったから、実際に儲かった人間は軍人が多く、その殆んどが但馬に感謝していた。そのため、事が大きくなって但馬が狙われるようになると、彼らは憤慨して、頼んでもいないのに但馬を警護してくれるようになったのだ。その数は、なんと1000を下らない。
もはや一大勢力となった但馬は軍人が守ってくれるのをいいことに、資金の回収を急ぎ、そして今日……港から北の大陸へと亡命する手はずとなっていた。
「みんな、ありがとう。俺はこの国からいなくなっちゃうけど、みんなのこと、3日間くらいは忘れないよ」
「先生!」「先生ぃぃ!!」「おおおぉ~っおっおっお……」「泣くなよ! 笑顔でお別れしようぜ!? ……くっ」「おうぉ~っおっお……3日と言わず、4日も5日も忘れんでください!」
そんな時……
「近衛隊だああああああ!!! ぬわああああああーーーー!!!」
階下から、悲痛な叫び声が轟いた。
ガチャガチャと鎧を鳴らす音が響いて、ロイヤルスイートに騎士たちが雪崩れ込んできた。
「しまったっ! ゆっくりしすぎたかっ!?」
いつの間にか外では群集を掻き分けて、突入部隊を結成した近衛隊が陣を組んでいた。中央には見たことの無い隻眼の大男が腕組みをして、じっとスイートのある階上を睨みつけていた。
但馬が大慌てで逃げようとすると、近衛騎士たちが一斉に飛び掛ってきた。しかし、
カイーン!! カイーン!! キンキンッ!!
と、音を立てて、ブリジットが騎士達の攻撃を防いだ。
「馬鹿なっ!!?」
動揺を見せ動きを止める騎士たちと違い、彼女は二手三手と次々と剣を繰り出し、一見しただけでも二桁には届きそうな騎士達の行く手を、一人で完全に阻んでいた。強そうだとは思っていたが、ここまでとは……まさに鬼神のごとき動きである。一体、どこにおっぱいをしまっているのだ?
「先生っ! さああっ!! そんなには持ちません!!!」
福原愛ちゃんみたいにブリジットが叫んだ。
「すまないっ! 君の事だけは4日くらいは忘れないっさああ!!!」
但馬も愛ちゃんみたいに返事すると、彼女が作ってくれた隙間から廊下へと出ようとしたのであるが……
「ブリジットォォォォオオオオオオ!!!!! 気をつけぇえええええーーーいっ!!!!」
外からもの凄い一括が聞こえたかと思ったら、
「ぃぇっさああっーー!!!!!」
と叫ぶように言い放って、そのブリジットが剣を放り出して、爪先立ちしながら気をつけした。
見れば、数日前にも会ったことのある、近衛隊の副隊長が顔を真っ赤にして立っていた。確かウルフと言ったか……
「確保っ!! 確保ぉぉーーー!!」
剣を手放したブリジットが、あっという間に制圧される。
「うわっ! 何をするのだああああああ!!!」
但馬も成すすべも無く、ゴミカスのように騎士たちにしょっぴかれると、ずるずると引きづられ、返金を求める群集の間を揉みくちゃにされながら、インペリアルタワーのある広場に面した、憲兵隊詰所まで連行されていくのだった。
そして但馬は、一級政治犯として、リディア国際刑務所に収監された。
この世界に来て、たった一週間ほどの出来事である。






