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玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第四章
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タチアナとラン

 そんな必要はもう無いと言うのに、それでも謝りつづけるレベッカをアナスタシアに任せ、これ以上自分たちがいても無粋だろうと思った但馬は、エリオスとリオンを連れて階下へ降りていった。


 おかしなことになってしまったが、ヒュライア男爵令嬢に会ったら一言文句を言っておいた方が良いだろうか、出来れば会いたくないな……と思いながら、取り敢えず気を取り直して、タチアナを誘いに行こうと4階の客室スペースへと足を運ぶと、何やら人だかりが出来ている。


 なんじゃこりゃ? と近づいていくと、


「あ! 但馬様!」


 その言葉で但馬がやって来たことが知れ渡ると、さっと人垣が割れて、その中心からタチアナがひょっこりと顔を出した。


 彼女はほとほと困り果てたと言った感じで、額に冷や汗をかいていた。傍らには寝不足のランが仏頂面で立っており、取り囲む人々を威嚇というか牽制している。事情を聞けば昨晩ブリジットが怒って退出した後、会場の空気は一変して、彼女が怒っているのではないかと気にした客人たちが、タチアナに挨拶がてら探りに来ていたようであった。


 なるほど、そんな流れになっていたのか……レベッカが突然泡を食って謝りに来るわけである。ヒュライア男爵令嬢はよほど劣勢に立たされてるのではないだろうか。


 面倒くさいなと思いつつ、


「ブリジット……あいや、姫様は怒ってなんかいませんよ。姫様は大変お優しいお方で、突然、部下の家族が侮辱されたと思って気分を害され退出しただけで、怒っていたわけではありません。一晩寝てすっきりしておられました」


 と適当に大嘘ついたらみんなホッとしたようだった。すっきりしたというより、呆れ返って怒るのもバカバカしくなっていたのだが、結果が同じなら問題あるまい。


 ともあれ、タチアナが取り囲まれている理由は分かった。大方、ブリジットの友達に媚を売りに来たのだろう。それはエトルリア南部諸侯とお近づきになりたい彼女の目的とも合致するので、


「なんにせよ、こんな場所で立ち話もなんだから、下のロビーでみんなでお茶でもしてきたら? タチアナさん、まだ朝食取ってないでしょう?」


 と提案してみた。こういうのは逃げまわるのが一番よくない。みんながお話しをしたいと言うのであれば、記者会見の席を設けてやればいい。芸能人のセックススキャンダルと同じである。


「……ですが」

「俺も一緒にいくよ。確か朝食はビュッフェになってんだっけ。まだ残ってるかな……ランさんも来るよね?」


 と言うと、彼女は一瞬ギラリと睨みつけてきたが、すぐにヤレヤレと言った感じに肩を落とすと、投げやりな感じで首を縦に振った。どうも朝は苦手らしい。


 と言うわけで、急遽タチアナを囲んでお茶会もどきが開催される運びとなった。ただし、ブリジットとの先約があるので彼女が降りてくるまでの時限付きと言うことにして、エリオスにそっちの方を任せることにする。


 リオンが指をくわえて付いてきたそうにしていたが、手を振ってまた後でね? と言うと、素直に頷いてエリオスにくっついていった。流石に、貴族の集会の中に連れて行くのは、まだ彼にとってリスキーな行為であると思えたのだ。


 一階のロビーに降りると、その片隅にも簡易的なラウンジが設けられており、但馬達は軽く朝食を取りながら世間話をすることにした。取り敢えずみんな顔と名前を覚えてもらいたいといった感じで、自己紹介をしたあと会話は特に限定されず、そのせいで話題は多岐にわたった。


 意外だったのはみんな但馬が亜人の子供を育てていることを知っていて、彼が慈善活動家であると思い込んでいることだった。どうやらウルフが会話を盛ったらしい。否定するのも何なのでそのまま乗っかることにする。なにより、その方がやりやすかった。


 ついでだから、アナスタシアはリリィが解放した修道院にいた子供で、辛い過去を背負いながらも頑張って立ち直ってきたので、どうか温かい目で見守ってやってほしいと、これまた話を盛ってみたら、夫人の何人かは涙を流して但馬を励ましてくれた。


 リリィと言う単語も効いているだろう。これで今後、彼女について悪口を言おうとする者は居なくなるはずだ。権謀術数の好きな貴族社会であるが、所詮はテレビも新聞もない世界の話である。思ったよりも、単純なのかも知れない。あとは村八分状態になってしまったヒュライア男爵令嬢が、何かしでかさないように警戒しておけばいいだろうか……使用人からの謝罪を受け入れたかと言って、贈り物でも送ろうか。あの人、金目のものとか好きそうだし……金は配り歩くほどあるからな。


 そんなことを考えながら、ふと隣に座るタチアナの方を振り返ってみると、彼女は但馬を優しく見つめながらハンカチを濡らしていた。善人なんだろうが……この人は本当にこれでやっていけるのだろうかと不安になった。


 その後、和気あいあいとお茶会を続けていたら、暫くして階上からブリジットが降りてくるのが見えた。次々と現れる来賓の貴族たちに丁寧な挨拶を返しながら彼女はゆっくりとロビーまで降りてきて、


「それじゃあ先生、行きましょうか?」


 とにっこり笑って言うと、周囲の人々がどよめいた。多分、先生と言う言葉に反応したのだろうが……これって元は詐欺師の先生って意味だぞ……


「他のみんなは?」

「エリオスさんたちは先に行って、馬車を呼んでくれてますよ。大人数なので……ごきげんよう、タチアナさん。今日はよろしくお願いしますね」

「本当に、(わたくし)もご一緒してよろしいのでしょうか?」


 多くの貴族たちが羨望の眼差しを向ける中、タチアナがこわごわと言った。


「もちろん。そのつもりで呼びに来たんだ。あとランさんもね」

「……あ゛?」


 自分は関係ないと思っていたのだろう。まだ半分寝ぼけている感じのランが凄みを利かしてそう返すと、周囲が一瞬で凍りついた。寝耳に水だったのだろうが、並み居るお歴々の中でそれは失態である。ランはようやく目が覚めたようだった。

 



 その空気がいたたまれなくて、逃げるように立ち去るランを追いかけるようにして、但馬達はお茶会をお開きにした。ほんのちょっとの間だったが、仲良くなった夫人連中にいつまでも丁寧な挨拶を返しているタチアナを引きずるようにして外に出ると、強い日差しに目がくらんだ。


 季節はまさに夏である。肌がジリジリと焼かれるような気がしたが、これでも日に焼けることはない。


 車溜まりには二台の馬車が止まっていて、エリオス達が手を振っていた。総勢7名の大所帯だから流石に1台では窮屈なので、二台に分乗することになったのだが、ブリジットとアナスタシアとタチアナとリオン。但馬とエリオスとランというグループ分けになってしまい、強面二人に囲まれて但馬は意気消沈した。


「ほら見ろ……私なんか誘うからだ」


 と不貞腐れたようにランがぼやく。だが、タチアナだけだとえこひいきみたいだし、付き合ってみるとランも案外気さくな人で話しやすかった。初めて会った時とは偉い違いである。


 ともあれ、そんな具合に一行は馬車に乗ってぶどう園へと向かい、日中はぶどう狩りで楽しんだ。


 カンディアはワインの産地で、ワイン用のぶどうは雑味があってあまり美味しくないそうだが、ジュースも作っているので、そっちの方の収穫を手伝わせて貰った。採れたてのぶどうを、ただ水桶に晒してから食べるだけなのに、ほっぺたが落ちるくらい美味しかった。


 ぶどうは樹にぶら下がっているが、もぎ取ると他の枝を痛めてしまうのでハサミで根本を切らなくてはならない。リオンは身長が足らず、誰かに持ち上げてもらわないとならなかったが、見ていると何も言っていないのにエリオスがつきっきりで面倒を見ていた。


 リオンも嫌がる素振りを全く見せないので、やっぱりこの二人、実は意外と仲が良いらしい。エリオスは但馬の護衛として2年間ずっと付き従っていたのだから、リオンと接触する機会は但馬と同じはずだったのに、この違いはなんだろうと但馬はへこたれそうになった。


 ぶどう園でぶどう狩りを楽しんだ後、ワイン蔵でワインを嗜み、昼食も出してもらった。


 酒造だけあって、自分のところのワインに合う料理のことも知っているらしく、出てくる料理はどれもこれも一級品で、ウルフには申し訳ないが、前日の晩餐会で食べたどれよりも美味しい料理に一行は舌鼓を打った。


 その後、腹ごなしに近所の浜辺をみんなで散歩して、貝殻を拾ったり、岩場の動物を観察したりしながら過ごした。


 但馬は浜辺に来たので雰囲気を出そうと、溶接の時に使っていたミラーグラスを付けていたのだが、何か視線を感じるなと思って見てみると、ランがじっと但馬のことを見つめている。


 一体どうしたのかと尋ねてみたところ、


「そんなものを付けて、前が見えなくならないのか?」


 と子供みたいなことを言うので、但馬が笑いながらミラーグラスを貸してやると、彼女は感心してつけたり外したり繰り返していた。


「気に入ったんならさし上げましょうか?」

「……高いんだろう?」

「いえ。度が入ってないんでそんなでもないですよ。レンズもただのガラスですしね。うちでは溶接工が普通につけてます」

「ふーん……」


 彼女は暫く唸っていたが、やがて礼を言うと嬉しそうにメガネを装着した。


 実は彼女も自分の目つきが悪いことを気にしていたらしく、目元が隠れるメガネが羨ましかったそうだ。なるほど、普段は暗殺者にしか見えないが、ミラーグラスをつければ、なんとかアスリート程度で済んでるように見えなくもない。


 口に出したら刺されそうだから、黙って上機嫌な彼女のあとに続いた。まあ、気に入ってくれたのなら何よりである。


 夕方になると一行は馬車に乗って、王宮には戻らず軍港の方まで足を伸ばした。


 馬車を降りると軍港からは、夜勤の交代を告げるクラリオンの音色が響いてくる。丁度いい頃合いに来たから、昨日と同じく軍人を当てにした店屋が開店の準備を始めており、そこかしこから美味しそうな匂いが立ち込めていた。


 今日はここで軍人に混ざって、いろんな店を冷やかして遊ぼうぜと提案すると、タチアナが目をキラキラさせて乗ってきた。彼女は意外と箱入り娘で、こういう経験をしたことがないそうだ。


 メインストリートを進んでいると、昨日寄ったお店のおっちゃんたちが、こっちよってけ、うちのも食ってけと呼び込んできたので、挨拶しながら店屋をハシゴして回った。軍人向けで味付けが濃いものが多かったが、どれもリーズナブルな価格で食いでがある。


 タチアナとリオンがあちらこちらへフラフラと目移りしては、ランとエリオスが追いかけて行って引き戻し、ブリジットとアナスタシアが姉妹のように並んでみんなを先導し、但馬がその後をゆっくりとついていく。


「先生、早くしないと置いてっちゃいますよ」

「はいはい」


 そんな風に楽しんでいたら、いつの間にか夜も更けて、空には二つの月が上っていた。


 軍港の周りには十数メートル置きに水銀灯が建てられており、辺りはかなり明るかった。だが今日は仮にこの街灯が無くっても、但馬が始めてリディアの地に降り立った時のように、きっと二つの月が道を青く照らしてくれたに違いない。


 そんなことを考えていると、やがて最年少のリオンが力尽きるようにウトウトとし始めた。エリオスに握られた手にぶら下がるようにして、時折ガクッと態勢を崩す彼を見て、今日はお開きにしようと但馬が提案すると、アナスタシアがリオンを連れて先に帰るから、みんなはまだゆっくりしてきてと言ってきた。


 だがブリジットも、兄夫婦の相手もしないと行けないから一緒に帰ると言い出し、ちょっと逡巡した後、それなら自分もご一緒しますとタチアナが続いた。


 どうも、今回の件について、改めて公爵夫婦にお礼を述べたいらしい。ブリジットに取り次いでもらえないかとお願いされ、彼女は喜んでと応えた。


 いつもアワアワしてるイメージがあるが、意外とちゃんと外交してるんだよな、この人……と思いながら但馬達は4人を見送ると、


「今度はどこへ行くんだ?」


 と、イカ焼きを頬張りつつランが当たり前のようについてきた。苦笑いしながら、但馬は軍港の方角を指差した。てっきりタチアナと一緒に帰るかと思ったが、この人もこの人で、大分この空気に慣れたものである。


 強面の二人を従えて軍港の正門まで近づいていくと、番兵がぎょっとして身を固くしたのが遠目にも分かった。だが、やがて近づいてくるのが昨日会った但馬だと気づくと、


「これはこれは准男爵(バロネット)。今晩も近所の散策ですか?」

「うん。ちょっと中に用事があってね……今日は入れるよね?」

「もちろんであります。ご自分のお船に御用があるので?」

「ううん。旧友に会いにね」


 番兵が合図して軍港の門が開けられると、遠くから喧騒とジャズっぽい何かの演奏が聞こえてきた。


 エリックから預かった地図を頼りに、その騒がしい方向へと足を運ぶと、やがて軍港内の建物で出来た四角い広場の一角に、フードコートのようなスペースがあり、おそらくは勤務明けの非番の軍人たちが、ヤンキーみたいにうんこ座りしながら、とてもたくさん屯していた。


 フードコートには何軒もの店が軒を連ねており、そのどれもこれもが酒を提供する店らしく、オープンテラスの軒先には既に酔っ払った軍人たちが寝っ転がっていたり蹴飛ばされたりしていた。面白いのは、そんな店が所狭しとつめ込まれているスペースのくせに、どの店もドアを開け放して、中で好き勝手にジャズバンドに演奏をさせていることだった。


 別にどの店に入らなくても、広場にいるだけで、あっちの店からもこっちの店からも生演奏が聞こえてくる。音が重なってごっちゃになりそうなのに、それが不思議とそうならず、寧ろ一つの音楽のように聞こえてくる。大勢で固まって道を占拠する軍人たちの下卑た笑いも、まだ宵の口だと言うのにもう出来上がってしまった者のうろつく姿も気にならない。スイングするリズムに乗って、高揚する気分を抑えながら、但馬は昨日エリックとマイケルに手渡されたコースターを手がかりに店に入った。


 彼らに指定されたその店内は、コンクリの建物に木製のデッキでフロアを作ったチープな作りで、奥に酒瓶がこれ見よがしに飾られているカウンターと、そのちょっと手前にステージがあって生バンドが演奏をしていた。店内に机はいくつかあったが椅子はなく、みんな当たり前のように立ち飲みしながら、バンドを冷やかしたり野次ったりしていた。


 とにかく黙って聴くと言うことがない。


 なんかガラが悪いな……と思いつつカウンターへ行って、エリックとマイケルが来ていないか聞こうと思ったが、その必要は無かった。


 見ればステージの上で演奏をしているバンドの中に彼らの姿があった。


 エリックはパーカッションを汗を飛び散らせては叩き、マイケルはホルンを真っ赤になっては吹き鳴らし、黙って聴くことを知らない客達に散々煽られたりしてるくせに、やけに楽しそうに見えた。


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