二度あることは
タチアナとラン。コルフ共和国に住む二人は二年前、メディアの事件に巻き込まれ、共に窮地を脱した間柄だ。あの時、敵か味方か最後まで分からなかったランを警戒して、エリオスを見張りにつけておいたのだが、そのおかげで亜人の子供たちによる襲撃を捌ききれたという経緯があり、言うなれば戦友みたいなものだった。
但馬達は旧交を懐かしむのも程々に、先に宮殿へと向かったウルフを追いかけるべく、馬車に同乗した。但馬とエリオスとリオン、タチアナとランと使用人の少女。男女が交互に向き合うように並んでいると、なんだかお見合いパーティーみたいである。
使用人の少女は、貴族と同じ馬車に乗るのは気が引けるから歩いて行くと主張したが、良いから黙って乗りなさいとタチアナに促されて、渋々馬車に乗り込んで体を小さく丸めた。見れば心なしかその頬が赤い気がする。一体何があったんだろう? とマジマジ見ていたら、ランにあまりジロジロ見てやるなと言わんばかりに睨まれた。
彼女がやったのだろうか……いや、彼女に殴られたら青くなるはず……などと不謹慎なことを考えつつ、但馬は話題を変えた。
「それにしても、エリオスさん。よく気づいたね、ランさんが居るってことを」
「……あれだけ強い殺気を飛ばされては嫌でも気づく」
「ふっ……この二年間、修行を怠っていなかったようで安心したよ」
……何を言ってるのだ、この人達は。
仕事のし過ぎで頭がおかしくなったとか言われたけど、本当はこういう人たちと付き合ってるからじゃないだろうか……但馬はボリボリと後頭部をかきむしりながら尋ねた。
「ところで二人は何しに? こんなところで偶然なんてわけないだろうし、二人も晩餐会に呼ばれたの?」
「ええ、それなのですが……ううっ、但馬様。どうかお助けください~……」
「えっ……なになに? どしたの??」
軽い世間話のつもりで聞いたのだが、タチアナがいきなり泣きついてきた。取り敢えず、話を促してみる。
事件後、彼女らとはそれっきり会ってなかったが、クーデター後のコルフが共和制を維持するために、奔走していたという話は風の便りで聞いていた。
ロレダン総統率いる保守派議員はクーデターの最中、隙を見てリディアへ脱出し、亡命政権を樹立した。コルフが解放されると国に戻って、一旦は政権を引き継いだが、結局は不穏分子を一掃すべく議会を解散し再選挙を執り行い、国内の保守派の結束を固めることに成功したのだが……それによって共和体制が確固たるものになったかといえば、実はそうでもなかった。
元々、エトルリアとティレニアという大国に翻弄されないよう、双方と上手く付き合いましょうと、共和制を維持してきたのがコルフと言う国だったのだが、そこにアナトリアという第三勢力が生まれたことで、そのバランサーとしての機能に限界が生じてきたのである。
はっきり言って、エトルリアとティレニアとアナトリアは仲が悪い。ティレニアとアナトリアはそうでもないが、エトルリアは双方と戦争をおこしている。この三者の間に入って、すべての国にいい顔をしようとしても、無理があるだろう。
そこで、全ての国にいい顔をしようとするのではなく、優先順位をつけるべきだという意見が台頭してきた。どっちつかずのコウモリのような対応を続けた結果が、あのクーデターに繋がったのだから、国としての方針をはっきりさせたほうが良いという意見である。
で、そうなると当然、最も優先すべき国家としてアナトリアが候補に上がる。クーデター騒ぎの時の恩があるし、そして元々、クーデター勢力はタカ派の反リディア派の集まりであったのだから、これが一掃されたことで、逆にアナトリア重視にシフトしていった。
「それで、いっそカンディアを併合したアナトリアに、コルフも編入してもらったらどうかと大っぴらに言い出す議員まで出てきたのです」
「そりゃまた見事な手のひら返しだね。でも、それは無理な相談でしょう」
何故かと言えば、アナトリアは絶対王政で、民主主義じゃないからだ。編入した瞬間に彼らは選挙権を喪失する。
「それに、うちの国は兵役の義務があるしなあ」
「はい。もちろん、それはわかってるんです。それでも、アナトリア優先で国政を執り行おうという雰囲気は強く、併合派のような勢力は少数ながら居たのです。そんな時、フリジアを巡った戦争が起きて……あまりに圧勝してしまったことで彼らが勢いづいてしまいまして」
「ああ……勝ちすぎたのね」
「ええ。エトルリアが先のクーデターに関与していたことは、もう明白ですし、そのお陰で、併合もやむ無しという意見が台頭して来てしまったのです」
イオニア海から海賊を一掃した結果、その殆どすべてがアドリア海へ消えていったところを見ると、まず間違いない。海賊はクーデター勢力を支援したのだから。どうやら元々、エトルリアの有力諸侯が、イオニア海に海賊を派遣して一儲けしていたのが、これで証明されてしまったのだ。
そしてコルフ国内のエトルリア系議員は完全に力を無くし、国交もギクシャクし始めてしまった。
「でも編入だの併合だの、土台無理な話でしょう。コルフは中間貿易で栄えた国。そう言う国ですから、嫌でもエトルリアとも付き合っていくよりないのです。それで保守派が割れてしまっては元の木阿弥ですし、総統としては、なんとか共和制を維持しつつ、アナトリアともエトルリアとも上手く付き合っていけないかと……非公式にですが、カンディア公爵様に接触を図ったんです」
イオニア海の海上保安はカンディアの管轄だからだろう。
「で、今回呼ばれたわけ?」
「はい。すると公爵様は、エトルリアの南部諸侯に独立を促すつもりだそうで、それに乗じて連合でも組んだらどうかと。公爵様個人の意見としては、コルフを併合なんてことは考えてないから、好きにすればいいと言われまして」
「ふーん」
赤信号もみんなで渡れば怖くないみたいな感じか。普通に、そう悪くない話だと思うが……何が問題なのだろうかと首を捻っていると、
「問題大有りですわ! コルフはその折衝役に、議員でもない私を選んだのです」
「なるほど……そりゃまた、思い切った人選するなあ。粗相すること前提で、併合派がわざと選んだのかな」
割りと酷い言い草だと思うのだが、タチアナは全くですとブンブン首を縦に振りながら同意した。
「国の将来を左右するような、そんな大事な御役目に、私などが務まるものでしょうか。もちろん初めはお断りしましたわ」
それがどうしてこんなことになったのかと言えば、
「ブリジット姫殿下と但馬波瑠、その二人と旧知であるタチアナが、親善大使としては一番適任だろう。お前たちに泣きつける人材でさえあれば、その他の能力はこの際どうでもいいんだ」
と、ランがぶっちゃけてそう説明した。彼女はあの事件後、メディアでタチアナを守り切った英雄としてコルフに凱旋し、選挙を経て議員になったそうだ。
元々、ティレニア系議員の子飼いの武官だった彼女は政治には疎く、あまり議員向きではなかったが、事件を切っ掛けにロレダン家と懇意になったので、ティレニアとコルフの橋渡し役として、それなりのポストに就いてるらしい。彼女もまた、似合わない役目を負わされているわけである。
なるほどなと感心しつつ、
「つまり、俺達にフォローしろってこと? 俺、休暇中だって知ってる?」
「ううぅ……すみません……他に頼れる方が居ないのです」
「ふぅ~……まあいいけどさ。知らない仲じゃないし」
普通に外交筋に上手くやって貰いたいのだが……とも思ったが、外交とは案外こんなものなのかも知れない。
日本の外務省なんかも、散々無能だ税金泥棒だと言われても、縁故採用を止めようとはしない。それは、要するに外交には家格というものが必要だからだろう。
例えばアラブの王族へ外交官を派遣するとして、東大卒のエリートでも庶民出身の者と、かつて王族の誰かと同じ留学先で過ごしナイトクラブでフィーバーしてただけのお金持ちのボンボン(超がつくほど馬鹿)では、どちらを選んだほうがいい結果を得られるかと問われたら、多分、十中八九後者を選ぶのではないだろうか。
だから何の実績もないタチアナが、もはや大国と呼んでいいアナトリアへの親善大使としていきなり抜擢されたのも、選ばれるだけの理由があったからと言えるだろう。
それにしても自分なんかを当てにするとは……みんなアクロバティックなことが好きだなと但馬は思いつつ、
「じゃあ、ブリジットのお友達ってことで参加しとけよ、黙ってても程々に目立って気楽だろう。どうせブリジットもこういうの慣れてないだろうし、彼女もお仲間が増えて心強いかも知れん。何かあったらフォローするから、晩餐会では二人で仲良く愛想振りまいてろよ」
「ありがとうございますっ!」
そんな具合に話をしていると、やがて馬車は王宮へとたどり着いた。村で捕まえた乗り合いの馬車を使っていたので、王宮の中まで入ることは止められ、仕方なく但馬達は城門の前で降りると、跳ね橋を渡って城内へ歩いて行った。
王宮のアプローチには港からきた馬車が並んでおり、おそらくはエトルリア南部諸侯の使いらしきお歴々が、巨大なコンクリ建築を見上げたり、噴水や照明などの電気仕掛けを珍しそうに眺めたりしていた。
南部諸侯の切り崩しと言っても、それほど多くは望めないと思っていたのだが……見たところ、出席者は100人は下らない感じである。よくもまあこんなに集めたなと、立ち止まって人数を指差し数えていると、馬車の中で縮こまっていた使用人の少女が頭を深々と下げ、
「タチアナ・ロレダン様、私のような者にまでお手を差し伸べていただき、大変感謝しております。お陰さまでこうして主人に追いつくことが出来ました」
「お礼などよろしいですわよ。困ったことがあったら、いつでもいらっしゃいな」
「この出会いの機会を与えてくださった、父イエス・キリストに感謝を」
少女は十字を切って手を組むと、再度タチアナにお礼を言ってから去っていった。てっきりタチアナの使用人だと思っていたのだが、どうやら違ったらしい。
「……南部諸侯のどなたかの使用人でしょうが、粗相をなさったのか、ご主人様に怒られて港に置いて行かれたのです。可哀想なのでご一緒しましょうと連れてきたのですが」
「ふーん……顔を腫らしていたし、あまりいいご主人様じゃなさそうだな」
それにしても、そんな風に通りすがりの女の子に無条件で手を差し伸べるとは、ただの金持ちのお嬢様だと思っていたが、中々やるなとタチアナのことを見直していたら……
と、そんな時、どよめきが起こったと思ったら、王宮のエントランスから真っ白なドレスに身を包んだアナスタシアが、今にも泣きそうな顔をして飛び出してきた。
シルクのような光沢を湛えた純白のドレスの美しさもさることながら、それを身にまとう彼女の姿はさらに輪をかけて美しく、その場に居合わせた人々の心を奪った。誰もが感嘆の声を上げて、一体彼女は何者だと噂している。
そんな中、アナスタシアは但馬の姿を見つけると、周りの目など全く見えてない感じに表情を歪めながら、そのサラサラの髪の毛をたなびかせて、駿馬のようなスピードで一目散に駆け寄ってきた。
「先生、助けて! 姫様に殺される!」
「どしたの、それ?」
「コルセットが……コルセットが……」
キンキラの衣装を身にまとう彼女をマジマジと眺めつつ、取り敢えず、ブリジットに何をされたのかと但馬が理由を問おうとした時だった。
タタタンっと……但馬たちと別れて、主人の元へ歩き出していた使用人の女の子が、たたらを踏んで立ち止まった。
彼女はたった今すれ違った純白の少女の方へ振り返ると……
「……ナースチャ?」
と、ポカンと口を半開きにして、独りごちるように呟いた。
但馬にしがみついていたアナスタシアは、その言葉に目を丸くして振り返った。
「……ベッキー?」
二人の少女の視線が交錯すると、なんとも言えない緊張感のようなものが漂った。それはやがてよそよそしい雰囲気に取って代わってから霧散した。少女たちは互いに互いの顔を凝視しながら、テクテクと無防備に近づいていくと、鏡の中の自分にするように手と手を重ね、指を絡めた。
背の高さも髪の色も同じ二人は、まるで姉妹のようにも見えたが、片や純白のドレスを、此方みすぼらしいお仕着せの服を着ており、王様と乞食のように否応なく身分の違いを感じさせた。
二人は互いに何かを言いかけては口を閉ざし、ゴクリと唾を飲み込んでは、また何かを言いかけて結局何も言えず、肩で息をしながらお互いの顔を見入っていた。
「アーニャちゃんの知り合い?」
但馬がそう尋ねると、ビクッとアナスタシアの肩が震えて、彼女はこわごわ振り返った。だが、彼女が何か言葉を発するより先に、
「レベッカ!」
遠くの方から使用人の少女を呼ぶ女性の声が聞こえてくると、レベッカと呼ばれた少女は激しく動揺して、握りしめていたアナスタシアの手をパッと叩くように振り切った。
そして、但馬とアナスタシア、二人をなんとも言えないバツの悪い表情で見つめてから、
「大変失礼いたしました、旦那様……お嬢様。では、私はこれで……」
と言って、こちらの返事を待たずに、先ほど彼女を呼んだ女性の下へと急ぎ足で歩いて行った。
なんだか、あんまり会いたくない相手に会ってしまったといった、そんな雰囲気を漂わせるアナスタシアに、但馬は事情を聞くことを躊躇したが、
「ベッキーは……その、修道院の時の……友達だったの」
独りごちるような彼女の言葉を聞いて、何故言いたく無さそうだったのか分かった。
修道院の時の友達と言うことは、その時まだ幼かった彼女の売春婦仲間か、もしくはそれ以前の友達で、無理矢理売春婦にさせられた彼女を知っている者のどちらかだ。
そのどちらでも、あまり思い出したくない相手だったのだろう。偶然再会したは良いものの、お互い懐かしさとバツの悪さで、何も言えなくなってしまったといった感じだろうか。
しかし、修道女のはずの彼女が、何故こんなところに居るのか……何かのっぴきならない事情でもあって、抜けだしたか追い出されたのか、それとも解放されたのか……
馬車の中で身を固くしながら縮こまる彼女の真っ赤なほっぺたを思い出し、但馬はどちらにしても彼女の身にとってあまりいい結果ではなかったのだろうと、暗い想像しか出来ないのであった。






