表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
玉葱とクラリオン  作者: 水月一人
第四章
108/418

鋼色の日々②

 ヴィクトリア峰を迂回して平坦な道を進んでも、ハリチと首都ローデポリスは300キロほどあり、但馬の領地が大きくなるに連れ、駅馬車が充実してきても、陸路では片道3日はかかった。


 移動中の但馬は一人だけ馬車の中で退屈をしていたせいか、うつらうつらと浅い眠りを繰り返し、結果的に夜には眠くなくなって、交代制の見張りと一晩中くっちゃべっては、翌朝また馬車の中でうつらうつらと浅い眠りを繰り返すという、起きてるんだか寝てるんだかよくわからない、フワフワとした3日間を過ごしていた。


 どうせ眠れば悪い夢を見るだけだし、このままでいいやと、ろくに疲れも取らぬまま……


 そして3日目、馬車は海岸沿いの軍用路をゆっくり進み、太陽が中天を過ぎて午後の一番暑い時間帯に差し掛かると、ようやく製鉄所のでかい煙突が見えてきた。


 高炉は一度火を入れたら止められないので、24時間稼働し続けている関係上、製鉄所には宿泊所が儲けられており、必ず人が常駐していた。だから誰かしら詰めているだろうと、所内に入ると真っ先にそちらへ向かってみたら、運の良いことにシモンの親父さんが来ており、


「……え!? 社長?? なんでここに居るんだい? ……あれ、変だな、つい先日あっちに帰ったんじゃなかったか」

「ええ、まあ、また呼び戻されたと言いますか」


 但馬はヴィクトリアで見つかった金山のことを話し、定期航路の開拓を命じられたことを伝えた。


「金山のことは話には聞いていたが……そりゃまた、とても急だなあ。またあのエンジンを作らないといけないのかい」

「ええ、それも、今度はもっと大きくてパワフルなものを」

「ほう……」


 初めは急な依頼に迷惑そうな顔をしていた親父さんだったが、それを聞いたら職人魂に火が点いたのだろうか、


「もっと高温高圧のボイラーを作れってことだな。よし、任せろ。今じゃ、鋼材が使い放題だからな。ノウハウもあるし、十分にやれる気がするよ」


 但馬は苦笑しつつ、紙に絵をかきながら続けた。


「それだけやる気があるんなら、助かりますね。それで機関を船体中央に配置し、オールの代わりに船の横につけた水車を回して、水を掻いて進む機構を考えてるんですが。絵にすると大体こんな感じ」

「おや? ……スクリューじゃなくて良いのかい?」

「ホントはそっちが良いんですけどね、現状だと冒険になっちゃいますから。何度もテストが出来るならいいんですが、スクリューは船底に穴を開ける関係上、一度つけたら取り外せませんし」

「そう言えばそうか。残念だな、いつかスクリューで高速艇を作ってみたいものだが」

「それなんですけど、そろそろディーゼルってのを考えてるんですが……」

「ディーゼル?」


 そんな風に二人が宿泊所の前で、新しい船のことをあれこれディスカッションしていると、製鉄所の方からその様子に気づいた若手の技師たちがソワソワしながら、二人の方へと近づいてきた。


 それに気づいた但馬が手を上げて迎えると、彼らは意を決した感じに、


「所長、お忙しいところ失礼致します。少し質問があるのですが……」

「あ、はい。なんでしょうか」


 製鉄所は国営で、集められた所員はみんな元は街の鍛冶屋だったり、なんだったりした。つまり、ここはS&H社ではないから、ここでの但馬は社長ではなく、彼らは従業員でもない。ただ、但馬は年齢で言えば年少だったが貴族であり、序列が一番高かったから所長にされて、結局この製鉄所でも最高責任者であった。


 高炉や転炉の設計は自分が色々と口を出していたので、今更責任だけよそにというわけには行かないので、当然と言えば当然なのだが……年齢では親父さんとそう変わらない熟練の鍛冶師や、その後継者たちから所長と言われると、なんとも後ろめたいと言うか、気も(そぞ)ろになった。


 と言うのも、今更ではあるが、彼らの生活を根本から但馬が変えてしまったからだ。


 元々、鉄鉱石を炉で溶かして叩いて鍛錬して、槍やら剣やらを作っていた彼らは、今はネジやらボルトやらナットやらを削りだす、旋盤工のような仕事をしている。街の鍛冶屋が、時代を経て町工場に切り替わったといった感じであるが、その変化があまり急激だったため、いくらかの反発を招いていた。


 アナトリア軍にマスケット銃が正式に採用されると、まず、但馬は銃を構成する部品の標準化を始めた。部品の大きさや品質に基準を設け、それを満たさないものは商品としての価値を無くしたのである。


 国は短期間に大量の装備を欲していたため、それを国内の鍛冶屋に強制的に命じた。だから渋々従ったわけだが、そのことが職人のプライドを傷つけてしまったのであろう。


 現代であるならISO規格やらJIS規格のように、最低でも国ごとに標準規格があるのが当たり前なのだが、大昔の工業製品など、何一つ標準化されてはいなかったので、時にものすごい不便を生じた。


 最初にその問題が如実に現れたのは第一次世界大戦中のことで、この時期、世界各国は戦場で鹵獲した敵国の武器を回収し、それを利用しようとしても銃弾の形が違うから、ただのスクラップにするしかなくなったり、たとえ自国の武器であっても、工場によって部品の大きさがバラバラだったせいで、故障しても修理が不可能であったりするという事態に直面した。


 敵国のものはまだしも、自国の武器が使い捨てなのはいただけない。大戦が終わると各国はこの顛末を踏まえ、国ごとに独自の規格を作る標準化を行うようになる。それまでの世界の銃は、まったく同じもののように見えて、実はその一つ一つが一品物で、替えが効かなかったのだ。


 故障の修理にとどまらず、銃一つ一つが職人ごとのオーダーメイドでは、大量生産に向かないことが分かるだろう。それには、どうしても標準化が必要なのだ。


 そのために重要なのがネジだった。


 かつて戦国時代、主君である種子島時堯(たねがしまときたか)に火縄銃の複製を命じられた八板金兵衛(やいたきんべえ)は、尾栓に使われているネジの作り方が分からず、娘をポルトガル人に売り渡してもその秘密を探ったと言われている。


 それが本当かどうかは実はよく分かってないらしいが、この尾栓のネジが非常に重要であることは本当だ。


 なんでこんなものが付いているのかと言えば、例えば鉄砲を作る際、銃身が曲がってないかを調べるため銃口から覗き込むわけだが、銃身の底が蓋をされていると、暗くて曲がっているかどうかわからない。だから底の部分をネジにして着脱可能にし、向こう側が覗けるようにしていたわけである。


 ところが、銃底は火薬の衝撃を全部受け止める部分であるから、中途半端なネジを作ってはすぐ壊れてしまうし、そんなのは危なっかしすぎて誰も使えない。そのため、精密な加工が必要なのだが、当時の技術では大変だったことは想像に難くないだろう。


 結局、この時、八板金兵衛がどうやって作ったかは伝わってないが、当時の鉄砲鍛冶はネジを作る際どうしていたかというと、鉄の棒に糸を巻いてラインを決めて、それを削りだしてネジを作ったらしい。そして、それを熱した銃身にねじ込んで溝を作り、火縄銃は完成されたそうだ。


 そんな具合だから当然出来上がったネジ山の高さはまちまちだったろうし、ネジ自体が職人ごとの一品物だったから、銃の量産は出来なかった。


 大量生産が可能になったのは、ネジ切り旋盤の技術が広まったからで、これによって同じネジが作れるようになると、欧州の兵器メーカーは銃を量産出来るようになった。


 しかし、これでもまだメーカーごとにねじが違ったりしたから、第一次大戦中に面倒くさいことになったと言うわけである。


 と、まあ、そんなわけで、但馬はマスケット銃を量産する際に、まず徹底した標準化を行ったわけだが、作るものを事細かに決めてしまった結果、鍛冶屋は与えられた旋盤でネジを加工するくらいしかやることが無くなってしまった。


 そして、元々は一本の包丁を作り出すとしても、鉄鉱石を一から溶かして叩いて鍛えて作り出してきた職人たちであるから、そんなことをやれと言われても面白くなかったわけである。


 だが、せっかくの公共事業であるから、強制とは言え乗らなければ損である。結果、プライドを傷つけられながらも仕事を請負い、あいつが余計なことをしなければこんな目に合わなかったのにと、但馬のことを恨みながら、彼らは仕事を続けていた。


 そんなわけで、製鉄所で親父さんと話をしていた際、従業員が近づいてきたとき、何か言われるのかなと身構えた但馬出会ったが……


「……低品質鉱石?」

「はい。どうも、特定の鉱石を混ぜると、出来上がりが悪いものがあるようでして」


 やってきた彼らは別に但馬になにか言いたいわけではなく、純粋に仕事の相談に来たようだった。しかも、どうやら製鉄所にとって、非常にクリティカルな問題らしく、但馬は襟を正すとじっくりと話に耳を傾けた。


 彼らが言うには、出来上がった鋼材の品質を確かめていると、ある時、品質にバラつきがあることに気づいた。物によっては使い物にならず、理由を探っていたら、どうやら特定の産地からくる鉱石を混ぜると鋼材の質が落ちるらしい。


「特定ってのは、ロードス島から来るやつか……」

「はい。見た感じ、おかしな所は何も無いんですが……それを除くと良くなったので、今は意識的に除けてるんです」


 このままじゃ使い物にならないから、そちらからの供給をストップするか? と聞かれて、但馬は唸った。ロードス島なら火山の影響だろうか……?


 鉄鉱石は大体が赤鉄鉱、磁鉄鉱、褐鉄鉱に分類されるが、どれも結局は酸化鉄の鉱石で、三種類ある酸化鉄の配分の違いでしかない。とすると考えられるのは、鉄鉱石に交じる不純物が問題なのだろうが……


 火山であることからすぐに思いつくのは、硫黄が混じっていることであるが、硫化鉄の鉱石は黄鉄鉱と言って元々別に存在し、それは鉄鉱石として使えないから初めから省いている。


 それに……


「硫黄は高炉スラグになるんじゃなかったかな……」

「どうしましょう。やっぱりこれを使わないほうがいいのでは?」

「いや、なんか理由があったはずだから、問題を突き詰めたほうが良い。元々、その鉱石は鍛冶屋では普通に使ってるんだろう? なら、やり方に問題があるんだよ」

「はあ……」


 何か忘れてることがあるのだろう。まずはそれを思い出さなくてはな……


 と、腕組みしながら考えていると……親父さんが苦笑いで、こっちをじっと見つめていた。


 そう言えば、ここには蒸気船を作るための機関の話をするために来たんだった。丁度その話をしていたところだし、親父さんと話を詰めて、すぐにでも発注しなければ、メディアの金山の操業に支障を来す可能性がある。


 しかし製鉄所の問題を放っておいては、鉄鋼の品質に問題が出るし……しかし、それはロードス島産の鉄鉱石を省けばいいのだから……だが、そんなことをしたら色々と角が立つのでは? それにせっかくこうして製鉄所の若手が話しかけてくれてるのだし……いや、それはともかく、理由がちゃんとあったはずなのだ。それを思い出さないと気持ち悪くて仕方ない……


 などと、優柔不断に迷っていたら、親父さんが手をパタパタと振って苦笑交じりに去って行った。本社に戻って、開発陣とある程度ミーティングしているから、終わったら連絡をしてくれと言って、彼はローデポリスへと向かっていった。


「……よろしいんですか? 何か用事があったんでは」

「良いんだよ。こっちはこっちでほっとけないからね。それより、まずはその鋼材を見せてもらえる? どうおかしいわけ?」

「割れるんですよ」


 案内してもらった場所にあった鋼材は、言われたとおりにひび割れており、使い物にならない感じだった。割れるということは脆いということであり、不純物が混じっているということである。


 その後、問題の鉱石を使って炉を動かしてみたり、錬金工房の弟子を呼んで鉱石を砕いて成分を確かめたり、深夜に及ぶまで問題解決のために奔走した。


 結局、深夜のおかしなテンションになってきたところで、天啓が降りてきて、そう言えば困ったときは石灰を使うんじゃなかったかなと思いつき、転炉に石灰石をポンポン投げ込んでみたら、なんとあっさりと問題が解決されてしまった。


 これって何が問題だったんだっけ?? と思いつつも、ともあれ、使えないと思っていた鉄鉱石が使えるようになって、一晩中付き合わされて元気をなくしつつあった所員も湧きあがった。


 徹夜明けの暖かい脳みそで、細けえことは良いんだよと、但馬達は輪になって喜び、交代の所員がやってくるのを待ってから、宿泊所へと戻った。すると、


「あ、社長! お早うございます!」


 溶鉱炉やら転炉やらのせいで、さんざん焼かれた顔の火照りを冷まそうとして、顔を洗っていたら、疲れた頭を直接殴りつけるような、キンキンとしたでかい声が聞こえてきた。徹夜明けにこれは応えると思いつつ振り返ると、


「……おお! フレッド君じゃないか。どうしたの、こんなところで」

「社長がこちらへいらしてると聞いて、やって来ました! 本社の方は、みなさんにお任せしてますので、大丈夫です!」

「あ、そう。俺に何か用事?」

「はいっ!!」


 14歳になって声変わりしても、相変わらずフレッド君は声がでかかった。


 そのことに苦笑しつつ、話を聞いてみると、どうやら製鉄所に併設されるように建てられたS&H社の化学工場が、最近軌道に乗ってきたので、ぜひ一度見学に来て欲しいと言ってるとのことだった。


 どうしてフレッド君がそれを伝えに来たんだろうと思ってると、


「おじいちゃんの畑が、とってもお世話になってますので!」


 とのことだった。化学工場ではアンモニア合成を行っていて、それで肥料を大量生産して卸しているのだ。軍の兵站用に行っているものなので、費用は国持ちだからそんな感謝することもないのだが、収穫量がとても増えて大喜びなのだとか。


 それでフレッド君がよく畑の収穫物を持たされ、工場にお礼にうかがっているうちに、彼らと仲良くなったそうだ。


 製鉄所にばかりかまけていたせいで、せっかく作った工場にはあまり寄り付いていなかった。たまに、大名行列みたいに憲兵隊を従えて目の前を素通りしていってたわけだから、彼らも気になっていたのだろう。


 そりゃ悪いことをしたと思いつつ、但馬はフレッド君に連れられて、すぐ近くにある工場へと向かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
玉葱とクラリオン・第二巻
玉葱とクラリオン第二巻、発売中。
itl6byczajqx8t5qdcsm2gli27vh_1cx0_xc_ir_62cr.png
漫画版もよろしく!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ