二十八話 扉
――――ガコッ――――ガコガコッ――――
到着早々危うく逮捕されそうになった僕らは、某線の細い怪盗の如くあの執行官のとっつぁんからなんとか逃げ遂せ、そしてまたレールに乗って一直線。地上から再び空高く登って行き、そしてまた広大な帝都を見晴らしのイイ視点で眺めている。
もう、寄り道はしない。長く続いたこの旅路もついに終わりを迎えるのだ。
今僕らが向かっているのは帝都【中枢地区】。後から聞いたのだが、さっき降りた開発区は比較的”表層”に位置する区画のようで、これから向かうのはその名の通り帝都の最も”深い”所。
街の中枢。東京で言ったら千代田区に当たる場所だろうか。
「おっ おふっ おほっ あふっ」
帝都の奥深くに進んでいくにつれ、巨大な建造物が至る所に見え始める。先ほどのビル群も十分高かったが、今度はそれどころの規模じゃない。
この空高く巡る魔導レールに届きそうな程高く、かと思えばこの街中に突如空白になったかのように何もない地点もある。
よく見るとそこの一部だけ森の様な雑木林が生い茂っている。その中にはさらに小さな湖。なるほど、あれは”公園”か。
――――シュゴォォォ……――――ガコガコッ――――
奥へ進むとふと、一つ変化があった事に気づいた。魔導レールに沿っていた緑の光が段々と赤みを帯び、エメラルドからルビーのような変色を見せるのだ。
赤くなったレールはつまり合図。ここから先は帝都の最も重要な地域、【中枢地区】に入ると言うサイン。緑から赤。つまりは”信号”だ。
それが赤になっているのだから、こちらの常識に当てはめればそれは”止まれ”の合図であるはずなのだが――――
「ん……のっふ!」
「そのキモイ声をやめなさい」
「じゃあこのガクガク止めて下さいよ……」
「無理。完全にどっかイっちゃってるわ」
オーマの言う通り、レールは完全に”イっちゃってる”。周りを見ると別のレールが至る所から繋がっているのが見える。
しかしそれらは全てキレイな弧を描いているにも関わらず、僕らのいるこのレールのみ、稲妻のようにギザギザでいびつな形を描いている。
それはもちろん”コイツ”のせい……
「帝都の癖に脆いのよ。【王宮】に着いたら賢者共にクレームつけてやりましょ」
そんな、防御力が必要な設備じゃないと思うのだが。じゃあお前はこっちの道路を全てチタン合金で作れとでも言うのか。
やれと言われればできるだろうが天文学的な額の費用が掛かるぞそれ。それはもちろんお前が自腹で出してくれるんだろうな?
「ねーさん無茶しすぎっすよ」
「どうせ下っ端魔導士にでも作らせたんでしょ。そうそう、そう言えばアタシらの旅も迎え寄こさないしさぁ~」
「そんなに費用が惜しいのかしら。所謂コストカットって奴ねこれは」
「いや、うん……もうそれでいいです」
そんな人員削減見たいに言うなよ。国が大規模リストラしてどうするんだ。労働者には権利が与えられており、それをないがしろにすれば後々困るのは雇用主なんだぞ。
雇用主――――それはこの場合、この帝国の”王”たる人物に当たる。帝国はその名の通り君主制を採用しており、これから向かう、王の追わす帝国の最重要中枢部。
それは君主制らしく【王宮】と呼ばれていた。
「これから王様に合うのかぁ……どんな人なんだろう」
「何? 王に興味があるの?」
「そりゃもちろん。だって、王様ですよ?」
「大きな冠被って高級そうなマントと大きな杖を持ってるとか、そんな感じのイメージがギュンギュン湧いてくるっす」
「アンタの中の王のイメージって……」
「え、違うの?」
「んー……違うって言うかなんていうか……」
「どっちかと言うと、頭にハチマキ巻いてバチ持って法被羽織って走り回る。そんなイメージね」
「それだんじりじゃないっすか……」
僕の幻想は脆くも崩れ去った。立派なヒゲを蓄え勇者に装備を与え、大臣を常に横に置き死んだら「なさけない」と喝を入れてきそうな王様像だったのに、オーマのせいで上司に怒鳴られるのが生業の中年警官しか浮かんでこなくなってしまった。しかもそいつはどっちかって言うと悪人だし。
なんか、急に怖くなってきた……王を知るオーマがそう言うなら、会った途端にリボルバー式拳銃を連射されるんじゃないかと。
「さて、王宮に着いたら一体アンタどうなる事やらね」
「召集から随分かかっちゃいましたね」
「もうわかってると思うけど、アンタが呼ばれたのは”英騎”関係よ」
「帝国は英騎の情報を血眼になって集めてる。そんな中、アンタは情報所か知り合いだっつってるんだから、それはそれは大事に扱われるでしょうね」
「まじっすか。王宮で贅沢させてもらえるのかな~」
「そうね。貴重な情報源ですもの。きっと二十四時間つきっきりで地下牢獄に幽閉されるかも」
「そっち!?」
帝国にとって僕は貴重な存在。ガチャで当たったレアカードと言った所だろう。だからこそ二つのパターンが考えられる。
愛でるか、”閉じ込める”か。
「自白剤と催眠魔法漬けにされて生まれてから今までの事全部ほじくりかえされるかも」
「死ぬまで」
「え、ええ……」
そういう、感じの国なのか? 確かに帝国と言えば物語に置いて悪役のポジションに着く事が多いが。これほど発達した都市がそんな人権侵害も甚だしい行為をするのだろうか。
個人の権利はないのか。いや、権利などなく住人を馬車馬のように働かせたからこそできた街なのかもしれない。
体に悪寒が走る。冗談か本当なのかはさておき、それは十分考えられる事だったから。
「もう……変なイメージ付けないで下さいよ~」
「何お脳にお花畑耕したみたいな事言ってんの。人にも街にも、何にでも”闇”ってもんがあるのよ」
オーマの一言は妙に説得力がある。それはこいつの存在そのものが人類の闇とも言うべき存在だからだ。
平気で法を破り何時も誰かに迷惑をかける事を忘れないこの女は、人々の笑顔の裏に潜む、まさに”闇”そのものだろう。
「ねーさん見てたら僕もそう思います」
「あ、なんかムカツクそれ」
――――ゴォゥッ! ふと、気を取られている間に真横をでかい建物の先端が横切った。いや、横切ったのは僕らの方か。
建物の平均高度が着々と上がって言っている。それは軒並み、この空高くを通るレールに届きそうなくらいに。
「おっきぃビル、増えてきましたね」
「まぁ中枢区だから」
「これ、その王宮って所への直行便なんすか」
「いや、終着駅はそのちょっと手前の区域だけど……」
「だけど?」
「……」
オーマはそのまま黙ってしまった。なんだ、また何か落っことしたか? オーマは人差し指を口元に当て、ややうつむき加減で黙りこくっている。
その様子は何か考え事をしているように見えのだが、一体何を考えているのだろう。
「……そう、そうね。直行便。王宮への直行レールなんて帝国議会議員レベルの権力者しか乗れないわ」
「だって、普通の住人は普段王宮に用事なんてないんですもの」
「はぁ……」
「だーかーらー、今唯一”英騎の手がかり”を知るアンタ。それってその辺の無能議員よか大事な存在じゃない?」
「”今”限定で」
(――――しまった! 余計な事言っちまった!)
また、この魔女の悪巧みをアシストしてしまったようだ。オーマは考えていたのではない。閃いたのだ。
その権力者しか使えないとか言う王宮直行便とやらを、一時的に権力者に匹敵する自分達も乗っていいだろうと――――
「おりゃ! とりゃ! ふぬぁッ!」
「ふ、普通に行きましょうよ~~!」
「まがーれっ! チェストッ!」
「ひぃぃぃ~~~~!」
――――ガコンッ!――――ガココココ……
そしてまたさっきの繰り返しである。オーマは例の裏技とやらで、またもやレールを無理矢理歪め終着駅を”勝手に”改竄しようとしている。
オーマは言う。「その方が手っ取り早い」と。確かに手っ取り早いが、その代わり安全性が反比例して下がっているのを理解していただきたい。
レールの中はまたガクガクと揺れ始める。ただでさえ無理な軌道修正にガタがきているレールを、疲れ切った奴隷に鞭打つ鬼支配者のようにバシバシ叩いている。
レールの仕組みはわからないが雑に扱っているのは容易に理解できる。そのせいで案の定、ガクンガクンと不快な揺れが、もはや震度で表す事の出来るくらい激しくそして小刻みになっていく。
「もういいですから! 壊れますって!」
「ハイヤー! からのキーック!」
――――バキッ!
(えっ)
――――いやな、音がした。
「あ、ヤバ」
「”穴”あいちゃった」
「おぃぃぃぃ!」
レールは、もはやレールと呼ばれる物ではなく、超高度垂直落下式フリーフォール装置と化した。
元より備わっていた流れの作用により、ニュートンも真っ青の”重力プラスアルファ”の速さで。
「あびゃぁぁぁぁぁぁあ!」
「あーもううっさい! 大丈夫だから黙れ!」
「どこが!? ただの落下事故なんですけど!」
「大丈夫だっつってんでしょ……ふんっ!」
――――ガキン!
『うわ! なんだ!?』
「失礼。非常事態に付き御免遊ばせ」
「へ、へぶぅ……」
足と頭が逆さになった僕の目に映る人物。それは煌びやかな着物を召し物にする女性に、燕尾服を飾り付けたような服を着る男性。そして彼らから発せられるのはふんわりとやわらかい甘い”匂い”
見ただけですぐに分かった。――――彼らはこの帝都の”貴族”だ。
「ど、どうなされたもう……?」
「うちらの乗ってたレールが故障してね。急遽、繋げさしてもらいましたわ」
「あらまぁ……それは災難でありなんし」
”たもう”に”なんし”。高貴なのにどこかおもしろおかしい口調の貴族夫婦に合せ、オーマも負けじと貴族口調で応対する。しかしこいつの場合はただの悪ふざけだと言う事はすぐにわかる。
その証拠に「およよ……」と自業自得をまるで不幸の事故に見舞われたと言わんばかりに、真実を捻じ曲げある事無い事うそぶいている。
そのマッチ売りの少女みたいな顔をやめろ。お前が火を擦れば帝都が吹き飛んでしまうだろが。
「泣きなさんな。我ら二人に出会えたのがそなたらの”幸”」
「災難はさりなんし。面を上げたたもれ」
「うえーん。こわかったよぉ(棒)」
(いや、マジで)
棒読みの泣きマネはやめて僕に代われ。今の僕なら心の底から恐怖の演技ができる。人は真の恐怖に見まわれた時、そんなわかりやすすぎる顔なぞしないんだ。
今の僕のように、こうやってコンマ何ミリも動かさず顔面が硬直するんだよ。
「ひぐぅ……」
「で、ところで貴族のお二人様。これからどこへ向かうのでございまする?」
「おお、我らはこの持て余した時を帝都【伝統区】にて過ごそうとしやる者じゃ」
「【伝統区】?」
また新たな区画が出てきた。――――【伝統区】
それは帝都中枢区を除く全区画の中で”最も歴史の古い”区画で、主に帝国の歴史や文化を伝える行事が盛んで、誰が呼ぶでもなく自然と着いた名だと言う。
主に行われているのは帝国の歴史を題材にした舞台や、神話を元にした映像娯楽。さらにはかつて精霊の加護を受けたとされる歴史的建造物。初代の王が渡ったとされる道。看板代わりの大きな聖堂。
そしてそれらは中枢区に隣接する利便性もあり、まさに娯楽と行政と兼ね揃えた区画。ようするに――――
「……新宿?」
「真珠区? はて、そんな場所ありましたかな」
「あ、気にしないで。こいつは地方からやってきた田舎もんだから」
「だからこうして頭を地に付けてるのでなんしー」
「な?」
な? じゃねえよ。ただひっくり返っただけだ。唖然とする貴族の目線を恥ずかしく思い、立ち上がろうと思ったがやはりやめた。これは日本人の性か、位のある人物の前では頭を垂れるのが礼儀だと潜在レベルで刷り込まれているのだ。
そしてその光景を見る貴族の目が、またもや奇怪な物を見る視線に変わっていく。この僕の考えを横の女がある事無い事言ってコケにしてくるからだ。
オーマの貴族言葉は早くも崩れ始め、タメ口に黄色いゆるキャラのような語尾で話し出した。どう考えてもふざけている……下らん油を売ってないで速く王宮に行けよ。
「アタシら、これから王宮に行かないいけないなっしー」
「王宮へ? はて、帝国議員の方でありますかな?」
「そうそう。それそれ」
(違うだろ)
「と言う訳で、非常事態につきこのレール。帝国議会の名において急遽王宮へと繋げさせてもらうなっしー」
『えっ』
その場の全員が、同じタイミングで発した。いやいや、彼らは関係ないだろ。彼らはこれから新宿にお芝居を見に行くだけの、ただの金持ちさんだ。
金持ち貴族は「はぁ?」と露骨に懐疑心を顔に出しているが、それが本当にできてしまうのがこの女のすごい所。何故なら、貴族とは無縁の法を破る事に生きがいを感じる、まさに今の僕ら同様”アウトロー”な存在だからだ。
「ふたつやみっつつやよついつつ~♪」
「な、何をやって遊ばせ?」
「路線外し」
「いや、我ら伝統区へと向こうておるのだが」
「あっそ」
そんな事は知った事ではないと言いたげな顔で、また、さっきレールを一つダメにしたばかりの”裏技”でガコンガコンとやり始めた。
そしてレールは再び不快な揺れと共に稲妻のように歪んでいく。危険とは無縁の貴族二人が、顔面を引きつらせこの揺れに怯えきっているのだが、そんな事を気にするならハナっからやってないだろう。オーマはもはや見てすらいない。
「おのののの! なな、何をやってたもれ!?」
「よし、これで王宮へ一直線よ」
「あ、あなた! この者、帝国議員に非ず!」
「こここ、この者の風貌! よくご覧になんし!」
「ぬあっ!」
(ああ、やっぱりここでも有名人なんだ……)
『――――大魔女ォ!?』
彼らは全てを察した。それはこのいきなり降ってきて平気で嘘をつくこの女が、貴族でも議員でもない事を。そして彼らの反応から、ここでも随分と有名人なのだと。無論それは”悪い意味で”
少し、気づくのが遅かったようだ。雅な佇まいと身分に守られた貴族にとって、この我が道をゆく魔女は獣道から突然現れた熊のように、それはそれは脅威に映った事だろう。
「かかか、帰って来たのでなんしか!?」
「ああ、アタシの事知ってんだ。こっちはアンタらの事さっぱりわかんないけど」
「当然じゃ! 我ら貴族の間でもおんしは有名じゃからの!」
「一体我らをどうするおつもりじゃ!?」
「別になんもしないけど。でも伝統区は後回しにしてね」
「このレール今から王宮に繋げるから」
『ええっ!?』
とりあえず、彼らの様子からオーマが貴族連中によく思われていない事はわかった。まるでタチの悪いガキ大将が帰ってきた。そんなリアクションだ。
当然だが王宮は許可を得た者しか立ち入る事が出来ない。説明されずともそれはわかる。こっちでも国会議事堂は観光地じゃないからな。
だがタクシーで永田町を移動中、運転手が突然議事堂正門に突っ込めば、許可を得る得ない関係なく乗客はそこに立ち入らざるを得ないのだ。――――まさに今の彼らがそんな感じだ。
「上へ参りまーす」
『ひぃぃぃぃ~~~~!』
しかしこの怯えっぷり。一体こいつが貴族に何をしたのだと言うのだろう。気になる。すごく気になる。
そして改竄されたレールは違法に速度を増し、予定された路線を全く無視し王宮へ向けて一直線へ進みだした。
怯える貴族夫婦をしり目にタワーのように高いビルの合間を針を通すようにかき分け、レールはグングン進んで行く。このスピード、もうとっくに伝統区とやらは過ぎてしまったと思う。
衝突スレスレの軌道を描くレールは、貴族達にとって恐怖以外の何物でもないだろう。いや、それは僕にもそうなのだが。そして――――
「おおっ」
――――貴族の悲鳴とガコガコと揺れる振動音を聞きながら進む事数分。ついに”王宮”は姿を現した。
「見えた見えた。相変わらずバカでかいわねー」
「う~わ~……」
王宮。帝都の最深部であり最も中心に位置する帝都最重要施設。その風貌はもはや建物と呼ぶよりちょっとした小さい”山”に近い。
見た感じは王宮と呼ばれるだけあって、城を基調にしているのはわかる。しかし通常思い描く城。それより当時の技術では再現不可能なほど大きく、後から付け足したのか元からそうだったのか。枝のような塔が王宮の外壁から至る所に伸びている。
帝都の空を通るレール。その高度よりさらに上にある王宮の先端部は、まさに終点と呼ぶにふさわしい巨大な壁のようであった。
――――ヴーーーーーッ!
「!?」
王宮の雄大さに呆気にとられているまさにその時、耳元をつんざく鋭いサイレンが鳴り響いた
『――――そこのレール! これより先は帝国王宮である! 止まりなさい!』
「ななな、なんか来ましたよ!」
「無視で」
「――――できるか!」
空飛ぶ車の執行官バージョンと言うべきか、こっちで言うパトカーに当たる乗り物が辺りを囲んで来た。
王宮の立ち入りは許可がいると言ってたのはこいつ自身のはずなのに、無許可どころか正規のルートすら歩まない僕らに、執行官が警戒を向けるのは当たり前だ。
――――オーマが冷静でいられるのは、根拠があった、それは自分達が”王宮直々”に招集された事。最高権力者の大事な客人をふんじばれるはずがないと言うのがオーマの持論。
自分達は言われた通りに王宮に向かっているだけだ。故に無問題だと。
「貴族もいるしね」
『捕まってしまうたもれ~!』
(人質かよ……)
無茶苦茶で自分の都合しか目が向いてない理論だが、一応理に適っているのが恐ろしい。仮にここでとっ捕まっても、魔法の言葉”英騎のてがかり”と唱えれば即座に僕らは解放され、どっちにしろ王宮に通されるだろうと言うのがこいつの算段だ。
哀れにも人質になり果てた貴族二人は、さっきからたもれたもれとやかましい。たもれの使い方がおかしい気がするのだが、それは動揺しているだけだろうか。
――――ヴーーーー!――――ヴーーーー!
「さっきからやかましいわねー。どうせ捕まえられない癖に」
「どどど、どうするんすかこれぇ!?」
「別にどうも。このまま王宮に入っちゃえばこいつら追ってこれないし」
「それを防ぐ為に集まってるんでしょ!?」
『そこの改竄レール! 止まりなさい――――そこの――――止まりなさい――――』
――――そして、オーマの言う通り、本当にそのまま王宮へと入ってしまった。
――――ヴーーーー!――――ヴーーーー!
――――……
「あ~~! 着いた着いた!」
「……」
『ついに王宮に立ち入ってしまったなんしぃーー!』
公共物を勝手に改竄したあげく竜を落っことし、しまいに人質を取って王宮に不法に立ち入る僕らも、ある意味立派なテロリストかもしれない。僕らが武装集団なら帝都は易々とテロリストの侵入を許してしまった事になるからだ。
今回、一番可哀想なのはこの貴族だ。政治屋でもなんでもない一般市民の彼らが王宮にしかも無許可で立ち入るなど、普通はあってはならない事らしい。
「ままま、いーじゃん。アタシらに巻き込まれたっつったらアンタらは別に、罪に問われる事無いし?」
『そういう問題じゃないなんしぃ!』
気持ちの問題なんだよ。ここは選ばれた者しか入ってはいけない神聖な場所っぽい事をさっきからたもれ口調で言ってるぞ。
宣言通り本当に直通で繋げ、おそらく立ち入りの際にやらねばならぬのであろう手続きを全てカットしてたどり着いた王宮の内部。
「おーい、誰かいないのー」
今いるここは王宮の屋外に当たる場所。一言で言うなら”庭”に当たる部分か。帝都中枢区の最後の中心。ダーツで言えばあの赤い点の部位だ。
王宮は言葉的には建物を指すが、この帝都に置いては屋外の”敷地全て含めた領域”を王宮と呼ぶ。レール伝いに易々と飛び越えてしまったが、本来この王宮の周りには厳重なセキュリティ設備が備わっている。
外部では何十人もの門番が二十四時間体制で配備されており、軍事基地のようにサーチライトや赤外線レーザーのような物が至る所に備え付けてあるのが見える。
まさに許可無き者は絶対に立ち入ることはできない、難攻不落の要塞と言った所だ。
(簡単に入っちゃったけど……)
「ったくー、呼び出して来たからわざわざ来てやったのに、迎えのひとつも寄こさないなんてどうなってんのかしら?」
不法侵入しといてこの言い草は、天性のクソ度胸と言うかなんというか……
中枢区のさらに中にある、もう一つの区域。さっきから慌てふためいている貴族曰く、この神聖な領域を帝都の住人は誰が呼ぶでもなく【王区】と名付けたらしい。
その名はまさにピッタリのネーミングだ。帝国の最高権力者【王】がいる所なのだから。
『王に会ったらなんと申し開きをすればよいのか……』
「だーから大丈夫だっつの」
場所の重要性から重要なセキュリティが敷かれるのは当然だが、これらは本来”必要がない”。
と言うのも、元々防犯対策をするまでもなく、王宮に悪しき意思を持って立ち入る狼藉者など帝都には存在しないのだ。
先ほど貴族の言った”神聖な場所”そこにいるのは”畏れ敬うべき人”。これらの意味する事は、規則だからとかルール違反だとかそういう次元の話ではない。
気持ちで、心で、民は王に迷惑をかけてはいけない。一人一人がそう思っている。
『王よ、不運に見舞われし我らをお許し下され……』
(あ……そっか)
そう、この要塞レベルの防犯装置は本来民に対してではなく、部外者を警戒した物である。
部外者――――その中で一つだけ、明確に帝国に対し敵意を現している者。それは他でもない、芽衣子と同じ顔をしたアイツ。”英騎”に対してだ。
国は王の個人的所有物ではない。王たるものは王になるだけの素質が必要であり、その素質とは理屈ではなく心から”慕われる”事。そして”信頼される”事。
だからセキュリティなぞなくても心配いらない。そんな人間でないといけない。
なればこそ、本来王に危害を加える人間などいるはずもないのだ。少なくとも帝都には。
(王の素質って奴か……)
「くぉらぁーーー! 誰かでてこーーーい!」
――――約一名を覗いて。
「……まさかの無視?」
「誰もいないんすか?」
「みたいね。ほんと、愚図ばっかでやんなっちゃう」
「大魔女が無礼な侵入をしたからなんし。反省しやれ」
「うっさい。正規の方法で入ったら身体検査とか長々とうざいでしょうが」
身体検査くらいどこでもやってると思うが。しかし妙だ。多少強引だったとはいえ、僕らが王宮に立ち入った事はパトカーに追われながらで十分目立っていたのに。
このセキュリティ装置の数々だって、元々は近頃頻発するテロリストを警戒した物だ。呼び出したのが帝都側ならなおさら、出迎え……それ以前に使用人程度はいてもよさそうなのだが……
「だー……れもいないっすね」
「もう……しょうがないなぁ」
「勝手に入っちゃおっか」
「ええっ! それは……」
「だってしょうがないじゃん。じゃ、誰か来るまでここで寝泊まりする?」
「それも……いやっすね」
しょうがなしにオーマの提案通り、王宮へ入る事にする。本来なら案内されながらじゃないと入ってはいけないのだろうが、誰もいないのだから仕方がない。
オーマ曰くこの広い庭を抜けると、大きな正門があるらしい。今度は比喩ではなく、正真正銘の本物の門が。
「それはいいんすけどー……」
「我らの行く末いかほどに?」
「あ、あんたらもう用事ないから帰っていいわよ」
「この流れで帰路に着けと申すか!?」
外からヴーヴーとサイレンの鳴り響く音がする。それはここが無人だから、余計に目だって聞こえてくる。
ここからどうやって外に出るのか知らないが、まぁこの状況で居酒屋気分で外に出れば即座に囲まれ、潔白が証明できるまで連行されるのは確実だろうな。
「内部の者に不慮の出来事を伝えるまで出れないなんし!」
「じゃあ、着いてこれば?」
「ぐぬぬ……この件は貴族連盟に掛け合って直訴させてもらう故な!」
「はいはいかかってきなさんし」
『キィーーーー!』
思いもかけずこの二人も着いてくることになった。まぁ、そりゃ出られないよな。
いい加減貴族夫婦が哀れだ。何が哀れかって、犯罪スレスレの行為に巻き込まれたあげく、その張本人が全く反省の色を見せずにおちょくられ倒しているのだが。
この件がキッカケで没落貴族になってしまわぬよう、切に願うばかりである。
「誰もいない……」
「あら……ちょっと来て。門が開いてるわ」
「でかっ」
王宮の入口となる門。そこに本来あるはずの”扉”が、元からこうであったかのように大きく開かれている。
その奥から見えるのはチェス盤のようなマス目の大理石に、ステンドグラスで描かれた高すぎる天井。
壁は美術館のような高級そうな白い素材。その一つ一つに沿うようにこれまた神殿のような支柱が何本も並んでいる。
「これ、入れってことよね?」
「まあ、入るしかないでしょ」
「ああ、偉大な帝都たる御国の中心、御前から無断で立ち入る事を許したまえ……」
「いいからはよいけ」
そして僕らはその御国の中心を御前から一歩踏み出した。オーマと貴族、この帝都を知る両名曰く、ここはただの廊下らしい。さすが王宮、ただの廊下が謎の解放感を感じるほどに広い。そして高い。首が痛くなるくらいに。
「はえ~……」
その無駄に広く高い廊下を一歩、また一歩と進む。ちょうど二十歩を数えた頃だろうか。ここで初めて”王宮”の人間を視界に捕えた。
「……」
「あっ」
目の前に、見るからにいかめしい男が僕らの進行方向に立っている。なんとなく「ここから先はいかせんぞ」と言い出しそうだ。
男は異様な存在感を放っている。年季の入った肌の皺に、黒い地肌ががいかつさを増大させる。体格はプロレスラーかと言いたくなるくらいに発達し、立たせた髪が目立つ短髪の白髪。眉毛は斜めに真っ直ぐ太く、そのすぐ下にある目力は金縛りに合いそうなくらい、深い。
召し物は白身の強いローブに軍服のような金属部品が所々つけられており、肩の部分だけ少し厚い生地で作られている。そのせいか、特撮物に出てくる地球防衛隊員のように見えなくもない。
「……」
「う……」
何より感じるのが、この男から放たれる謎の威圧オーラ。別に、魔法を放とうとしているわけじゃない。
ただ立っている。それだけでつい謝ってしまいそうな異様に凄みのある雰囲気が、僕の喉を反射的にゴクリとさせる。
「あ、あの、この人……」
『ははぁーーーー!』
「ちょ!?」
貴族夫婦が、なにやらいきなり土下座し始めた。それは無断で王宮に立ち入ってしまった事に対する贖罪か。
それを謝る相手と言う事は、このいかついおっさんはこの王宮の権力者なのだろうか。だとしたらこのやたらと威圧感を感じる凄みオーラも納得できる。
「えっまじ!? なんでおっさんがここに!?」
「お知り合いですか……?」
「まさかいきなり……普通こういうのって、案内人の兵から先に出るもんなんだけど」
男はじっとこちらを見ている。その目力から、まるでカエルを睨むヘビのように。
その眼力に気圧されたのか貴族はずっと土下座をし続けている。その態度から察するに、とりあえず貴族よりかは位は高そうだ。
本当に睨んでいるのか元々そう言う風体なのかは知らないが、そろそろ何か言っていただきたい。無言の圧力をこのまま発せられると、そろそろお腹が痛くなってくるんだが。
「パム・パドリクス……」
その思いに答えたのか、男はオーマを見るやいなや声を発した。かなりドスの効いた渋すぎる声だ。
もしかして、王宮と間違えてヤの人の事務所に入ってしまったのか。耳だけで聞くとそう勘違いしてもおかしくない。演歌歌手にでもなれそうなギャップのギの字もない見た目通りすぎる声だ。
「よっおっさん。元気してた?」
「おっさん直々に来るなんて、意外ね。もしかしてそんなにアタシに会いたかった?」
「あの、誰ですか?」
「貴族を見てわかんない?」
『ははぁー!』
――――そう。法被とねじり鉢巻きが似合いそうな、この男の正体は。
「ま……さか……」
「ね、言った通りでしょ?」
「このおっさんがさっき言った【王様】」
「……」
(ウソォーーーーーー!!)
意外にも程があった。事前に心の準備をしとかないと、心臓が止まりかけるくらいに。
オーマの言う通り、ローブのおかげでなんとかそれっぽく見えるものの衣服を脳内変換すれば神輿が似合いそうな、それはそれは”粋”な風体の持ち主であった。
妙にたじろいでしまう謎のオーラの正体は、王の風格と呼ぶべきか。――――「王」この一言で、無言の圧力が三割増しで増えた気がした。
「う、ああ……」
「おっさん、遠路はるばるきてやったわよ。だからはやく、”王の間”に通してよ」
「あ、そうそうこの貴族は関係ないからね。間違って捕まえちゃだめよ。可哀想だから」
お前がそれを言うか。その場の全員がそう思っただろう。度重なる不祥事の元凶が、反省の色も見せずに王をおっさん呼ばわりしているのだからたまらない。
そう、こいつが馴れ馴れしくおっさんと呼ぶせいで気づかなかった。てっきり汚職をネタに揺すりを掛けに来たヤの人なのかと。
このいかつい顔に無言の圧力が加われば、それはそれは威圧感がすごい。気を許すと何もしてないのに僕まで土下座してしまいそうな、そんなくらいに。
「……その少年が例の”召喚者”か」
「は、はいぃ!」
「そ、こいつが例のアレ。いきなりやってきてなんか世話焼かされてんの」
「戦闘行為に巻き込まれたと聞いたが……」
「ああ、あれね。でも大丈夫。なんでか知らないけど精霊使えるから、戦いもバッチリよ」
「先ほどから……王宮の外が騒がしいのは主らのせいか……」
「あ、それこいつのせい」
「はぁ!? ちちち、違います! この人です! この人がなんかめんどくさいとか言って勝手に……」
「……」
罪をなすりつけようとしてくるオーマに間髪入れず反論する。ここまでの付き合いでわかったんだ。こいつの嘘は即座に対応しないとそのままうやむやにされてしまう。そんな危険性があるからだ。
そして僕以上にオーマと長い付き合いのあるこの王は、もちろんそんな事とっくにご存じだろう。王はひとしきり話を聞いた後、ゆっくりと息を吐いた。
「フー……」
「何一息ついてんのよ。はよ客間にでも連れてけ」
「……スゥゥゥゥ――――」
(ん?)
そして吐いた息を取り戻すように今度は息を吸いこみ、鼻が膨れ胸がいっぱいまで膨らんだ頃。
――――猛烈な殺気を感じた。
「ゥゥゥゥ…………」
「なにしてんの……?」
――――ピタ
「こ」
「の」
「 ヴ ァ ッ ッ カ モ ン が ぁ ァ ァ ァ ァ ァ ー ー ー ー ッ ッ ! ! 」
『ひあああああああーーーーッ!』
その瞬間、王の咆哮がこの場一体を音速の速さで駆け抜けた。余りの迫力に全員が全員、突風に見舞われたかのように体を逸らす。
この王から発せられる謎の威圧感の正体。それは王の風格でも、いかつい風貌によるものでもない。なんてことはない。ただ単に――――
「お前はッ! 帰って来るなり早々……! この大バカ者がぁッッ!!」
「はひぃ! しゃ、しゃーましぇーん!」
(あーあ……)
――――怒っていた。それだけだった。
つづく




