神輿
――――トンカン――――トンカン――――
「いやはや、面目ないであります。大魔女様に置かれましてはこのような無様な御姿をお見せしまして……」
オーマはなんとも罰の悪そうな顔でもてなしを受けている。この他と比べ比較的マシではあるものの所々朽ちた小屋に通された僕らは、この二つの意味で堅い正規軍さんのもてなしを贖罪の代わりにと受け入れている。
軍人らしい堅い言い回しから発せられる営業トークはお世辞にもおもしろいとは言えず、出された飲み物は飲むのをためらいたくなるほどの、ひび割れた汚いコップに入っている。
この質素すぎるもてなしに、普段なら机をひっくり返して悪態を突きながらプンスカと出ていきそうなオーマが、珍しく愛想笑いに演技感満載のお世辞を言いながら、この軍人さんにこれまでにない気遣いを見せている。
それもそのはず。この朽ちた宿舎、崩れた建物、不意に空いた大穴。これらの全てが何を隠そう、このオーマ本人の手による物だからである。
けして悪意があったわけではないが、そこはさすが魔王。やることなす事全てが人間に仇名す用に出来ている。
年末ジャンボ宝くじの一等賞、超レアアイテムのドロップ、万馬券の的中、麻雀の天和。これらに代表される人智を超えた、まさに神に愛されし”豪運”を持った者がごく稀にいるが、それに近い物をこのオーマも持っているのだろう。
「でありましてな! そこで我ら栄ある帝都山岳部隊はですな――――」
「ハハ……すご~い……」
――――魔の神に愛されし”業運”を。
「すいません、ちょっとトイレ……」
「やや、便所はここの曲がった突き当りであります、従者の方」
「しかしながら便所のある所は崩れかけております故、どうかご注意を」
「はい……」
もちろん便意などない。僕が出したかったのはこの愛想と気遣いに塗れたかりそめの空気だったのだ。
何が悲しくて見知らぬ中年のおもしろくもなんとものない話を聞かされねばならぬのか。オーマがここを動けない以上、僕まで巻き込まれる道理はない。
いつぞやの戒律王も言ってたろ。「共に助け合え」と。だったら思う存分助け合え。その汚い小屋の中で。
『オーライ、オーライ』
「……お」
この山岳部隊の宿舎、当然だが何もさっきの軍人一人しかいないわけではない。外へ出てふと周りを見渡すと、あのお堅い軍人同様雅な紋章が刻まれた鎧を身に纏った軍人が至る所に点在している。
皆あの堅いヤツの同僚だろう。彼らは不意に訪れたこの災害にめげる事無く、破壊された建物の補強や無事な家具の運び入れ等、一人一人が役目を持って様々な作業をしている。
さっきの奴は果物の入った袋を持っていた。きっとあいつは食糧担当だったのだろう。
「ったく、えれー目にあったもんだ」
「あんちゃんらありがとな。お宅らが来てくれたおかげで助かってるよ」
『いいって事よぉ!』
「ちょ」
そして宿舎の後片付けをしている軍人に混じって、何故か山賊共まで嬉々として働いている。
一瞬わからなかったわ。何故そんな即座に違和感なく馴染む事が出来るのだ。それはやはり兵士同士、何か通ずるものがあるのだろう。
その証拠に彼らは彼らにしかわからない言葉で楽しげに雑談を交わしている。
「へへ、この程度”ディーピレット戦役”の頃に比べりゃガキの使いにもなりゃしねえ」
「お、通だねあんちゃんら。俺らぁ昔あの”オーバーノース戦線”に参加してたんだぜ」
「まじかい! オーバーノースっていやぁあの南北戦争の時の!」
「なな、だったら”ボウ・アライト遺跡”知ってんべ!? 俺ら昔あそこの盗掘団撃退したんだよ!」
「おーそりゃすげえ! そのニュースはよく知ってら!」
「俺は山岳隊に配属される前は”ヘジョイン市”にいたかんな!」
『――――まじかー……んでさー……ハハハー……――――』
と言った感じで会話に入り込めなさそうな話題が彼らの間を飛び交っている。まぁ、最初から混ざる気は無いが
と言った感じで外へ出てみたはいい物の、特にすることもなく、ただただひたすらに宿舎の中をフラフラと歩いている
ボーっとしながらなんとなしに歩いていると、しばらくしてふとある事に気がついた。
「あ……ぼっちってる」
まさかこの異世界においてまたこんな目に合おうとは。これも持って生まれたものなのだろうか。
オーマはあの堅いヤツと。山賊達はいかにもな現役軍人達と。各々が各々で結び付けられ、一つの”輪”を形成している。
そしてその輪からあぶれた僕が辛うじて紡いだもう一つの輪。それは――――
「コポッ」
「おまえかい」
輪からあぶれた僕が唯一繋がる物、それは悲しい事に人ですらなかった。現状、僕に食い入る程懐いてくるのはこいつだけだ。
しかし僕の相手が務まるのはこいつだけ。そしてその逆も然り。こいつに耳元でパンパン割られちゃ軍人共も迷惑だろう。
しょうがない。二人して輪から外れた似た者同士。この虚しい時間が終わるまで、共に生きて行こうじゃないか。
――――わいわい――――がやがや――――
「にしても……」
僕は水玉と共に宿舎内を周回した後、再び元の場所へと戻ってきた。脇では山賊がまだ軍人達と”戦役トーク”に花咲かせている。よくよく考えたら、彼らは元上司と部下の関係では?
帝都に雇われ正規軍と一緒に戦ったとか言ってなかったっけ? そして結果……よくそんな連中と仲良く話せるな。自分達をクビにした組織の連中なのに。
とまぁ脳筋共のその辺を何も考えない脳筋共よりも、今はこっちに関心がある。僕がここへ戻ってから、手に膝を突きながら中腰で見下ろしているコレ。
オーマがやらかした”大穴”である。
「ふっかいな~」
雷の矢が貫いた地面には、先の見えないそれはそれは深い穴が開いている。さっき見た時は中から静電気がパチパチと点滅しているのが見えたが、それはもう無くなったようだ。
その代わりこの垂直に開けられた大穴から、風が舞い込んだのかヒューヒューと笛の様な風切音が聞こえてくる。それがこの縦一直線に伸びた大穴のせいと言う事は容易に想像できた。
「リコーダーの原理みたいなもんかな……」
はやく埋めないと、夜な夜なこれが鳴るとなればウザすぎるにもほどがあるな。虫の羽音が常に耳元で聞こえてくるのと同じ状態だろう。
まったく、どこまでも迷惑をかける奴だ。どうせ穴が開くなら、温泉でも出ればよかったのにな。
――――バン!
「ぬおっ!」
その時、先ほどいた小屋から勢いよく扉が開かれ、噂をすればと言わんばかりにこの大穴を作った張本人が現れた。
「大魔女様! ご自分の都合もありましょうに我々の手伝いまでして頂き感無量であります!」
「い、いいってことよ! 食材になりそうな物を適当に取ってくればいいのね?」
「じゃじゃじゃじゃあ行ってきまぁーーーす!」
オーマは僕らを置き去りにして足早に山の中へと消えて行った。それを見送る堅い軍人は堅いお礼と堅いお辞儀を何度も何度も堅く繰り出している。
どうやら、食糧調達係の彼の代わりに自分が取ってくると”自分から”申し出たらしい。
この堅いヤツはそれを「大魔女様の慈愛」と思い込んでいるようだが、必要以上に全力で駆けるオーマの姿を見て、僕だけはその真意を即座に見抜いた。
(逃げたな……)
この堅いヤツの長々しいもてなしには以下に魔王とて耐えられなかったらしい。いつかオーマが言っていたように、莫大な富を得た富豪が何より恐れるのは「退屈」の二文字なのだろう。
その選ばれし者だけが感じることができる感情を、この中年は我々の様な庶民にも与えてくれる。それはある意味レアな存在だろう。
「……」
ところで、いつまでここに滞在するつもりだろう。オーマは早く下山したいと言っていた。それは山で一泊はイヤだからだ。だったら、山よりもひどいここでの一泊はもっとイヤだろう。
まさか魔王軍が魔王を置いて先に行くわけにもいくまい。あいつが戻ってくるまでここに待機せざるを得ないな。
にしても、帝都……僕らの目的地。あの地図を見た時点である程度覚悟はしていたが、本当に”遠い”……
ひょっとしたらそれは実は架空の街で、みんなそれがあるものだという体で、なりきっているだけなんじゃないだろうか。某夢の国みたいな感じで。
「だとしたら怖すぎるな……」
「ほんと、こわいよねッ、この穴!」
「ぬえっ!」
……いつの間にか僕の横に誰かがいた。女だ……この軍人の宿舎には似合わぬ、ドレスのようなフリフリだらけの赤いワンピース。
靴はこの山岳地帯にも関わらず、機能よりもデザインを優先したような赤いハイヒールを履いている。
にもかかわらず、身長は僕よりも低い。かなり低い。この格好。それはまるで、背伸びをしている子供の用に。
「おっこったら地獄まで落ちていきそうですぅ~」
「あんただれ……」
「君ははじめましてだね♪ 帝都物販サービスの者ですっ! 以後よろしくねっ」
「はぁ……」
「定期便のお時間なので来たのですが……なんか大事になってるよぉ~?」
女、いやこの少女はこの荒れた惨状をキョロキョロと小さな顔で見まわしている。首が動くたびに少女の真っ白いロングヘアーが右往左往に揺れている。
この少女のような姿からは想像が付かないが、彼女は帝都物販サービスの配達員と名乗った。
山岳部隊は場所が場所だけに気軽に物資の調達ができない。だから帝都の物販業者と契約し、こうして定期的に物資を運んでもらっているのだ。
つまり、早い話が―――
「宅急便ね」
「あ、そうともゆ~」
このぶりっこな口調がやや鼻に突くが、彼女は確かに配達員のようだ。彼女は背に自分の背丈よりも大きな袋を抱え、それを荷台代わりの滑車乗せて、馬車の様にひっぱってここまでやってきたようだ。
その格好でこの山道をよく登ってこれたな……どこの企業か知らんが、えらいファンタスティックな社風なようだ。
「お、毎度ごくろうさん。今日はまたえらいかわいらしい配達屋さんが来たな!」
「へへ、よく言われますぅ~」
「てへりん♪」
……オーマがここにいなくてよかった。このぶりぶり加減。オーマがいたら助走をつけつつ右下ナナメ右飛び込み式強ジャンプアッパーを炸裂させていただろう。
そして少女はその役目を果たさんと地面にドン! と袋を置きそれを一つ一つ丁寧に取り出した。
袋の中からは何やらよくわからない物が次々と溢れ出てくる。よくわからないが山岳隊が仕事で使う物なのだろう。まぁ、知った所で意味はない。
――――しかし一つだけ、その荷の中に僕の興味を引く物が入っていた。
「あっこれ」
「おやおやお客さんお目が高い! これが気になりますかぁ~?」
扇風機……それは某有名雑貨店で必ず置かれている、手のひらサイズの電動ミニ扇風機であった。
夏、クーラーのない野外で風を浴びたい時に使う物だが、正直言っておもしろ雑貨の域を出ていない。
たまに教室でこれを使用する奴がいたが、その場に持ってきたが最後。どこからかやってきたイタズラ小僧に奪われ、分解され、放課後になる頃には無残な姿になっているという呪われた曰くつきの逸品である。
しかしこの異世界に似つかわしくない雑貨家電を、何故この子が……
「さぁさぁよってらっしゃい見てらっしゃい! 今この少年が興味を示したこの一品!」
「これはなんと、”魔法を使わず”その場ですぁやか~な風を生み出す事ができる、帝都が生んだ奇跡の逸品なのです!」
「そこのお兄さん! そんなバカなとお思いですね? いいでしょう。論より証拠!」
「特別にその効果、今この場で体験させてあげましょ~~~!」
そう言って少女はたかが扇風機にえらく仰々しい紹介で見物人達を煽り出した。
こんな少女が何故こんな山奥まで送り込まれたか、今わかった。――――営業担当だったのだ。
「ごらんくだされ皆々様! この鋭い鎌のようにとがった三つの刃! この罪人の首を刈るが如く備え付けられた三つの首が――――」
この子、口は回るが例えがいちいちおどろおどろしいな。確かに回ってる時に指を入れればそこそこ痛いが。
しかし僕以外は彼女の営業トークにまんまと乗せられ、いつの間にか皆作業を中断し、アホ面下げてこぞってそれを注視している。
魔法を使わない事がウリらしいが、それはメリットなのか? 潔く魔法を使った方がはるかに涼しいと思うぞ。
「この持ち手に備え付けられし起動の宝玉を押せば、その場はたちまち嵐の如く大気の渦がふりそそぐでしょ~~!」
嵐を起こしたらダメだろ。どこの科学兵器だ。話盛りすぎなんだよ。
少女は僕以外の食い入るような目線をその肌で感じ、何秒もしつこくもったい付けながらスイッチに指を伸ばした。
プルプルと指を震わせながら「いくよ~いくよ~」と言っていちいち観客をもったい付けてくるが、それが会社から教わった営業方法なのだろうか。だったら辞めといた方がいい。
無駄な引っ張りは視聴者の不快感を買うと、それは動画ソムリエの僕が証明している。
そしてやっとの事でスイッチを押すと、少女の言う三つの刃がビーと言うモーター音を立てながら円を描き回り出した。
『おおお~~~~ッ!』
「どうですこの風! 感じますか!? 伝わりますか!? これは正真正銘”魔力ゼロ”の天然の風で~す!」
「これは私が特別に持ってきた、限定一台のみの販売です! 早い者勝ちだよ! さあ、買った買った~~~!」
少女の予告どおり、その機械から発せられる風に周りの連中は拍手喝采の大盛況だ。
……しょうもない。確かに魔法を使わない天然の風だが、こんなそよ風で何ができる。これならドライヤーの方がよっぽど涼しいぞ。
「ねね、所で」
「お、なんだいおにーさん! 買う? 買う?」
「いや、そうじゃなくて」
「それ……電池あるの?」
「……さあ、早い物勝ちだよ~~~~!」
無視された。今完全に消費者の知る権利が踏みにじられた。つまり――――別売りかよ!
おいお前ら騙されるな。ただでさえ弱いこの風は永遠どころか三日そこらですぐ出なくなるんだぞ。
単三か単四か知らんが、ここに電池なんてものはないだろう? これを手に入れたが最後。風を浴びたくば永遠に別売り品を買い続けなければならないのだ。山から出れないお前らはこの定期便が来るたびに、毎回、な。
そして少女よ、そのかわいらしい見た目とぶりっこなキャラは、やはり計算に基づいたキャラクターだな?
僕は騙されない。そんな粗悪品をさぞ大々的な虚偽と必要な説明を省いた売り方。それを僕の世界では”詐欺”と呼ぶのだ。
『買った! いーや俺も! いや俺が! お嬢ちゃん、俺に売ってくれ!』
そうとは知らずこの栄ある帝国軍人共は、こぞってこの電池地獄のガラクタを手に入れんと俺が俺がと競り始めた。
たかだかミニ扇風機にレアカードが出品されたネットオークション並みの盛況っぷりだ。アホすぎる……ま、僕には関係のない事か。
見事勝ち取った奴には、この大穴のように”電池交換”と言う名の先の見えない”闇”が待っているんだからな。
精々照らし続けろ。その帝都軍人の栄光とやらで。
「さあさあ! どなたがこの貴重な品を手に入れ……」
「れ……う……あ……」
「ん?」
その時、威勢のいい少女の掛け声はピタリと止まった。少女は首を斜め上に向け、眼前に現れた”何か”をじっと見つめている。
ふいに、その視線をなぞるように振り返ってみた。そこには――――
「なんだぁ? 暴れるまでもなくすでにボロッボロじゃねえか」
――――少女とは実に対称的な、少女の二人分はありそうな大柄な男が現れた。
「へっ魔物にでも襲われたかよ。帝国の癖によ」
男は少女同様この朽ちた隊宿舎を見渡し、続けざまに侮蔑の言葉を浴びせた。
「帝国兵の癖にだらしがない」一見すると正論にも聞こえるその言葉は、表情から悪意に満ちた様子が伺い取れ、そしてそれは”別の意味”が含まれていた事に、男の発する次の言葉で気づく事となった。
「ちょうどよかったぜぇ。わざわざ楽にぶち壊せるよぉにしといてくれて助からぁ」
「てなわけでまぁ……消えてくれや!」
男は背中に背負った布にくるまれた物に手をかけ、それを前方へと、力任せにブン!と風を切る音が聞こえるほど勢いよく振り上げた。
それは男の身の丈に合せて作られたような、持ちやすいよう取っ手にゴムらしき滑り止めのついた、長い長い、巨大な”棒”
棍棒……というには細く、杖と言うには長いその”棒”を持った手を、血管が浮き上がる程強く握りしめた男は歯が見えるほど大きな口を開き、腹が膨れるほど大きく息を吸いこんだ。
突然の来訪者に僕だけではなく周りの連中も呆気にとられている。この様子から察するに、彼らも知らない”謎の男”
男は誰とも名乗る事無く息を吸い続け、そしてそれを見ている僕の目の前で――――
――――男は動き出した。
「 ッ ラ ァ ! 」
(な――――!)
男は咆哮と共に手に持った棒を”横一直線”に大きく振った。風を切る程の速度で勢いよく振り払われた棒の達する先は、朽ちかけた宿舎の建物に追い打ちをかけるように、見事”直撃”――――
男の予言通り、すでに朽ちて崩れていたその建物はダメージの上にさらに激しいダメージを加えられ、かろうじて留めていた建物としての外形を、今後こそ再起不能なまでに崩れ落ち”させられた”
飛び散る破片、バキバキと木材が割れていく音と共に、男は大きく口を歪ませている。――――笑っている。
そしてその男の行為は、疑うべくもなく、その場の全員が同じ意見を一致させた。
『敵襲ゥーーーーッ! 敵襲だァーーーーッ!』
”強襲”その言葉がピタリと当てはまるほど、強引で清々しさすら感じる、威風堂々とした”襲撃”
男は構わず破壊行為を加える。男のパワーは朽ちかけの建物程度なら容易に破壊する事を可能にし、瞬きする間もなく次々とその場が”破壊”で埋まっていく。
無論この行為を黙っていられるはずもなく、帝国軍と山賊達はかつての共同戦線と思い出すように、武器を構え、男に向かって立ち向かっていった。
「この栄光ある帝国の何おいて、これ以上の蛮行はさせん!」
「やめろデカブツオラァーーーー!」
「ハッハァーーーーー! ドンドンこいやチビ共ォ!」
多勢に無勢。この元傭兵と現役軍人で溢れ返るこの地で、男はこの軍勢をたった一人で戦おうとしている。
男の豪快な口はついには口角を上げたまま固定され、この窮地としか言えない状況を事もあろうに”楽しんでいる”
そうとしか思えない程、男の表情は嬉々として生気に満ちていた。
『オオオォォーーーーッ!』
「オラオラオラ! てめえらそんだけ雁首揃えてその程度かよ!」
信じられない……この圧倒的な数の差を男は本気で一人で戦っている。男に向けて次々と繰り出される刃が、男の持つ必要以上に長い”棒”によって、煩わしいハエのように次々と打ち払われていく。
男はこの運動量にも関わらずまだ余裕がある様子を見せ、固まった笑顔のまま豪速で振り回される棒を、さらに速く、豪快に加速させていく。
「 シ ャ ラ ッ ! 」
――――そしてついに、男の棒撃は数の差を超えた。
この棒の一閃により山賊、帝国の連合軍はまとめて吹き飛ばされ、それでもなお止まらない男の棒撃により、見る見る内に手負いの者が増えていく。
血と土埃とうめき声が辺りを包む。そしてその中を、男の歓喜だけが高らかに鳴り響く。
「ハッハーーーーッ! 帝国も所詮大したことねぇなぁーーーーッ!」
喧嘩好き……その言葉がピタリと当てはまる。僕には一切理解できないが、どうやら男は”戦いを楽しめる”タイプの人間のようだ。
火種の気配がすれば自ら首を突っ込み、そして縦横無尽に火を瞬く間に広げていく。そうして広がった炎が再び鎮火する時、すなわちそれは、男が相手を全滅させた時――――
『がはぁ……ってぇ……なんだ……あいつ……』
「おいおいおい、ホントこれで終わりかよぉ? ほんとマジつまんねぇ連中だなぁー」
「けっ、しょべぇ。こりゃ寄り道せずにさっさと”帝都”に向かってればよかったぜ」
「”帝都”の連中なら、お前らよかもっと骨ぇありそうだかんなぁ!」
男の先ほどまでの歓喜は瞬く間に落胆へと変貌し、飽きたと言いたげに腕をダランと力なく伸ばし、棒を地面へと付けた。
喧嘩好き……その気持ちはさっぱりわからんが、この手の奴は勝ち負けよりも、拮抗した実力者同士によるどちらに転ぶかわからないスリルを楽しんでいるのだと、僕はそう思った。いや、決めつけた。
そして僕はその気持ちに答える事は出来ない。男の恵まれた体躯と激しい棒術には、手も足も出なさそうだからだ。
「……あん?」
――――だからこそ、男の為に用意した。この混乱を極めた状況に置いて、男と同様真っ先に首を突っ込み、男同様派手に暴れる事が仕事の、未だ現れない僕らの”もう一人のメンバー”
「なんだぁ? ボン(ガキ)が一人いるじゃねえか」
「……」
「よぉボン、こんな所にいるってこたぁ山登りでもしに来たか?」
「ハハ、わりぃな。お役人さんはたった今、俺がこの場でボコボコにしちまった」
「山登りなら一人でいってくれや。なぁに、こんな奴らの許可なんか取るこたねぇ」
「山は全てに平等で、全てを分け隔てなく迎え入れる。ってなもんよぉ!」
「……僕もその意見には同意です」
「お、聞き分けのいいボンだな。そうだろそうだろ、我ながらイイ事言うぜぇ」
「あなたの言う通り、山は全てに平等です」
「”あなた自身にも”」
「あん――――」
「ここだぁーーーーーーーーーー!」
――――ゴッ!
僕に気を取られていた男が、背中から未だかつて味わった事のないだろう衝撃を受けた。
”それ”は男の大きな体躯よりさらに大きく、男の持つ棒よりもさらに長い。持ち前の地力から生み出される遠心力の存分にかかった”それ”は、男を楽々巻き込み、男の壊した建物さえも巻き込んで、男の言う”全てを迎え入れる山”へと吹き飛ばした。
――――グオオオオオオ!
「地竜ゥ~~~!」
――――男には悪いが、やや卑怯な”騙し打ち”をさせてもらった。あの大きな体躯の男が暴れ出した時、僕にはどうする事も出来ないとすぐに悟ったからだ。
しかしそのままぼーっとしているわけにはいかなかった。それは場を荒らされた山岳隊に同情したからではない。
この宿舎をボロボロにしたのは”ある意味”僕のせいでもあったからだ。
(……ふーん、久しぶりよ。このアタシにそんな”舐めた口”を利く奴は……)
そして男の姿は土煙に紛れ、山の彼方へと消えて行った――――
「地竜! わるいな、よく今まで耐えてくれた!」
――――グオオッ!
あの男同様喧嘩っ早い地竜なのに、よくここまでガマンしてくれた。
実はあの時、男が暴れ出したと同時に水玉に頼んで地竜を宥める用抑えていてもらったのだ。そして僕の合図と共に出張ってもらい、男は不意打ちを突かれる形で、そのまま”直撃”――――
そういう作戦だった。と後付けでいくらでもよく言えるが、本当の所は言えやしない。
もしあの男が万が一、この場の全員を軒並み倒してしまい、次に”僕に狙いを定めたら”――――
……早い話が、保険を打っただけなのだ。持前のヘタレ根性による保守的な考えにすぎないとは、口が裂けても、言えやしない。
『あててて…… あの野郎…… 立てるか、皆の者……』
山賊と帝国兵が手を取りあい、互いが互いを励ましている。ひどいダメージを負った者から順に、水玉による治癒の雨が彼らの体力を回復させる。水の精は恵みの力と、オーマの説明を覚えていた事が役に立った。
下らんメルヘン話も聞いてみるもんだ。そう一人で頷いていると、そういえばもう一人メルヘンがいた事を思い出した。
「はわわ、大変な事になっちゃったですぅ~!」
今回最も被害を受けたのがこのロリだろう。僕や山賊達は少なからずこの惨状の原因の一つだったが、この子はとばっちりもいい所だ。
商売の邪魔してすまん。帝都で見かけたらお詫びに何か買ってやる。ミニ扇風機はいらんがな。
「いかに尊大な力を持った無頼漢であろうと、この帝国の紋様授かりしこの鎧は打ち砕けないのであります!」
よく言うわ、いつの間にかノビてた癖に。見てたぞ。一撃で吹っ飛んで大の字でヒクヒクと横たわっている姿をな。どうやら、堅いのは口だけだったようだ。
ていうか、そういえばオーマはどこまで行ったんだろう。こんな一大事にあいつは何をやってるんだ。
あいつがいればこのロリの言うように、ここまで大事にならなかったのに。
「おしょーばいはもう、できそうにないですぅ……」
「君さ、なんか勝手にオークション始めてたけど、それ会社の許可とってやってる?」
「……」
「無断……だったのね」
意外と守銭奴だな、このロリ……会社に内緒で小遣いでも稼ぐつもりだったのか。
まぁ諦めろ。この状況でそんなミニ扇風機を売った所で、三日で動かなくなってその辺に捨てられるのがオチだ。
ちょうどそこにでかい”ゴミ箱”がある事だしな。
「くっそ~、なんだったんだあの大男……」
手負いを追った連中が水玉の力により、なんとか歩ける程度には回復したようだ。周りの建物は最初よりはるかにひどく崩壊している。あの大男が手当たり次第に壊して回ったせいだ。
ほんとになんだったんだあの男は。一人で一国家の基地に乗り込む等正気の沙汰ではない。
本当に喧嘩好きなのか? 僕がネット中毒のように、あいつもバトル中毒なのか。だとしたら、なんてはた迷惑な中毒なんだろう。路上で喫煙するニコチン中毒の何倍も有害だな。
元々ボロかったこの場所がさらにボロくなった。これを立て直すのは彼らなのだろうか、それとも国から支援が出るのだろうか。
どっちかは知らないが一度に二度不幸に見舞われるとは、この隊はもしかして呪われているのかもしれない。
お前ら、山のどこかで罰が当たるような事でもしたか? 地蔵をこかしたりとかお供え物を食べたりとか。
「今日はもう帰るです……」
かわいそうに、ロリにとっては自身の生業も破壊された事になる。見るからに意気消沈としているロリを生温かい目で見送る。
そんな格好でどうやって帰るのかは知らないが……まぁ、またどこかで元気に押し売りでもやっているだろう。
とぼとぼと去っていくロリの背中に商売人の苦労が垣間見れた気がした。
そして山岳隊には悪いが、僕らもそろそろ出発しなければならない。オーマが戻ってくるまでは手伝ってやるが、いつまでもここにいるわけにもいかない。
帝都からの呼び出しがかかってからもう随分時間が経った。帝都が呼んでいるのはオーマではなく僕の方、そしてこちらも帝都には用事がある。
どうやったら元の世界に帰れるのか。そして、芽衣子の事……
こちらとしてもあまり時間を掛けたくないと言うのが本音だ。それはきっと帝都の元老院とやらもそうだろう。
じゃあお前らが迎えに来いよと言いたい所だが、あっちはあっちで色々と忙しいのだろう。
だから、あいつが戻ったら僕らは出発する。何、迷惑かけたお詫びに帝都に着いたらお前らを手伝ってやるよう言っといてやるさ。
後安心して競りができるよう給料もあげてやれ、とな。
「オーマおっそいな……どこまで行ってんだ」
「コポッ」
水玉が「見てこようか?」と打診してくれている。悪いが頼もうか。普段はあれだけ僕らに口やかましい癖に、自分だけ遅刻バックレ常習犯では他の連中に示しがつかない。
魔王なら魔王らしく、他の者の手本になるようにしてもらわないとな。世界の半分をやるのはその後だ。
そして水玉はオーマを探しに、山へフヨフヨと浮きながら去って行った
――――はずだった。
「……なにしてんだあいつ」
水玉は少しばかり移動しただけで、宿舎の出入り口から動かない。なんだ、急にめんどくさくなったか?
……しかし水玉の様子はどこかおかしい。動揺を示すようにうねうねと玉の形が崩れている。
何かあったのか? どうにも気になるので、水玉に近寄ってみる事にした。
するとそこには、水玉同様去って行ったはずの――――さっきのロリがいた。
「はわ、はわわわわ」
ロリは腰を逸らしてあわあわとうろたえている。水玉と同じ反応だ。出られない……のか? まさか、また魔物でも出たのだろうか。
不意に二人をかき分け、様子を探るべく一歩前へと歩み寄った。そしてふとロリの向ける目線へと目をやる。
――――その光景に、僕も二人と同じ反応にならざるを得なかった。
「まじ……か……」
――――結論から言うと
「ボン……随分いいもんかましてくれたじゃねえか……」
――――窮地はまだ”去ってはいなかった”
「ウゥゥゥゥゥラァァァーーーーッ!」
――――男はふたたび暴れ出した。先ほど同様の長棒を力いっぱい振り下ろすと、ゴウン! と言う音と主に大地が爆ぜた。
小さな爆弾程度はありそうなその破壊力は、再び場に土煙を燻らせパラパラと土のカケラをまき散らす。
その衝撃がビリビリと僕の足裏へと到達し、心の準備が出来ていなかった事と予想外の再復活に、僕の足は簡単にひっくり返されてしまった。
「ひぃぃぃ~~! あの”山男”さんしつこすぎですぅ~~~!」
それは隣の僕より小さいこのロリ少女も同様であった。ロリは大きくしりもちをつくと自身に再び訪れた不幸に慌てふためいている。
ロリが言う通り、男の風体と山岳基地に現れた事から、まさに”山男”と呼ぶにふさわしい姿であった。
山男と言えど地竜の尾撃には耐えられなかったのか、額からだらだらと血を流し、その間から怒りに満ちた目つきが僕に向けられる。
しかし比喩なぞではない本当の化け物の一撃を食らって、額から血が滴る中、歩くどころかまた元気よく暴れ出そうとしている男の姿は、種族は違えどこの男も本当に化け物の類なのではないだろうか。
そう感じるには十分なほど”脅威”であった。
「ボン……中々”粋”な事してくれたじゃねえかぁ……」
男は案の定僕を睨んでいる。それが「次のターゲットはお前だ」と言っている事は明白であった。
誰よりも非力な癖に誰よりも強烈な一撃を御見舞いしたんだ。当然と言えば当然か。
そしてそれは男の中で”粋”な事に該当するらしい。粋と言われてもお祭りと屋台と法被のイメージしか湧いてこないが、一つだけ、わかるのは――――
「さあ、次はどんな手でくるんだい!? ア”ァ!?」
「……まじ?」
喧嘩と言う名の”神輿”に担ぎ上げられた事――――
つづく




