十話 連行
【前章のあらすじ】
光治が踏み入れた異界の地。そこは【魔霊の森】と呼ばれる超危険地帯であった。
到着早々魔物に襲われる光治であったが、森に住まう魔法使いの女から窮地を救ってもらう。
その後光治は女の邸宅にて保護を受けた物の、その実女は、魔物よりもタチの悪い【大魔女】であった。
異界の勝手を知らぬ光治は、そんな大魔女の逆鱗に触れてしまい、そしてまたしても襲われるハメになってしまう。
その結果九死に一生こそ得た物の、今度は異界の警察官。通称【執行官】により大魔女共々逮捕されてしまった。
光治の目的が、時が過ぎる毎に段々と遠ざかって行く。
これではもはや人探し所ではない。
北瀬芽衣子を探す為にも、何としても釈放されねばならない。
それが現時点での、光治の最大の目標であった――――。
「……」
「「…………」」
――――この場に今、なんとも重苦しい空気が漂っている。
今僕がいるこの空間は、所謂「馬車」と呼ばれる物だ。
安手の幌に覆われた車内は、馬の歩幅に連動してドカドカと乱雑に搭乗者の体を揺らす。
道中たまに、何かに引っかかったのか、ドガッと大きく揺れたりもするのだが……。
だが、そんな程度で、この場の反応を引き出すのは難しい。
よくある「おっと失礼」すらもなく――――頑なに、静寂の真っ只中である。
「「………………」」
あの森での一件の後。
僕と女は執行官に促されるままここに乗せられ、そして連行されている最中というわけだ。
馬車の中は左右の隅に椅子代わりの木材が備えられており、僕はその左側に座らされた。
そして、僕が着席すると同時に即・両脇を執行官が陣取り、めでたく僕は容疑者となった次第だ。
(せ、狭い……)
あの女のデマを信じたのか……ただの中学生相手に中々の警戒振りである。
ちなみに執行官とは、こっちの世界で言う警察官にあたる連中。
そしてこの馬車は、彼らの所属組織【執行院】が所有する移動手段。
つまり、「パトカー」に値する物である。
「「……………………」」
逮捕初体験の僕が言えた口ではないのだが……
パトカーの中とは、「こうまで空気が重い物なのか」と幾ばくか疑問を感じる。
遠足じゃあるまいし、別に和気あいあいとしろと言ってるわけじゃない。
だが、こう、なんだ……あるだろ。
署に着くまでに、車内で出来る限り被疑者から話を聞いたりとか、今後の段取りを説明したりとか……
そう言う、所謂「公務上の会話」って奴が。
(誰か……なんか言えよ……)
だがこっちのポリスは、そんな事知ったこっちゃないらしい。
さっきの一件同様、ここは「似て非なる世界」。
「移動中は無言が常識」と言われてしまえば、それで終わってしまう話なのである。
「……すいません、もうちょっとそっち寄ってくれませんか」
「「……………………」」
(せめて動けよ……)
喋らない代わりに、奴らは僕の動きを”必要以上に”張り詰めながら見張っている。
その証拠に、この二人が体で僕をサンドイッチにしてくるのだ。
ただせさえ狭い車内が「僕だけ」さらに狭くなる。
そんなに張り詰めなくても、逃げないし、ていうか逃げれないし……
(それに比べて……)
実はこの執行官。現場に現れたのは二人だけだったのだが、実は計”五人”いたのだ。
所謂待機要員って奴である。
そのうち一人は馬の指揮者。そして僕の両隣にいる二人が森に来た二人組。
最後に、僕の対面に座る残りの二人が……
ベテランの風格すら漂う”ムードメーカー”――――殺意を覚えるくらいの。
「大魔女様、ほんとうにお久しゅうございます。都に出向かれるのは久しぶりでしょう」
「大魔女様はたまにしかお会いできませんで……今再びお目にかかるこの時に、感謝の一言でございます」
対面の執行官共は、あからさまに女に”おべっか”を使っている。
おかげ様で、物理的に狭いこの車内が「精神的にも」狭い空間へと作り変えられた。
対面。距離にしてたった数メートルのこの間が、こうまで遠く感じるものなのか。
そう感じる程までに、向こう側は――――”和気あいあい”としていた。
「都に着かれたら、いかがでしょう。気分転換に街を散策して見れば」
「街は随分と変わりました。大魔女様の知らない珍品屋や魔法関係の業者がいくつか――――」
「そんな気分になれないわよ……」
そしてそんな「作られた和やか」を甘んじて貪り食うのが――――あの女。
僕を被害者から加害者にしたてあげやがった、本物の悪。および黒幕。ならびに全ての元凶である。
そんな真なる邪悪に、奴らは事もあろうに「ご機嫌取り」を伺っているのだ。
仮にも公務員が「そんな差別をしていいのか」と、文句を垂れたい今日この頃なのだが……
だが僕が文句を言うまでもなく、彼らの苦労が報われる事はなかった。
ついさっき森を破壊したあのアマが――――彼らが生み出した空気をも、壊すからだ。
「あ~~~もう! ホントマジなんでこんな事にィ~~~~ッ!」
「ああっ! 大魔女様! お、落ち着きなさって下され!」
「大魔女様は十分恩赦の余地があります! どうか、どうかお鎮まりを~~ッ!」
――――道中ずっとこの繰り返しだ。
こうやってあのアマが突然ヒスり始め、それを執行官が宥める。
そうしておべっかを使いつつなんとか落ち着きを取り戻させ、しばらくの静寂を迎えた後……
またあのアマが発狂をし始め、最初に戻るのだ。
(めんどくせえ奴だな……)
「なんで自分がこんな目に――――」。
しきりにそう訴える女だが、そんな目に合わせたのは何を隠そう”僕”なのだから、より一層肩身が狭いと言う物である。
徹底的に静かな左側に、徹底的に喧しい右側。
この相反する二つの空間が、所詮混ざり合う事などあるわけがなく……
僕はただ目の前の、荒ぶる”大魔女様”に目を合わさないよう、必死に下を向き続けるのみである。
(大魔女……おおまじょ……オーマジョ……)
(あれ……どっかで聞いた事あったっけ……?)
「名前を聞いてはいけない」――――。
そんな法律など知る由もない僕は、この静寂の中で、自分のしでかした”事の大きさ”を何度も噛み締め……そして、すぐに忘れた。
わかるはずもないそんな”一般常識”を責められても、わからん物はわからん。そうとしか言えない。
むしろ今の僕の興味はこっちでしかない。
女の名前を聞く事には失敗した物の――――女の”呼称”を知る事には、成功したのだ。
(あるような……無いような……)
――――女はしきりに【大魔女様】と呼ばれていた。
魔女の上に「大」がついたあげく、しかも語尾は様付けと来た。
敬称にも、程がある呼ばれ方だ。
敬い過ぎて尊敬語がダブルブッキングを起こしているのだが、それもまた「常識の違い」で片が付くのだろう。
「うう……恩赦って、アタシもう何度目だと思ってんのよ……」
「だ、大丈夫ですよ! 今回は事に至る相応の動機があるのですから!」
(前にもなんかやったのか……)
そんなありがたい大魔女様が、ここまで取り乱す理由。
それは実に簡単な話、”初犯じゃない”からだ。
聞く耳を立てればどうやらこの大魔女様、この辺一帯で何度もやらかしている「常習犯」らしい。
そしてその都度とっ捕まり、法の裁きを受け、しばらく大人しくした後――――また、最初に戻るのだ。
「だってアタシ前に言われたばっかりなのよ!? 次はないぞってさぁ!」
「アニマは罪人には大体そう言うんです! それはあなた様も重々承知のはずです!」
「だからよ! あの頭でっかちが……早々何度も許すはずないじゃ~~~~ん!」
どうやら、さっきから名前の挙がる【アニマ】とやらが、こっちで言う裁判官に当たる人物らしい。
で、こいつは常連だから、そのアニマさんの人となりももちろん熟知していると。
そんないいお客さんな大魔女の発狂振りと、同じく深い関係の執行官の宥め方から察するに――――
相当に、”手厳しい人物”のようだ。
「ぐう……ほとぼりが冷めるまで大人しくしてるつもりだったのに……!」
「大丈夫です大魔女様! あなたの功績も、アニマはちゃんと把握してますから……」
雷オヤジタイプなのか、熱血教師タイプなのか、はたまた延々と説法を語る住職タイプなのか……
少々の不安があるのは認めるが、それでも僕には無縁な話だ。
なんせ僕は初犯。それも悪意があったわけじゃない。
執行猶予の余地が有り余る、清らかなる一般市民なのだ。
――――それに僕の場合は、ちょっとした”ワケアリ”だ。
僕の課題は「罪人」としてではなく、「別世界」の人間であると言う事。
女の昨晩の振る舞いからして、まぁ、早々頻繁に「客人」が来れる世界ではないと言うのは明白だ。
そこら辺を、以下にそのアニマさんに信じさせるかが鍵となるのだが……
「だぁ~~~~ッ! やっぱ無理! イイ言い訳が思いつかぬぁ~~~~い!」
「「お、大魔女様~~ッ! どうか、どうかお鎮まりを~~~~ッ!」」
(うるっせぇな……)
ま、何にせよ……。
イタズラ電話すらも早々にできないこの僕が、大罪人の汚名を着せられる要素などあるはずもない。
お叱りは避けられないと言うなら、むしろ望む所だ。
反省する振りと、人の話を右から左へ受け流すのは――――「超が付く程の」得意分野だからな。
だからこそ。この何度も同じ過ちを繰り返す大魔女様にも、少しだけでもこのスキルを分けてあげたいと思う今日この頃である。
だって異界には、列記とした”社会”と言う物があるのだから。
このヒス女の二つ名「大魔女様」とか言う敬称のだって、それは社会が生み出した物なのだ。
それは何も異界だけじゃない。
学校、会社、人間関係、その他etc――――社会には”流れ”がある。
それが仮に自分に不都合な流れだったとしても、逆らった所でより強い圧に飲み込まれるだけだ。
流れは常に一方通行。
そして流れる先にある物が、「危険極まる岩礁地帯」と、すでにわかっているのであれば――――
(とっとと過ぎ去っちまうのが正解なんだよ)
苦難への流れが避けられないと言うのであれば、だったらむしろ”全力で乗っかる”。
そうすれば、後は流れそのものが、訪れし苦難をも”自動で”彼方へやってくれるのに……。
悲しい事に……力を持つ者程、その事に気が付かない事が多い。
なまじっか力があるだけに、力が現実を曇らせるのだ。
そして力ある者は、滝つぼに落ちて初めて”真実”に気が付くのだが……
それは完全なる「時すでに遅し」って奴だ。
(こいつみたいに)
「もうマジヤダァ~~~~ッ! 今度は何やらされんの~~~~ッ!」
これが僕が齢14にして開いた人生の悟り。
まるで釈迦にでもなった気分だね。新興宗教を起こせば、そこそこ成功する自信すらある。
だから、この目の前の哀れな子羊が……
本気で反省して、真摯に心入れ替えて、ちゃ~んと”自分を非を認める”と言うのであれば。
「基本中の基本」くらいは、授けてやらんでもない。
「……学べよ」
「―――― ア” ア” ! ? 」
カ――――ン…………
頭に、固い物が当たる感覚がした。
――――
……
得てして、光治と大魔女を乗せた馬車は、焦土と化した森から離れて行き――――そして、彼方へと消えた。
つい先刻まで森だった更地には、小さな煙や炎と言った破壊の痕跡が、依然として居座り続けている。
そして、そこに取り残された者達は、破壊の限りを尽くされた住処をなんとか再生せんと、各々が各々の考えで動き始めた。
その中で今現在、最も精力的に働くは――――
大魔女の根城の後片付けを命じられた、土の召喚獣・ゴーレムがその筆頭と言えよう。
ズルゥ……
――――並びに。
「オイオイマジカヨ……アイツ、逮捕サレチャッタヨ」
――――白と黒の怪人・「モノクロ」も。
「ソリャマァ、イツカハ会ワセルツモリダッタケド?」
「デモサァ……何モ、コンナスグニ、コンナ形デ……」
「ハァ……大魔女ニ預ケタノハ、ヒョットスルト失敗ダッタノカモワカランネ」
「ソウ思ワネ…………ゴーレム君」
『…………』
モノクロは、ゴーレムが物言わぬことを良い事に、好き放題に愚痴を吐いた。
その内容は主に、この事件の当事者である「大魔女について」である。
モノクロは、事もあろうに従者の目の前で「主の陰口」を叩き続けた。
やれ粗暴だ、やれ自己中心的だ、やれガキだ、等々――――。
本人が知れば、この惨劇が繰り返される事請け合いの悪態の数々。
それらをモノクロは、一切の遠慮を見せず、延々と”私怨混じり”に発し続けた。
「マジメンドクセーワ……アノ女ダキャ……」
「アッテカ、サッキハゴメンナ。イキナリ突キ飛バシチャッテサァ」
「デモマァ、ソノ……ワカルダロ? 緊急事態ダッタッテノガ」
『…………』
そんな口の過ぎるモノクロではあるが、事ゴーレムに対しては優しく接した。
それは目の前にいるからでも、取り残された事に対する同情でもない。
ゴーレムに対し、ほんの少し「負い目」があった。ただそれだけである。
「オ詫ビニホラ、オ片付ケ、手伝ッテアゲルカラ……」
だが――――そんな負い目も、すぐに忘れ去られる事となる。
「アゲル……カラ……」
「……」
モノクロはその時、確かにゴーレムの手伝いを買って出た。
その言葉は嘘偽りない本心である。だが、”結局はしなかった”。
ゴーレムが健気に片づける、ガレキの山々には――――”見るのも嫌な物”が、大量にあった為に。
「ヤベェ……マジキメェ……」
『…………』
「……ゴメン、突然ダケド急用ガデキタカラ帰ルワ」
『…………!?』
モノクロの速すぎる手のひら返しに、ゴーレムは困惑を見せた。
「ふざけるな」――――そう言わんばかりに自身の体を「手」に変え、モノクロを捕まえようとするゴーレム。
しかし、その試みは程なく失敗に終わる事となる。
ほんの少し振り向く間に――――モノクロはもう”手の届かぬ所”に移動を終えていた為に。
「イヤイヤ、本当ニ待チ合ワセシテルンダッテ!……今ジャナイケド」
『…………!』
「テーワケデ、オ片付ケガンバッテ、ナ!」
『~~~~!』
モノクロはゴーレムの怒れる気配を察知し、出来る限りの”言い訳”を残してその場を去った。
闇に紛れて消えていく、モノクロの身体。
その間のわずかな隙間。モノクロが完全にいなくなるまでの刹那の間。
闇の中からは”言い訳がましい声だけが”、執拗にこだまし続けた――――。
「ア~~メッチャ呼バレテル、6秒以内ニ来イッテ言ッテル~~」
「呼ンデル~~、”コーミン”ガ呼ンデル~~……」
つづく
すいませんコピペミスってました。
今気づいたんで削除しときました(3/26)




