65.最終話
「皇女様は愛人の生活費は全て個人的に賄っているの。皇女様の母君が営んでいる貿易会社ががっぽりちゃんだからね」
「へー皇女様の母君が……うん?皇后様が貿易会社?」
「ああ、皇女様は陛下がお酒に酔いすぎた際に関係をもってしまった侍女殿から生まれたの。皇后様の養女になっていらっしゃるから皇后様のお子様だけどね。皇女様は皇后様ともご生母殿とも仲良くしていらっしゃる賢い方よ。まあ皇后様もご生母殿も人として優れた方だからこそ成り立っているとも言えるのだけれど」
皇后を慕っていた皇女の生母は側室、愛人にはならずに皇女を置いて王宮を出た。皇后が餞別として渡した金を元手に会社を始めたら大当たり。皇家の計らいにより好きに娘に会うことができた彼女は会社を娘に残したいと思い誰とも結婚することなく、生き生きと暮らしている。
「そうか……それなら良かった」
ホッとした様子のサイラスをエリーゼは見つめる。
下を向き気味だったサイラスの目線が上がりエリーゼの視線と交わる。
「エリーゼありがとう」
「?」
「君と縁を切ってもジョーがまともに生活できるように配慮してくれたんだろう?その辺に放り出すことだってできたはずだ」
男爵という爵位に対するお手当だけでは貧乏生活だ。華やかな生活を覚えたものがその質を下げるのはとても難しい。エリーゼは無言でサイラスを見つめる。
「それにこれは俺が思いたいだけかもしれないけど……父上や俺の為にも善処してくれたのかな……と思って」
貴族社会はやらかした者の家族にも厳しい。公爵家の姫君を蔑ろにした末の離婚、その家族とてフルボッコにされてもおかしくない。
しかし皇女の愛人になるための離婚。そして公爵家の姫君は兄と再婚。そこにどんな裏事情があるとわかっていても周りの者はおめでとうと言うしかない。
言ってから恥ずかしくなったのかサイラスの耳がほのかに赤くなっている。それに気づいたエリーゼはからかうでもなく、暖かな微笑みを浮かべた。
「せっかく繋がった縁――私は夫もその家族も幸せであってほしいわ」
サイラスも微笑みを浮かべ同意した。
「幸せになろう」
「ええ、もちろん」
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ー1年半後ー
オギャーオギャー
伯爵邸に今日も元気な赤子の泣き声が響き渡る。
「おーおーおーおー、お祖父様でちゅよー」
お高そうなベビーベッドから小さい赤子を抱き上げるのはエリーゼの父である公爵だ。
「また来たんですか?お父様」
赤子の隣で仮眠を取っていたエリーゼが愛娘の泣き声に目を覚まし、父親がいることに気づいて呆れた表情を浮かべる。
「可愛い可愛い孫娘に会いに来て何が悪い。ねー本当に今日も可愛いでちゅねー」
先月エリーゼとサイラスの間には女の子が誕生した。それからというもの公爵は毎日のように伯爵邸に来ては孫を離そうとしない。
「初孫でもないでしょうに」
「まあそう言うな。皆可愛い孫だがなぁ……皆血筋が高貴だからあまり私がベタベタするわけにはいかないのだ」
長男のところの孫は公爵家の跡継ぎだが息子のお嫁様が他国の姫君なので失礼はできない。
長女のところの孫は近くにもいないし、いずれか他国の王になる男の子、距離感は大切だ。
次男のところの孫はあの女傑がいる侯爵家にいるから頻繁には行けない。
次女のところの孫は同じ爵位である公爵家にいる。こちらもまたそんなにお邪魔しま~すと気軽に行けるところではない。
「それに比べお前の所は名ばかりの伯爵位だし来やすいのでな。サイラスは私の執事だし、ベタベタしてもなんの政治的教育的問題もない。生みの親はお前だから気を使う必要もない」
「喧嘩売ってます?」
「そんなわけないだろう。それにこの子がお前みたいにならないかちゃんと監視せねばな」
「やはり喧嘩売ってますよね?」
「そんなわけないと言っているだろうが」
2人の間に火花が散った。少し睨み合った後先に目を逸らしたのはエリーゼだった。
「まあ!でしたらお父様の教育の賜物で私がこうなったのですから娘もなるのでは?」
「な!?その変人性はお前の生まれ持ったものだろう!?変なことを言うなこの奇人変人バカ娘が!」
相変わらずの父親にエリーゼは笑う。
実に穏やかな日々だ。ジョーとの結婚生活ではあり得なかった日々。
ジョーは今皇女の母君の会社で働いているらしい。他の愛人たちは見た目だけでなく、性格もできた人ばかりでジョーを蔑んだりすることなく、ゆっくりと打ち解けていったそう。
彼らから色々なことを学び、変わりたいと思ったらしい。
どこまで変わることができるのかはわからないが、とりあえず下っ端の雑用、規則正しい生活、食生活によりグーンと体重は減ったらしい。
義父がまともな人間になりつつあると泣いて喜んでいた。
「ねぇ、お父様?」
「なんでちゅか?」
「頭大丈夫でちゅか?」
「間違えただけだ。昔の物言わぬ頃のお前が蘇ってな…………昔は本当に本当に可愛かったのに」
何やらぶつぶつ呟く公爵にエリーゼは苦く笑うしかない。
「……私とサイラスは結ばれる縁でした。なのになぜ運命は私達を一旦引き離したのでしょう?」
「は?そんなことわかるわけないだろう」
「ですよね」
「人には様々な出来事が起こる。ただそれだけのことだろう。別に少し回り道したからといってお前が失ったのは初婚と若さくらいだろ。新しい夫もいるし、なんの問題もない」
「私はまだ若いです」
失礼な親父だ。
「エリーゼ、ただいま…………げっ、義父上様」
サイラスが帰宅し、公爵に気づき顔を引き攣らせる。
「今げっと言ったな、こらサイラス」
「言ってないですよ。義父上様またいらしたんですね」
「ああ、可愛い可愛い孫娘だからな。それよりもさっきげっと言っただろう?」
言った言っていないと騒ぐ2人を見てエリーゼは口元を綻ばせる。
確かになぜなぜと考えても仕方ないかもしれない。
とりあえず今確かなのは
かっこいい夫
可愛い可愛い娘
彼らに囲まれて
今自分はとても幸せだと言うことだ。




