63.もう一度
「ジャマル男爵、私達の婚姻関係はちゃあんとブチッと切っておいたわ。あなたじゃあるまいし、皇女様の愛人に妻がいたら宜しくないことくらいちゃんとわかっているわ」
「そ、それなら再婚しよう!皇女の愛人にならなきゃ大丈夫だろ!再婚してやるよ!お前も嬉しいだろ!」
「ほほほほほほ!冗談はやめてちょうだい。なんで私が嬉しいのよ?」
「だ、だって俺とまた夫婦になれるんだから嬉しいに決まってるだろ!」
「ぶっ!」
噴き出すエリーゼにジョーは言葉を失う。
「その見た目、性格を好む女性がこの世にどれだけいると思っていて?」
「な!?お、俺はたくさんの女にモテるんだ!」
「まあまあ!勘違いもここまでいくとお見事ね。わざとやっているわけじゃないのよね?」
「何を言ってるんだ!?」
「貴族の女性であなたに群がっていたのは私のことが嫌いな方ばかり。皆私の悪口を楽しそうに言っていたでしょう?私の夫を寝取ることに快感を感じる変人なのよ。あなたのその見た目も、私の夫だと言うだけであら不思議……絶世の美男に早変わり~なんてね」
た、確かにエリーゼの悪口をこれでもかと言っていた気がする。
「誰もあなた自身のことなんて見ていないのよ。彼女たちが見ていたのは私。彼女たちが感じていたのはあなたの身体?テクニック?愛情?どれも違うわ。私への優越感よ」
……それはエリーゼが胸を張って言うことなのだろうか。は!勢いに飲み込まれてはいけない。
「ま、まあ貴族の女たちはそうだったかもしれないが、娼婦は違うだろう!皆こぞって俺に媚を売り、店の前を通れば声を掛けてきたぞ!」
「ほほほほほ!娼婦たちはそれがお仕事ですからね。それをしないとご飯が食べられませんから」
「そんなことない!高飛車の貴族連中とは違って俺の話を親身に聞き、優しくしてくれたぞ!」
「だから仕事だって言ってるでしょうが!お金の為よ!」
「違う!」
「じゃああなたに身請けしてと言う方はいたのかしら?」
「そ、それは……」
そういえば誰もいなかった気がする。豪勢に遊ぶブサイクな男や高価な衣服を身に着けたヨボヨボジジイには身請けを強請る姿を見たことがあるのに。
なぜ自分は言われたことがないんだ?
「あなたに身請けされるくらいなら娼婦のままが良かったのね」
「………………」
「あらあらそんなに落ち込まないでジャマル男爵」
黙り込んでしまったジョーにエリーゼは優しく囁く。
「仕方ないじゃない。娼婦にだって、選ぶ権利はあるのよ?見た目も金払いもあなたは合格ラインに到達しなかっただけじゃない。あなたはたくさんのお金を払ったつもりみたいだけど、あんなもの端金よ」
公爵家からの援助を一人の娼婦につぎ込めばそれなりの額にはなったと思う。だがジョーは複数人の娼婦を買っているのだ。それだけ金額は分散される。
質より量を求めたジョーは安い娼婦を買っていたようだが、それでも上客とは言えない額しか使っていないとじいやから聞いている。
貴族のお遊びにしてはなんともお粗末としか言いようがない。
「………………再婚はできないのか?」
ジョーがボソリと呟く。
「あなたは皇女様の愛人になるのよ」
「……せっかく縁があって一緒になったのに……冷たいんじゃないのか?」
冷たい?
縁?
縁をずたずたにし、人に罵詈雑言を2年以上も吐いてきた人間に言われるとは――実に心外である。
「た、確かに調子に乗っていたとは思う。だ、だけど人間誰だって金が手に入れば気分が上がるもんだろ!?仕方ないだろ!?」
「同意を求められても困るわ。私にはなぜ気分が上がって人を貶すという思考回路に至るのか理解できないもの」
「それはお前が全てを持ってるからだろ!?お前に持っていない者のことなんて理解できるわけがない!」
声を荒らげた後ハーハーと荒い息を吐くジョーを暫く見つめた後エリーゼは口を開く。
「私にも良くない所があったとは思うわ。あなたの態度が悪くなった時諌めていれば、心に寄り添えば違う現在になっていたかもしれない」
エリーゼの言葉にジョーの顔に少し期待の色が浮かんだ。
「でもあなた大人でしょ?分別くらい自分でつけなさいよ。私はね与えられたもの以上を求めることは構わないと思うのよ?与えられたものを利用し、自らも努力するのであれば私は喜んで力になったわ」
度を超えた悪事をしなければ力などいくらでも貸した。いざとなればお金だって融通することだって構わなかった。
「あなたは与えられた金を有効利用することなく遊びに使っただけ、別にそれ自体は構わなかったのよ?与えられていることに感謝しながら過ごしてくれたら」
それはそれで仕方ない。働かずとも遊んで暮らせる金が手元にあるのだ。人によってはそれで満足することなんていくらでもあるだろう。
「あなたは私を有効活用するでもなく、妻として扱うこともなく、ただ蔑みの対象へと貶めたわ。そして大恩ある公爵家さえ侮辱した。これはいただけないわ――貴族にとって家はとても大切なものであり、命であり誇りだもの」
エリーゼに縋るように目を向けていたジョーの視線が少しずつ下がる。
「まして私はライカネル公爵家の娘、この帝国一の忠臣家の娘。その誇りを汚す奴は許せないわ」
全てを言い切ったエリーゼをジョーはぼーっと見つめる。
こんなにエリーゼが話したのはいつぶりだろうか、いや初めてかもしれない。婚姻後の自分の態度が違うものだったらこのようにたくさんの話をしたのだろうか。
「……心を入れ替えるからもう一度だけやり直せないか?」
ジョーは力なくポツリと呟いた。




