62.悪態!?
「は、はいぃ!」
んんっ!ずっと黙って下を向いていたので変な声が出てしまったがまあいいだろう。さあ俺の顔をよく見るがいい!
ジョーはキメ顔をしながら頭を上げ、胸を張り若干顎を上げ気味に仁王立ちした――――そして数秒間彼の思考は停止し固まった。
「さ、いきましょうエリーゼ姉様」
「はい皇女様」
「あの男のせいで大変だったと聞いたわ!」
「皇女様のお陰で解放されますわ」
「まあもっと早く言ってくれたら良かったのに!仕事なんか放棄して帰ってきましたのに!」
「まあ皇女様は冗談がお上手ですね」
「いえ、本気よ」
「…………」
遠ざかっていく皇女とエリーゼだったが、ジョーは皇女から目を離せなかった。
その眩いばかりの美しい姿に
ではなく
肥え太った姿に。
え?なんだあれは?いつも鏡で見ている自分の姿と重なるような体型は。いやいや、違う違う。自分は男だから良いのだ。女のくせしてなんだあのデブは……!?
それになんだあの特徴のないのっぺりとした顔はなんなんだ?取り立ててブスと言うほどではないかもしれないが、お世辞にも美しいとは言えない。
「んんっ!皇女様をお待たせする気ですか?」
は!
目の前から2人の姿が消え、馬車の御者が声をかけてくる。は、と意識がはっきりしたジョーは慌てて2人の後を追うために駆け出した。
ドスンドスンと地響きをさせながら。
~~~~~~~~~~
ジョーは来客室の椅子に腰掛けた後、愕然としたまま言葉を発することができなかった。その目は何度も皇女とエリーゼを行き来する。
目の前の女は間違いなく皇女……なんだよな。エリーゼの父である公爵の弟である陛下の娘。本当に目の前の2人は血が繋がっているんだよな……?
というか陛下ともちゃんと血は繋がっているのか?陛下もその妻である皇后もかなりの美形だ。どんな運命のいたずらでこんな不細工が産まれたんだ?
「あなたがジョーね。この私に仕えられることを光栄に思いなさいね?」
「は!?」
「まあたくさんの良い男を抱えた私があなたを閨に呼ぶことはないでしょうけれど、使用人に当たり散らすことなく大人しく日々を過ごすのよ?」
「は!?」
「エリーゼ姉様聞きまして?この国の皇女である私に『は!?』ですって。私にこのような態度ですものエリーゼ姉様はさぞ酷いことを言われてきたのでしょう!許すまじですわ!」
「え、あ……」
「人を見た目で判断してはならないことを承知で言わせてもらいますけど、あなた自分がどんな容姿か自覚していまして?醜く肥え太った身体!下の下顔!女神以上の美貌を誇るエリーゼ姉様の横に立つのさえ烏滸がましいのよ!」
「!?」
な、なんなんだ。自分だって物申せる顔じゃないだろうが!このブサイクな豚皇女が!
「私からしたらそれだけでも許せないのに、性格もクソで下品で自意識過剰で勘違い野郎で夢見る夢男君だなんてあり得ないわ!エリーゼ姉様の視界に入るのさえ許しがたし!」
「!?」
こ、この女はこんなにも魅力溢れるモテモテの俺の性格を非難しているのか!?お前こそあり得ないだろうが!
「これからは現実を見てちょうだいね?私の夫は他国の王子だったお方。それに私の今いる愛人たちも皆あなたより血筋が良いものばかり。もちろん見た目もね。心の中で何を思おうと勝手だけれどひたすら頭をヘコヘコと下げ過ごすのよ?」
「……っ……っ……!」
あらあら――エリーゼはジョーの顔が真っ赤になっているのに気づく。それは羞恥か、怒りか。
フーフーと荒い息を吐き、眉は吊り上がり、唇を噛み締め、身体はぶるぶる震えているから怒りだろう。しかも爆発寸前の。
でもジョーよく考えなさいね?相手は皇女なのよ?現実を突きつけられたからといって怒りを爆発させて良い相手かどうかくらいわかるわよね?
ダンッ!
「お前何様だ!?俺を愛人にしたいんだろ!?だったらお前は頭を下げるべきで、俺に媚びへつらうべきだ!人の見た目をごちゃごちゃ言う暇があったら自分がまずどうにかしろよ!お前みたいな豚抱く気になんかならないからな!」
目の前の机を思いっきり叩いた後、目の前に座る皇女に罵声を浴びせるジョー。言ってやったとばかりに鼻からフンと息を吐き満足そうな顔をしている。
が、部屋の空気が殺伐なものへと変わったのに気づくと途端にオロオロしだす。
『なんて無礼なの』
『不敬罪だわ』
『牢屋行き……いや、豚箱行きよ』
『処刑よ』
皇女に付き従う侍女たちの囁き声にジョーは青褪めるが、さっと皇女が手を上げたことで侍女たちは閉口する。
「あなたが言うように私は見た目も良くないし、性格も良いとは言えないわ。あなたと一緒ね。でもあなたと私の違いがおわかり?」
「…………」
侍女たちが黙ったことで少し余裕ができたジョーは不機嫌そうな顔をして黙るばかりだった。
「あなたはただの男爵で私は皇女なの。即ち権力があるの。だから色々なことが許されるのよ?あなたはないない尽くしなのだからちゃんと頭を低くし黙って私の言うことを聞くしかないのよ?わかった?」
聞き分けのない子どもに言い聞かせるかのごとく優しく穏やかに言葉を紡ぐ皇女。
「………………わかるか。もういいお前の愛人になるのはやめる。エリーゼ」
だから名前呼び、しかも呼び捨てにすんなって言ってるだろうがと内心思いつつ、面倒そうに視線をジョーに向けるエリーゼ。ジョーはエリーゼと視線が合うと口を開いた。
「どうせお前まだ離婚の申請してないだろ?このままお前と夫婦でいてやる。ありがたく思えよ」
「な……!?」
ここまで愚かな勘違い花畑脳だとは……皇女はチラリとエリーゼを横目で見るとビクリと一瞬身体を震わせた。
そこには、悪魔の如き大輪の毒花を咲かせたような笑みを浮かべるエリーゼがいた。




