61.お出迎え
男爵邸の門前にてエリーゼとジョーは皇女の到着を待っていた。
「エリーゼ今頃戻ってきたんだな！離婚の書類にちゃんとサインして提出しただろうな？」
「ほほほほ、離婚は成立したのだから呼び捨てはやめていただけるかしら」
「名前のことなんてどうでもいいだろ！ちゃんと離婚の書類にサインして提出したんだよな！？」
「ええもちろん」
……離婚は成立したと言っているのに何を言っているのか。
「本当に本当だろうな！？俺のことが惜しくて書類の破棄なんてしていないだろうな！？」
「するわけないでしょう」
「お前が邸宅を留守にしている間に俺が皇女の夫になることが決まって悔しいだろう？俺を皇女に取られたんだもんなあ？結局一度も抱いてもらえなくて惨めだろ？はははは！でもそれはお前が悪いんだからな！？生意気で男を立てることを知らないお前がな！一生俺を失ったことを後悔して生きるんだな！」
「…………………………」
全てが間違っている。
夫ではなく愛人だし。
悔しい？惨め？嬉しくて涙が出そうだ。
後悔？後悔ならばお前との結婚を選択した時だよ。
――と言いたいくらいだが、言っても意味がないだろう。それにしてもこの男は同じ世界で生きているのよね？なぜこうも自分の世界に浸り、現実から目を背けて生きていけるのだろうか。
まあこの物言いを聞くのも今日が最後だが。
「俺は寛大だからな、この豪邸はお前にやる！俺は王宮に住むからな！こんなちっぽけな家は不要なんだ！感謝しろよ！」
いい加減黙れ。
そもそもこの家は父親である公爵がエリーゼの為に建てたエリーゼのものだ。何を頓珍漢なことを言っているのか……エリーゼは呆れるばかりだった。
「お……！来たぞ！行儀よくしろよ！」
馬車が近づき、2人の近くに止まる。御者が扉を開けるのに合わせて侍女が降り、中に手を差し伸べる。
エリーゼは片手でスカートを掴み、もう片方の手を胸に当て頭を恭しく下げる。それを見たジョーが慌てて頭を下げる。
ちっ、新しい俺の女がどれだけ良い女か早く見たかったのに……！そもそも俺は望まれて愛人になるわけだからこんなふうに頭を下げる必要はなかったのでは？堂々と迎えた方がかっこよかった気がする。
クソッ！エリーゼのせいで！この女が頭を下げなきゃ良かったのに！最後まで愚鈍な女だな！
「エリーゼ姉様！」
「お久しぶりにございます皇女様」
「下を向いてちゃやだやだ！すぐに頭を上げてその綺麗な顔を見せてちょうだい！」
「恐れ入ります皇女様」
「はあぁぁぁぁぁぁ。相変わらずなんて美貌なのエリーゼ姉様。美の女神も嫉妬するほどの美しさだわぁ」
！？？？？？
な……なんで俺じゃなくエリーゼに声をかけるんだ！？
俺を優先するべきだろう！？
こ、腰が痛いのだが。
ああ！そもそも頭を下げる必要なんてなかったのだから勝手に上げれば良いのだ。すぅと頭を上げかけた時――
「無礼者！皇女様の許しなく頭を上げようとするとはなんと不敬なヤツ！皇女様がお許しになるまでお前は頭を下げていろ！」
皇女の侍女の口からジョーに厳しい叱責が飛び、慌てて上げかけた頭を再び深く下げたジョー。
な、なんなんだよ……！？なんで俺が叱られてるんだ！？おかしいだろ！
頭が混乱する中、皇女とエリーゼの声が再び聞こえてくるが動揺のあまり何を言っているのかわからないジョー。
落ち着け、落ち着け、落ち着け！
そうか！皇女とエリーゼは従姉妹の関係。エリーゼも一応皇家の血を引いているから皇女は気を使ってエリーゼに先に声をかけたのだな。
ほお、皇女はなかなかできた女のようだ。
まあ俺の女なら当たり前だが。
ジョーの中で皇女のイメージ像が爆上がりする。
声は涼やかでなかなかいい感じだ。
きっと顔も性格に見合った絶世の美女だろう。
スタイルはボンッキュッボンだな。何せ皇女なのだ。いいもん食って、いい生活をして、人をこき使って自分を磨かせている女がしょぼい身体のわけが無い。
俺よりもエリーゼを優先するのは頂けないが、皇女という地位故多少血筋優先で動く時もあるだろう。どうせすぐに自分に夢中になり、優先するに決まっている。
「このような場所に皇女様を引き留めてしまうなんて申し訳ございません。皇女様との会話が楽しくてつい長話をしてしまいましたわ。続きは中でお話しましょう。さあ、ご案内しますわ」
「ふふふ、いいのよ。私はエリーゼ姉様とお話できるならどこでも大歓迎だわ！でもずっと立ちっぱなしでエリーゼ姉様のお美しいお御足が冷えたり浮腫んだりしては大変だわ。ささっ早く入りましょう！」
そんな会話がジョーの耳に入ってきたかと思うと、ジャリ……と靴が地面を踏む音が聞こえてくる。
お、おい待て！
俺を置いていくな！
というかまだ頭さえ上げていないぞ！
いや、もしかして……俺に顔を見られるのが恥ずかしいのか？そうだよな一目惚れした相手と顔を合わせるのって恥ずかしいよな！
仕方ない先程までの無礼な行いは許してやるからとりあえず頭を上げさせろ！
「ああ忘れていたわ。そこの男頭を上げて良いわよ」
ジョーの心の叫びが聞こえたのか、皇女からやっとジョーに声がかかった。
