60.離婚
父親が帰った後自室に戻ったジョーは一人笑いが止まらなかった。
自分が皇女の愛人。これは自分も皇族の一員となるということ。男爵家の次男坊が皇室に入れるなんてなんと幸運なのか。
いや、幸運などではない。自分の魅力からしたら当然といったところか。
「皇女……皇女か…………」
一体どのような人だろうか。父親に聞きそびれてしまった。いやいや、そんなことを聞いては自分が無知な人間のようではないか。
そもそも皇女といえばだいたい美女と決まっている。皇帝も皇太子も皇家の血を引く公爵もエリーゼも並外れた美貌を持っているのだ。その血縁者となれば美しくないはずがない。
「これからは金もたくさん使えるな……」
公爵家から支援金をもらっていたがこの前のユリアの件でまだまだ少ない額だと気づいた。自分の価値からしたらもっともらっても良いくらいだと公爵に物申しに行こうと思っていたのだが、手間が省けて良かった。
皇女は民からたくさんの金を巻き上げているんだからたくさんの金を持っているはず。自分が側に侍ればたくさんの金を融通してくれるだろう。
まあ気になる点としては愛人という立ち場になることと最近通っている娼館に暫く通えなくなるということくらい。
本来なら夫という立ち場を用意して欲しいものだが、既に夫がいるらしい。しかも他国の王子らしい。小国のちっぽけな王子らしいが、王子は王子。男爵家と王子の立ち場を変えるのは無理ということくらいわかる。
仕方ないとは思うものの少し憂鬱だ。
それに城に住み始めたらなかなか外に出られないだろうし相手は皇女だから暫くは顔を立ててやらないといけないから当分娼館には通えない。
お願いされて皇女の愛人になってやるのにこんな気遣いができるなんて俺はなんてできたやつなんだ。
自分で自分に惚れ惚れする。
んんっ!どうせすぐに皇女は自分に夢中になるだろう。そうなれば皇女だって自分の言いなりだ。金も自由に使えるし、女遊びも仕放題だ。
ああ、だがあまり夢中にさせすぎて自分を夫にと言い出したら困るな。一応今の夫は王子だし外交問題になってしまうからな。
少し自重してやるか。
自分はなんてできた男なんだ。
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場所は変わり公爵邸の執務室。
部屋の中には公爵とエリーゼとサイラス、そして前男爵がいた。
「エリーゼ様。こちらを」
「お義父様お久しぶりですわ。まあ、そのように頭を下げる必要なんてありません。さあ早く頭をお上げください」
「いいえ、私にはエリーゼ様と顔を合わせる資格などございませっ……いたたたた!エリーゼ様痛いです!」
「こら、このバカ娘!すぐにやめんか!」
エリーゼはささっと義父に近づくと書類をさっと受け取る。そして頭を下げ続ける義父の両頬を手で挟むと、無理矢理頭を上げさせようと上に引っ張る。
「いいからさっさと上げてくださいませっ」
「ひゃ、ひゃい……」
「それで宜しいのです」
「はい、なんかすみません」
なぜか謝ってしまう義父に公爵は同情の視線を向ける。オヤジ2人の悲哀などどうでも良いと言わんばかりに黙って書類に目を通すエリーゼ、ペンをじいやから受け取るとサラサラっとサインをし満足そうに頷いた。
「これを皇帝に提出すればジョーと私の離婚は成立します。オヤジ様方異議はございませんね」
「ああ、早く出してこい」
「エリーゼ様うちの愚息が大変ご迷惑をお掛けし申し訳ございませんでした」
「ほほほほほ、お義父様が気になさることなんてありませんわ。もともとジョーと結婚すると決めたのは私なのですから……そう、私の目が節穴だったのです」
「め、めめめめめめめめ滅相もございませんんんんんん!」
見間違いだろうか。自分のせいだと言っているのに、なぜか背後に鬼が仁王立ちしているように見えるのは。動揺する義父の前でふぅと息を吐くとエリーゼは義父を真正面から見据えた。
「私の目が節穴かはさておき……ジョーを改心できなかった……いえ改心させようと努力することさえしなかったこと嫁としてお義父様にお詫び申し上げます」
急にペコリと頭を下げるエリーゼに義父は反応することができなかった。
「ジョーから歩み寄って当たり前、大事にされて当たり前と考えていたことを認めます。私から歩み寄れば事態は違うものとなっていたかもしれません。現状を招いたのは私の態度も一つの理由であったと思います」
じーっと逸らされることなく紡がれていく言葉を黙って聞いていた義父は口を開いた。
「どんな理由があれ、どんどん道を逸れていったのはジョーの責任です。まして恵まれた環境を与えられて勘違いするなんて愚息の性格が元よりねじ曲がっていたのでしょう。エリーゼ様の責任ではございません」
「お義父様……」
優しい言葉をかける義父にふわりと微笑むエリーゼ。
「ですわね!ほほほ、では離婚届けを出してまいりますね!さあ、サイラス行くわよ!」
「え、あ、お、俺?」
「そうよ!行くわよ!」
「???」
エリーゼは困惑顔のサイラスを引っ張って執務室をドタバタと出て行った。呆然と見送っていた前男爵に公爵が声をかける。
「無神経な娘ですまないな」
「いえ…………っ……くくっ」
あれくらい振り切れている方がこちらも心が軽いというものだと前男爵は思った。




