59.愛人のススメ
「お父様は離婚しろ離婚しろとうるさいし、周囲の者たちもなぜ離婚しないのかと簡単に言いますね」
「それはそうだろう。なぜお前が男爵如きに蔑ろにされなければならない?」
何を当たり前のことをと公爵は不思議顔である。
「蔑ろ云々はさておき、この婚姻は陛下の勧めによるものです」
「…………これはそうなのか?」
夫になるのはサイラスであったはず。彼だから話が進んでいったのだから違うような気もする。
「陛下が褒美として私をジャマル男爵家の嫁にすると言った以上それは勅命です。陛下がお決めになった婚姻を破談にするなど許されませんわ」
「確かにそうだ。しかし陛下はお前の幸せを第一に考えて」
「少々疲れ果てておられましたけどね」
「まあそれは私も悪いのだが……ってそれはいいだろう。とにかくお前の幸せを願う陛下が離婚にお怒りになるはずがないだろう?むしろさっさと離婚してほしいと思っているはずだ」
「陛下はただのその辺のおじさんではないのです。私が離婚をして陛下が誤った選択をしたなどと思われてはなりません」
「エリーゼ」
真剣な眼差しでエリーゼを見つめる公爵。
「なんですか?」
「お前にも人を思いやるという心があったのだな」
エリーゼの顔が笑みのままピシリと固まった。
「…………お父様よりよほど優しい心を持ちあわせておりますよ」
今度は公爵の顔が笑みのままピシリと固まった。
「…………こんな時に冗談はやめてくれないかエリーゼ」
睨み合う2人をサイラスとユリアははらはらとした目で見守る。
「んんっ!それに陛下のことだけではございません。私が離婚したら陛下の命を破ったと公爵家も責められましょう?それに私自身も……ねちねちねちねちねちねち責められるのは鬱陶しいわ」
「それは同意しよう。だがどうする気だ?何か策があるのだろう?」
「ええ、もちろん」
「聞かせてもらえるだろうか?」
「あの方が帰ってくるそうです」
「?…………………………………ああ!あの方か」
「はい」
「それは良い考えだ」
「でしょう?」
「では早速行動開始といこうか」
「ええ」
にたりと笑う2人をサイラスとユリアは不思議そうな顔で見つめた。
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場所は変わりジャマル男爵邸
「お久しぶりですね父上。今日はどんな用ですか?」
来客用の部屋のソファに不機嫌そうに座るジョーの前にいるのは彼の父親である前ジャマル男爵だ。
「あ、ああ久しぶりだな。元気か?」
「ええすこぶる元気ですよ。こんな豪邸に住み、美味いものを食べ、女遊びも好きなだけできるのです。父上は何やら老けたようですね」
2年で老けたとしたらそれはお前の愚行のせいだろうな。
どれだけ親に心労をかけたら気が済むのだろうかこの愚息は。
ジョーの言葉に苦い笑いしか出てこない前男爵。
「……エリーゼ様とはどうだ?」
「ああ、あの女ですか?」
あ、あの女。公爵家の姫君をあの女扱いとは。衝撃のあまり頭がふらつく前男爵に気づくことなくジョーは更に調子に乗る。
「最初は私の魅力に気づかず人を見下したような言動をしておりましたが、最近はやっと私の魅力に気づいたようですよ!私に夢中になりすぎて怖いほどですよ」
ひ、ひぃぃぃぃぃ!
口から出そうになる悲鳴をなんとか心の中で収めることに成功した前男爵。
お、お前に夢中になんてなるわけないだろうが!
その見た目にその性格でなぜあの公爵家の姫君が自分に惚れ込んでるなんて思えるのか全くもって不思議である。
昔から気が弱くプライドだけは高く、家からあまり出ないタイプではあったが、ここまで自分を過剰評価し、人を馬鹿にするような人間ではなかったはず。
――なぜこんなことに。
やはりエリーゼ様の隣に立たせておくわけにはいかない。
「そ、そうか。仲が良いなら少し心苦しいが……実はなお前を愛人にしたいというお方がいてな」
「はあ!?そいつが愛人じゃなくて俺が愛人だと!?何様だそいつは!?俺と関係をもちたいならお前が愛人になれとそいつに伝えてください!」
「いや、だがジョー……」
「父上はボケたんですか?色々な女を抱えていますが俺は結婚しているんですよ?まさか父上はその女の為にエリーゼと離婚しろと言ってるんですか?」
「そ、そうだ!」
「はあ!?本当に頭大丈夫ですか!?エリーゼは公爵に嫌われているし、取るに足らないようやちっぽけな女ですけど血筋だけは立派なんですよ?皇家の次に偉い公爵家のむ・す・め!」
「わかっている!だが「ああ!」」
ジョーが急に大きな声を出したので前男爵は身体をビクつかせる。父親を見据え悟ったといわんばかりに、にやりと笑うジョー。
「公爵家のエリーゼに離婚しろと物申せるってことは相手は皇族ってことですね!?」
「…………そうだ」
「なるほど……それなら離婚します」
「………………………は?い、いいのか?本当にいいのか?」
「愛人というところは少し不満ですけどね。父上の子供として生まれた以上仕方ないでしょう。俺がどれだけ魅力的な男でも血筋はどうにもなりませんからね。あーあ、少なくとも伯爵家に生まれていたら夫になれたのに。父上のせいですからね!?」
こいつは何を言っているんだ?
「あ、ああすまないな……」
前男爵は息子の理解し難いお花畑脳にそれだけしか言葉に出すことができなかった。




