58.離婚しない?
「おお、無事にエリーゼを連れ出せたか」
馬車を降りた後、公爵邸に足を踏み入れた4人に近づいてきたのはエリーゼの父である公爵だった。
「確かユリアと言ったかな?エリーゼを守ろうとしてくれたそうだな父として礼を言う、ありがとう」
「は、はいぃぃぃぃぃ!きょ、きょきょきょ恐縮にこざいますぅぅぅぅぅ」
公爵に声をかけられたユリアが声を裏返しながら叫ぶ。
「お前もご苦労だったな」
「自分の仕事をしたまでです………………ところで公爵ボーナスの方ですが……」
「ああ、もちろんはずもう」
ボーナスアップとガッツポーズをする影にユリアから冷たい視線が向けられる。
「サイラスも急にすまなかったな」
「いえ、私は影殿の言う通りにしただけです」
もう寝ようとしていたところにエリーゼが危ないと部屋にするりと侵入してきた影。自分は彼に言われるがまま行動しただけだ。
「むしろ私は足手まといだったくらいです。影殿一人であればもっとスムーズに救出できたと思うくらいに」
下を向きがちに言葉を紡ぐサイラスをじっと見つめる公爵。
「物語とかだと危険を察知して、かっこよく助けられるじゃないですか……。私は普通に寝ようとしていたし、エリーゼをここまで連れ出せたのも影殿の働きによるものです。なんか情けないですね」
「人には探知機能などついておらぬからな。周囲の者たちを上手く使いながら情報を得て、利口に行動をすれば良いものだ。影が情報を得、お前が動く、そしてそれを影が助ける。どこにもおかしいところなどない」
「……私が行く必要があったのでしょうか?いえ、別に嫌だったとかいうわけじゃないのです。しかし、全て影殿のお陰と言いますか、自分の情けなさを目の当たりにした気がしまして……」
おう、公爵は額に手を充て天を仰ぐ。
なんとロマンの欠片もない男なのだ。
公爵家の影とは護衛も兼ねているからエリーゼを守るのは当たり前。それが仕事だ。しかしその仕事にエリーゼの思いや今後の彼女の幸せの為に一手間を加えた影のファインプレーにジメジメした感情ばかり表しおって……!
「姫を助けるのは王子の役目だ!それがダサい姿だろうがなんだろうがお前がエリーゼを助けた!それで良いのだ!」
えー……そんなものなのだろうか。
グワッと怒声を上げる公爵に言葉を失うサイラス。
「そもそもそんなタイミングよく人の危機に気付ける訳などないだろう?お前はエリーゼと行動を共にしているわけでもなし、誰かが拾った情報を元に動いて当たり前だ。そして今までお前に情報を与えてきたわけでもないのに豚野郎がエリーゼに今夜夜這いしに行くなんて気づくわけがないだろう?」
「ま、まあ確かに?」
「だろう!?それにしてもこれだけドタバタと動き騒いでいるというのにこの娘は…………我が娘ながら本当に変人だな」
公爵はサイラスの腕の中でひたすらすやすやと眠り続ける愛娘を呆れた目で見た。
「なんにしろこれで離婚することにエリーゼも納得するだろう」
奇人変人だろうと大切に大切に育ててきた可愛い娘なのだ。一刻もあの豚野郎から引き離してやりたかった。エリーゼが離婚することを拒否していなければどんな手を使ってでも離婚を成立させていた。
あいつを消すことだって――公爵家の力を使えば造作もないことだったのだ。
彼女はジョーに手を出されないから安心して結婚生活を続けていたのだ。しかし今回のことでその考えは覆った。十分嫌がらせもしただろうし、エリーゼも満足したはずだ。
エリーゼが目覚め次第離婚手続きを始めよう。
公爵は心の中で決心した。
~~~~~~~~~
「離婚は申し出ませんわ」
「「「は?」」」
翌日熱が下がったエリーゼが離婚手続きの話をする父親に向かって言い放った言葉に公爵と同席していたサイラスとユリアは驚愕の表情を浮かべた。
「お前は正気か!?」
「娘に正気かとは失礼な」
「お前だってあの豚と関係を結ぶなど嫌がっていただろう!?勘違いが増長したやつはまたお前の部屋に忍んでくるぞ!?」
「でしょうね。彼は私が逃げたとも思っていないでしょうし」
「離婚は決定事項だ!」
「ええ」
「エリーゼお前を純潔のまま次の男にやりたいという親心を理解………………今、ええと言ったか?」
「はい申しましたわ」
「では早急に離婚の申し出を。サイラス書類を……」
「だからそれはしないと言っているではありませんか」
「離婚するのかしないのかどちらだ!?」
頭から湯気が出そうな公爵と冷静なエリーゼをサイラスとユリアははらはらと見守ることしかできない。
「離婚はします。が、私から申し出ることは致しません」
「……あいつから申し出るのを待つということか。だがあいつがお前を手放すとは思えない。意地を張っていないで離婚するんだ。夫の浮気、暴言が理由の離婚は男社会において少ないとは言える。だがお前は公爵家の娘だ。お前には何も傷がつかないし、誰にも何も言わせはしない。そもそもお前は何か言われても気にするタイプではないだろう?何をそんなにこだわっている?」
エリーゼは父親から向けられる視線を真っ直ぐに受け口を開いた。




