55.救出1
ふんふんふん~
ジョーは上機嫌で深夜の廊下を鼻歌を歌いながら軽い足取りで……実際にはドスドスドスドスと音を立てて歩く。
「いよいよ初夜か……」
エリーゼの生意気で高慢ちきな性格は気に食わないが、見た目は間違いなく極上。あんなに美しい女と夜を過ごせる人間がこの世に何人いるだろうか。
そんな事が出来るのも自分が魅力溢れる素晴らしい人間だからだ。
元々エリーゼと結婚するのは兄のサイラスだった。あいつは見た目はまあそこそこいいがそれだけだ。その顔につられて優しくされたり、女が近づいてくることもあった。しかし結局は面白みもなければ金もない、ないない人間。
今何をしているのか知らないが爵位も婚約者も自分に奪われた哀れな奴に成り下がっている。
やはり人にはもって生まれた質というものがあるのだと最近よく思う。
ニマニマと笑いながら歩いているとエリーゼの部屋の扉が視界に入る。
まあエリーゼなど好みではないが、夫婦だしな。エリーゼの親は公爵だし自分に夢中にさせてもっと金を支援してもらうのもいいかもしれない。
なんにしても今日の一夜で更に様々なことが好転するだろう。何せ自分と一夜を過ごせばエリーゼも夢中になるはずだから。
遂に扉の前に到着し、すと手を上げ扉をノックする。
コンコン
シーン……
返事がない。そうかエリーゼは体調不良らしいし、深夜だから寝ているのだろう。侍女もこの時間なら自室で寝ているだろうし当たり前か。
仕方ないからノブに手をかけ自ら扉を開け室内に足を運ぶ。
「……………………………………は?」
そこには開け放たれた窓と揺れるカーテン、
そして空っぽのベッドがあった。
~~~~~~~~~~
ジョーの来訪の15分程前のこと。
「ひっ!?」
コンコンという音に出そうになる悲鳴を自らの手で口を塞ぎ無理矢理抑えるユリア。
やはり来てしまった!
ど、どうしよう……。
あ、居留守使おう。いや、エリーゼがここにいることをジョーは知っているのだから寝た振りと言うべきか。寝た振り。いや、まあエリーゼは実際に寝ているわけだし、事実だ。うん。返事をせずにいればたぶん去るはず。
去らずに入ってきたら……いや、エリーゼにのしかかろうとしたらこのモップでゴツンと……自らの手に収まっているモップの柄を更にぎゅっと握る。
コンコン、コンコンコンコン……。
方向性は決まったもののいつまでも鳴り続ける窓を叩く音にユリアの心臓は早鐘を打つ。
うん?窓?
??????
扉じゃなくて?
ここは2階だ。あの巨体の持ち主であるジョーがここの部屋のバルコニーに登ってこられるとは思えない。
ホッと息を吐きかける途中でヒュッと息を詰まらせるユリア。
ジョーじゃないなら………………………誰?
暗殺者とか?
嫁いだとはいえエリーゼは公爵家の姫君姫君だ十分あり得る。いやいやいやいや、ジョーが来るよりやばい事態なのでは!?いやいやいやいや、リーゼにとってはジョーの方がヤバいのか!?
「……て……くだ…い」
「ひっ!」
扉に向けていた意識を窓に向けると何やら声も聞こえてくることに気づく。恐る恐る視線を向けると人影があることにも気づく。
「…………無理無理無理無理」
月の光によるものか影がでかい。
に、人間だよね?まさか……ゆ、幽霊……とか?
いや、私そっち系ダメなんだけど。
コンコンコンコンコンコンコンコン
ギシギシギシギシギシギシギシギシ
窓を叩く音だけでなく無理矢理あけようとする音まで重なってきてユリアの恐怖は限界突破しそうだった。
「くぉらぁ!小娘開けろ!豚旦那が来るから急げ!」
ん?
なんだこの輩のような物言いは。というよりも最近どこかで聞いた声のような。恐る恐る窓に近づき勢いよくカーテンを開ける。
そこにいたのはどこかで見たような見たことないような、いややっぱり見たことがあるような男。
「……………ん~」
一体どこで見たのだったか。
「何がん~だ!早く開けろ!エリーゼ様をここから連れ出すぞ!」
エリーゼ様――――あ!
「あなたドレスショップで見たエリーゼ様の関係者よね!?」
「そうだよく思い出した!小娘偉いぞ!俺はエリーゼ様の影だ!…………じゃなくて早く開けろ!」
影の言葉に慌てて窓の鍵を開け招き入れるユリア。
「どの道で逃げますか?」
「廊下はもうすぐ豚旦那が来るから駄目だ。窓から脱出するぞ。あんたも手籠めにされるといけないから来るんだ」
「え!?私2階から飛び降りるなんて無理です」
「誰があんたに飛べと言った?そこに梯子を立てかけてあるからそれで降りろ」
「なるほど、ではエリーゼ様をお願いします」
「いや俺はおぶらない」
「じゃあエリーゼ様はどうするんですか!?」
豚に捧げる生贄にでもするつもりか!?そんなことするなら一体この人は何をしに来たというのか!?
「お姫様を助けるのは王子様って決まってるだろう?」
そう言って影がちらりと見る方向――窓の側には
「サイラス様」
影の言葉に苦い笑いを浮かべるサイラスがいた。
「いたんですね」
「うん、影に叩き起こされてね。ごめんね影より薄い存在で」
ユリアはその言葉にしまったと顔を引きつらせた。




