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あなたが浮気できるのは私のおかげだと理解していますか?  作者: たくみ


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54.パニック

 バンッ!


 ジョーは自らの背中を勢いよく閉めた自室のドアにくっつけ、冷や汗をかいていた。


「な、なんであの女がここにいるんだ?」


 誰もいない部屋で彼は呟く。


 あの賭場に行った日から数週間ジョーはなんともむしゃくしゃした気持ちを抱え娼館に泊まり込んでいた。ユリアの父親の借金に充てるはずだった金があったから豪勢に遊びまくっていたのだが、金も尽きたため自宅に戻ってきた。


 すると侍女の格好をしたユリアがエリーゼの部屋に入っていくのを見かけ慌てて自室に駆け込んだのだ。正直彼女とは顔を合わせたくなどない。


 金が足りなかったなんて恥でしかない。


 それにちょっとモリソンのことをビビっているように見えていたかもしれないし。実際はビビってなどいなかったがな。じ、自分があんな平民なんて怖いわけがない。


 だが一般的に彼は強そうな風貌だし、彼を見た者はビビると思ってしまう馬鹿そうな思い込みの激しそうな女だったから勘違いしているかもしれないし。


 一人心の中で言い訳をし続けるジョー。


 フーと息を吐くと、少し落ち着いてくる。力なくベッドまで歩き寝転がる。そして呟く。


「借金塗れのあの女がなんでここで働いているんだ?」


 エリーゼが買ったのか?


 いや、でも彼女は金など持っていない。自分でもどうにもできぬ額を彼女がどうこうできるわけがない。


 もしや……実家に頼み込んだのだろうか?仲が悪いと思っていたが仲直りでもしたのだろうか。公爵家にとってはあんな額端金だろうし、ポンと出してくれるだろう。


 そうだ、そうに違いない。


 ではなぜエリーゼはあの女を買ったのか?


 ……………………………………もしや


 嫉妬?


 そうだ、間違いない。嫉妬だ。


 最近貴族出身の女たちから相次いで別れを切り出され、友人たちも離れていった。そしてあの平民女が愛人になるのも妨害された。


 皆自分の魅力に参っていたのに変だと思ったのだ。


 公爵家の力をもってすれば、人を引き離すことなど造作もないだろう。



「…………むふっ……ぐふっ……」


 可愛いところがあるじゃないか。素っ気ない態度ばかり取ってきたから公爵家の姫君は素直になることができなかったのだろう。


 仕方ないから自分から歩み寄ってやるか。


 ジョーは上機嫌でベッドから飛び降り、鼻歌を歌いたがら部屋を出た。




~~~~~~~~~~


 


 足取り軽くジョーがやってきたのはエリーゼの部屋の前だった。



「げっ!」


 うん?なんか今げっ!と言う声が聞こえたような。


「おい!早くここを通せ」


 エリーゼの部屋を出た途端目の前に現れたジョーに思わず本音が出た後、呆然としていたユリアははっとする。


「申し訳ございませんが、エリーゼ様は体調を崩しておりますのでご遠慮くださいませ」


「はあ!?せっかくあいつを抱いてやろうと思って来たのに体調不良だと!?」


 ジョーの言葉にぎょっとするユリア。


 抱いてやる?誰を?


 いやいや、エリーゼに決まっている。認識すると同時にゾッとするユリア。


「……あ?いつもエリーゼの側にいるじじいはどうした?」


 いつも彼女の背後にいるのに盾のように感じるあのじじいの気配がない。


「じいや様も体調を崩しております故、本日は休みを頂いております」


「休み…………ふっ……むふっ!」


 あの邪魔なじじいが休み…………ほお。


「こいつが寝たら…………エリーゼは一人……か……」


 何やら一人ぶつぶつ呟きながら薄気味悪く笑うジョーにユリアは声が出そうになるのを堪える。なんなのだ、この不気味な下卑た笑いは。気色悪いにも程がある。


 ユリアが気持ち悪すぎて軽い金縛りに遭っている間に、ジョーはむふむふ言いながら去って行った。


 ホッと息を吐くユリアだったが、ある事に思い当たる。




 いやいやいやいやいやいやいやいや


 ホッとしている場合じゃない。


 あの顔は、あの気持ちの悪い笑みは……やつはまたここに来る。たぶん今夜あたりに。しかもただ来るだけじゃない、エリーゼを…………。

 

 どうしよう、どうしよう、どうしよう。


 頼みのじいやは今いない。


 ここに来てまだ数週間こんな困難に直面するとは。


 父親のギャンブル狂い、借金、逃げた恋人……そんなにも神様は自分のことが嫌いなのだろうか。


 だが聞かなかったことにもできない。というか体調不良の嫁を手籠めにしようなんて、なんてヤバい思考をしているのか。


 改めて奴の愛人にならずにすんで良かったと思うユリア。

 

 そしてなんとかエリーゼの身体を守ろうと決意する。





~~~~~~~~~~


 深夜


 ユリアはほうきやらモップやら掃除道具を手に持ちエリーゼの部屋の室内で扉にもたれながら座り込んでいた。


 たくさんコーヒーを飲み、その目は血走りジョーが来たら追い返す気満々だった。しかしその手も身体もぶるぶると震えている。


 追い返せる……よね?一応ジョーはこの家の主人なわけで、こちらは使用人。あれ?使用人が主人に扉を開けろと言われたら止められるのだろうか?あれ?それって許されるのだろうか?


 追い出されたり……それはあり得る。


 というよりも確実に追い出される。


 追い出されたらどこに行けばいい?エリーゼの庇護がなかったら再び父親にたかられ、借金取りに追いかけ回され、娼館に売られ……。

  

 いやいやいやいや、でも恩のあるエリーゼを放っておけるわけもない。


 いやでも2人は夫婦なわけで一夜を過ごすことは当たり前で。


 いやいやいやいや、んなわけないだろ!自分に都合の良いように解釈するな!


 でもでもでもでも――――!


 自分の身の可愛さ、エリーゼへの恩、ユリアの頭の中はパニックだった。




 

 そんな中、コンコンという音がユリアの耳に聞こえた。

 


 

 


 

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