51.不足
「おい、行くぞ!」
「は、ははははいぃ」
「………………」
約束の借金返済日。ユリアの自宅の前にはジョー、ユリア、ユリアの父がいた。彼らはジョーが乗ってきた馬車に乗り込むと、賭場へ向かった。
馬車の中でジョーはニヤつく顔を止められなかった。
待ちに待ったこの日。最近むしゃくしゃすることが多かったが奇跡のように出会えた良い女。若くて可愛くて大人しそうで……しかも借金持ち。金を払ってやるんだしきっと今後言いなりだろう。
やはり女はそうでなくては。
エリーゼのように男の言うことを聞かない生意気な女はいくら美しくても価値などないのだ。
対面に座るユリアをまじまじと舐め回すように見つめるジョー。最近は娼婦ばかり相手にしていて新鮮味がなかったのだ。久しぶりの素人……しかも経験などなさそうな初心な女の味。楽しみで楽しみで仕方ない。
下など見て緊張しているのか?自分と一夜を過ごせばそんな恥じらいなどすぐになくなり自分からねだってくるようになるだろう。
それだけ自分は魅力的だからな。
ムフームフーと荒い鼻息が漏れ出る。
嫌だーきもいー早く降りたいー。
ジョーの表情から何を考えているのか察してしまったユリアはひたすら下を向いて耐えるしかない。とりあえず賭場に着けばなんとかなる。あと少しの辛抱だ。
そこで彼女はふと横目で隣に座る父親を見る。
父親はなんとも妙な空気の馬車の中で顔面蒼白になり身体を小刻みに震わせている。その目はどこか虚ろで尋常でない量の汗をかいていた。
馬車が到着し、賭場に足を踏み入れる3人。
欲に目が眩み狂気を孕んだ目を持つ人々、熱量にジョーは気分が悪くなる。彼は賭け事はやらない。こんな欲望まみれの理性の欠片のないような連中の側を通るのさえ嫌なのだが、可愛い可愛いユリアを手に入れるためならば仕方ない。
借金の返済ということでオーナー室に案内されたジョー。
「っ!」
椅子に腰掛けるモリソンの顔を見て声が出そうになるのを堪える。なんて厳つく冷たい顔なんだ。危うくユリアに格好悪いところを見せるところだっただろうが。
睨みつけようとしてやめる。
ま、まあこれから金のやりとりをするし揉めるといけないから勘弁してやろう。決して彼の纏うオーラにビビってとかからではない。
ジョーは持ってきた金をモリソンの前にある机の上にどんと置く。
「こ、これで彼女は俺のものだ!」
モリソンの眉がピクリと動く。いや、そんなことを自分に言われても。別に彼女はモリソンのものではない。
ジョーの顔は悲劇のヒロインを救い出す俺ってカッコいいとばかりに自分に酔っているように見える。
なんだこの勘違い野郎は。なんかエリーゼが嫌うのもわかるかもしれない。
あ!?
あの女に共感してしまった自分にぞぉと寒気がする。
「…………………………」
「?」
モリソンの部下が金を数え終わり何かを耳打ちしたものの固まって動かないモリソンにジョーは首を傾げる。なぜこいつは何も言わないんだ?
ああ!俺の男っぷりに驚いているんだな!
実は少し多めに入れておいたのだ。きちっとした金額を入れるなんてみみっちい気がしたのだ。借金返済に金を多く入れるやつなんていないもんな。
俺みたいに男の中の男じゃないとな。
むふ、とジョーの口から音が漏れ、近くにいた者たちは嫌そうな視線を向けるが彼は気づかない。
「お、おい!もういいだろう!」
気が大きくなったジョーはモリソンにも横柄な態度を取ろうとする。その声で脳内のエリーゼの恐怖から抜け出したモリソンはゆらりと立ち上がる。
で、でか……。
その長身と筋肉質な身体にジョーは怯むがなんとかモリソンに視線を向ける。
「お、おい!もう帰るからな!」
そう言ってくるりと向きを変えドアに向かおうとするジョーの足がモリソンの言葉で止まる。
「待て、足りないぞ」
?
…………足りない?
いや、そんなわけない。何ふざけたことを言っているんだ。
振り返りモリソンの顔を見るが、ふざけている様子もなく至極煩わしそうな顔だ。
??????
「この金額じゃ足りないぞ。この男の借金はこの金の3倍だ」
「さ、さんばい!?そんなはずない!これで足りるはずだ!」
必死に吠えるジョーからモリソンはユリアの父親に視線を移し、にたりと笑う。
「あー……お前言ってないんだな?」
言ってない?何を?
ユリアの父親に視線を向けるとガタガタと明らかに震えている。尋常でない様子にジョーは一瞬怯むが、なんとか声を出す。
「お、おい!どういうことだ!」
「あ、あの…………あ………申し訳ございませんんんんん!」
その場にひれ伏しおでこを床にこれでもかと押し付けるユリアの父にジョーは怒鳴る。
「謝ってないでどういうことか説明しろと言っているんだ!」
「ひ、ひぇぇぇぇぇぇ……すみません!本当にすみません!」
「おい!お前聞こえてないのか!?説明をしろと言ってるだろうが!」
「す、すみません!すみませんんん!」
「だから!」
「まあまあ落ち着きなよ旦那」
「これが落ち着いてられるか!…………ひっ!」
すぐ目の前にモリソンが立っていることに気づき、悲鳴を上げるジョー。モリソンはジョーを見下ろし心の中でため息を吐く。
エリーゼのことは嫌いだが、こんな男が旦那とは……。あの全てが咲き誇る大輪の花にこの虫けらでは似つかわしくない。
この漂う小者感。
あまりにもチグハグすぎて夫婦として成り立つはずがない。
「あ、あんた……ヒッ!」
おっと思わず睨んでしまった。こんな男にあんたとか言われたからつい。
「あ、あの……どういうことか説明し……てください」
おろおろと視線を彷徨わせながら言葉を紡ぐジョーにモリソンはに、と口角を上げた。




