50.帳消し
「ていうことがあったんだぞ!酷いと思わないか!?」
「別に酷いとは思わないが」
あっさりとモリソンの昔話を否定するサイラス。
だってここは賭場だ。客が大勝ちすれば膨大な支出が発生するのは当たり前。とはいうものの大打撃を与えられることなどなかなかないようだが。
「どうしてだ!?うちはあと少しで潰されそうだったんだぞ!この常識外れの女のせいで!……あ……えと、あの常識外れじゃなくて、あの……才気あふれるエリーゼ様によってと言いますか……はい……」
ツバを飛ばしながらサイラスに意気込んで詰め寄っていたモリソンは自分の失言によりエリーゼに睨まれ急速にしゅうぅぅぅぅと萎んでいった。
「エリーゼ、君すごいね。ギャンブルだけで一生食べていけるんじゃないのかい?」
「でしょう?私もそう思うのだけれどお父様が二度とやるなって怒り心頭だったのよ。あんな恥をかくのはもう懲り懲りですって。天性のギャンブラー娘って誇ればいいのに。意外と肝っ玉が小さいのよねお父様って」
まあでっかい声で職場で叫ばれたら嫌だろう。
内容が内容だし。
それで悪夢再来となったらいけないと慌ててサイラスを寄越したということか。とはいうものの莫大な資産、規格外の行動力、胆力を持つエリーゼを自分が止められたとも思えないのだが……。
「本当に君はなんでも持っているんだね。羨ましいよ」
「あらあらサイラス大丈夫よ。あなたにも素敵なお顔がついついるじゃない。それに公爵家の執事なんて人生勝ち組よ。私を羨ましがる必要なんてないわ」
「でも資産形成は大事だろう?」
「ギャンブルで資産形成はお勧めしないわよ」
「勿論しないよ。君みたいな才能は持ち合わせていないからね」
な、なんなのだこいつら。人がちょこっとばかり萎んでいる間にイチャコラしやがって。普通の会話なのだがモリソンは無性に腹が立つ。
エリーゼの常識外れの行動力についてはさておき、このサイラスとかいう男も変わり者だ。プライドというものはないのか?女がギャンブルで大勝ちして羨ましい?多才で羨ましい?男なら自分の方が上だと、自分の女を下に見るものだろうが。
それでこそ体面は保たれ、プライドも保たれ、心の平穏も保たれるというものだ。エリーゼの美貌に惑わされ頭がおかしくなってるんじゃないのか?
「あんた……変わってるって言われないか?」
「いやほとんど言われたことないが……」
何か考えているのかサイラスは一旦言葉を区切るとモリソンを真っ直ぐ見つめる。
「あなたも災難だったとは思うけれど、賭場という場所柄いつどんなトラブルがあったって仕方ないじゃないか。それにエリーゼの恩情で君たちには利益しかなかったんだから彼女に感謝するべきじゃないのかい?」
か、感謝!?
感謝と言ったかこの男。
こちらは寿命が縮まったというのに。駄目だ。間違いない。こいつはエリーゼの美貌に参ってしまっている。きっと何を言ってもエリーゼを美化して考えるのだろう。
元からおかしいのか、恋の盲目フィルターがついてるのかわからないが、こいつもやばいやつだ。
「流石サイラス良いことを言うわね。そうよね彼は私に感謝して然るべきよね」
その言葉にギクリと身体を強張らせるモリソン。あえて先程から視界に入れないようにしていたエリーゼにギギギギと無理矢理頭を動かし、視線を向ける。
視線が合ったエリーゼはニッと口角を上げたあと口を開く。
「だって私は命の恩人だものね?」
思いっきり否定したい。だけどそんなもの許されるはずもなく、だからといって肯定もしたくない。
「モリソンあなたも以前はいって言ってたものね?」
「…………はい」
言ったか言っていないかと言われたら言った。
確かに言った。肯定の言葉以外出すことなどできなかった。あー………と意気消沈のモリソンだったが、諦める以外はもう選択肢などない。
ここに借金を抱えた男の娘と乗り込んで来る理由など、借金の帳消し以外あり得ない。
「わかりました。そこの娘の親父の借金は無かったことにしましょう。ああ!でも次にまた借金をこさえたらそれはエリーゼ様といえども口出し無用ですからね!?こちらも汚かろうがなんだろうが商売なんですよ!そんなことしてたらこちらが破滅だ!」
やったぁ!ユリアの目が輝く。ちょっと狡い手を使ってしまった気もするが、これで幼馴染と心置きなく結婚できる。
がその目はまん丸く見開かれることになったわ。
「あなたは何もわかっていないわ」
「…………………………は?」
「モリソンあなたは私がこんな今日会ったばかりの子の為に何か動くような人間だと思っているの?」
「いえ、欠片も思いません」
「でしょう?この世には困っている人がたくさんいるのよ?視界に入った困っている人をすべて助けていたらきりがないわ」
そうなのだが、そういうのは困っている本人の目の前で言うことではないような気がするのはモリソンだけだろうか。
「私はたまには大切な人の為に動くけれど、基本的には私自身の為に動くのみよ」
「よぉくわかっております」
あなたの行動を見ていれば。
「自分で認めさせておいてなんだけど、なんだか腹が立つわね」
ムスッとするエリーゼにモリソンは困り顔である。いや、困っている場合ではない。
「では一体私めはどう恩を返せば宜しいのでしょうか?」
「それはね――――」
エリーゼの話を聞き終えたモリソンはその顔に見合った黒い笑みを浮かべた。




