49.命の恩人
「いた~い!冗談じゃない!」
「冗談のわけあるか!」
「あ、バレました?」
「エリーゼーーーーーー!」
何度雷が落ちようが懲りないエリーゼは父親の怒声に平然としている。
「ま、まあまあ父上落ち着いて」
「何が落ち着いてだ!そもそもお前がさっさとギャンブルをやめないのが悪い!」
「えー……」
うおっ!矛先がこちらに。確かにそうなのだが、ちゃんとお小遣いの範囲でやってるし誰にも迷惑は掛けていないはず。た、たぶん。
「お前は程度というものを知っているようだがそちらの友人たちはどうかな?」
何も言っていないのに息子の心を察した公爵は息子から彼の友人たちにギロリと視線を向ける。
睨みつけられた彼らは尋常でない量の汗をかき始める。
「君たちの父君から相談を受けている。色々とプレッシャーもかかる時期だろうし私も若い時は程々にやんちゃしたものだ。羽目を外したいのも理解できる。だがちと使い過ぎだ。それがどんな事態を引き起こすのか君たちならわかるだろう?」
「「はい。申し訳ございませんでした」」
しおしおと頭を下げる息子の友人たちに柔らかい眼差しでうんうんと頷く公爵。きっともう度を超えたことはやらないだろう。たぶん。
「えー、最初からお父様がここに来てお説教すれば済んだ話じゃない。なんの為に私がここに来たんだかわからないわ」
「それはこちらのセリフだ。賭け事などしよってお前は何しにここに来たんだ?」
「お父様に頼まれて来たんでしょ。というかなぜお父様はこちらにいらしたの?」
「それもこちらのセリフだ。私は多忙故お前に止めるように頼んだのになぜ私がここにいる?」
「それはお父様が自らここに来たからでしょ」
「お前のせいだろうが!」
「えー、私はここで賭け事をしていただけなのに」
「それが問題だ」
「勝ってるのに?」
「それが最たる問題だ!」
「別に入り浸っているわけでもないのに。貴族の若者なら一度や二度くらいギャンブルをするものですわ。負けてるならまだしも勝ってるのに怒られてる人など見たことありません」
「私もだ」
「えー」
じゃあ父の言動のほうがおかしいではないか。
「そこのモリソンが王宮の前で騒ぎよってな」
「それは私ではなくモリソンが悪いですね」
「やかましい」
「…………………………」
これ以上物申しては説教の時間が伸びそうなのでとりあえず一旦黙る。
「エリーゼ様に賭場が潰されるー!食い尽くされるー!お助けをー!と何度も何度も叫ぶのでわざわざ衛兵が私に知らせに来たのだ」
やっぱりモリソンの行動が問題なのではないか。
「エリーゼその目は反省していないな。馬鹿みたいな金額を賭け、賭場を食い尽くさんばかりの勢いで勝ちまくる令嬢なんて前代未聞だぞ。変な渾名でもつけられたらどうする!?」
「えー、ラッキーガール?」
「んなわけないだろう!」
「手元にあったお金を賭けただけなのに」
ぶてぶつと何やら不満げに呟くエリーゼを呆れた目で見る公爵。
「賭け事は程々にということだ」
「勝つのも?」
「勝つのも!だ!」
まあお父様が言うなら仕方ないとどう見ても納得はしていない不貞腐れ顔のエリーゼだったが、ふと父親に真っ直ぐ視線を向ける。
「たくさんの人の人生を滅茶苦茶にしている賭場を潰しちゃ駄目なの?」
「……………それは賭場で働いている者にも」
賭場で働いている者にも人生がある。公爵はお綺麗事を言おうとしてやめる。
「この世は大して娯楽もない。多少の娯楽は必要だろう?もちろん借金をしたり歯止めが効かなくなる者が多いことは事実。だがギャンブルをしたいがために必死に働く者もいるのだ」
まあ確かに娯楽は少ない。他には本、絵描き、お茶会、おしゃべり、パーティー、買い物とかだろうか。娯楽は多いに越したことはないのかもしれない。
「それに世の中はお綺麗事だけではやっていけない。こういう場所には情報が集まる。借金の代わりに吐露するものもいれば、他者を売るやつもいる。その者の感情、本性が剥き出しになることもある。そしてそれは非常に役立つのだ」
確かに感情は剥き出しになっていた。何よりも欲が。最初ここに足を踏み入れた時、目をギラつかせる者、血走らせる者がたくさんいた。
「それにここの奴らもちゃんと税は払っているのでな。なかなかの財源になるのだ」
「…………」
親父様笑顔が真っ黒です。
「というわけで国としても潰したくはないわけだ」
その言葉にモリソンはホッとする。この場はなんとかなりそうだ。恥を忍んで王宮前で叫んで良かった。
「…………やり過ぎなければな」
ギロリと視線を向けられ、身体がビクつくモリソン。自分もそれなりだと思うが公爵の眼力半端ない。
「ははははそんなにビビるでない。信じているからな?」
言葉が出ないモリソンは必死にこくこくと何度も頷く。
「イカサマしてるけど」
「……多少は仕方ない。まだモリソンのところは控えめな方だ」
エリーゼの言葉に公爵は苦い笑みを漏らす。
多少の仕掛けは仕方ない。全てに手を出しているわけではないようだし。
そもそもギャンブルとはやる者の心次第で変わるもの。
勝てぬのなら破滅する前にやめれば良いのだ。
そのコントロールが難しいのが問題ではあるのだが、それは公爵にはどうにもし難い部分である。
「ま、なんにしても楽しかったわ!また賭けに来」
モリソンの顔が絶望に彩られた。
「……たりしないから安心して」
明らかにホッとする顔。見た目はクールで怖い顔をしているのに表情豊かな男だ。
「あ!え……と金を」
勝った分の金を渡さなければ……いや、ここにあるだけで足りるだろうか?嫌な汗がモリソンの背中を流れる。
「ふふ、いらないわ。遊んでくれてありがとう。最初の賭け金も従業員さんへのボーナスにでもしてちょうだい」
「え!?よろしいのですか!?では遠慮なく!」
真っ青な顔をしながら満面の笑みを浮かべるというチグハグ状態のモリソンに近づく。そしてエリーゼは背伸びをするとす、とその耳元に唇を寄せる。
「……私はあなたの命の恩人といったところかしら?」
「え?あ、は、はい。そうですね」
まあ金も賭場も失わずに済んだしそうなのだが、彼女は一体どういうつもりでそんなことを言ったのかわからないモリソンは困惑していた。
?????とプチパニック状態の彼はそのままに賭場を出たエリーゼだった。




