46.愛人?
「しかし幸いなことに両想いの幼馴染から結婚のプロポーズと共に借金返済の申し出がありました」
うん?
それは良かった。なかなかないラッキー展開。運が良かったのだろう。だが少々こちらが思い浮かべた展開と違うような。
「そして借金取りが家に押しかけて来た時にその旨を伝えようとしたのですが………………」
?
なぜそこでそんなに躊躇うのか。エリーゼの反応を伺うかのように何度も彼女の顔を見るユリアに不審そうな顔をするエリーゼとジェラルド。
「そんなに言いにくいことなのかしら?」
「……いえ、あの……………い、言います」
ゴクリと唾を飲み込むユリアの顔は気の毒なほど引きつっている。
「そ、その……借金取りが金を返せと叫んだところに丁度エ、エリーゼ様のご、ごごご……ご主人様がた、たまたま馬車で通られまして…………そ、そそそそそその……わ、わたしのことをききき気に入ったから、自分が借金を返すと……そ、そのかわりあ、あああ愛人になれ、と……」
なんとか話しづらいところを言い切った彼女はエリーゼの反応を見るのが怖いというかのように目をぎゅっと瞑っている。
「も、申し訳ありません!わ、私のようなものがエリーゼ様のご主人様の愛人になどと!ご不快ですよね!?」
「いえ、そこは全然お気になさらず」
エリーゼの怒りを恐れて震えるユリアには申し訳ないが、そこに怒りなど全く感じない。どうぞお好きになさいませである。
「それであなたはジョーの愛人になってしまった自分を許して欲しい、罰しないで欲しいと言いに来たのかしら?」
「違います!!!」
ぐわっと顔から覇気が出るユリア。
「いやん!」
ユリアの迫力のある顔と声にジェラルドの身体が跳ねる。エリーゼも一瞬声が出そうになったがなんとか堪える。
「私、私……!あの男の愛人になりたくないんです!せっかく幼染みと結婚できるところだったんですよ!何が悲しくてあんな男と!…………あ、す、すみません」
「あんな男の妻で御免遊ばせ」
誰よりも自分が一番嫌だと思っていますが、何か?
「わ、私の好みではないと言いますか、見た目もですけど噂通りの人と言いますか……人柄とかも上から目線だし、感謝しろよって感じで人を奴隷にする気満々だし、なんか全身を舐め回すかのようなあの嫌らしい目からしても嫌です」
急に饒舌になるユリア。ジョーの嫌いな部分はスラスラと出てくるよう。彼への嫌悪感からか頬も上気し、顔色も良くなり何よりである。
パシンと自らの手に扇子を軽く叩きつけるエリーゼ。
「要するにあなたはジョーの愛人を回避したいということね」
「そうです」
コクンと頷くユリアを観察するエリーゼ。
こう、見た目と違い強かな逞しさのある女性である。普通エリーゼの元に突撃しようなどとは思わない。自分の幸せに対して欲深く、自分に正直なその姿はエリーゼ好みだ。
「結婚が決まっていることは伝えたの?」
「はい、伝えましたが平民の妻になるよりも貴族の愛人の方が良いだろうと。もう既に愛を営む家もあるとか仰っていました」
ああ、あのしょぼい家のことね。
カッコつけた言い方して、女があの家を見たらどう思うか考えないのだろうか。
いかんいかん、考えると笑えてくる。別のことを考えよう。
「んんっ!別に借金は幼馴染の方が返してくれるのだからジョーの申し出は断れば良いだけではないのかしら」
「……父があの男の愛人になれと。あの男は借金とは別に父に金を融通すると言って父がもう金を受け取ってしまったんです。借金は1週間後に返しに行く予定です」
相変わらず傍迷惑な男である。
必要のない借金の立て替え、平民の男よりも自分の方が良い男だという思い込み、周りに災いしか起こさない疫病神に思えてしまうのはエリーゼの偏見によるものだろうか。
「それで奥様であられるエリーゼ様になんとかしていただけないかと恐れながら突撃させてもらいました」
まっすぐにエリーゼを見る目は力強く真剣なのに、うるうるとお願いビームが出ているのかエリーゼの心を揺さぶる。
ほっといても良いのだが、ジョーがこの少女が欲しいというのならそれを取り上げるのも一興というもの。
ではどうしようか?
父親に融通した分含め先に借金を払ってしまえば良いのだが、それでは面白くない。
その長いお御足を組み頬に片手を当て思案する様はもはや名画。ジェラルドとユリアの口からほぅと感嘆の吐息が漏れる。
いつまでも見ていられる美しい絵画。
その口が僅かに開き、視線がユリアを貫く。
本当に絵が動いたのかと一瞬錯覚しビクつくユリアの身体。
「この辺のギャンブルと言えばモリソンのところかしら?」
「は、はい。ご存知なんですか?」
「ふふふふふ」
え、何その笑いは?
モリソンとは帝都でギャンブルを仕切っている親玉だ。冷酷無慈悲で多くの客を借金地獄に落としてはどんな手を使っても必ず回収する悪魔のような男である。
まあ彼曰く最悪の事態になる前に手を引けない者が悪いとのこと。リスクもどれだけ金を失うことになるかも明示しているのだからそれでもやめられない人間が悪いそうだ。
ユリアも先日恨むなら父親を恨めと言われた。
間違っても俺を刺しに来るなよ?と。
言われなくてもゴツいボディガード、本人の鋭い眼光を目にしてそんなことをできるやつはなかなかいないと思う。
「じゃあ行きましょうか」
「……………………………え?どこに?」
「モリソンのところに決まってるじゃない」
エリーゼはさっと立ち上がるとジェラルドにまた来るわと言って店の扉に向かう。
「え!?エリーゼ様!?」
「ほら早く行くわよ」
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ユリアはよくわからなかったがとりあえずエリーゼに付いていくために一歩を踏み出した。
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場所は変わりライカネル公爵邸にて、エリーゼにつけている影からの報告に公爵は青褪める。
「何!?エリーゼがモリソンのところに!?」
その声に開け放した窓の近くの木に止まっていた鳥たちが驚いて飛び立つ。
「い、いかん……!いかんいかんいかんいかん!いかーーーーん!」
そしてサイラスも公爵の取り乱し様に目をパチクリさせる。
「サイラス!危険だ!」
「え!?何がですか?」
「何がも何も無い!危険が迫っている!エリーゼの下へ早く行け!」
「え、ええ……?」
何やらよくわからないまま部屋から追い出されたサイラスはエリーゼの元へ向かった。




