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あなたが浮気できるのは私のおかげだと理解していますか?  作者: たくみ


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38.家族の災い

 パン!


 エリーゼの手に打ち付けられた扇子の音に身体をビクつかせる取り巻きたち。


「そこのあなたは奥様が狙われているわよ」


 一人の取り巻きを扇子でビシリと指し示すエリーゼ。


「は、はあ……」


 ま、まあそれなりに美人だし。でも彼女は自分の妻であんなジョーに靡くはずもないし……別に……。


「あなたが留守中に忘れものが~とか、友人の妻は僕の妻とか言ってプレゼントを渡そうと彼女の手を掴み寝室に引っぱって行こうとしたらしいわよ」


「「「はあ!?」」」


 なんだその友人の妻は僕の妻とは。そんな言葉も考えも初めて聞いた。ていうか、なぜ寝室でプレゼントを渡そうとする!?下心しかないではないか!やっぱり普通じゃない。


「なんかね家に上がった後、普通正面に座るじゃない?でもジョーは隣に距離を詰めて座って手をこう「おやめください!」」


 想像するのが辛くなってきた彼は大声を上げて言葉を遮る。


 先程まで平気そうだったくせに――エリーゼは呆れながら言葉を続ける。


「屈強な従兄弟がたまたまいらして、彼を見たジョーが逃げ出して無事だったみたいだけど……奥様顔面蒼白だったそうよ」


 そう言えば最近家にやたら屈強な強面の妻の従兄弟が家に来ている。


 顔面蒼白とは怖かっただろうに、何も言わなかった妻。それはきっと自分に遠慮して――。意気消沈となり下を向く取り巻きA。


「そこのあなたはお姉様が狙われているわよ」


 今度は違う取り巻きを扇子で指し示すエリーゼ。


「え!?あ、姉ですか!?」


 青ざめる取り巻きB。


「お姉様とぉってもハンサムな殿方と婚約されたそうね。その方とデートできて幸せいっぱいだったのに、帰宅後ジョーが訪ねてきて非常識な距離に近づいてきたそうよ。ドアップを見て思わずパンチするところをぐっと堪えてお花を摘みにとするりと逃げだそうよ」


「ひぃっ!」

 

 喉から悲鳴を漏らしながら顔を引きつらせる取り巻きB。


 彼の姉は3度の飯よりイケメンが好き。ブサメンとお見合いするくらいなら1週間の断食を泣いて喜ぶようなイケメン至上主義。婚約者も猛烈なアタックの末、ゲットした肉食獣女。


 それだけなら良いのだが――


 昔から剣術、体術大好き、鉄拳制裁大好きなまさにリアル獣。


 そんな姉が自分のせいでそんな目に遭っていたとは…………


 もう姉に会えない。いや、やつはきっと自分からやってくるはず。怒りをまとって。恐怖に震える取り巻きBだった。


「あなたは母君が狙われているわよ」


 扇子を向けられた取り巻きCは訝しげな顔をした。


「…………え……いえ、そんかまさか……」


 いやいや、いくらなんでもそれはないはず。自分は末っ子で年の離れた兄姉がいる。母はジョーの亡き母上よりも随分と年上なのだから。


「ご主人より自分の方が若いし体力もあるから遊んでやるって言われたそうよ」


 若さはあるかもしれないが……あの肥満体のどこに体力があるというのか。ちなみに父親は未だにシックスパックを誇る脳筋だ。


「そういう言葉ってやっぱりこうある程度ナイスガイが言わないと様にならないでしょう?思わずその場で使用人と大爆笑。ジョーは顔を真っ赤にして逃げ帰ったそうよ」


 母は強し……。


 いや、なんか自分だけちょっと系統が違ったことに驚きを隠せない。そしてジョーの守備範囲にドン引きな取り巻きCだった。



「あなたは妹君が狙われているわよ」


「んなバカな!あ、申し訳ございません!」


 最後に指された取り巻きDは思わず本音をポロリした。


「ふふふ、構わないわ。言いたくもなるわよね。わかるわ~。あー…………」


 お空を仰ぎ見るエリーゼ。うーん……眩しい。


 他の取り巻きたちもどこか半信半疑顔。


 なぜなら彼の妹はまだ11歳。


「なんかね油なのか汗なのかわからないけれどベタベタの手で頰や頭を撫でられるんですって」


 ぞっとする面々。


「それにね」


 まだあるのか、なんかもう聞きたくない。


「棒付きの飴を一緒に舐めようって言われたらしいわ」


「「「ッヒィィィ」」」


 ぞぉぉぉぉぉと今年一番の悍ましさを感じてしまった。白目を剥いて失神しそうな取り巻きD。


 皆それぞれ多大なるダメージを受けた。


 だが……


「で、でもまだ未遂ですし、使用人がいるから2人になることはないだろうし、いくらジョーでも無理矢理襲ったりはしないでしょう?」


「そ、そうだよな……。これから絶対にジョーとは2人にしないように気をつけていれば大丈夫だよな!」


 そうだ、そうだとお互いに言い聞かせるように騒ぐ彼らをエリーゼは冷たい目で見つめる。


 ここまで言ってもまだ甘いことを言うのか。


 甘い蜜を口にしたものは、それなしの味気ない生活に戻ることは難しいということなのか。エリーゼが手にしていた扇子がミシリと音を立てる。



「嘆かわしい」


 ポツリとエリーゼの口から吐き捨てられる言葉。


「「「「…………………」」」」


 自分たちだってわかっている。でも手放しがたいのだ。


 取り返しのつかない事態になっているわけでもないし、気をつければまだまだ甘い蜜を啜れるのだ。家族には多少悪いとは思うが、小遣いは少ないし自由に使える金はない。


 金を得るために自分の心を売って何が悪い。


「……これは仕事みたいなものなんですよ」


「そ、そうだよな。仕事において家族の犠牲なんて当たり前だよな」


 父親だって家のことはほったらかし、娘をお見合いさせたり、家に上司を連れてきて接待させたりしているではないか。


 同じだ、同じ。


 開き直っていく彼らに対しエリーゼは心の中で怒りがドロドロと溜まっていくのを感じた。


 


 自分のことしか見えていない愚か者ども。家の為、家族の為、国の為に働くのと自分の快楽の為だけに金を得る行為を同一視し、家族の犠牲を正当化するとは……貴族としての教育を受けているのかと甚だ疑問である。




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