32.お手々繋いで
パーン……!
エドモンドが立派な鹿を仕留める。
「おー!流石ですね!では私はあそこにいる狐を……」
パーン……!
おいおい、どこ狙ってるんだよ。ジョーが放った銃弾は狐から3メートルも離れた木にめり込んでいる。
構えは無茶苦茶、猟銃もちゃんと持っているのかと心配になるくらいカタカタと音が鳴っている。気にせず次の獲物に狙いを定めようとすると話しかけられる話しかけられる。
いや、あの……銃を構えることができないのですが。
構えようとすると目の前に立たれるので、非常に危ない。
仕方がないので場所を変えようと歩けば追いかけられ、話話話。獲物もそのでかい声に逃げる逃げる逃げる。
楽しい話ならいざ知らず、主にどんな女を抱いてきたかとか自分がいかにモテるのか、そしてエリーゼの至らなさをツラツラと話すので血管がブチギレそうだった。
結局一発撃っただけで、あとは話のみ。先程自分がエリーゼに言っていた言葉はどうしたのだろうか?男にキラキラと目を輝かせて詰め寄られても嬉しくもなんともない、なんとも苦痛な時間。
「ジョ、ジョー……あの、もうそろそろおしまいにしたらどうかな?ハーメル様もお疲れだろうし」
グッジョブ取り巻き君!
ああ、とても疲れているよ。主に心が。
集合場所に戻るとエリーゼとサイラスが優雅にお茶を飲んでいた。ああ、喉が渇いた。それを自分にも……潤いを求めてよろよろと2人に近づこうとして――
むちっ
手の平に何か温かいものがくっつく。
何が起こったかわかっている、わかっているのだが事実だと認めたくない。恐る恐る視線を手元に向ける。
!?
ぶわぁと全身に鳥肌が立つ。
ぶっ!2人の口から紅茶が吹き出るのが見えた。汚い……いや、いやいやいやいやそれどころではない。
エドモンド・ハーメル。
生まれてこのかた初めて男に呼び止めるために手を握られた。
「お待ち下さい!あちらに軽食を用意したので召し上がって下さい!」
気の使える俺かっこいいだろ?と言わんばかりにキリリとした顔をするジョー。わかった、わかったから手を離してほしい。
というか何やら汗ばんでいる気がする。
ちょ、ちょっと気持ちが悪いかもしれない。
「「!っくくっ……」」
少し離れたところから聞き馴染みのある笑いを堪える音が聞こえ睨みつけるが、2人の身体の震えは止まらない。
エリーゼはその睨みを受け留めつつエドモンドには申し訳ないとは思うが、笑いが堪えられない。いやだって奇想天外な行動取りすぎでしょう。
普通に声だけかければいいのに100歩譲って肩とか腕とかならわかるけれど、手って………………手の平と手の平がむちって……。上位貴族の手をぎゅって……乙女じゃないんだから。
駄目だ腹筋が捩れそう。
エドモンド許してほしい。
決してあなたを笑っているわけではないから。ジョーだから。ジョーの行動に笑っているだけだから。
「さあさあこちらへ」
「いえ、私は結構」
「せっかく用意したのになぜですか!?」
食欲なんか湧くか!グイグイと手を引っ張るのもやめろ!
「命を狙われることもありますので、申し訳ないが家のシェフの料理しか口にしないようにしているのです」
嘘と真を混ぜて切り抜けよう。
「???…………!ああ!はっはっはっ!私たちのような高貴な人間は色々と大変で困ってしまいますな!」
私たち?え、今一緒にされた?この男は要職に就いているわけでもないし、権力があるわけでもない、跡継ぎ争いもない。一体何から命を狙われているのか。
あ、エリーゼの夫の座目的とか?勘違いうざすぎ罪のためとか?なんにしても自分とは違うような気がする。
「「っ!くくっ……」」
またもや耐えきれぬ2つの笑い声。
呆れたように視線を向けるとお腹を抱え震えているエリーゼとサイラス。
…………ははは、愉しそうで何よりだ。
よくこの異空間で笑えるな。俺はここから少しでも早く抜け出したいよ。
とりあえず早く手を離してくれないだろうか……。
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「エリーゼいいのかい?」
「なあに?サイラス」
「あれは放置しておいて」
ニコニコと上機嫌なジョーと疲れ切ってもイケメンなエドモンドが椅子に腰掛け、談笑している。ジョーの機嫌を伺う取り巻きたちは少し離れたところで2人を見ている。
ほぼ狩りもしていないし、なぜここに来たのか意味がわからない。狩猟大会とは?家でお食事会でもした方が有意義だった気がする。ここの狩場は高額……ただの金の無駄遣いというものだ。
「すっごいご機嫌なようだよ?」
ジョーはエドモンドの隠しもしないげんなりとした表情に気づかず一方的に話しまくる。たまに肩を組んだりと親友気取りである。どうだとばかりにちらちらとこちらを見てくるのが非常にうざい。
「ふふ、何がそんなに嬉しいのかしらね?」
「うん?エドを独り占めできて嬉しいんじゃないのかい?」
子供がよくやるようなあれじゃないか?他の子と仲良くしないで!この子と仲が一番良いのは自分だ!と。
「だからそれの何が嬉しいの?」
「?」
サイラスの不思議そうな顔を不思議そうな顔で見つめ返すエリーゼ。2人は暫くお互いを見つめ合っていたが、エリーゼがすっと視線を外しあちらだとサイラスに目配せをした。
サイラスはエリーゼの視線の先に顔を向ける。
いやいや、このままではただジョーの気分をよくして終わるだけじゃないないのか?と思いながら。




