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短編・中編集(ジャンルいろいろ)

おつかレモネード いってライム

掲載日:2022/06/04

 疲れた。


 仕事で大きなプロジェクトの責任者に選ばれ、連日会社に泊まり込む日々。

 まともに着替えすらできていない。


 そのため頭もぼさぼさ。

 肌もカサカサ。

 目の下にはクマがくっきり。


 このままだと死ぬなーとかぼんやりと思いながら夜の街をふらふら。

 久しぶりに帰宅できることになったが、もう終電間近。

 帰っても倒れて寝るだけだし、このままホテルに泊まった方がゆっくり眠れるだろう。

 布団で眠れるのなら別に自分の家でなくてもいい。


 そう思うと、ちょっとだけ気が楽になった。

 帰宅するだけでも体力が持っていかれる。


 ふらふらと泊まる場所を探していたら、BARの看板が目についた。

 なんとなーく見ていると、なんとなーく入っていきたい気分になる。

 私は吸い込まれるように地下へと続く階段を下りて行った。


「いらっしゃい」


 初老の細身のバーテンダーが挨拶してくれた。

 白いひげを蓄えた優しそうなおじいさんだった。


 店内に客は一人。

 スマホの画面を見つめながら黙々と酒を飲んでいる。


 薄暗い店内を見渡しても、特に変わった様子は見られない。

 ごく普通のありふれたBARだ。


 私はカウンターに疲れた腰を下ろし、何か適当にとぶっきらぼうに注文する。

 バーテンダーはレモンを半分に切って汁を絞り、グラスへと注ぐ。


 まさかレモンサワーでも作るつもりかと思っていたら、大きな瓶を取り出した。

 中にはシロップに浸かったたくさんの輪切りレモンが詰まっている。


 シロップをグラスに注ぎ、炭酸で割る。

 氷を入れてくるくる回す。

 最後に瓶の中からレモンを一枚取り出して投入。


「はい、レモネードです」


 にっこりと笑顔でグラスを差し出すバーテンダー。

 ノンアルコールとかなめてんのか。


 でも、お任せと注文した以上は飲まねばなるまい。

 私はレモネードを口の中にゴクリと流し込む。


 すると――


「すっっっっっっぱっっっっっ!」


 目が覚めるような酸っぱさだった。


 そりゃそうだろう。

 レモンのしぼり汁が入ってるんだから。


 しかし、酸っぱいだけではなく、程よい甘みもある。

 疲れた体に染みた。


「どうです? 酸っぱいでしょう?」

「でしょうね、レモンですものね」

「疲れた時はビタミンを取ると良いですよ。

 あっ、何か食べますか?」

「ええっと……お願いします」


 店主は簡単に生ハムとチーズとバゲットを盛り合わせたプレートを用意してくれた。

 何も食べる気力がなかったけど、レモンの酸っぱさで刺激された胃が食物を欲している。

 パクパクと食べるとすぐにプレートは空に。


 まだ食べたりないのでもうちょっととお願いすると、今度はパスタまで作ってくれた。

 なんのパスタだったのか覚えていない。


 それを食べた私はそのまま眠ってしまったからだ。


「はっ!」


 翌日、目を覚ますと私はソファーに寝かされていた。

 身体には毛布がかけてあって、頭の下には枕まである。


「目覚めましたか、お嬢さん」


 掃除をしていた店主が優しく声をかけてくれる。


「ええっと……私……」

「よほど疲れていたのでしょう。

 ぐっすりと眠られていましたよ」


 にっこりとほほ笑む店主。

 私は申し訳なさでいっぱいだ。


「すみませんでした……ご迷惑をおかけして」

「いいんですよ。それよりも体調は大丈夫ですか?」

「ええまぁ……」


 風呂に入っていないので匂いは気になるが。

 仕方ない、会社でシャワーを借りよう。


「お疲れのようですから、どうか無理をなさらず。

 体調管理も仕事のうちですよ」

「そっ……そうですね……え?」


 申し訳なくうなだれる私の頭を、ポンポンと撫でる店主。


「あっ……あの……」

「すみませんね、あまりに可愛かったもので、つい」


 ノリで女の頭を撫でるのか、アンタは。


 でも、彼からしたら私は孫みたいなものなのだろう。

 他意はないはずだ。


「本当にお世話になりました。

 ありがとうございました」

「いいんですよ。良かったらまたいらしてください」


 店主はそう言ってにこっとほほ笑む。

 一晩中迷惑をかけたのに、嫌な顔一つしないなんて……。


「あっ、良かったらこれを持って行って下さい」


 彼はそう言ってライムを一つ差し出す。


「え? ライム?」

「疲れた時にでもどうぞ」

「あはは……頂きますね」


 断ればいいのに、私は素直にそれを受け取ってしまった。

 こんなものどうしろと……。




 店の外へ出ると、爽やかな朝の空気がほほを撫でる。

 早朝の街はいつもとちょっと変わった感じがする。

 人も少ないし、気持ちがいい。


「何か食べますかね」


 背伸びしながらひとりごちる。


 いつもは朝食なんて滅多にとらないけど、今日はなんだかお腹がすいた。

 コンビニやファミレスで済ますのではなく、ちゃんとしたご飯が食べたい。


 すると、近くから良い匂い。

 どうやら早朝から営業している定食屋があるみたいだ。


 そこで何か食べてから会社へ行こう。


 ふと、手の中にあるライムを見やる。

 いったいどういうつもりで持たせたのか謎。


 でも……そのつややかな緑色の果物を見ていると、自然と食欲がわいてくる。

 酸っぱい物を食べたわけでもないのに、つばが出てお腹が鳴るのだ。


 食べることは生きること。

 人は何かを食べてエネルギーを補給している。

 何も食べなかったら動けなくなってしまうのだ。


「よーし、今日も頑張るぞー!」


 私はライムをカバンにしまい、一歩前へと歩き出す。

 足が軽くなったように感じた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです。
[良い点] いい話やな〜♡ 主人公ちゃんのツッコミが面白いですね〜(*´∇`*) レモネード飲みたくなってきたー!! [一言] たらこさんも、おつかレモネード〜(っ・ω・)っ旦←レモネードに見えません…
[良い点] ビタミンカラー祭企画より参りました。 店主さん、優しいですね。 レモネードの酸っぱくて甘みのある味がしたり、ライムの爽やかな香りが漂ってくるような素敵なお話でした。 主人公のように、元気が…
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