9話:誠実さには、誠実さを持って
「──」
ルーズヴェルト卿は目を見開いた。それから、何か言おうとしたようだが失敗したらしい。
彼は最終的に、手で自身の口元を覆った。見れば目元が赤くなっている。どうやら彼も、気恥ずかしさを感じているらしい。その空気感に、ムズムズする。
(慣れない!慣れないわ……!)
いたたまれない、というか、この場を逃げだしたくなる、というか。
それを堪えて、私は彼に尋ねた。
「まずは、婚約者(仮)から……どうでしょう?あの、ルーズヴェルト卿さえ良ければ、なのですが」
さすがに婚約破棄してすぐ次の婚約は外聞が悪い。不要な噂を招く可能性だってある。こういうのは、ちゃんと順序立てるのが大事なのだ。
結果的に、魔法管理部の最終試験で提出したあの魔道具……魔法のカメラは本物だと証明された。ローゼンベルク女史がその名をかけて、魔道具が本物だと保証してくれたのである。
そして、カウニッツ伯爵家の悪事が露呈したことで、カウニッツ伯爵家とリンメル伯爵家で交わされた契約も無効となった。今まで払ってきた分が返金されないのは業腹だけど……それは、騙されたこちらも悪い、ということで諦める他ないでしょう。
婚約者(仮)というのは我ながら煮え切らない答えだと思うけど、今はこれが最良だと思った。恐る恐る言った私に、ルーズヴェルト卿が微笑んだ。彼は目尻どころか、頬まで赤く染まっていた。
「……ありがとうございます、レディ・リンシア。とても……すごく嬉しいです。断られる可能性の方が高いと思っていたので。本当に、色良い返事がいただけるとは、思っていませんでした」
そういった彼の声は、掠れていた。その言葉に私は首を傾げる。
「ルーズヴェルト卿は、随分自己評価が低いのですわね?あなたは社交界でも人気だとお聞きしましたわ」
なんと言っても、人気ランキング上位三名に入るほどなのだし。私の言葉に、ルーズヴェルト卿が今度は目を丸くする。未だ、目元は赤いけれど。そして、困惑したように瞬きを繰り返す。
「え?人気?それは誰の話……いえ、それは良いんです。とにかく、私の好きな人はあなたなので。レディ・リンシア。あなたは、他者の評価で好きになるかどうかを決める人ではないでしょう。だから、行動で示すしかないと思った。あなたは外見ではなく、内面を重要視する人だと思ったから」
彼の言葉は、正解だった。私は目を瞬いて答えた。
「……よく、お分かりですのね」
外見だけで言うなら、私はカミロを選んでいただろう。中身はともかくとして、カミロは美青年だから。だけど私は、カミロとの未来を選ばなかった。
私の言葉に、ルーズヴェルト卿が笑った。
そして彼は、ふと真剣な面持ちとなり、私に確認した。
「あなたの手に触れても?」
「え?あ、は、はい。構いませんわ。……えっと、どうぞ?」
突然尋ねられた私は、彼の意図が分からず困惑したものの右手を差し出した。
それに、彼がすっ、とその場に跪く。思わず目を見開く。
「ルーズヴェルト卿!?」
「約束をさせてください」
(約束?)
戸惑う私の手を取って、彼は私の手の甲に触れるだけの口付けを落とした。
「──!?!?」
それに、びっくりした。思わずその場に飛び跳ねそうになった。心臓が口から飛び出しそうになり、意味もなくルーズヴェルト卿に触れられていない方の手で自分の口元を覆う。
息を呑む私に、ルーズヴェルト卿が言った。
「……レディ・リンシア。私と、婚約してください」
その言葉に、私は目を見開いた。
先ほどの約束、というのは、つまり。
その考えに思い至った私は自分でも自覚できるほどに顔が赤くなった。
(ええと。つまり、これは……誓いのキス?)
心臓が有り得ないほど速く、音を立てる。顔だけじゃない。体全体が、熱い気がする。
私は何か答えようと口を開いたが、それは音にならなかった。その代わり、私はきゅ、とくちびるを引き結ぶ。
そして、私もまた、その場に膝をついた。




