4話:あなたに感謝を、そして破滅を
(……今更、何をしにいらっしゃったのかしら?)
笑みを浮かべて彼を見れば、なぜかカミロはホッとした様子を見せた。何を安心しているのかしら?
「ちょうど良かった。あなたにお話があったのよ、カミロ」
まさかセリーナが【魔力増幅】の違法魔道具を使用しているとは思わなかった。思わぬ番狂わせだわ。
だけど、こうなったらもうここで全て終わらせよう。
そのためのカードは既に揃っている。
私はカミロを見て言った。
「カミロ、あなた──」
と、私が最後まで言い切る前に、またしても予想外の乱入者が現れた。
「カミロ・カウニッツ!!卑劣な罪人め!今ここで貴様の罪を明らかにしてやる!」
「はっ…………」
私とカミロ、そして周囲の視線がそちらに向く。そこには──
(お、お父様~~~~!?!?)
振り向いた先にいたのは、書類を錦の御旗のごとく手に持つお父様だった。
(はあああぁ!?)
もしかしてそれ、告訴状!?告訴状じゃないわよね!?それは最終手段って私言ったわよね、お父様!!
違うと信じたい。唖然としてそちらを見ると、お父様は私を見て、任せろ、という顔になった。待ってちょうだい。何も任せられない。何をしようとしているの。何をしようとしてるんですの……!?!?
お父様は続けて、カミロを見ると厳しい顔つきになった。不安だわ。不安しかない。とても不安……!!
ハラハラしながら、私はお父様とカミロを交互に見る。
「これに、見覚えはないかい」
カミロは怪訝そうにお父様の手に持つ書類に視線を向けた。そして彼は、息を呑んだようだ。
それに、お父様が満足そうに頷いた。
「覚えは、あるようだね」
お父様の言葉に、しかしカミロは笑って見せた。せせら笑うように、彼が答える。
「さぁ?私は何も答えていません。伯爵の早とちりでは?いけませんね、伯爵。このような場で、そんな信ぴょう性の薄いものを出すなんて。リンシアがどう見られるか、あなたは分かっていない」
「ふん。何を言うか。君のその顔が、何よりの証拠だ!」
(それは証拠とは言えないのよ…………お父様!!)
思わず天を仰ぎたくなった。
恐らく、お父様の持つものは証言の類なのだろう。そっと視線を向けると、そこにはいくつかの署名があるように見えた。
カミロが何か答えるより先に、カウニッツ伯爵が姿を現した。
「こんばんは、リンメル伯爵。レディ・リンシア。この騒ぎは一体?」
カウニッツ伯爵は人の良さそうな笑みを浮かべて、私たちに挨拶をした。しかし、その目は決して笑っていない。その余裕綽々といった様子に、お父様は煽られたのだろう。我慢できない、といったように父様が息を呑んだ。
私はそれぞれ、お父様、カミロ、カウニッツ伯爵、そして招待客の面々に素早く視線を向けた。視界の先には、クラインベルク様の姿が見える。それなら、あとはタイミング次第だわ。
(この騒ぎだもの。なかったことには出来ない)
つまり、失敗は許されない。どこで介入すべきか、慎重にタイミングを見計らっていると、お父様がカウニッツ伯爵を睨みつけて言った。
「カミロ・カウニッツ、そしてカウニッツ伯爵!!君たちは詐欺罪および偽造罪の疑いで、集団告訴されている」
「集団告訴……」
その言葉に、目を瞬いた。
お父様は手に持った紙を、今度はカウニッツ伯爵にも突きつける。しかし、そこは食えないカウニッツ伯爵だ。息子とは違い、彼は顔色ひとつ変えなかった。
「これを見るといい。この集団告訴の中には、元貴族もいる。覚えているかい?きみが法外な借金を吹っかけて身を持ち崩した子爵だ。彼の足元を見て、随分法外な契約を持ちかけたようだね?可哀想に、彼は妻子に見限られて、今やその日暮らしをする毎日だ」
お父様の言葉に、カウニッツ伯爵はまじまじとその紙面を見た。そして──数秒の沈黙の後、彼は高らかに笑い出した。
「ハッ……ハハハハハハ!!突然何を言い出すかと思えば!!リンメル伯爵、これは何かの余興ですか?悪いことは言いません。全く面白くない。あなたにはその才能はないようです。今回限りにされるとよろしい」
内心舌打ちをする。カミロはともかく、やはり、カウニッツ伯爵は食えない人物だ。彼はお父様の言葉を一蹴することで、荒唐無稽の偽りだと表明してみせた。言い負かされては、今度はリンメルが一方的な言いがかりをつけたことになってしまう。
一笑に付したカウニッツ伯爵は、今度は目を眇めてお父様を見た。そして、警告するように言う。
「陛下の主催する夜会でこの騒ぎ……。責任を追求されても知りませんよ?」
カウニッツ伯爵の挑発に、お父様はカッとなったらしい。売り言葉に買い言葉のごとく、カウニッツ伯爵に噛み付いた。
「なっ……貴様、しらばっくれる気か!?告訴状は既に受理されている!悪事は必ず白日の下に晒される。笑っていられるのも今のうちだな!」
しかし、カウニッツ伯爵はお父様の言葉をまともに取り合わない。彼はわざとらしく肩を竦めてみせた。
「……全く、お労しい。今度は何を吹き込まれたのです。あなたはいつもそうだ。自分に都合のいいように物事を受け取る側面がある。常々言っているでしょう。思い込みでの行動は身を滅ぼす……と。昔のよしみで大目に見ていましたが、これ以上はいけませんね」
「大目に見ていた?バカを言うな。お前は我が伯爵家を食い物にしていただけだろう!!」
「はぁ。頭が足りない男で、なんとも情けない。こんなのが父親とは、あなたも苦労しますね、レディ・リンシア」
お父様では話にならないとでも思ったのか、カウニッツ伯爵は矛先を変えることにしたようだ。
仕掛けるなら、今。
そう判断した私は、にっこりと笑みを浮かべた。
(……随分とまあ、お父様をこき下ろしてくれたものね)
しかもこんな、衆目の場で。
だけど、だからこそ、なのだろう。
ここでお父様を言い負かせれば、周囲の招待客たちはお父様の勘違いだと考える。カウニッツ伯爵の狙いはそれだ。
ここで面子を潰されるわけにはいかない。リンメル伯爵家の名誉に関わるもの。
(とはいえ、狙いを私にしてくださったことには感謝しますわ。私が介入できる隙を用意してくださってありがとう)
紳士の話に淑女が口を挟むのは顔をしかめられる行いだ。そのため、タイミングを見計らっていたのだけど、まさかカウニッツ伯爵直々にその場を設けていただけるなんて。そのご厚意には感謝しなければならないわ。相応のお礼をしてさしあげなければね。
私は笑みを浮かべると、何食わぬ顔で淑女の礼を執った。
「ご無沙汰しておりますわ。カウニッツ伯爵」
「あなたはなかなかの才女だとか。このように訳の分からないことを言う父君を何とかして欲しいものだ」
「あら……。訳の分からない、とは何ですの?全部、身に覚えがあるのではございません?」
私が仕掛けると、カウニッツ伯爵の笑みが深くなった。
「……きみは知らないのかもしれないけれど、証言というものは、とても曖昧で信ぴょう性に欠けるものだ。それだけでは有効な証拠、とは言えないんだよ?ご存知かな、レディ・リンシア?」
その言葉に、私は顎に手を当てた。それから、ゆっくり首を傾げてカウニッツ伯爵を見つめた。
「ふふ。そうですわね、カウニッツ伯爵の仰る通りです。では、信ぴょう性の薄い直接証拠ではなく、裁判でも有用な物的証拠ではいかがでしょう?例えば、あなたが血眼になって探していらっしゃる、契約書の原本だったり、取引のお手紙なんか、どうかしら」
射るように見つめると、流石に目的のものが私の手元にあるとは思いもしなかったのだろう。カウニッツ伯爵の顔色が変わった。




