11話:婚約破棄したあとで
「で、出来た……?」
私は完成品を前にして、自分自身信じられない思いでそれを見た。この三十日、試行錯誤の日々だった。寝る間も惜しんで魔道具造りに励んだのだ。私はまじまじとそれを見つめた。
「ほ、本当にこれでいいのかしら。これで完成?本当に??」
何度も同じ言葉を繰り返しながら、私はたった今完成した魔道具──ブルームーンストーンの首飾りを手に取った。
ブルームーンストーンを器に選んだ理由は、石自体に魔除効果があると言われているためだ。そして、ブルームーンストーンは非常に高価で、夜会で身に着けるにはもってこいだ。これなら、セリーナも目をつけるはず。
「この石を手に入れるために、手持ちの装飾品は全部売ってしまったのよね……お母様、怒るかしら」
エルドラシアに持ち込んだ装飾品はそう多くない。念の為、社交が必要になる場面もあるかもしれないと持参した耳飾りや指輪など全て、私は質に入れたのだった。
ブルームーンストーンは、価値が非常に高い。今はもう採掘できないのが理由で、年々市場価値が上がっている。
まさか持ち込んだ装飾品全て手放すことになるとは思わなかったけど……まあ、目的は達成できたのだし、よしとしましょう。
そう考えて、私は思考を切りあげた。
魔道具を手に持ち、報告のため腰をあげようとするとちょうどその時、続き扉が開かれた。現れたのは、隣の仮眠室で仮眠を取っていたルーズヴェルト卿だ。
「どうですか?」
「完成しましたわ。後は、検証作業だけです」
短い質問に、こちらも端的に答える。すると、ルーズヴェルト卿が驚いたように目を見開いた。
そして急ぎ足で歩み寄ってくると、私の手に乗ったブルームーンストーンを見て、感嘆のため息を吐いた。
「……本当に一ヶ月で造り上げたのですね。精霊の力もあったとはいえ、あなたは天才だ」
「ふふふ、もったいないお言葉をありがとうございます。これもルーズヴェルト卿のお力があったからこそ、ですわ」
本当に、彼の力あってこそ、だ。
彼はこの三十日間の間で、見事に無効化の魔法を習得して見せた。恩師のニコラス教授に教えを乞うたとのことだが、この短期間で実現するなんて彼の方がすごいと思う。
その時、私はふと、ルーズヴェルト卿の目元に薄いクマがあることに気がついた。それに、ハッとする。
「ごめんなさい、ルーズヴェルト卿。私はあなたに、申し訳ないことをしてしまいましたわ」
「……何の話です?」
首を傾げる彼に、私は何度も頷いてみせた。
エルヴァニアで決意したのだ。それなのに、不履行となってしまった。私は自身の胸元に手を当てると、罪を懺悔するように彼に言った。
「あなたの睡眠時間を削らせてしまいましたわ。卿の同行が決まった時、私はあなたに快適な職場環境を提供しようと思っていたのですが……まさか徹夜続きになってしまうなんて。お詫びのしようもございませんわ。エルヴァニアに戻ったら、お詫びとお礼を兼ねた贈り物をさせてくださいませ」
それに、ようやく私の言いたいことがわかったのだろう。彼が納得したように言った。
「ああ。いえ、それなら気になさらないでください。ヴィンセントはもっと人使いが荒いですよ。一日一回、仮眠が取れるだけここは天国です」
「そんな生活を続けていたら、本当に天国に行ってしまいますわ」
「あはは」
冗談だと思ったのか、ルーズヴェルト卿が笑って答えるが冗談では無い。睡眠不足は早死の元だもの。
魔道具作りも一段落したし、後は検証作業をして、帰り支度を整えて……まだバタバタするが、馬車と船の中では眠れるはずだ。
本当に、ルーズヴェルト卿にはお世話になりっぱなしだ。クラインベルク様にも。
エルヴァニアに戻ったら、必ず二人にお礼をしなければ。そう決意を固めていると、その時ルーズヴェルト卿に名を呼ばれた。
「レディ・リンシア」
「はい?」
顔を上げると、ルーズヴェルト卿が私を真っ直ぐに見つめていた。真剣な眼差しに、首を傾げる。
「なにか?」
「あなたは、カミロ・カウニッツと正式に婚約破棄したら、その後はどうなさいます?」
「え?」
唐突な質問に目を瞬く。
驚いて言葉を返せない私に、ルーズヴェルト卿がしまった、とでも言うような顔をした。それから、ため息を吐くとぐしゃりと自身の髪を掻き乱す。
「……すみません。卑怯な聞き方をしてしまいました」
卑怯??ルーズヴェルト卿の意図を測り損ねたが、私は正直な気持ちを口にすることにした。
「いえ、それは構いませんけれど……。ええと、カミロと婚約破棄した後のこと、ですわよね?正直あまり考えていませんわ」
そう言うと、ルーズヴェルト卿は悩むように眉を寄せた。何かまずいことでも言ってしまったかしら……?今度はこちらが困惑していると、ルーズヴェルト卿はなにか言おうと口を開いた。しかし、上手く言葉にならなかったのだろう。数秒沈黙した後、彼が言った。
「私の、伴侶になっていただけませんか」
「…………は!?」
「それか、私の妻になってください」
「意味が同じですわ!!」
思わず突っ込みを入れると、ルーズヴェルト卿が困惑したように目を逸らした。
「すみません、私も混乱しているようです。……本当はこんなタイミングで言うつもりではなかったので。エルヴァニアに戻って、ことが落ち着いてから、と思っていたのですが思い直しました。このまま帰れば、あなたは何事も無かったかのように過ごす、と」
「それは……」
確かにそう、かもしれない。
ルーズヴェルト卿には恩がある。だけど、特別親しいわけではない。エルヴァニアに戻れば、以前のように良識ある距離感を保つだろう。
エルヴァニアを離れ、協力体制を取っている今が特別なのだ。
否定できない私に、ルーズヴェルト卿が微笑んだ。諦めたようにも、吹っ切れたようにも見える。
「すみません、急ぎました。ですが後悔はしていません」
「……驚いてますわ」
混乱と驚きに、本心がポロリと零れ落ちる。上手い言い回しなんて、思いつかなかった。だって、ルーズヴェルト卿の言葉は──。
目を瞬いていると、ルーズヴェルト卿が苦笑した。
「そうでしょうね。あなたは、私をそういう風に見ていない。あなたは真面目な人ですから、私のことは同僚程度にしか認識していないのだろうと思っていました。だから、お伝えしたんです。これを逃せば、もうチャンスは無い、と思いましたから」
「あの……ルーズヴェルト卿」
こういう時、女性はなんて答えればいいのだろうか。
お断りする?突然すぎて頭が追いつかない。
ルーズヴェルト卿は良い人だ。そして苦労人でもあると思う。彼には幸せになってもらいたいし、恩もある。私に出来ることなら、可能な限り助力しようと決めていた。
その時、私はふと、ある可能性に思い至って顔を上げた。
ルーズヴェルト卿は、先程まで落ち着かない様子だったのに今やすっかりいつも通りだ。
やはり、吹っ切れたのだろう。その冷静さが羨ましい。




