5話:エルドラシア一の天才
体調持ち直しまして更新出来ました!
少し考えて、私は彼女に尋ねた。
「……では、本物のマリア先生は魔法学院におられるのですね?」
「ええ、そうです。あなたは必ずエルドラシアに来るだろうと予測して、用意しておいたのです。これはあなたの魔力に反応して起動する仕掛けになっています」
「また、とんでもないものを発明なさいましたわね……」
「何を言います。魔法式の構造さえ分かれば、あなたも作れますよ」
「理解するのに年単位で時間が必要そうですわね……」
マリア先生はあっさり言うが、私は知っている。
(その魔法式の構造、理解するだけでとんでもなく時間がかかるわ!!)
その上、それを自分で再構築?
気が遠くなる思いだった。本来なら、マリア先生の開発した魔道具は、専門職の人間が一生をかけて作れるかどうか、という代物である。それをあっさり造ってしまうのだから……本当にマリア先生は、あちこちから妬みを買いそうなくらいの天才だ。
相変わらずのマリア先生の様子に、お元気そうでよかったわ、と胸をなでおろした時だった。ルーズヴェルト卿とクラインベルク様から、困惑した視線を感じた。
「……レディ・リンシア、あなたは誰と会話をしているのですか?」
尋ねたのは、ルーズヴェルト卿だ。
それで、マリア先生の姿は私にしか見えないのだと知る。説明を求めて彼女を見ると、マリア先生も驚いたようだった。
「あら。予想がひとつ外れたわ。私はてっきり、リンシア。あなた一人で来ると思っていたのよ」
「その予定だったのですが……予想外の出来事が起きましたの。マリア先生の予想は正しいですわ。私は当初、一人で来る予定でしたもの」
「そうよね。あなたはそういう子だわ。……ともかく、この姿はあなたにしか見えていません。と、いうのも、これは登録した魔力の持ち主にだけ見えるよう設定しているからです。申し訳ないけど、リンシア。あなたを守る騎士様には、あなたから説明してもらえるかしら?」
「騎士ではありませんわ。この方は……いえ。とにかく、ご用件をお伺いしても?再会の挨拶を言うためだけに仕掛けたのでは無いのでしょう?」
私が尋ねると、マリア先生は驚いた様子だった。
それから、またにこりと笑う。慈しみを感じる、柔らかな表情だった。
「また、一つ予測が外れました。これはいい予兆です、リンシア。私の目的がわかったのですね。ええ、正解ですとも。あなたもご存知の通り、私の予測は外れたことがありません。ですが本日二回、既に予測が外れている。私の知らない間に随分成長しましたね、リンシア」
「……マリア先生」
恩師に褒められるのはこそばゆい。私が先を促すと、マリア先生はうんうん、と頷いた。まるで、分かっている、とでも言うように。
「今、あなたは船着場にいるでしょう?すぐそこに、人をやっています。魔道具を持たせていますから、すぐにこちらに来られるでしょう」
こちら、というのはもしかして魔法学院を指しているのだろうか。
それに気がついた私は、思わず彼女に尋ねていた。
「まさか、転移系の魔道具ですの……!?」
「使い勝手は悪いのですけれどね。そのまさか、です。時空に干渉する魔道具は制約があって面倒ですね。しばらく触りたくありません」
その言い方はまるで、
『高速の運転で疲れたからしばらく車の運転したくないわ~~』
とでも言うような軽い口調である。しかしその内容に、私は唖然とした。
どうやら、恩師が規格外なのは変わらず……のようだ。お元気そうで、何よりだわ。
そう思うことで、私は思考放棄することにした。まともに考えたら、理解が追いつかないからだ。
マリア先生との会話が終わると、それを待っていたのだろう。一人の女性が進み出てきて、私に包みを持たせた。布を開けると、そこには……
「私?」
ピンクの髪に同色の瞳の、布で出来た人形が出てきた。その人形の顔はにっこりと笑っているようだ。可愛らしい、という感想が先に出る。
「……あなたのようですね」
と、ルーズヴェルト卿が言い、
「本当ですね」
同様に私の手元を覗き込んだクラインベルク様がそう答えた。
その後、女性の案内で彼女が泊まっている宿に向かうこととなった。男性二人は、女性の部屋を訪ねることに渋っていたが、女性がさっさと先をいってしまうので、仕方なく追いかけたのである。
(もしかして、この女性……)
ふとある可能性が過ぎったが、ひとまず今は、彼らへの説明だろう。そう思った私は、歩きがてら、先程話していた相手はマリア先生だと説明した。
魔道具の説明を受けたルーズヴェルト卿と、クラインベルク様はそれぞれ驚いたらしい。
「話には聞いていたが……グルーネヴァルト教授の才能は本物だな。現在進行形でその場を映し出す魔道具なんて、存在するのか……。それを投影魔法で?いや、物理的には可能だが、実現出来るものなのか?だとしたら、魔法式には何を掛け合わせている……?」
ルーズヴェルト卿は構成している魔法式を考えたのか、独り言を言っている。混乱しているのだろう。
だけど、彼の気持ちも分かるわ……。
投影魔法の魔道具なんて、魔法大国エルドラシアでも存在しない代物だ。
エルヴァニアは、というとそもそも投影魔法の魔法式自体が我が国には浸透していない。
私の魔法のカメラが、あれだけ様々な意味を持って効果を発揮したのも、魔道具どころか、投影魔法自体がエルヴァニアでは認知されていないからだ。
「マリア先生は規格外ですわ。学生時代は、毎日驚きの連続でしたもの……」
女性の泊まる一室に向かうと、しかしそこは全く生活感がなかった。泊まっているなら、荷物が多少あるはずなのに、それがない。
先程抱いた可能性が強くなったことを感じていると、そこで女性が口を開いた。
「私の案内はここまでです。その人形は、魔力を込めることで発動します。以上、魔法式の発動を終了します」
そう言った瞬間、ポン!と軽快な音がして、煙が蔓延した。
「きゃあっ!?」
「うわっ」
「わっ……」
それぞれ驚きの声をあげ、次の瞬間──煙が収まると、もう女性の姿はどこにもなかった。それに、私は推測が正解であることを悟った。
消えた女性を見て唖然とする2人に、私は声をかける。
「……恐らく、今のもマリア先生の魔道具ですわ」
「今の!?今の女性が!?どう見ても人だったが……!?」
驚きのあまり、フランクな物言いでルーズヴェルト卿が私に尋ねてくる。よほど驚いたのだろう。
まあ、そうよね。初めて見た時は、私も腰を抜かしそうになったというものだ。マリア先生はニコニコ笑っていたけど。
「今のは、マリア先生お手製の魔道具人形ですわ。以前は、泥みたいに溶け落ちて、そのまま消える仕組みだったのですが……きっと、私があまりに怖がったからですわね。方法を変更したようですわ」
私の冷静なコメントに、二人は絶句した後、顔を見合せていた。




