23話:睡眠は大事ですのよ
ルーズヴェルト卿の要望は、私が卒業制作で作った魔道具、つまり早駆けの腕輪の改良だった。
早駆けの腕輪は、魔力量の消費がえげつない。魔道具の起動と同時に、私は疲労困憊状態となるだろう。
数日は使い物にならないのは、間違いない。
だから覚悟して使おうと思っていたのだけど……そう思っていると、ルーズヴェルト卿が苦笑した。
「せっかく同行するのですから、あなたの役に立たせてください。私は、魔道具造りの才こそありませんが、魔力量にはそこそこ自信があります」
そう言う彼は後ろを振り返って研究室に視線を向けた。
「エルドラシアには敵いませんが、エルヴァニアにしかない材料などを揃えています。どうでしょう。頼めませんか?」
「……やってみますわ。ですが、本当によろしいのですか?改良したつもりが改悪になる可能性もありますわ。意図せず、ルーズヴェルト卿の魔力をふんだんに吸い上げてしまう可能性だって……ゼロではありませんのよ」
早駆けの腕輪が持っていく魔力量は規格外だ。無茶な効果を付与した魔道具なので仕方ないが、それにしたって消費する魔力量は凄まじい。
彼は魔力量が多いらしいけれど、そもそもこの腕輪は、私が使う用に開発したものだ。彼が使用した場合、どこまで魔力量を吸い取られるかは未知数だ。
本来は、修正した魔道具はβ版として検証に回し、そこで見つけたバグを修正していく形で改良を進める。
だけど、今回はそんな余裕はないだろう。
(あのえげつない疲労困憊を彼に味わせるのは申し訳ないわ……)
私の言葉に、ルーズヴェルト卿が微かに笑みを浮かべた。
「問題ありません。ご心配ありがとうございます、レディ・リンシア。ですがその心配は無用です」
彼ははっきり答えた。
ここまで言われたら、やるしかない。
そうして、私は急ぎ、魔道具の修正作業に入った。
の、だけど──
(た、楽しい……!!)
楽しいわ!!
やっぱり、私、魔道具が好き……!魔道具に触れていると時間はあっという間だ。
私は久々の魔道具調整に夢中になった。
エルドラシアにはなかった材料──恐らく、エルヴァニア独自のものだ。それを使っての調整は、新たな発見の繰り返しだ。私は時間を忘れて作業に没頭したのだった。
☆
そして──
「で、できたぁ……!!」
あれから五日。
魔法式を練り直して、新たに組み込んで、正常に作動するかも含めて確認し、ようやく作業が一段落ついた。魔道具造りに欠かせない魔道棒を最後に軽く振ると、私は出来上がった腕輪をまじまじと確認する。
時間が限られているので、最低限の修正しかできなかったけど、この短期間で仕上げたにしては上出来だと思う。
私は完成品をまじまじと見つめた。
魔力の流れを確認しても、歪だったり澱んでいたり、魔力詰まりなどは起きていなさそうだ。
完成品を確認していると、私の対面に腰を下ろしていた男性、つまり王太子殿下が嬉々として顔を上げた。
「お、できたの!?」
「……一応は。それよりなぜ、王太子殿下がたはこちらにおられるのですか?」
私に宛てがわれた研究室には何故か、王太子殿下、フェルスター卿、ルーズヴェルト卿、クラインベルク様、そして侍女のフローラがいた。フローラがいるのはいいのよ。
連日、登城することを伝えたら念の為研究室まで同行したいと彼女が言って、王太子殿下から許可をいただいた。
だから、フローラがいるのは問題ない。問題ないのだけど──問題は、そのほかの四人である。
私の指摘に、書類を手に持った王太子殿下がへらりと笑った。
「あなたがどう魔道具調整するのか気になってさ。本当に、とても楽しそうに作業するんだね。見ていて飽きなかった」
「見世物ではありませんのよ」
「まあまあ、レディ・リンシア。哀れなヴィンセントを許してやって。何せ我が王太子殿下は、現在四徹目を記録中だ」
「よっ……!?」
フェルスター卿の言葉に、私は思わず素っ頓狂な声を出す。
フェルスター卿は頷きながら言葉を続けた。
「そろそろ仮眠室に押し込もうかと悩んでいたら、ふらっと立ち上がってここまで来たんだ。良かったらレディ・リンシアも寝るよう言ってやってくれないかな。それから、強制的に眠らせる魔道具なんかもあったら教えてくれたら嬉しい」
「…………寝台まで連行したらそのままご就寝なさるのではありませんか?」
三日目の昼あたりから、だろうか。
見物人が増え始めたのだ。最初はルーズヴェルト卿がちょくちょく見に来るくらいだったのに、いつの間にか王太子殿下がいらっしゃって、しかも仕事まで持ち込み始めた。
主である王太子殿下と同僚のルーズヴェルト卿がいることで、そのうちフェルスター卿、クラインベルク様まで来るようになった。
彼らがいつここを訪れたのか、具体的な時刻は把握していないけれど。
(魔道具調整中は、とにかくそれが第一優先で、それ以外が頭からすっぽ抜けてしまうのよね……)
作業が一段落ついたことで、ようやく正常な疑問が湧き上がってきたのだった。
なぜ、この人たちはここにいるのかしら?と。
四徹記録中の王子様をチラリと見る。王太子殿下は私の視線に気がつくとにこり、と笑って見せた。社交界でよく見る、王子様スマイルだ。
(無理やりにでもベッドに括りつけた方がいいのではない?)
どうやら王太子殿下は限界が近づけば近づくほど、にこやかな笑みを浮かべるらしい。その方程式で言えば、かなり限界なのだろう。
「調整作業は終わりましたわ。後は検証……つまり、ルーズヴェルト卿のご協力を仰ぐだけです。面白いものは見られないかと思いますわ」
「あなたの作業は、面白かったんじゃなくて魅力的だったんだよ。ね、ルシアン?神秘的でもあった。作業中のあなたはいつもに増して美しいね?」
フェルスター卿の軽口は流しておく。彼はこういう人だから、まともに取り合うつもりはなかった。
「ありがとうございます。では、検証作業に移行しますのでルーズヴェルト卿をお借りしても?」
「いいよ。ついでにルシアンも寝かせてやって。私もそろそろ寝ようかな……」
「そうですね。これ以上はお身体に障ります」
王太子殿下の言葉にクラインベルク様が懐中時計を確認する。
(これ以上は!?いや、絶対既にお体に障ってるわよ!!)
過労死目前の現場を作っているのは、王太子殿下が元凶な気がしてならない。この仕事人間をどうにかしないと、聖女対策本部はいつまで経ってもホワイト職場にはならないだろう。
私が(半ば)引きながら見ていると、頷いたフェルスター卿が言った。
「そうしなよ。後は僕が何とかしておくから」
「フェリクス様。あなたも二徹目でしょう。ヴィンセント様と一緒に仮眠を取っていただきますよ」
クラインベルク様の冷静な声が聞こえてきて、私は勘違いを悟った。
(……いや、仕事人間は王太子殿下だけではなさそう!)
この人たち、放っといたら限界まで動いているんじゃ……。充電切れを起こすまで動く魔導人形を思い出した。
この人たち、本当に人間よね?不安になって視線を向けると、ルーズヴェルト卿が私のそれに気がつき、微かに微笑んだ。
「私は先程仮眠を取ってきましたので、問題ありません」
「…………ルーズヴェルト卿。ご存知ですか?一般的に人は、睡眠を取らなければなりませんのよ。仮眠ではなく、ちゃんと寝てくださいませ!」
どいつもこいつも……仮眠ではなく、ちゃんと寝ろって話なのよ!!




