19話:例えが酷いのではなくて?
私は、文官になるために、死にものぐるいで勉強して、復習して、多方面を納得させるために奔走した。とにかく、物凄く苦労をしたのだ。
『好きな男と一緒にいたいから♡』な~~んて、甘い考えで入れるようものじゃないのよ。そんなに甘くないわ。
寝言を言うには時間が早すぎるっていうのよ……!
私の言葉に、セリーナが気分を害されたのかこちらに視線を向けた。それに、私は笑みを浮かべる。
「では、聖女様も文官登用試験を受けられるのですね。参考までにお伝えいたしますが……文官登用試験合格に必要な勉強時間は平均二、三年と言われておりますわ」
「ハッ……?二、三年!?」
知らなかったのだろう。唖然とする彼女を、私は目を細めて見た。
「ですが、今からでも全く問題ないと思います。やる気さえあれば、ね。聖女様さえよろしければ、私が使用した教材をご紹介しますわ」
ふたたび笑みを見せると、今度こそセリーナは黙り込んでしまった。
二、三年も勉強したくないと思ったのか、今すぐ魔法管理部に入りたいと思ったのか、そもそも文官には興味ないが、ルーズヴェルト卿のそばに居たいだけなのか……。
おそらく三つ目のような気がするが、文官も魔法管理部も、そう簡単に合格出来るものでは無いのだ。
特に魔法管理部はそうだ。筆記試験に合格しても、最終試験、つまり検証テストで落とされる確率は八割にも上るという。
文官の中でも、魔法管理部の試験は最難関だ。
完全に黙り込んでしまったセリーナに、やっと落ち着いたとみて、アデルハルトが声をかける。
「聖女様。これ以上の遅れは、私も庇えません。お叱りを受けるだけでなく、罰が発生するかもしれませんよ」
罰、という言葉に先程の私の言葉を思い出したのだろう。セリーナは短く舌打ちをすると、声を荒らげた。とても、聖女とは思えない振る舞いである。
「分かったわ。行けばいいんでしょ!行けば!!みんなして、私の魔力にたかる蝿どもが……!」
そう吐き捨てて、セリーナはちら、と振り返ると私を強く睨みつけてから──その場を去った。
まるで嵐のようだった。セリーナの後ろ姿を見送った私は、ふと思った。聖女とはとても思えない物言いだったのは、ともかくとして。
(聖女に群がるのが蝿なら、あなたは蝿に集られる肥溜めとか、生ゴミとか、そういうものになってしまうと思うのだけど……)
それはいいのかしら。少し気になったが、もうセリーナは去ってしまった。今更尋ねることはできない。
回廊に静けさが戻ってくると、私はルーズヴェルト卿に声をかけた。
「ルーズヴェルト卿」
彼の視線がこちらに向く。私は、先程の問答で得た確信を彼に伝えた。
「例の件、おそらく黒だと思いますわ」
「──」
ここは回廊で、誰が通りがかるか分からない。意図してぼかした言い方に、ルーズヴェルト卿が目を見開いた。
「……魔法管理部に向かうのでしたわよね?詳しい話は、そちらで」
☆
「ああ、こちらにいらっしゃったのですね」
そうして、魔法管理部に向かう途中、王太子殿下の従僕であるコンラート・クラインベルクがこちらに向かって歩いてきた。
先程、執務室に控えていた従僕だ。ティーセットを配膳してくれたのは彼である。
クラインベルク様は、濡羽色の髪をひとつに纏め、背に流している青年である。
確か、子爵家の出だったはずだ。
彼は私たちを見つけた安堵からか、ホッとした様子だった。
「王太子殿下の命で参りました。先程、聖女様とお会いされたと伺いましたが、問題ありませんでしたか?」
「問題はありましたわ」
「えっ」
固まるクラインベルク様に、私は苦笑した。
「申し訳ありません。誤解を招く言い方でしたわね。問題はありましたけれど、ちゃんと対処しました。聖女様は速やかにお勤めに戻られましたわ」
「そ、そうですか」
私の言い方に、何か感じるものがあったのだろうか。ぎこちなく、クラインベルク様が頷く。
私は彼を見て、妙案を思いついた。というか、少し困っていたのだ。
「それはそうと、ちょうどいいところに来てくださいましたわ。これから私たちは、魔法管理部に向かう予定ですの。クラインベルク様もご一緒いただけると、大変ありがたいのですけれど……」
いくら仕事といえば、私には(不本意にも)婚約者がいるのだ。異性と2人きりになるのは体裁が悪い。
隙を見せるつもりはない。揚げ足取りなどされたらたまったもじゃないもの。
婚約破棄は、カミロの有責で、10:0でしなければ意味が無い。
そのために、今私は動いているのだから。
迂闊な真似はしたくない。
私の意図を察したのだろう。クラインベルク様が心得たように笑みを浮かべた。
「承知しました。では、ご一緒させていただきます」




