18話:エイプリルフールはまだ先よ
それに、ルーズヴェルト卿がなにか答えるより先に──
「こちらでしたか!!聖女様、探しましたよ……!!」
という侍従の声と、
「何よ……!!カミロの次はルシアンってわけ!?この尻軽ビッチ!!」
というセリーナの声が、ほぼ同時に回廊に響いた。
振り向くと、ようやく状況整理が完了したのだろう。完全に頭にきたのか、セリーナが肩を怒らせて私を睨みつけていた。
セリーナのあまりな発言に、回廊の空気は完全に凍りついていた。
呼びに来た従僕は、哀れにも声をかけるタイミング見失っている。
フーッフーッと興奮するセリーナに、私は笑みを浮かべる。
「……失礼。今、とっても非常識な言葉を聞いた気がするのですが、聞き間違いでしょうか?」
「聞き間違いなんかじゃないわ!!あなたはビッチだと言ってるの!」
「ふふふ。そんなに卑下なさらなくても、私は聖女様のこと、そんなふうに思ったことはありませんわ」
「誰がいつ私の話をしたのよ!!私はあなたのことを言っているの!!」
ますます回廊の空気は冷え込んだ。セリーナの後ろで、従僕がオロオロとしているのが見えた。
今度は何を言い出すのかしら。
冷めた目で彼女を見ていれば、私が狼狽えていると思ったのだろう。勝機はここにあり、と言わんばかりにセリーナは得意げに微笑んだ。
そして、私を指さしてくる。特大級のマナー違反である。
「あなたには婚約者がいるはずよ!!」
「ああ、聖女様と恋仲の?」
「違っ……。あんなのはデタラメよ!私とカミロは、良い友人だわ!」
「ご友人というには、とても親しそうですわね。貴族社会では、異性のファーストネームを呼ぶのは婚約者か、あるいはそれに近しい関係に限ると私は思っていたのですけれど……」
そこで、セリーナは自身の失言に気がついたらしい。だけど、もう今更すぎるわ。
私はとびきりの笑顔を見せて、言った。
「やはり、聖女様は私どもとは違う常識で生きていらっしゃるのですね」
「──っ!!」
それに、セリーナは怒りで顔を赤く染めた。返す言葉が見つからないようで、ハクハクと口を開閉している。
まるで餌を強請る鯉のようだわ……と思ったが、鯉の方が百万倍可愛い。
そして、ふと、私は思いついたことを口にした。
「ああ、そうですわ。聖女様」
「何よ!?」
言い返すことが出来なかったのが相当悔しかったのか、セリーナはキレながら返事をした。機嫌は最悪のようで、今にも殴りかかってきそうな形相で、私を睨みつけている。
先程までルーズヴェルト卿に甘えていた人とはまるで別人のようである。
私はちら、とルーズヴェルト卿に一瞬視線を向けた。そして、セリーナに視線を戻し、言った。
「ルーズヴェルト公爵家の花嫁には、求められるものがあると思うのですが……ご存知かしら?」
「は……?」
ルーズヴェルト卿も疑問に思ったようで、横から怪訝な視線を感じる。私はそれに構わず、笑みを浮かべたまま答えを口にした。
「【貞淑さ】ですわ。もっとも、これは社交界の常識なのですが……。聖女様はご存知ないかもしれないでしょう?ですから、僭越ながら助言をさせていただきましたの」
「なっ……」
痛烈な皮肉を込めた私の発言に、セリーナは返す言葉を失ったようだ。
(カミロの話によると、セリーナは相当遊んでいるようだもの)
貞淑さの欠片もないだろう。というか、そんなものあったらまず、婚約者でもない異性にキスをねだるような真似はしないと思うのよ。
少なくとも、今のように奔放であれば、苦労するだろう。ルーズヴェルト卿が。
セリーナは何か言いたそうにしていたが、つい先程カミロを呼び捨てにしたのは彼女自身だ。婚約者でもない異性を親しげに呼ぶのは十分にマナー違反である。その時点で淑女として失格、落第だわ。
「では、ごきげんよう。聖女様。エルヴァニアに光がありますように」
挨拶の口上を口にして淑女の礼を執ろうとすると、それまで成り行きを見守るに徹していたルーズヴェルト卿が口を開いた。
「失礼。聖女様、ひとつ訂正させていただいても?」
「ルーズヴェルト卿?」
顔を上げて首を傾げると、彼は私ではなく、セリーナを見つめていた。
私もセリーナに視線を向けて──呆気に取られた。
なぜなら、セリーナは期待を込めた目でルーズヴェルト卿を見ていたからだ。
(この流れでどうしてそんな顔ができるのかしらね……!?)
思考回路が謎すぎる。
(まあ?でも?彼女はルーズヴェルト卿が自分のことを好きだと思っている……ならさもありなん、というところなのかしら?)
だめだわ。セリーナの思考回路なんて考えても分からない。私は思考を放棄した。
その時、ルーズヴェルト卿が口を開いた。
「レディ・リンシアは、正式に魔法管理部の一員となりました。私と行動しているのは、仕事です」
「し……仕事。仕事仕事って!ルシアンはそればかりだわ!!それなら私もそっちのお仕事をやるわよ!!」
な、何言ってるのかしらこの人……というのが、顔に現れてしまっただろうか。しかしセリーナの意識は、ルーズヴェルト卿に固定されているようだ。必死に言うセリーナに、ルーズヴェルト卿がため息を吐いた。うんざりしているようだ。
「聖女様には聖女様の。私には私の仕事があります。お役目を、お忘れなきよう。アデルハルト、連れていけ」
それはまるで囚人の連行を命じる軍人のような声だったけど、聖女は納得しなかったようだ。
「でも!私はあんなのやりたくないわ!」
「聖女様、外務大臣がお待ちです」
アデルハルトと呼ばれた従僕が声をかける。
セリーナは無視してルーズヴェルト卿に取りすがった。
「私だって何か出来るはずだわ!魔法が使えるのだもの。私も文官に……魔法管理部に入るわ!!」
(はっ……)
はぁ~~~~!?!?
思わず、唖然とした声が零れそうになってしまった。
好きな男と??一緒に??いたいから??魔法管理部に入る??
「ふふふ、聖女様ったら面白いご冗談を仰るのですね!」
堪えようと思ったけれど、だめだった。




