16話:言いたいことが山ほどあるのよ
ルーズヴェルト卿は少し考え込んだ後、顔を上げた。
「……レディ・リンシア。この後のご予定は?まだお時間はありますか?」
「え?少しくらいなら……」
これから、急いで旅支度を整えなければならない。魔道具の調整だって、行わなければならないもの。
だけど、多少の余裕はある。
それに何より、これから旅支度をしなければならないのはルーズヴェルト卿も同じはず。
それなのに聞いてきた……ということは、彼には今、伝えなければならないことがある、ということだろう。
そう受け取った私が頷くと、ルーズヴェルト卿が「では」と切り出した。
「魔法管理部に向かいましょう。あなたにお見せしたいものがあります」
そう言うと、ルーズヴェルト卿はどこか楽しそうに笑みを浮かべて見せた。
(あまり笑わない人だと思ったけど……)
意外に、ルーズヴェルト卿は表情豊かのようだ。
彼の案内に従って城内を歩いていると、その時、後ろから聞き覚えのありすぎる声が聞こえてきた。
「ルシアン様!!」
瞬間、ルーズヴェルト卿も誰の声か理解したのだろう。
途端、彼が私の肩を押した。
「うキャッ!?」
思わず、猿のような声が出る。
(ちょっ……ちょっと!!あなたが押すから変な声が出たじゃない!!)
うきゃって何よ。うきゃって。
令嬢に有るまじき声を出させたルーズヴェルト卿を恨めしく思い、抗議しようと振り返った、ところで。
「会えてよかったわ!!会えるかしら?って楽しみに待っていたの」
「……聖女様」
無感情のルーズヴェルト卿の声が聞こえて、彼がなぜ、私の背を押したのか理解した。
(なるほど、隠してくれたのね……)
柱に隠れて、セリーナからは死角となっているのだろう。その気遣いには感謝するけれど──
(あのね……!!一言くらいあってもいいのではなくて!?)
そもそも、あの時……セリーナとカミロの逢瀬を目の当たりにしたあの庭園でも、そうだったわ。この人は、踵を返そうとした私の手首を掴んで引き止めたのだった。
(もう少し、言葉を添えるとか……あってもいいと思うのよ)
ルーズヴェルト卿は、その容姿と纏う雰囲気、空気感から絶大な人気を誇る貴族令息である。あるが──口は上手くないので、実際付き合ったら相手を怒らせるタイプの男性だと私は踏んでいる。
口下手、というわけではないのだけど、誤解されやすい人だろう。
だけど、セリーナから隠してくれたのは有難い。その気遣いを受け取った私は、彼の乱暴な振る舞いも水に流すことにした。
(こんなところでセリーナと鉢合わせになんてなりたくないもの)
何を言うか自分でも分からないからだ。彼女を思い出しただけで、未だに心底腹が立つのだから──顔を見てしまったら、とんでもないことを口走ってしまいそうで、怖い。
(よくも、私の弟にベタベタしてくれたわね……)
彼女は、私への当てつけのためにレオナルドに近付いた。つまり、彼女はレオナルドを仕返しの道具に使ったのだ。
それが、許せない。
柱に背を預けて、セリーナが消えるのを待つ。なるほど。ルーズヴェルト卿は、苦労しているようだ。
「ねえ、お散歩しましょう?とっても素敵な場所を教えていただいたの」
「……申し訳ないのですが、仕事があります」
「そんなもの、フェリクスに任せちゃえば?私がお願いしてあげる!」
「私でないとだめなんですよ。それより聖女様、外務大臣が探しておりましたが、もしかして抜け出されてきたのですか?」
驚くほど、ルーズヴェルト卿の声は淡々としている。もう色仕掛けをする必要が無いからだろうか。それとも、以前からこんな調子だったのかしら……。
もしそうなら、私は先程の考え、つまりルーズヴェルト卿が色仕掛けに適任か、という議題の回答を考え直す必要がある。
そんなことを真剣に考えていると、セリーナの甘ったるい声が聞こえてきた。(嫌いな)女のあからさまに媚びる声は、同性として聞いているのは辛い。
いたままれなさを覚える。
「もう!だって、外務大臣は私にいっぱい魔力を使わせるのよ?疲れちゃうわ、こんなの!」
「国防に生かすためです。どうか、お役目を果たしてください」
「ええ~~?ルシアンがそんなに言うなら、頑張ろうかしら?……ね、ご褒美に、何をくれるの?」
「……外務大臣に、褒賞制度を設けるよう伝えておきますね」
「そうじゃないでしょ!分かってないなぁ……。ほら!ん!」
セリーナの得意げな『ん!』という言葉に、なにか不穏なものを感じた私はそっと柱から顔を覗かせ──顔をひきつらせた。
セリーナは、ルーズヴェルト卿に向けて顔を上げていたからだ。
(わあ!!どう見ても!!キス待ち顔!!!!)
思わず心の中で叫んだ私は、ついシュバッと柱の陰から現れてしまった。
見ていられなくて──ではなかった。ルーズヴェルト卿があまりに不憫なので。
彼には恩がある。
恩人を見捨てることは出来ない。
突然シュバッと幽霊のように現れた私に、セリーナは数秒遅れて気がついた。ちなみに、ルーズヴェルト卿は石像のように固まっていた。
彼の反応を見るに、助太刀は正解だったようだ。
「!!!!」
セリーナは私に気がつくと、面白いくらい体をのけぞらせた。
恥ずかしいところを見られた、とでも思っているのだろう。でもその通りだわ。
「あなたは全く恥ずかしい人ね!!」
そして私は、自分が危惧したとおり、とんでもないことを口走ってしまったのだった。
「なっ……というかあなた、いつから」
流石に、面と向かって「恥ずかしい人!」と言われるとは思わなかったのだろう。面食らった様子のセリーナが、至極当然の疑問を口にする。
言った言葉は取り消せない。仕方ない。こうなったらもう、全身全霊でお相手しようじゃない。
(そうよ。そもそも私は、この女に言いたいことが山ほどあるのよ)
主に、弟の件について。
いい機会だ、と思い直して私は胸を張って彼女を見た。
「最初からですけれど?見られて恥ずかしいことでもしていらっしゃったの?」
「今あなたが恥ずかしい人って言ったんじゃない!!最低よ!人を貶めるなんて!」
「あら。恥ずかしいことだと思っていらっしゃらないのかしら?公共の場で、婚約者でもない異性に、口付けをねだるのが?恥ずかしいことではないとあなたは仰るの?」
何度も確認すると、わたしの勢いに押されたセリーナがぐっと言葉につまる。それを見て、私はにっこりと満面の笑みを浮かべた。
「まあ!私とは違う常識で生きてらっしゃるのね!」
「〜〜ッ」
セリーナの顔に朱が走る。




