14話:意趣返しではなくてよ
「よし!じゃあフェリクスもつけよう」
「はい!?!?」
思わず、素っ頓狂な声がこぼれた。
それに構わず、王太子殿下はキラキラとした笑みを浮かべる。いわゆる王子様スマイルである。
「フェリクスとルシアン、どちらにも休養を与えられて、私も一石二鳥だ。よしそうなったら、フェリクスの予定を調整して──」
「いいえ結構ですわ。ルーズヴェルト卿との合同調査、謹んでお受けします。ルーズヴェルト卿と二人で!お願いしますわ!!」
早口で私は即答した。二人で、というところを強調しておく。
王太子殿下の言葉を遮るのは不敬だと理性が囁く。だけど、最後まで聞いていたら、決定事項になっていそうで恐ろしかったのよ……!
(別に、フェルスター卿が嫌いな訳では無いわ)
そうではなくて……
(ルーズヴェルト卿との調査任務、ってだけでも色んな噂を呼びそうなのに……!!フェルスター卿も同行する、なんて冗談じゃないわ!!)
そんなことになった日には、社交界中の噂になるというものだ。そうなったら目も当てられない。
いくら文官としての公務とはいえ、ルーズヴェルト卿とフェルスター卿はご令嬢やご婦人方から熱い視線を向けられる、人気の貴族令息である。
尋ねたことがないけど、貴族令息人気ランキングとかあったら、ぶっちぎりで上位を独占していそうである。それくらい2人は人気なのである。
(その2人が同行、なんて)
……絶対!!間違いなく!!100パーセント!!
令嬢のやっかみを買うに違いないもの……!!
想像しただけで面倒事の日々が待っていそうでゾッとする。
せっかく、最終試験のアレで今の私は
【聖女に一方的に貶められそうになっている哀れな令嬢】
というポジションを獲得しているのに……!!その立場を奪われるわけにはいかないのよ!今はまだ!!
私は、ご令嬢の同情票を買う必要があるのであって、反感は買いたくないのである。
私の力強い返答に、王太子殿下がにっこり微笑んだ。
「良かった!私もね、二人とも長期間不在というのは、流石にきついなと思ったんだ」
「………」
その瞬間、私は悟った。
「あなたが承諾してくれて助かった。ああ、リンメル伯爵には話を通しておくから」
(は、嵌められたわ~~……!!)
思わず、頭を抱えたくなった。
つまり、最初から王太子殿下の手のひらの上だったわけだ。今のは彼の策略だったのだろう。
見れば、ルーズヴェルト卿は眉を寄せて額に手を当てていた。
……何にせよ、これでルーズヴェルト卿の同行が決まった。
(決まってしまった以上、仕方ないわ……)
…………よし!!決めたわ!!
私は切り替えは早い方なのである。
(こうなったら、ルーズヴェルト卿には悪いけれど……とことん働いてもらうことにしましょう!!)
人手が増えたのだ。使える人員が確保出来たのは、純粋に喜ばしい。
これから私は、エルドラシア魔法学院で調べ物をするのだ。人手はあった方がいい。
それも、有能なルーズヴェルト卿なら、願ったり叶ったりというものだわ!
ちらりと、ルーズヴェルト卿に視線を向け、続けて私は軽く頷く。
(大丈夫。睡眠時間はしっかり確保しますわ。ホワイトな職場を提供しますから、ご安心なさって)
しかし、私はもちろん、恐らくルーズヴェルト卿もテレパシーは習得していないので、残念ながら彼には私の心の声は届かないのであった。
ルーズヴェルト卿が私の視線に気が付き、怪訝な顔をしたところで──部屋の扉がノックされた。
お茶の用意が整ったのだ。
控えていた従僕が対応し、ティーセットの載ったワゴンが運び込まれてくる。
王太子殿下が私を見て、笑いかける。
「いいところで紅茶の用意ができたようだ。どうだい、レディ・リンシア?飲んでいくでしょう?」
尋ねられて、私はにっこり、彼に負けず劣らず笑みを見せた。
「……そうですわね、いただきますわ!!」
ヤケっぱちになって、私は答えた。
用意された紅茶は、アッサムがブレンドされたマスカットティー。どうやら王太子殿下は、フルーティーな紅茶がお好きらしい。
(今度登城する時は、ローズヒップティーを持参しようかしら……)
別に、意趣返しとかそういうつもりではないけれど。
そして私は、先程ルーズヴェルト卿が二日かけて用意してくれたという書類に目を通した。
「──」
そこに並ぶ文字を見て、思わず息を呑む。




