12話:真夏に放置された生ゴミは最悪
王太子殿下はため息を吐いた。
「なるほど……馬用なら仕方ないか……」
「使ってみればいいんじゃないか?案外効くかもしれないぞ」
「あのね。流石の私も馬用を無理に使いたいとは言わない。だいたい何かあったら、責任を取らされるのはレディ・リンシアだ。彼女に迷惑をかけてまで、無理を言いたい訳じゃないんだよ、私は。ただ……」
王太子殿下はそこまで、なにか思い立ったように顔を上げた。それから遠くを見る目で彼は続けた。
「健康体が欲しいだけなんだよ……」
それは切実な声音だった。
「気持ちはわかりますわ……。改良を進めます」
「うん、よろしく。本当に」
なんだかしんみりとした空気になってしまったが、私は話を戻すように魔道具の説明を続けた。
「それに、疲労回復は副産物に過ぎませんの。本来の効果は別ですわ。つまり、これは馬の補助道具なんですの。馬の走る地面がエスカレー……自動に動く仕様で、追い風が吹くようになっているんですのよ」
「それはまた、本当に限定的だね」
「移動手段に特化した魔道具、というわけか」
私は2人の言葉に頷いて答えた。
これは元々、エルドラシアの在籍期間を伸ばすために考えたものだった。
エルドラシアに留学することとなり、向こうに到着して思ったことは
『移動時間、長!!』
だった。
そして、期限ギリギリまで学びたかった私は、移動時間をどうにか短縮できないかと考えるようになったわけだ。
1年かけて組み立てた魔法構成なので、卒業制作では花丸を貰った経緯がある。
話を聞いた王太子殿下が「ふむ」と顎に手を当てる。彼は、話の意図に気がついたようだった。
顔を上げ、彼は確信を持った目で私を見た。
「なるほど。つまり君は私に交渉を持ちかけているわけだ」
その言葉に、私は是を示すように笑みを見せる。その通りだったからだ。
ルーズヴェルト卿がまつ毛をふせ、僅かに思案してから顔を上げた。
「レディ・リンシア。これを使ったら、通常より早くエルドラシアに到着するということでしょうか?」
「その通りですわ、ルーズヴェルト卿。この魔道具を使ったら、一ヶ月でエルドラシアに着くでしょう」
私の言葉に、王太子殿下が驚いたように目を見開いた。
それから納得した様に彼は苦笑してみせる。
「レディ・リンシア。あなたが求めるのは、未申請の魔道具の、エルヴァニア内での使用許可、だね?」
「その通りですわ、王太子殿下。人間用ではなく、申し訳ありません」
「そうだね。一刻も早く、疲労回復のみに特化した魔道具の開発を願いたいところだけど……」
王太子殿下はぼやくように答えた。
心底そう思っているようだ。彼の気持ちも分かる。
だけど、疲労回復と一口に言っても、相当難しかったりするのである。
そもそも、魔道具で解決したら薬要らずである。その関係でもやはり、難しいだろう。ほら、権利とかそういう問題が出てくるもの。
「善処いたしますわ」
そのため、私はそう答えて曖昧な笑みを浮かべた。王太子殿下も私と同じことを考えたのだろう。へらりと、乾いた笑いを浮かべた。
私の狙いは、ルーズヴェルト卿が言った通り。
(未許可の魔道具の使用は、王国法で認められていない。当然だわ。……だけど私は、この魔道具を使用し、急いでエルドラシアに向かわなければならない理由がある)
そのためには、上層部の許可が必要だ。
そして、魔法管理部は王太子殿下の直轄である。
私は真っ直ぐに王太子殿下を見つめて言った。
「特例で認めていただきたいのです。これを使えば、一ヶ月でエルドラシアに到着しますわ」
「そうだね。早く着けば、その分、調査に時間を回せる、か。……仕方ない。特例で、許可しよう」
「ありがとうございます、殿下。これで、僅か一ヶ月でエルドラシアに着けますわ!」
私が笑顔で言うと、王太子殿下が苦笑した。
私には、時間が無い。
そしてそれは、王太子殿下も同じだ。
王太子殿下は、早急にこの問題を解決しなければならないと言った。
つまり、私と王太子殿下は同様の状況なのである。背景は、かなり異なるけれど。
私が急いでいるのは、もちろんお母様との約束が3ヶ月、というのもあるが──それ以上に一刻も早く、セリーナにお返しをしないと気が済まないからだ。
(カミロの方は、着々と準備が進んでいるわ。残るは、セリーナだけ)
私は腰を上げた。
「では、急ぎ支度を整え、近日中に出発いたしますわ」
私の言葉に、王太子殿下が待ったをかけた。
「待って、レディ・リンシア。その調査にルシアンも同行させてやってくれないかな?」
「は?」
「えっ?」
王太子殿下の言葉は、ルーズヴェルト卿も予想外だったのだろう。
私とルーズヴェルト卿の声が重なった。
「つまり、ルシアンもかなり切羽詰まった状況なんだよね」
勝手に説明を始めた王太子殿下に、当事者たるルーズヴェルト卿は明らかに『は?』という顔をしている。
王太子殿下は、まつ毛を伏せると、苦悩したように言った。
「聖女がね、狙いを変更したようなんだよ」
その言葉に、私は目を瞬く。
(ターゲットを変更した……?彼女の狙いは、カミロでしょう?)
今になって、鞍替えするというのだろうか。何のために?そう考えて、あっと思いつく。私が推測したのを察したのだろう。王太子殿下がうんうん、と何度も頷いた。
「あの騒ぎがあったでしょう。流石にあんなことがあって、カミロ・カウニッツと一緒になるのは外聞が悪い、と我が叔父上はお考えのようだよ」
あの騒ぎ、とは十中八九、例の最終試験のことを言っているのだろう。
社交界は、あの噂で持ち切りだ。王家は現在調査中としているが、誰もが、あの光景が真実だと思っている。
ただ、体裁が悪いため、保留としているのだ、と。
私は少し考えて、顔を上げた。
「ですが、彼女の取り巻……慕っているように見せかけているのは、ルーズヴェルト卿だけではありませんわよね?フェルスター卿は?」
「彼は元々、そういった諜報活動を得意としているからね。上手く躱しているみたいだ。だからこそ、彼女は狙いをルシアンに定めたんじゃないかな」
思わずルーズヴェルト卿を見ると、彼は貴族令息とは思えない──つまり、酷い顔をしていた。真夏に放置された生ゴミを見てもこんな顔にはならないだろう。




