9話:魔法大国からのお手紙
彼はしばらく沈黙した後、頷いて答えた。
「元々これは、あなたからの依頼ですから。依頼結果をどうするかは、あなたにお任せします」
「あら……信頼していただいてる?」
「既に、あなたは魔法管理部の人間で、聖女対策本部の一員ですからね。信じていますよ」
あっさり言われ、今度は私の方が困惑した。
その時、続き扉が開かれた。眠たげに欠伸をしながら部屋に入ってきたのは、王太子殿下だ。彼は私の姿に気がつくと、目を瞬いた。
「ああ、すまない。レディ・リンシア。待たせてしまった?」
その言葉に答えたのは、私ではなく、ルーズヴェルト卿だった。彼は懐中時計を取り出して、時刻を確認しながら言った。
「流石だな、ヴィンセント。時間ピッタリだ」
「覚えさせられてるからね。嫌でも目が覚めるというものさ」
嫌な習慣だね、と続けて王太子殿下はソファに座った。彼に促されて、私もその斜向かいに腰を下ろす。
そういえば、ずっと立ちっ放しだったわ……。
ルーズヴェルト卿が控えていた侍従にお茶の支度を命じた。
ちら、と顔を上げる。
王太子殿下は、先程まで寝ていたとは思えないほどいつも通りだった。
このまま外に出ても、先程まで仮眠していたとは露ほどにも思われないだろう。切り替えが早いのだと思う。
彼は首を傾げ、柔らかな笑みを浮かべた。
「それで、レディ・リンシア。本日のご用向きは?」
「はい。まず1つ目ですが、王太子殿下。今件──聖女セリーナの違法魔道具使用の疑いについて、今現在、判明していることをご教示いただけますか?情報共有は、大事ですもの」
私の言葉に、王太子殿下が頷いて答えた。
「その件については、私も手配を進めていた。ルシアン」
王太子殿下がルーズヴェルト卿を見ると、彼は本棚から新たな冊子を2、3冊ほど手に取り、戻ってきた。ルーズヴェルト卿がそれをドサッとテーブルの上に置く。
1冊1冊の量は、かなりのものだ。思わず目を丸くした。
「こちらが、現状を纏めた報告書です。王太子殿下の無茶な要求に従い、まる2日かけて作成しました」
(えっ、突貫で作ったの!?)
既に作成していたとかではなく!?
驚いたが、私のせいで余計な労力が発生したのだ。私は申し訳なくなった。
「それは……お手数をおかけしましたわ」
ちらりと窺えば、ルーズヴェルト卿の目元は赤みがかっていた。しかも目も充血している。
さっきまでは気が付かなかったけれど、青灰色の瞳の下には、くっきりとクマがあった。
(ひゃ~~~~!!申し訳ないわ!!)
ただでさえ、ルーズヴェルト卿にはカウニッツ伯爵家の件で、動いてもらっているのだ。
過剰労働、という言葉が頭を過ぎった。
ルーズヴェルト卿に命じているのは私では無いけれど、間接的に私のせいである。
(今度、何かお礼の品を贈ろうかしら……)
いや、彼が最も欲しているのは睡眠だろう。
それなら、安眠グッズ?よく眠れる魔道具の方が喜ばれるかしら?
そんなことを考えていると、ルーズヴェルト卿が首を横に振った。
「ああ、今のはあなたへの言葉ではありません。……聞いてるよな?ヴィンセント?」
睨まれた王太子殿下がにっこりと笑う。
「いやぁ、優秀な側近がいて私は幸せ者だね!」
「俺は魔法で動くタイプのビスクドールでもなければ、睡眠を不要とする特異体質でもない。何回言えば分かってくれるんだ、お前は?俺を過労死させる気か?」
「大丈夫大丈夫!その時は私もフェリクスもレディ・リンシアも!皆で仲良く総倒れさ!」
「えっ」
何か今、巻き込まれたような……!?
巻き込まれたわよね、完全に!?
過労死とか、絶対嫌なのだけど!?
思わず王太子殿下に視線を向けると、彼は私にバチン、とウィンクをした。
何かのアイコンタクト……なのかしら。
どちらにしても、過労死組からは脱退したい。心底そう思う。
その時、ルーズヴェルト卿がため息を吐いた。
彼も本気で言っていたわけではないらしい。そのまま話を進めた。
「……現状報告書ですが、最初に経過、そして調査結果、と並んでいます」
突然、話が戻ったので面食らうが、私は冊子を手に取って確認した。ルーズヴェルト卿が説明を続ける。
「調査結果はあなたもご存知の通り、全てナシのつぶてでした。……ですがまあ、空振りだったことがわかっただけでもひとつの収穫でしょう」
「ありがとうございます、ルーズヴェルト卿。後ほど確認させていただきますわね。では、本日私が登城した2つ目の用件なのですが」
顔を上げて、私は王太子殿下を見た。
ひとまず、ルーズヴェルト卿への贈り物の件は、一旦保留だ。
私はシャトレーヌの先に繋げた小物入れから、先日届いた手紙を取り出した。
数日前、エルドラシアの教授から返信があったのだ。
私は、すっとその手紙をテーブルの上に置いた。
「エルドラシアの教授から、お返事がありましたわ」
想定よりずっと早かったのだろう。
王太子殿下とルーズヴェルト卿は虚を衝かれたように私を見た。




