13話:想定外のお手紙
エリオノーラが退室すると、途端、室内が吹雪いた。発生源はもちろん、お母様だ。
「見損なったわ、ラインハルト。自分の不始末を娘に押し付けるなんて、最低だわ」
「いや、アウレリア……」
お父様の顔色は悪い。しどろもどろに言うお父様をお母様は軽蔑するように見た。
「借金の件は、私が何とかするわ。アッカーマン伯爵に相談します。アッカーマン伯爵家では力不足なら、お爺様……ブルーメンタール公爵家にも相談してみるわ。話は以上よ」
そのまま席を立ち、今にも退室してしまいそうなお母様に、焦りを覚えたのだろう。お父様が、焦ったようにお母様を呼んだ。
「ま、待ってくれ!アウレリア。まさか離縁するなんて言わないよな……!?」
離縁、という言葉にお母様の目がさらに冷たくなった。
お母様と私の容姿はよく似ている。
妹と弟はお父様似で銀髪なのだけど、私はお母様似の桃色の髪なのだ。
表情のないお母様を見ていると、容姿は私によく似ているのに、全くの別人のように見えた。
「そうしたいのは山々だけれどね。子供たちのことを考えるとそうもいかないでしょう?」
「アウレリア……」
「だけど、あなたが当主というのはとっても不安だわ。ええ、とってもね。レオナルドが成人したら、すぐに爵位継承したらいかが?リンメル伯爵家の今後のためにも」
「アウレリア……!」
「リンシア、行きますよ」
お母様はそれだけ言うと、そのままサロンを出ていってしまった。お母様の言葉に、私も続いてサロンを出ようと席を立つ。
ちら、とお父様を見ると、お父様は何十年も老け込んだかのように窶れきっていた。
自分で蒔いた種だ。同情の余地すらない。
……だけどやはり、彼は私にとっては肉親で、父親なので。
私はソファの横を通過する時、足を止めた。既にお母様はサロンを出ている。
「お父様」
「ん……?」
お父様がゆっくり顔を上げる。
人生に絶望したかのように、お父様の表情は冴えない。まるで世界の終わりでも見たかのようだ。
私はため息を吐いて、彼に言った。
「これからお父様はどうなさるのですか?」
「どう、とは?」
「このままでは、お母様は本気でお父様に見切りをつけますわよ。お母様がそういう……一度決めたら考えを変えない方、と言うのは、お父様も知っているでしょう?」
「……そうだね。そういう気高いところに私は惹かれたのだった。彼女は昔からそうだった。だから私は、彼女に認めて貰えるようにあれこれと手を尽くした……もう……昔の話だけどね」
過去の思い出に浸るようにしみじみと言うお父様に、思わず私は怒鳴りそうになった。
(いっ……いい加減にしなさいよ、この■■■■!!)
思わず口が悪くなってしまうというものだわ。
だって、この腑抜けた有様よ!?
お父様は、やる気どころか覇気もなくなったようだ。私は思わず握り拳を作った。
「な~~にをメソメソしてるんですの!?今こそここで、男を見せないでどうするんですの!!このまま何もしないで、指くわえて見てるつもりですの!?お母様が何とかしてくれるのを、黙って見てるんですの!?お姫様ですかあなたは!!」
怒涛のように言うと、あんぐりとお父様は口を開いていた。目も見開いている。
呆然とするお父様の胸ぐらをつかみたい気持ちで、私はお父様に言った。
「過ぎてしまったことは仕方ないですわ。もう、今更悩んでもどうしようもありません。ですが、今からでも出来ることがあるでしょう!今、お父様に出来ることは何ですの!?」
「あ、謝る……?アウレリアに?」
「お母様に謝ったって契約は無くなりませんし、借金だって1ペンスぽっちも減りません!!今、お父様がすべきことは!?冷静に、考えてくださいませ!!お父様はリンメル伯爵なのでしょう!?」
叩きつけるように言った言葉は、確かにお父様の頬を打ったようだった。目を見開いたお父様は、呆然と「リンメル伯爵……」と繰り返す。
お父様とお母様は、政略結婚だと聞いている。だけど、少なくともお父様はお母様を愛しているのだろう。
だから、格好悪いところは見せられなかった──そう、友人に騙されて不当な契約を結んでしまった、なんてきっと言えなかったのだろう。
だけど、隠していたっていずれバレる。隠し切れるならまだしも、この契約内容を一生伏せておくのは無理だ。絶対、どこかで限界が来る。
(お母様は、騙されたことが問題なのではないわ。隠されていたのがショックなのよ)
しかも、お父様はその責任を私に押し付けようとした。自分のことしか考えていないのだ。
お母様のことが好きなのに、お父様はお母様の気持ちなんて全く考えていない。
きっと、サロンの外ではお母様が私を待っている。あまり待たせるのも良くないので、私は手短にお父様に言った。
「今のお父様は最ッ低ですわ」
私の言葉が、矢のようにお父様に刺さるのが見えた。グッとお父様が呻くのを見ながら、私は淡々と言葉を紡ぐ。
「人としても、男性としても、赤点当然!落第は免れません。これでは、縁を切られて当然ですわ。……ですが、私はお父様の娘ですから。ここから挽回して欲しいと、そう願いますわ」
これが、最後のチャンスだ。
ここまで言って変わらないのなら、娘だって見切りをつける。
私はそれだけ言うとサロンを出た。
その後、お父様が私の言葉をどう受け取り、どう思ったかは分からない。
ただ、サロンの扉のすぐ側にはお母様がいて、彼女は私とお父様の話を聞いていたようだった。
複雑そうな顔をしたお母様はため息を吐き、話を変えるように私に言った。
「……リンシア。あなたにお手紙が来ているわ。ルーズヴェルト公爵家からよ」
想定外の送り主に、私は目を瞬いた。




