11:それは私のだ
いつも読んで下さってありがとうございます。
最後にユリウス様と会ってから二週間が経とうとしていたわ。何度か手紙や贈り物が来ていたけれど、私はそれら全てに理由を付けて断っていた。
一回でも受け入れてしまえばきっと私は自分を止められなくなるという確信があったから。
「何もしないのもあまり精神的に良くないわね」
今日は特に予定も無いし街にでも出ようかしら?
動きやすい格好に着替えて出かけようと玄関へ向かうとヨシュアが声をかけてきたわ。
「どこか出かけるのですか? 姉上」
「少し散策でもするつもりよ」
私がそう答えるとヨシュアは鞄を一つ差し出してきた。これはどういう意味かしら?
「それでしたら父上の忘れ物を城まで持っていってもらえませんか?」
「……はぁ、しょうがないわね」
「ありがとうございます姉上」
まったくお父様ったららしくないミスね。たまにはこういうミスもするのね。筆頭宮廷魔術師として働いているときは厳格な姿しか見せてこなかったからちょっと意外だわ。
「じゃあ、行ってくるわね。そう言えばタニア見ていないかしら?」
「タニアですか? いえ、見ていませんが。きっとどこか遊びに行ってしまったのかと。それでは姉上。どうぞごゆっくり」
タニアは最近家にいないのよね。どこに行っているのかしら?
まぁ精霊であるタニアを害そうとするような者はいないでしょう。そんなことをすれば良くて教会から破門、最悪一族郎党処刑ね。犯人を教会が許すとは思えないわ。
それにしてもごゆっくりってどういう意味かしら?
城へ着いてお父様のいるであろう魔術棟に向かう。中は勝手知ったる場所なので迷うことは無いけれど、部外者が勝手に入るわけにはいかないのでちゃんと受付を済ませておく。
「おお、すまんな。うっかり忘れてしまったようだな」
お父様に忘れ物の鞄を渡す。私が持って来たことが嬉しかったのか上機嫌で受け取ったんだけれど何か違和感を感じるわ。
「珍しいですわね。お父様が忘れ物をするなんて」
「私だって人間だからな。忘れ物ぐらいする」
そう言う割には忘れ物自体のことは特に気にしていない気がするのだけれど……まぁいいわ。
「それじゃあ帰りますね」
お父様に挨拶をして魔術棟を出る。さて、これからどうしようかしら……当初の予定通り街に出ようかしら。
そう思って一歩踏み出した瞬間、気が付けば私はぐっしょりと濡れていたわ。
え?……どういうこと?
「す、すいません!! 本当にごめんなさい!」
呆然とする私に物凄い勢いで侍女が駆け寄ってくる。そのまま地面に埋まらんばかりにひれ伏しながら謝罪を繰り返し始めた。
「本当に申し訳ございません! ワザとではないんです! 窓を掃除していたらバケツをひっくり返しちゃって!」
運悪く私が被ってしまったということね。侍女は今にも死にそうな顔で謝っているし、濡れた程度で怒る必要は無いわね。
「別にいいわよ。濡れたのなら乾かせばいいのだから」
私が魔術で乾かそうとすると侍女は伏せていた顔をガバッと上げて叫んできた。
「いけません!! せっかく綺麗な御髪をそんな風に乾かしてしまっては! すぐに湯あみをご用意しますのでどうかお任せください!」
「い、いやそこまでしなくてもって……ちょっと! 待って! え、あ、あれ?」
侍女の思いもよらない強い力に腕を引かれてあれよあれよという間に客室へと連れ込まれてしまう。そのままそこで待ち構えていたとしか思えない侍女集団によって、あっという間にひん剥かれた私は大人しく湯あみをすることになったわ。
「……何かがおかしいわ」
湯あみを侍女に手伝ってもらいながら考える。何かがおかしいのにそれが何なのか分からないけれど、危害を加えられる感じはしないわね。
それにしても王都に帰って来てから思うのだけれど、侍女に湯あみの世話をされるのは何か変な感じね。森で自分でやっていた時間が長すぎてすっかりこの感覚を忘れていたわ。
湯あみから上がり用意してもらった服に着替えるのだけれど……これってドレスよね?
青いドレスは私のサイズを計ったようにピッタリでしかも似合っていたわ。特注品であることは間違いないわね。そして何故か首に掛けられた首飾りはどう見ても国宝のネックレスなんだけれど……はっ! そこね!
「お母様、ドアの隙間から見ているのは分かっています。大人しく出てきてください」
私がそう告げると客室へと入って来たのは一人の美女だったわ。子供を三人も生んだとは思えない均整の取れたボディ、出る所は出ていて引っ込むところは引っ込んでいる素晴らしいスタイル。
美しい赤い髪にルビーのように輝く瞳。
社交界でも美しいと未だに言われる人。赤い髪と瞳から炎を連想する人が多く、付いた異名が不死鳥の貴婦人。なんでもこれまで何回もピンチに陥ってもその度に必ず復活することから炎のイメージと合わせてつけられたのだとか。
「思った通りねアリスティア。とっても綺麗よ」
「お母様、これはどういうことですか?」
いくら何でも何の説明も無いのは勘弁して欲しいわ。私がそう尋ねるとお母様は私の隣に腰掛けると侍女達に交じって髪をいじり始めた。
「アリスティアあなたは賢くて強い子だけどこれが自分の気持ちとなるとてんでダメね。ユリウス様が好きなんでしょう?」
「……はい。ですがお母様、四年も行方不明だった貴族の子女では王妃は務まりません。他の貴族も納得しないでしょう」
「あなたはそういうところがお馬鹿さんなのよ。仮にそうだとしてもそれを理由に何もしないのは違うわ。現にあなたの言うそんな理屈に全力で立ち向かった人はいるわ」
お母様はそう言うと私の手を引いて歩き始めた。そしてそのままあるドアの前まで連れてくると立ち止まる。
「このドアは自分で開けなさい。あなたがユリウス様が好きで信頼しているというのなら開けられるはずだわ」
目の前には赤い大きなドアが一つ。
私はユリウス様が好き。愛しているといっても過言じゃないわ。それがこのドアとどう繋がっているかは分からないけれど、その気持ちだけは嘘じゃないわ。
ゆっくりドアに手をかけて開いて行く。
開いた隙間から光が漏れてくる。全て開き切るとそこには大勢の貴族が待っていたわ。
え?……ナニコレ?
「皆のもの! 先ほど話した通りだ! この婚約に異議のあるものは今ここで申し出よ!!」
一段高いところにいるユリウス様が力強い声でそう宣言すると誰も異議を唱えること無く片膝をついた。
何が起こっているのかしら?
り、理解が追いつかないわ。
「アリスティア、こちらへ」
呆気に取られている私の手を取ってユリウス様が段の上へと連れてくる。そしてそのまま私の手を取ったまま指輪を私へ見せてきたわ。
「今、混乱しているのは理解しているがそれでもいいから聞いて欲しい。君と婚姻を結ぶことに文句がある貴族はもういない。全員誠意をこめて説得すれば理解を示してくれたよ。だから後は今はアリスティア、君の気持ちだけを教えて欲しい……私とこれから先の長い生を共に過ごしてくれないか?」
そう言ってユリウス様が右手の薬指に指輪をそっと添えてくる。大きなルビーとサファイアが飾られている指輪。
あ、これは私とユリウス様の色だわ。いろんな情報が入って来て混乱している私にユリウス様がそっと囁いてきた。
「いいかい、アリスティア。君が私のために色々考えてくれたことは重々承知している。だけどね、私の幸せを決めることが出来るのは私だけだ。だからアリスティア、側に居てくれないか? それとも私を一人にするつもりかな?」
ストンと胸に何かが落ちた気がした。
私はユリウス様のためだと言って、自分の気持ちが楽になるために言い訳に使っていたのだと今ようやく気が付いた。ユリウス様の幸せを決めることが出来るのはユリウス様だけだということは当たり前の話なのに。
「愛しているよ、アリスティア」
「……ユリウス様。私もあなたを愛しています」
気付いてしまえば素直になれる話だったわ。私に必要なのはユリウス様を信じる心。ユリウス様の力が足りない時に私が手を貸したように、私の力が足りない時はユリウス様の手を取れば良かったのだから。
もう言葉なんかいらない。
私はユリウス様に抱き着いて唇を重ねる。
温もりを伝えるように心からの愛を伝えるように。
それからはあっという間だったわ。私とユリウス様の婚約は正式なものとなり名実ともに婚約者としてユリウス様の隣に立つことが出来るようになったわ。
ちなみに婚約式の後ヨシュアから聞いたのだけれど、お父様の忘れ物も侍女の失敗も全て仕込みだったらしいわ。私をあの場所へ誘い出すために皆で協力したらしいわ。
まぁ、あそこまでしなければ逃げ回っていた私を捕まえることは無理だったでしょうね。
私が気にしていた四年の不在問題はユリウス様が文字通り駆けずり回っていろいろな貴族を説得してくれたと聞かされたわ。
この隙に自分の娘を売り込もうとする貴族には誠意を持って説明し、それでも聞き入れない場合は予め握っておいた弱みをチラつかせ。
私の魔術師としての戦力をハッキリと提示し、婚姻という形で生まれるメリットを説明して頭の固いご老人達を説得してくれたらしいわ。
バルバンティア公爵が大きく勢力を落とした今、その機会を逃さず地盤を固めるために用意しておいた証拠や弱みなどが役に立ったそうね。
一番驚いたのがユリウス様が直々にタニアと交渉したことね。タニアの好きな料理を提供し続けることを条件に私の四年間の話をあの婚約式の場で証言してくれていたらしいわ。そのおかげもあってあの婚約式の場では誰も反対しなかったという裏話があったわ。
「ありがとうございます、ユリウス様」
「ん? 何がだい?」
執務の休憩にお茶を飲みながら二人で過ごす。最近は庭でこうして二人でお茶を飲むことが出来ることに心から幸せを感じているわ。
「私が側に居ることを望んでくれたことです」
「ああ、だってアリスティアはこれから忙しくなるからね。そうなる前にしっかり捕まえておかないと一緒に居られる時間が減ってしまう」
私が宮廷魔術師として復帰するから確かに忙しくなるわね。
「それにね、アリスティア」
ユリウス様が私の手を取ってそっと両手で包み込んでくる。
「君の婚約者の地位……それは私のだよ」
耳元で囁かれた甘いに顔が真っ赤になるのを感じる。
「ユリウス様は意地悪ですわ……でも好きです」
「僕もさ」
これから困難が多く待っているかもしれない。
ここでめでたしめでたしで終わらないかもしれない。
それでも私はこの人がいればどこまでも強くなれるわ。
青い炎が私とユリウス様の未来を照らしていくでしょうから。
これでお終いです。ここまでお付き合いくださってありがとうございました。
気が向けば続きを書くかもしれませんが、他に書きたい作品があるので今回はここまでで。
感想、評価、ブックマークをくれた皆様に心から感謝を申し上げます。




