10:見ないふりをした代償
いつも読んで下さってありがとうございます。
誤字報告も助かっていますm(__)m
選考会の後、動けるようになったのは一週間後のことだったわ。
まずジュスティーヌはあれからすぐに拘束されたわ。王都で制御されていないドラゴンなど召喚したのだから当然ね。他にも宮廷魔術師であるにも関わらず、許可なしに魔道具を使用したこと、違法薬物である魔薬の使用等余罪はいろいろ出てきたらしいわ。
ジュスティーヌの名誉は地に落ち、これまで好き勝手にやって来たツケを支払わされるようね。
ジュスティーヌの逮捕がきっかけになってバルバンティア公爵家は決して少なくないダメージを受けることになったわ。ユリウス様がここぞとばかりに捜査の手を緩めなかったのよね。
アーロンはジュスティーヌ以上に色々な余罪が明らかになったわ。
脅迫、賄賂、殺人、暴行……数えればキリが無いくらいだわ。当然そうなればいくら公爵家と言えどもタダでは済まないわ。
最終的にジュスティーヌとアーロンは逮捕され裁きを待つ身となったわ。どれだけ甘く見積もっても生涯幽閉でしょう。王都を破壊するような行為に多すぎる罪状。これだけ揃えばバルバンティア公爵家の力でも救うことは出来ないわ。
ただ、バルバンティア公爵自体に止めを刺すまでには至らなかったようね。バルバンティア公爵自身は要職から退き領地で謹慎することとなったわ。
実質的には引退と同じね。ただし、それはあくまでも王都への影響力という意味での話。領地の方ではいまでも大きな影響力を持っているわ。
アーロンが廃嫡になったので代わりに養子を取るそうだけど、それは傀儡でしょう。依然として多くの資金と兵力を持っているのは事実で、今回かなり削ることが出来たと言ってもその力は侮れないわ。
なにより、ユリウス様に裁かれた時に見せていた落ち着いていた様子が気になるわ。きっとあの男はまだ何か隠し持っているわね。
とは言え、これでバルバンティア公爵の力を削いでユリウス様を助けるという目標は達成したわね。
だから……あんまり見つめられると恥ずかしいわユリウス様。
ようやく落ち着いたのでユリウス様に呼ばれて城へと上がった私はユリウス様の部屋へと通されたわ。そこにはお茶の用意がされていて私の好物ばかり並んでいたわ。
座るように促されたので大人しく座るとユリウス様も私の隣に座って来たわ。
「ようやく君と落ち着いて話が出来ると思うとね」
「もう、私はどこにも行きませんわ。安心してもらえませんか?」
私の真横に座ったユリウス様を見上げながらそう言うと、ユリウス様は眉をしかめながら首を振って来た。
熱のこもった視線が私を見てくる。
それは一瞬たりとも手放すつもりが無いと目が言っているようだったわ。
「君は四年前もそう言って無茶をしただろう? こうしてしっかりと見ておかないと次はどんな無茶をするか分からないからな」
「……もうする必要も無いからしませんわ」
「あの黒いドラゴンを倒せたのはアリスティア、君しかいないのは理解している。私も王としてそれ以外手が無いのなら受け入れるつもりだ。だけどね、だからと言って納得しているわけでも心から賛同しているわけでもないんだよ?」
大分心配をかけてしまったようね。
久しぶりにアリスティアとして会ったユリウス様はかなりの心配性になってしまっていたわ。
まぁ、無理も無いわね……自分のやってきたことを考えればユリウス様の反応は仕方ないものだと思えるもの。
「あのときの約束は果たせなかったが、君を妻にもらう約束は忘れていないからな」
……ダメよ。
気持ちは嬉しいけれど、流石に四年もいなかった私が新しい婚約者となるのは無理があるわ。
本当は……このまま側に居たいけれど、ユリウス様のことを考えれば勢力バランスの崩れた今、ユリウス様の力になる貴族の女性と結婚した方が良いもの。
「その話はまた後でにしませんか?」
私はそう言ってユリウス様の腕から逃げるようにするりと抜け出す。
「アリスティア?」
「失礼します、ユリウス様」
声をかけられる前に急いで部屋を出ていく。
本音を言えばあの言葉にうなずいてしまいたかった。
でもバルバンティア公爵の勢力が抜けた分、これからユリウス様は忙しくなる。そのためには今度こそ信用できる人間を増やし、力を持った後ろ盾が必要になるわ。
私は確かに力も後ろ盾もあるけれど、四年間がその全てを無意味にする。
バルヴィエスト侯爵家と敵対している相手はおそらく四年間のことを聞いてくるはず。バンホルト様とやましいことは何も無いにせよ、男性と一緒に暮らしていたことは事実だわ。
私自身の名誉は別にいいわ。もう返して欲しいものは返してもらったから。
隠しておくことも出来るでしょうけれど、私はバンホルト様の存在を自分の都合でいなかったことにはしたくない……いえ、そんなことは許されないわ。
何より私が許せない。
一瞬だけ精霊であるタニアに証言してもらえばと頭によぎったけれどこれは無しだわ。これ以上タニアを政治が絡む世界に関わらせるなんて出来ないわ。
タニアにはいつものように笑っていて欲しいもの。
ユリウス様に会ってようやく頭が冷静になったわ。
私を選ぶことでユリウス様の足を引っ張ることになるのならば、そんなことは受け入れることは出来ない。
会いたいだけの熱に浮かされて突き進んできた。けれども私はこの事実から目を逸らしていた。だからいきなり突き付けられてた気がしているだけで、もっと前から分かり切っていたことなだけ。
戦うことは平気なくせに、好きな人に甘えることは下手で、想いだけで突き進み切ることが出来ない私。
昔からこういうことだけは下手くそだったけれど、それは四年経った今も何も変わっていないわね。強くなったのは戦う力だけ……か。
気が付けば城の端にある森に来ていたわ。
ここは……昔、私がユリウス様から青炎の魔女の名前を貰った場所。無意識のうちにここに来てしまっていたみたいね。
膝を抱えて座り込んで額を膝に当ててうつむく。誰にも今の顔は見られたくないから。
幼い頃はここで私はもっとユリウス様が好きになった。
ユリウス様を守るために命を懸けることに何の後悔も無かった。
帰れない日々は私の心を砕きながら苛んでいたわ。バンホルト様やタニアがいなかったらとうの昔に諦めて壊れてしまっていたと思うわ。
見ないふりをしていた事実にようやく向き合わざるを得なくなっただけ。
気持ちだけで突っ走れると思っていたのに……私はこういうのはダメね。
もう少しだけ……ここにいてもいいかしら……今はまだ帰りたくないわ。
「お姉様、今日はユリウス様の所へ行ったのでは?」
屋敷に帰ると妹のセレナティアとばったり出くわしたわ。セレナティアにはあの選考会の後、散々どういうことかと詰め寄られたのよね。
何で正体を隠していたのかとか、あの実力はどういうことなのか等いろいろ聞かれたわ。思ったことを素直に聞いてしまうセレナティアだからこそ言えなかったのよね。
「早く終わったから帰って来ただけよ。セレナティアは今日も訓練?」
「ええ、ジュスティーヌに勝てなかったこともあるけれど、お姉様に少しでも近づきたいから。そうだお姉様、時間があるのなら私の訓練を見てもらえないかしら? お姉様みたいに大魔術を使えるようになりたいの」
あー……あれね。
あれは教えてどうにかなるものではないのだけれど、眼なら教えてあげられるかもしれないわね。
今は正直な気持ちを言えばユリウス様に関することを考えたくないからちょうどいいわね。
「いいわよ、でも厳しくいくから覚悟しておきなさい?」
「もちろんよ! お姉様!」
セレナティアを連れて裏庭へ向かう。今度は激しくやり過ぎないように気を付けないといけないわね。
アンナが監視役として見ているから余計に気を付けないといけないわね。
「少しいいか?」
その日の夜、もう寝ようかと思って部屋へ戻る途中お父様から声をかけられたわ。どこか気を使っている感じのするお父様の雰囲気に話題はユリウス様のことだと予想出来たわ。
「はい、大丈夫ですよお父様」
お父様に促されてソファーに腰を掛ける。もう寝る前なのでアンナが水を用意してくれる。我が家には寝る前に飲酒をする習慣が無いのでこういう時は水になるのよね。
「……お前が四年間とても苦労したことはよく理解している。私とて宮廷魔術師を率いる者だ。お前のたどり着いた境地が生半なものではたどり着くことが出来ない場所だということもな。そしてそのせいで失ってしまった物があるということを」
「……全ては必要なことだったと思っています。だからその結果、取り戻せないものがあったとしてもそれは仕方のないことだと思っています」
お父様が悲しそうな顔をしながら私を見てくる。お父様にこんな顔をさせたいわけではないけれど、時には諦めも必要だもの。
「だがな、アリスティア。お前が帰ってくることを諦めなかったように、ユリウス様の力になることを強く望んだようにお前の幸せを強く望む者もいるのだ。だから一人で諦めてはならない。忘れないことだアリスティア、お前は愛されているんだよ」
お父様はそう言うとおやすみと言って部屋へと戻っていった。
愛されているのは理解しているわ……それでも私が気付いていないことがあるということかしら?
だとすれば私は何を見落としているのかしら。
ユリウス様……私は何を見落としているのかしら。
窓から見える夜空は曇っていた。見えない星を探すように私は目を閉じて思い浮かべる。
その星の光が私の道を示してくれるかもしれないと思いながら。
倒すことで解決する話は簡単でいいわ……それ以外は苦手よ。
無敵に見えたアリスティアの致命的な欠点……それは恋愛面でのヘタレでした。
次回でエピローグの予定です。
ご安心ください、ちゃんとヒーローが仕事しますので。
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