5:四年の流れ
評価、感想、ブックマークありがとうございます。
完結まで頑張ります。
ヨシュアが武術までできる理由を聞いてくる。
試合が終わった後、屋敷に帰ってきた私を見つけるなりヨシュアが突撃してきたわ。
「姉上はいつの間に武術を身に着けたのですか!? そもそもあれは?」
「あれはタニアが昔見たことのある杖術を記憶を頼りに教えてくれたのよ。それをひたすら実戦で磨いて身に着けたいわゆる我流ね」
もっともタニアの記憶は恐ろしく正確だったのと、昔見たという杖術は千眼の魔女だってことは内緒だけど。
「とにかくこれでようやく人心地つけるわね」
とは言ってもお父様はバルバンティア公爵をこれ以上勢いづかせないようにするので手一杯だし、お母様も忙しく運悪く両親には会えていない。
妹のセレナティアには私が帰ってきたことは秘密になっているし。あの子の性格だと隠し事をするのは向いていないものね。
それもあって今日から私はアートア伯爵家にお邪魔することになっているわ。
「姉上、ベルベットをよろしくお願いいたします」
「任せておきなさい、未来の義妹よ? 助けて見せるわ」
さて、それじゃあ行きましょうか。
アートア伯爵家に移動した次の日、私は街を見て回ることにしたわ。
今の王都を知らないから情報収集もかねてと言ったところかしら。
四年も経っていれば知らない景色も多くなっていて、新鮮な気持ちで街を歩くことが出来そうね。
ただ、タニアを連れて歩くためにフードを被っているのだけれど、仮面を被ったフードの女って物凄く怪しいわね。
メローネは今日は屋敷の裏庭で好物のスイカを食べながらのんびりしているわ。王都に来てから野生が無くなりつつある気がするけれど、大丈夫よね?
侍女たちに結構人気があるみたいでよくおやつとか貰っているみたいだし。
ちなみに侍女たちに人気のある理由は洗濯物や重い物を運ぶ際に手伝ってくれるかららしいわ。やっぱりカリュドーンと同じ種ね。あいつも賢かったし。
まず最初は屋台街に行こうかしら。タニアがどうしても行きたいと主張してうるさいからという理由だけれど。
屋台街は常に百を超える屋台が並んでいて、王都の観光名所の一つにもなっているわ。年間売り上げでランキングも付けられていてそれぞれの屋台がしのぎを削っているのだとか。
タニアの要望で串焼きと魚のパイ、ドライフルーツの焼き菓子にハムとチーズを挟んだパンを買ったけれど、どうでもいいけれどこれ全部タニアが食べるのよね。
まるで私が大食漢みたいに思われそうで少し複雑ね
「んまんま。んまんま」
「タニア、こぼさないように気を付けて。髪の中でこぼされたら怒るわよ?」
「大丈夫ー。心配ご無用ー」
本当かしら……まぁ、今は放っておきましょう。
それにしても思い出すわね。幼い頃はお忍びでユリウス様と一緒にこの屋台街で遊んだものだわ。
護衛が毒見したものしか食べられなかったけれど、それでも美味しかった思い出があるわ。
のんびりと歩いているとある焼き菓子が目に留まる。動物を象った焼き菓子でシンプルな味なのよね。確か名前はアニマ焼きだったかしら。
そういえば昔、人にぶつけられて買ったばかりのアニマ焼きを落としてしまったことがあったわね。
大好物だったから悲しくて泣いてしまったのよね。そうしたらユリウス様が自分のを半分にして片方を差し出してくれたわ。
「美味しい物は分け合っても美味しい物だから」
そう言ってくださったのよね。あの時の焼き菓子が一番美味しかった気がするわ。
「ふふっ、懐かしいわ」
「何かアリスティアが乙女の顔してるー」
「……今も恋する乙女で何か問題でもあるのかしらぁ? タニア?」
「……わーい! おやつたくさんだー」
逃げたわね。余計なことを言うからよ。全く調子いいんだからタニアは。
屋台街を抜けて住宅街を抜けて大通りへとやってきた。
ここは変わらないわね。昔からあるお店や、懐かしいお店が軒を連ねているわ。
教会は今日も炊き出しをしているわね。王都まで帰って来た日と同じようにいつもの……なんかやたらと豪華じゃないかしら?
私はそこら辺を通る人に教会の炊き出しの件を聞いてみた。
「あのー、今日は教会の炊き出しがいつもと違いませんか?」
「ああ、あれかい? 何でも昨日の夜のうちに大教会に大量の食糧が贈られたらしいよ。誰にも気づかれないで置かれていたから、大司教様は女神様のお慈悲だと言っていたけどね」
大量の食糧が大教会に……まさか!
「タニア、もしかしてだけど……どこかに食料あげたりしたのかしら?」
「ん? うん、おっきな教会があったからそこに山盛になるくらい食料出してきたよー。ちゃんと誰にも見られなかったから褒めて褒めてー」
どうしようかしら、これって褒めていい話じゃないわよね……でもこんなに無邪気に言われると怒るに怒れないわ。
「そ、そうね。姿を見られなかったのは偉いわ。でも次からやるときは私に相談してくれないかしら?」
「んー? 分かったー。アリスティアに聞いてからにするねぇー」
タニアはそう約束してくれた後、またおやつの攻略に取り掛かったわ。良かった、納得してくれたみたいで。
今回は運よくバレていないみたいだけど、もしバレればとんでもない騒ぎになるわ。
やっていることが悪いことではない分、禁止するのも気が引けるわね。もちろん長い目で見れば良くないことなのだけれど。
教会の炊き出しを視察に行ったこともあったわね。あの時はユリウス様は炊き出しを必要とする人に心を痛めていたわ。自分が王になれば食べることも出来ない人を減らして見せると言っていたわ。
私はそんなユリウス様だから側に居たいと思ったし、力になりたいと思ったわ。
「……お腹が空いたのは我慢するのは大変だけどー、心が満たされないのはもっと辛いよねー。だからせめて何とかしやすい方だけでも助けたかったからたくさんご飯置いてきたんだー」
タニアの言わんとすることは何となく分かるわ。きっとユリウス様はそういうものを少しでも減らしたかったのだと思うわ。
ぶらぶらと歩いていると今度の選考会の会場まで歩いてきてしまったみたいね。石造りの建物で中に舞台があるようね。中を覗いてみたいけれどそれは無理みたいね。番兵がいるから余計なトラブルは避けたいわ。
「それにしてもここは変わってしまったわね」
「そうなのー? 前はどうだったのー?」
「前はここは公園だったわ。遊んだことは無いけれど、馬車で通ることはあったの。いつも誰かが楽しそうにここで過ごしていたわ」
私がしみじみと選考会の会場を眺めていると会場から誰かやって来たようだわ。かなり身なりのいい恰好ね……ってあれはジュスティーヌじゃないかしら?
あの少しくすんだ銀の髪に薄い青色の瞳に意地の悪そうな表情……間違いないわ。
ということは隣にいる男性は……ユリウス様?
銀の髪に空を写したような青い瞳、以前よりも逞しくなった体。ど、どうしましょう! か、カッコよすぎるわ!!
まさかここで出会うなんて想像もしていなかったわよ! 化粧は手を抜いてきたし、下着だってそこまで気合が入ったものじゃないわ!
「あら? あなた魔術師かしら? 怪しい格好ね、その仮面を外しなさい」
慌てる私に気付いたジュスティーヌが声をかけてきた。
ジュスティーヌに用は無いけれどここで無視をするのもまずいわね。
「はい、今度の選考会に出る予定です。仮面はご容赦ください。大きな傷があり、大変お見苦しいと思うので」
「傷ねぇ……まぁいいわ。ふぅん、あなたが?……大したこと無さそうね。全然魔力を感じないもの。その程度だと決勝まで来るのも無理そうね」
この女はアホかしら?
街中で魔力を垂れ流しにしている魔術師なんて三流の証明みたいなものだわ。
「行こう、ジュスティーヌ。次の予定が迫っている」
私相手にマウントを取ろうとしているジュスティーヌにユリウス様が声をかけた。
ああ、昔よりも渋くなった声がお腹に響きそうになるわ。
すっごい好みの声なんだけれど、この声で囁いてもらえないかしら?
「そうですわね。それでは失礼するわ。あなたもせいぜい当日の余興を盛り上げなさい」
そう言ってジュスティーヌはさっさと先に行ってしまったわ。置いていかれたユリウス様は私を心配するような瞳で見てきた。
その表情にはまったく余裕が無く、眉間にしわが寄っていたわ。あの優しい笑顔が似合っていたユリウス様がこんな表情をしていたなんて……。
「悪いことは言わない。選考会は出ない方が良い。ジュスティーヌは異常だ。彼女は必ず何とかするから無理に危険な真似はしない方が良い」
そう言うと先に行ってしまったジュスティーヌを追いかけていく。
ちょっとそれはどういう意味かしら?
確かに仮面は着けているし、声も魔術で変えているけれど、もしかしたら気付いてもらえるかもーって思っていたのにー!!
それにしてもユリウス様はかなり思いつめた表情をしていたわね。あんな表情は初めて見たかもしれないわ。それだけバルバンティア公爵家の力が強いということね。
「ねぇねぇ、アリスティアー。またあのお兄さんに会うのー?」
「会えたらいいなとは思っているけれど?」
「だったらその時は美味しい物をあげようー! そうしたら少しは元気になるよー」
タニアったら。でも、それもそうね。そのときはお願いしようかしら。
それにしてもユリウス様があんな表情をしていたと知っていれば……私は帰ってくるのが遅すぎたのかしら……。
可能な限り急いできたつもりだったけれど、それでももっと命を懸ければ早く帰って来れたかもしれない。そんなことを思ってしまうくらい私はユリウス様の表情が心に残っていたわ。
バルバンティア公爵家さえいなければすぐにユリウス様の下へ帰れるのに……。
今私が生きていることがバレれば……最悪、適当な理由をでっち上げられて処刑されかねないわね。
ジュスティーヌというバルバンティア公爵家の力の象徴を叩き潰してからでないと危険だわ。
私には守るべき家族がいる……。
でも、辛いわ……ジュスティーヌがユリウス様の側に居るのは。
気落ちしてしまった私は大人しくアートア伯爵家の屋敷へと帰ることにしたのだけれど、そこには思わぬ客が来ていたわ。
「と言うわけで利子を含めた借金の三分の一を明日までに払ってくださいね」
偉そうに応接間にふんぞり返っていたのはアートア伯爵家の借金の債権者の商人だった。
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