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それは私のよ!  作者: 月魅
聖炎の魔女編
15/24

2:私がいなかった間のこと

 アンナが氷の槍を手にこちらへ鋭い突きを放ってくる。


 こうしてアンナと戦うのは久しぶりだけれど相変わらず鋭い突きね。コカトリスの嘴のように鋭い一撃ね。


「なんで侍女のおねーさんが戦えるんだよー!!」


「バルヴィエスト侯爵家は昔から魔術師の名門よ? 当然、近しい使用人にもいって以上の実力は求められるわ」


「んな馬鹿なー!!」


 タニアの悲鳴が聞こえるけれど今は相手している場合じゃないわ。次から次へと繰り出される一撃をかわし、魔術で防ぎアンナの体力を削っていく。


 怪我をさせるわけにはいかないから無力化させないといけないわ。だからあまりこちらから攻撃するわけにはいかないのよね。


「攻撃してこないのは余裕のつもりですか! 甘く見ないで下さい!」


 アンナがそう言うと氷で出来た槍が何十本も出現していく。


(ギアーシ・)の槍雨(ランチャ・フィオジア)!」


 そう言えばこの魔術はアンナから習ったわね。アンナの一番得意な魔術だったからわがまま言って教えてもらったのよね。


 ――だったら。



(ギアーシ・)(グランデ・)槍雨(ランチャ・フィオジア)!」


「何ですって!!?」


 アンナの驚愕を余所に氷の槍よりも大きい氷の槍が全て迎撃していく。


 そのままアンナの(ギアーシ・)の槍雨(ランチャ・フィオジア)を打ち破ると、落としきれなかった氷の大槍がアンナの周囲に突き刺さり身動きできないようにしていく。


 逃げようともがくアンナの側まで行って炎の剣を突き付ける。


 これで決着ね。


「どうかしらアンナ。私かなり強くなったのよ?」


「……はぁ、どうやら本当にお嬢様の様ですね。こんな滅茶苦茶な魔術を平然と仕える人はそういませんから」


 ちょっとそれどういう意味かしら?


 アンナに手を差し出して起き上がるのを助ける。簡単に身繕いをしたアンナは優しい微笑みを浮かべてくれた。


「おかえりなさいませ、お嬢様。この日を何よりもお待ちしておりました」


「ただいま帰ったわ、アンナ」


 ああ、やっと帰って来れたんだわ。私は嬉しさで胸が一杯になりそうだったわ。


 しばらく抱き合って再会を喜んでいるとアンナがそっと私を引き離してくるりと後ろを振り向かせたわ。


「ところでお嬢様、この裏庭どうなされるおつもりですか?」


 そう言ってアンナが穴だらけの裏庭を指さした。この時のアンナの笑みは怖かったわね……ごめんなさい。






「おかえりなさい姉上……とでも言ってもらえると思いましたか?」


 私の目の前には怒りに震えている四年ぶりの弟がいるわ。怒っている原因はもちろん裏庭での戦闘ね。


「貴族の屋敷があるところであんなに派手にやらかせば問題になるとは思わなかったんですか? おかげで言い訳するのに大変苦労しましたが、それについて何かあればぜひお聞きしたいです……ねぇ姉上?」


 かなり怒っているわね……まぁ、誰が悪いと言われれば私でしょうけれど。


「ごめんなさい、ちょっとやり過ぎたわ」


「あれがちょっとって……まぁいいです。無事に帰ってきてくれて嬉しいです姉上」


「私も帰って来れて嬉しいわ。ヨシュアもずいぶん大きくなったわね。もう大人になってしまったわね」


「四年は長かったですよ……姉上」


 私の言葉にヨシュアは目を細めると少しだけ寂しそうに呟いた。


「それで今までどこで何をしていたのですか? そもそも何故四年も帰って来れなかったのですか?」


 当然の質問ね。私はこれまでの経緯をヨシュアに説することにしたわ。




「……何か事情があると思っていましたが、正直予想外です。黒い森とか入れば死ぬって言われている場所ですよね? 良く生きていましたね」


「何度も死にかけたわよ? それでも生きて出られたのはバンホルト様のおかげよ」


「隠者バンホルトですか……聞いたことはありませんが素晴らしい人だったんですね。叶うことなら直接お礼を言いたかったです」


「……そうね、私もまた会いたいわ」


 バンホルト様の枯れ木のような手で頭を撫でられたのを今でも思い出すことがある。不思議と暖かい手だったわ。

 心から尊敬できる先生に出会えた私は幸運だったわ。


「ところで姉上。聞くのが怖いのですが、その生き物は何ですか?」


 ヨシュアが指を指したテーブルの上にはお腹を大きく膨らませたタニアが幸せそうに寝転がっていた。周りには果物やお菓子が並べられており、タニアは心行くまで堪能したようね。


「精霊よ」


「精霊?……ちょっと待ってください! それっていったい」


「それよりも私がいない間に何が起こったのか教えてちょうだい」


 ヨシュアの言葉を遮って現状の説明を求める。正直タニアに関してはこれ以上余計なことは話したくはないわね。間違っても女神様がいないとか知られたら一気に異端者扱いされかねないもの。


「現状ですか……どこまでご存じですか?」


「私の銅像が建っているのは見たわ」


「では順番に話しますね」


 ヨシュアから聞いたのはちょっと信じがたい話だったわ。






 クーデター自体は聞いていた通りあっさり鎮圧に成功したのだけれど、その時の大きな貢献をしたバルバンティア公爵家が大きく力を付けたと。


 そこで調子に乗ったバルバンティア公爵は寄りにもよって、私をクーデターの時にユリウス様を命がけで守った英雄として祭り上げて死んだことにして、聖炎の魔女の称号を取り上げたのだとか。

 そしてそれを国内で選考会と言うトーナメントを開いて優勝した女性魔術師に与えることになったらしいわ。腹の立つことにバルバンティア公爵は選考会を細かく分けることによって、国内最強の魔術師であった私の立ち位置を、国内の女性魔術師の中で最強だったという形にしてしまったらしいわ。


 この選考会が開かれるようになったのは今から三年前。おかげで今や魔術師の最強は男性と女性で分けられてしまっているわ……昔は男女混合で決めていたのに。


「国内の上位に入る魔術師はバルバンティア公爵の息のかかった魔術師も多くなっています。確か現最強の男性魔術師はバルバンティア公爵の甥だったかと」


 そこまでして女性に負けるのが嫌だということかしら? あまりにも小さすぎる器に笑ってしまいそうだわ。


 現在の聖炎の魔女はジュスティーヌ・バルバンティア。ジュスティーヌよりも強い魔術師はいたと思うのだけれど、いったいどうしたのかしら?


「それが三年前の選考会の時に圧倒的な強さを見せつけて圧勝してしまったんです。正直あの強さは異常でした……姉上でも勝てるかどうか……」


「ふぅん……当時の私より強いねぇ」


 そう聞けば強そうに聞こえるけれど、当時の私は弱すぎたから比較にならないわね。あの程度じゃ強いなんて胸を張れないってことを嫌って言うほど黒い森で教えられたわ。


「それで?」


「陛下の婚約者になった経緯ですよね」


 ヨシュアが言うには正確には婚約者扱いが正しいらしいわね。正式な婚約者ではなくバルバンティア公爵達がそう言う風に振舞っていることが原因らしいわ。とは言え、バルバンティア公爵の勢いが強すぎて、夜会や公務の際には無理矢理パートナーに捻じ込まれている状態では実質的な婚約者ね。


 もちろんユリウス様もこの状況に黙っているわけではなく、バルバンティア公爵の勢いをこれ以上増やさないように頑張っているのだけれども……。


「陛下がいくら頑張っていても純粋にバルバンティア公爵の力は強大です。それに本来何の関係も無いのに聖炎の魔女の称号が陛下の婚約者の証みたいになっているんです。異議を唱えようにも最強の魔女相手だと言えない面もあります。父上も筆頭宮廷魔術師として踏ん張っていますが旗色が悪いです」


「よく分かったわ。つまり今はユリウス様が攻勢に出るための突破口が無いということね?」


「はい姉上。そうなります」


 だったら話は単純ね。幸いにも近いうち聖炎の魔女の選考会が開かれるという話じゃない。だったら返してもらうことにするわ。




 あの称号は私がユリウス様から貰った物よ。


 勝手に他人に名乗られていい名前じゃないのよ!





「その選考会私も出るわ」


「……は?」


「選考会で優勝して堂々と私のものを返してもらうのよ。これなら文句のつけようも無いでしょう?」


 私の言葉にポカンとした顔をしているヨシュアが何か可愛いわね。でもそんなに驚くなんて意外だわ。


「いえ、あの姉上? 陛下に帰って来たことを話せば済む話では?」


「それじゃ婚約者問題の解決にはなるかもしれないけれどバルバンティア公爵を止めるには不十分でしょう? だったらまずはバルバンティア公爵の力の一つである国内最強の魔女の称号を奪う方がいいわ。それに今、私が生きていることをバルバンティア公爵に知られれば相手に時間を与える結果にしかならないわ。だからしばらくは私は水面下で動くわ。ああ、安心してちょうだい。ちゃんとユリウス様には会いに行くから」


「なるほど……確かにそれは言えていますね。でも……勝てるんですか?」


「さぁ?」


「さぁって! 本当に大丈夫なんですよね?」


 私の言葉にヨシュアは慌てるけれど実際戦ってみないと分からないわよ、そんなもの。


「ジュスティーヌがドラゴンより強ければ勝てないかもしれないわね」


「はい?」


 ちょっとからかい過ぎたかしら。ドラゴンなんて神話に出てくる怪物ですものね。言われたって分からないのは当然だわ。


「それでどうすれば出れるのかしら?」


「出場には貴族であることと、貴族の推薦が必要になります」


 だったら簡単ね、私はヨシュアから貰えばいいわけね。だったら早く貰ってしまいましょう。


「じゃあ私の分をお願いしようかしら」


「それが姉上、推薦は一貴族につき一口までです。我が家からは妹のセレナティアが出ることになっています」


 あらそれは困ったわね。適当な貴族と言ってもパッとは思いつかないわね。誰かいないかしら?


「それでしたら私の婚約者の家はどうですか? 手紙は出しておくので明日行ってみて相談したらいかがでしょうか? あの家はまだ誰も推薦していないはずです」


 なら甘えてみようかしら。それにしてもこの貴族しか参加資格が無く、推薦も貴族でしかも一回のみ。よく考えたものね。貴族のみとすることでアンナみたいな実力者が参加することが出来なくしてあるのね。よく言えば慎重、悪く言えば小心者ね。


 こういうものは誰が相手でも勝って見せるくらいの気概でやって欲しいわ。聖炎の魔女の称号を賭けてやるのなら。


「それでお母様は今日はいらっしゃらないの?」


「母上は今日はお茶会に出かけています……ジュスティーヌ主催の」


 あら、既に王妃気取りでいろいろ好きにやっているのね。


「分かったわ、とりあえず今日はもう寝ていいかしら? 何だかちょっと疲れたわ」


「そうですね、長旅だったでしょうからゆっくり休まれてください」


 ヨシュアにまた明日と言って部屋へと戻る。アンナがいろいろ準備をしてくれたからすぐにでも寝れそうだわ。


「外では満足な寝具も無かったでしょうからゆっくりお休みください」


 アンナがそう言いながら部屋を出ていったけれどこれは言えないわね……毎晩家の中でぐっすり寝れていましたなんて。


 幸せそうに寝ているタニアの頬を突ついているとおかしくなって笑ってしまった。


 さて、明日から忙しいわね。


 しっかりと休んで英気を養いましょう。






 ――見ていなさい。私から聖炎の魔女の称号とユリウス様を奪うというのならキッチリ奪い返してあげるわ。

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