12:行ってきます
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申し訳ありません。
バンホルト様が倒れてしまってから私はバンホルト様の看病をすることに決めたわ。本当はかなり遅くなってしまったから少しでも早く帰りたかったけれど、だからと言ってここまでお世話になったバンホルト様を放っておくなんて選択肢は私には存在していなかった。
「わしのことは気にしないで帰ってもいいんじゃぞ?」
「馬鹿なことを言わないで下さい。自分の先生を放って出ていくような薄情な生徒だと思われていたなんて心外ですわ」
「しかし、アリスティアには待って居る人が……」
「そんなことよりも早く体調を元に戻してください。私は安心してから出発することにしますから」
まだバンホルト様は言いたいことがありそうだったけれど聞いてやるつもりなんかないわ。バンホルト様が寝たのを確認してから私は家の中を片付けていく。やることはたくさんあってあっという間に夕方になっていく。
バンホルト様が食べられるような消化に良いものを作ることにも慣れたわ。
「洗濯物取り込んだよー」
タニアがメローネと一緒に洗濯物を持ってくれる。バンホルト様が倒れてからタニアも積極的に家事を手伝ってくれるようになったわ。前はいつもどこかで遊んでいたのに最近は頼りになるわ。
「それにしてもアリスティアも家事に慣れたよねー」
「修行しながら家事も学んだからこれくらいできるわよ」
最初は何も出来なかったけれど半年も経つ頃にはそれなりに出来るようにはなったわ。おかげ今こうして助かっているのだけれど。
「バンホルト元気になるよねー?」
タニアが不安そうに聞いてくる。私はそれに何も答えることが出来なかった。本当は元気になるわと言いたかったけれど、どうしようもないことが世の中にはあるわ。
バンホルト様が倒れた本当の理由はもう分かっている。ただそれを解決することは出来ないし、あっても普通の方法ではないわ。
「ねぇ、アリスティアー。元気になるって言ってよー」
私の袖を引っ張るタニアを指先でそっと撫でる。撫でられたタニアは目に涙を溜めながら私を見上げてきた。
タニアだって理解しているのだと思うわ。
――バンホルト様の寿命が来たということを。
倒れてから何度か復調しては体調を崩すというサイクルを繰り返すようになったバンホルト様はどんどん痩せていった。もともと肉付きのいい方ではなかった体はどんどん細くなっていき、比例して体力も落ちていった。
「わしもそろそろかのう」
ある日、何気ない感じでバンホルト様が呟いた言葉に私は固まってしまった。頭の片隅にはあったけれど見ないようにしていた現実を突き付けられた気がしたのだ。
「馬鹿なことを言わないで下さい! これからちゃんと休んでいけばちゃんと元気に……」
「よいよい。自分の体のことじゃ、自分が一番分かっとる。わしはもうそんなに長くはもたんじゃろう」
「……バンホルト様」
「思えば楽しい日々じゃったわ。人を嫌ってこんな森に隠居した身でありながらアリスティアのような素敵な女性と出会えたのじゃからな」
そう語るバンホルト様の目はとても穏やかで落ち着いてた声をしていた。自分に待ち受ける最後を静かに受け入れることが出来る強さ。それはどこまでも穏やかで不思議な力強さを見せていた。
「なぁに、そんなすぐに諦めはせんわい。すまんが最後まで付き合ってくれるかのう?」
「……は……はい。最後まで……お側に居ます」
涙を流さないつもりだったのに……瞳から零れ落ちる雫は私の視界を溢れ出た感情の波で隠してしまっていた。
それからはとても穏やかな時間だったわ。タニアがいつもの調子でバンホルト様を笑わせて美味しい食事を皆で頂く。
それはとてもかけがえのない時間で暖かい時間だったわ。でもそんな日々は永遠には続くわけが無く、バンホルト様が起き上がることが出来なくなったのは倒れてから五ヶ月後のことだったわ。
「リンゴなんかどうですか?」
私がリンゴを見せるとバンホルト様はゆっくりと首を振っていらないと答えてくれた。もう以前のように起き上がることも無く最近は眠っている時間が多くなったわ。
そのまま静かに眠り始めたので起こさないように気を付けながらゆっくりと部屋を出る。家の片づけをしているとタニアが沈んだ顔でやって来た。
「バンホルト、もうお別れが近いんだねー……」
「……そうね。もうあまり時間は残されていないわ」
「そっかー……ねぇ、アリスティアー。バンホルトはどうしたら喜んでくれるかなー?」
きっと一生懸命考えたのだと思う。タニアは自分に出来ることを懸命に探していたわ。もっとももう出来ることはほとんどなく、最近は食欲も無くなっているから食べ物もあまり良いとは言えないわ。
「そうね、お花なんかどうかしら? 綺麗なお花を編んでリースにすれば少しは気分も明るくなるかもしれないわ。乾燥させれば長持ちするわよ」
「そっかー! お花かー! 分かったーすぐに採ってくるー」
元気よくメローネに飛び乗って飛び出していったタニアを見送りながら私も考える。バンホルト様に何が出来るのかを。
バンホルト様の寝室にタニアが作ったリースが飾られてからは寝室が明るくなった気がするわね。タニアはあれからリースを作ることにハマったようでいつも楽しそうに作っている姿を見ることが増えたわ。
「お気分はどうですか? 欲しいものがあれば言ってくださいね」
「ありがとう、アリスティア。今日は気分が良いからね、リンゴを少し貰おうかのう」
タニアが用意してくれたリンゴを剥いて小さめに切っておく。こうすれば食べる際に食べややすくなるわ。バンホルト様にゆっくりと一つ一つ丁寧に差し出すと食べてくれる。
バンホルト様は私にとっては既にもう一人の祖父のような存在になっていたわ。出来ることならもっと長くいろいろなお話を聞いてみたい。
最近はバンホルト様の昔の話やいろいろな古い伝承などを教えてもらっているわ。意外と古い伝承にも新しい発見がありそうで興味深いのよね。
「アリスティア、わしが死んだらこの家ごとお前さんにやろうかね。そうそう骨はこの森に埋めておいてくれると嬉しいわい」
「え、縁起でもないことを言わないで下さい! そんなことを気にされるくらいなら元気になってくれた方が嬉しいですわ」
「はっはっはっ、すまんすまん。しかしのう……もうお前さんも理解しとるじゃろう? だから今のうちに言っておくんじゃよ。何、わしはこう見えて大分満足しておるんじゃ。そりゃあ人間じゃから死ぬことは嫌じゃが、それよりもお前さんと言う最高の生徒であり師に会えたのじゃ。これ以上望めば罰が当たるやもしれん」
「バンホルト様……」
分かっている。受け入れることが出来なていないのは私だということは。タニアだってタニアなりに受け入れることが出来ているのに私だけが出来ないでいた。
「わ、私は……バンホルト様がいなくなるのは……嫌です」
「アリスティア、わしはあるべき場所へと次の旅に出るだけじゃよ。じゃから旅立つ際は笑顔で見送ってくれんか?」
バンホルト様のベッドに縋りつくようにへたり込んだ私の頭を優しく撫でてくれるその手はどこまでも暖かった。
「忘れないでおけばいいのじゃよ。わしはいつでもお前さんのことを見守っていることを」
私はこの日を決して忘れないだろう。
夕日に照らされたバンホルト様の姿を。
私を案じてくれたその優しい顔を。
決して。
――バンホルト様が亡くなったのはその次の日の朝だった。
今日の晩御飯はいつも何にするか迷ってしまうことが多い。野菜ばかりでは飽きてくるし、たまには新鮮なお肉が食べたくなるもので。
そう、いま私の目の前のお肉に生まれ変わったこのコカトリスが今夜の晩御飯。鶏を馬くらいまで大きくしたような魔物コカトリスは食べ出があるわね。
「肉だー! アリスティアー! 今日の晩御飯は焼き鳥だー!!」
鬱蒼と茂る森の中に陽気な声が木霊する。
「耳元で大きな声を出さないで! 耳が痛いわ」
「何を言っているのさアリスティア! ここで会ったが三日目よー! 今日こそはお肉タイム待ったなしよー!」
「はいはい、分かったからそれ以上騒がないで。それに昨日コカトリスに逃げられたのはそもそも、タニアがお散歩とか言いながら余計な魔物を連れてきたのが原因でしょう?」
戦っている最中暇だと言ってどこかに行ったと思ったら違う魔物に追いかけられながら助けを求めてきたことは忘れてはいないわよ。
「まぁまぁ、終わったことを言ってもしょうがないじゃないー。ほら、そろそろお肉を解体しないと日が暮れちゃうよー」
タニアが誤魔化すように私の頬を突いてくる。それで誤魔化されてあげないわよ。それにせめて名前で呼んであげなさいよね。この精霊は。
コカトリスも肉呼ばわりされれば気分は良くないでしょうに。とは言えこれ以上遅くなれば陽も沈んでしまう。
「氷の剣」
魔術で氷の剣を作り出し包丁の代わりにする。解体にはやはり氷の刃が一番ね。これなら肉も傷めずにすむし、冷やせるから保存にも最適だわ。それに切れ味が鋭いから簡単に肉を切り分けることが出来るもの。
血を浴びないように風で体を覆っておくのも忘れない。これなら風の膜が少量の血なら弾いてくれるもの。
「にっく、にっく、肉~。今日はご馳走だ野郎ども~」
タニアも上機嫌で羽を引き抜きながら解体の手伝いをしてくれている。少しでも手伝おうという気持ちが素直に嬉しいから、感謝の意味も込めて頭を撫でると嬉しそうに笑ってくれるのよね。
バンホルト様が亡くなった後、私は遺言通りバンホルト様を火葬した後、骨を家の側に埋めたわ。掘り返されることが無いように深い所へしっかりと埋めておいたから大丈夫でしょう。
バンホルト様の名前を彫っただけの石を墓石にしてあとは周りに綺麗な花を植えておいたわ。きっといつかこの周りは花で溢れることでしょう。
バンホルト様の家は小さくして持ち歩けるので片付けの必要も無いのよね。確かにこれは便利ね。
私は明日、この森を出ていく。タニアも私についてくるらしく一緒に森を出るみたいね。メローネも連れて行くと言っていたけれど……まぁ大丈夫でしょう。
森の中での最後の夕飯ということで今日は贅沢にコカトリステーキね。狩ったばかりの肉を持って帰ろうと歩いているとぬっと森の中から巨大な影が現れる。
見慣れたその姿はカリュドーンでこちらを見ると嬉しそうに近づいてきたわ。
そう、実はカリュドーンとはあれから何度もやり合ってある日とうとう叩きのめすことに成功したのよね。それ以来私達に襲い掛かることはなくなったし、私を見ると甘えてくるようになったわ。
何と言うか媚を売られているような気もするけれど、私がバンホルト様の看病で手が離せない時にタニア達を守ってくれていたので良しとするわ。
「カリュドーン、私達は森を出ていくからあなたも好きにしなさい」
私がそう言うとカリュドーンはしばらく固まった後、悲しそうに鳴いた。
「あなたはこの森の上位者でしょう? だったらしっかりしなさい。もし私が戻ってくることがあった際に、上位者から脱落していたら覚悟しておきなさい?」
私が微笑みながら告げてやると激しく頷くように首を縦に振ってくる。こいつやっぱり賢いわね。
「それじゃあ任せたわよ」
カリュドーンに別れを告げて家へと戻る。この森で過ごす最後の夜。
「タニア、街では勝手にフラフラしないでちょうだいね?」
「まっかせておいてー。私はこう見えてもしっかりとした精霊なんだからねー」
口いっぱいにコカトリステーキを頬張りながらそんなことを言っている姿が可愛いわ。
私は窓から見える夜空を見上げながら四年もの間帰ることが出来なかったことを申し訳なく思ってしまう。
ユリウス様は元気だろうか。
家族は大丈夫だろうか。
国は平気だろうか。
いろいろな感情が入り混じる。
全ては帰ってみれば分かることだわ。
私は考えを頭から振り払うとコカトリステーキにかじりつく。
帰るまでには結構な距離があるわ。しっかり栄養を付けておかないといけないわね。
こうして私は森を出ることが出来た。
あまりにも凶悪な魔物が蔓延る黒い森を。
目指すは懐かしい故郷。
愛する人の下へと戻るために。
まだ愛されているかどうか疑うことも無く。
ここまでで第一部おしまいです。次からは帰国してからの物語になります。
その前にユリウス視点を一話入れるつもりです。
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