10:死の恐怖を超えて
そろそろスタックが尽きそうです。
更新速度はちょっと落ちます。
すみません。
空腹を感じて目が覚めたのは次の日の朝だった。あれからバンホルト様の家に帰るなりそのまま泥のように眠ったおかげか頭はスッキリしている。
ちゃんと自分のベッドで寝ていたみたいね。家の中には誰もいないようでどこかに出かけているのかしら?
起きる前に乱れた髪を梳こうとして左腕が折れていたことを思い出した。仕方なく右腕を使おうとしてこっちは指が無いことに気付く。
そういえば治療は後回しにしたわね。バンホルト様では治癒の魔術は使えないのだから怪我がこのままなのはしょうがないわね。ただ、折れていた左腕には添え木がしてあるし、全身に包帯や薬を塗ってあった。
「治療してくれたのね……ちゃんとお礼を言わないと」
もしかしなくても裸をバンホルト様に見られたかもしれないけれど、それはこの際しょうがないと諦めるわ。
「命を包む大修復」
流石に指の欠損までしていると四小節の魔術ではないと治せないわね。杖が使えれば楽に出来るのだろうけれど、無くても使えないわけじゃないわ。
体が優しい光に包まれていき、ゆっくりと指が元へ戻っていく。折れた腕も添え木をしてくれていたおかげでそのまま治療しても問題がないわね。
五分ほど大人しく待っていれば光は収まり、怪我は跡形もなく治っていた。以前の私ならもっと魔力を使っていたし、ここまで完璧な制御は出来なかったのだからちゃんと修行の成果が出ているということね。
怪我は治ったけれど、失った血は戻ってこないのでちゃんと食べないといけないわ。何か食べ物を探そうと台所へ向かおうとした時、ドアが開くとタニアが飛び出してきた。
「アリスティアー? 起きたー?」
大声で叫びながら飛んできたタニアはそのまま私の顔にぶつかった。
この子小さい癖に勢いだけはあるから地味に痛いわね。
「起きてるー!! ねえねえ怪我は大丈夫? 指治った? 腕痛くない?」
「起きているし怪我は直したわ。ありがとう心配してくれて」
顔に張り付いたまま心配してくるタニアを引きはがしながら答える。タニアは私が無事回復していることを確認すると安心したのか大きく溜息を吐いた。
「すっごくすっごーく心配したんだからね!!」
「ごめんなさい、心配かけて。もうあんな無茶はなるべくしないわ」
「なるべくじゃなくてしたらダメ―!! もう!!」
ぷんすか膨れるタニアをなだめながらバンホルト様がどこにいるかを尋ねると今は出かけているらしい。それなら待つしかないのでとりあえず家の外に出てみると、あの巨大瓜坊が美味しそうにスイカを食べていた。
「あら、ここ飼うことになったのタニア?」
「飼うじゃなくて暮らすことになったのー。ちゃんとバンホルトから許可は取ってあるよー」
なるほど。つまりは新しい家族が増えたということね。
巨大瓜坊は一心不乱にスイカに鼻先を突っ込みながら食べている。どうやらすでに三つは平らげているようでまだまだ食べそうだ。まぁ、食費はかからないから問題はないでしょうけれど。
「それでこの子の名前は決めてあるの?」
「もちろんー! この子はメローネちゃんだよー!」
え? ちょっと待って。この子女の子だったの? 全く予想していなかったわ。
「知らなかったわ。女の子だったのね……」
「そうなのだー。だからちゃんと女の子扱いしようねー」
「分かったわ……リボンでもつけてあげれば可愛いかもしれないわね」
そんなことを呟きながらスイカを貪るメローネちゃんをぼんやりと眺めていた。
手痛い敗北を喫してからと言うもの私は森に入ることが出来ないでいた。もしまたあの巨大猪――伝説にある猪の名前をなぞらえて魔猪カリュドーンと名付けた化け物に出会えば今度こそ助からない気がしていたから。
今まで負けたことは何回かあるけれど、あそこまで勝負にならなかったことはなかったから。どうしても森に入るのが怖くて足がすくんでしまう。
おかげで魔術の訓練も何となく身が入らない感じになってしまい今一成果が上がらないでいた。
「……はぁ」
「どうしたのー? アリスティア? なんか元気ないよー」
ため息をつく私を心配してタニアが声をかけてきた。いつものタニアならここで何か食べると聞いてくるのだけれど、それすら無いということは物凄く心配かけてしまっているようね。
「ちょっとこの前のことがね……何と言うか引きずっているのよ」
「そっかー、何か出来ることある?」
ありがたいけれどこればかりは自分でどうにかするしかないわ。だから私は精一杯の笑顔で答える。
「大丈夫よ、時間が経てば元に戻るから」
何でもないことのように
私は嘘をついた。
暗い森の中を必死で駆けていく。
月がほんの僅か照らしてくれているおかげで何とかは知れている。
アイツに追いつかれればそこでお終い。
私の命はあっさりと散らされてしまうだろう。
疲れ果てて足が動くかなくなる恐怖と戦いながらそれでも走る。
後ろからはアイツが猛然と追いかけてきているのに私の足は段々と走る力を失っていく。
暗がりの中、木の根に気付かずに足を取られてしまう。受け身を取ることも出来ず無様に転がった私は必死で起きあがろうとして足が動かないことに絶望する。
「あ、あああ、ああぁぁあ」
アイツは私が走れなくなったことに気が付いたのかゆっくりと近づいてきた。そして蹄を高く掲げた後、アイツ――カリュドーンは私目がけて足を振り下ろした。
そこでいつも目が覚める。
「はっ!! はぁはぁはぁ……夢……ね」
いつも見る悪夢にうなされて飛び起きる。隣で寝ていたタニアを起こしていないか急いで確認する……良かった、ちゃんと寝ているわね。
あの日から私は悪夢にうなされるようになっていた。死にかけたのだから仕方が無いという面はあるにしても、自分の心の弱さに呆れてしまう。
戦う以上あんな目に会う可能性は決してなくは無いのに私はそれを処理できないでいるのだから。
「……ユリウス様……助けて」
膝を抱えて助けを求めても答えなんか帰ってこない。
そんなことは理解しているし、どうしようもないことだって分かっているわ。
それでも今は好きな人に甘えたかった。
辛かったねと言って欲しい。
結局私は弱いのかもしれないわ。
その証拠に涙が止まらない。
森を出るためにはまたアイツと遭遇する可能性があるということに他ならない。でも次会えば殺されるという恐怖で涙が止まらない。
戦っているときは屈辱と怒りで何とか立ち向かえたけれど、もう一回できるかと言われたらきっと無理。
私の心は折れてしまっていた。
「……蒼穹の夕暮れ……また見たいなぁ」
私の呟きは誰にも聞こえていなかった。
「ところでタニアを知らんかのう? 朝から姿を見ておらんのじゃ」
しばらく経ったある日の午後、バンホルト様がタニアの行方を聞いてきた。そう言えば朝起きた後からタニアの姿を見ていない気がするわ。
「いいえ、見ていませんが……いつものように家の近くをふら付いているのではないですか?」
「じゃと良いのじゃが。最近熱心に調べ物をしておったからのう。もしかしてと思ってな」
調べ物? いったい何を調べていたのかしら?
正直なことを言うとタニアが何か調べ物をしているイメージが全く無いのよね。
「タニアは一体何を調べていたのですか?」
「確か植物の本を調べておったなぁ」
「そうですか、ありがとうございます」
何となく気になった私はタニアが調べていたという本を探してみることにした。幸いその本自体は私の部屋に放っておかれていたのですぐに見つけることが出来た。
パラパラとめくってみる。本は植物図鑑でとくに変わった物は載っていなかったのだけれど……あるページを開いた瞬間、手が止まってしまった。
「蒼穹の夕暮れ……このページだけやけに折り目が付いているわ」
昔ユリウスが見せてくれた私のお気に入りのバラ……前、タニアに話をしたことがあったけれど、でもどうしてこのページをタニアが見ていたのかしら……。理由を知りたくてそのページを呼んでいくと驚くべきことが書かれていたわ。
蒼穹の夕暮れは四百年前に黒い森の奥で最初に発見されたバラで、それを持ち出した人が……セレスティア……千眼の魔女だったなんて。
まさか!? タニアはこのバラを探しに行ったのかしら!?
私が落ち込んでいたから!?
「すみません、バンホルト様! ちょっとタニアを探してきます!」
もしそうだとすれば放っておくわけにはいかない。私は急いで準備をして家を飛び出した。タニアは家の近くなら一人でも安全に過ごせるけれど、それ以外は誰かと一緒じゃないと危険すぎるわ。急がないとどんな危険な目に会うか分からない。
急いで走り出した私は、頭の中にあった魔猪への恐怖よりもタニアを失うかもしれないという恐怖でいっぱいだった。
家の外へ出るとメローネもいないことに気が付いた。きっと一緒に出ていったに違いないわ。
「マズいわね。メローネと一緒だとすると追いつくのは無理ね」
それに森の奥にあるとしかあの辞典には書かれていなかった。だから探し回る必要があるはず。そうなれば危険な目に会う可能性はどんどん高まっていくわ。
「闇雲に探しても意味が無いわ。何か方法を考えないと……」
タニアは精霊だから魔力の塊のようなものだわ。そういう意味では人間とは比べ物にならないくらい。だったらその魔力を感じることが出来ないかしら?
ただこの黒の森は森自体に魔力が満ちているためにそう簡単な話ではないわ。
「それでも……やらないと!」
意識を集中させて馴染みのある魔力を探していく。
森全体に満ちている魔力がタニアの魔力を覆い隠してしまう。これでは分からないわ。
もっと……もっと属性に囚われない純粋な魔力を見つけないと。
「タニアの魔力を……あの子の……優しい純粋な魔力を……」
目を閉じてさらに神経を集中させる。
ふと虹のように輝く魔力を感じた気がした。
ただの純粋な魔力。確信はないけれど何となくその光がタニアの魔力のような気がするわ。かすかな感覚だけれどその光を決して逃さないように意識しておく。
「信じるしかない! 風の翼!」
風が私の周りを渦巻くと私の体がゆっくりと浮かんでいく。この魔術は小回りが利かないから移動にしか使えないけれど、こういう時は十分助かるわ。
魔力を注いで飛ぶ速度を上げていく。空を飛ぶ魔物に見つからないように木々の上をスレスレで飛んでいく。見つけたタニアの光は見失ってはいないわ。
「見つけた!」
タニアとメローネの姿が見えてホッとしたのも束の間、二人はあの魔猪――カリュドーンに追い詰められていた。
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