第十一話 わたしと付きあえばいいじゃん
「あなたのこと好きなんだけど。付きあって」
「ごめん無理だ」
「ソッコー!?」
彼女は目をむいた。
「もう少し迷うとか考えるとかないの」
「だって――」
夕愛とは付きあってるわけじゃないが、『カノジョのつもり』を受けいれているのだから別の誰かと恋人になるわけにはいかない。
と、いう事情はもちろん内緒だが。
「名前も知らないし」
「石水」
石水さんはぶっきらぼうに苗字だけ告げた。
「で、返事は」
「いや無理だけど」
「じゃあ今のやりとりなに! 名乗り損じゃん!」
「あ、俺は出間。『出る』の出に――」
「そんなのはどうでもいい」
――『そんなの』……。
このやや珍しい苗字の説明は俺の鉄板ネタなのに。
「なにが不満なの?」
「不満はべつにないけど」
石水さんは俺を見あげるようににらみつけ、低いうなるような声で言う。
「こんなきれいな子と付きあえるんだからとりあえずオーケーでしょうがふつう」
「ええ……」
たしかにきれいだが、とにかくすごい自信だ。
「カノジョがいるとか」
「いや」
「好きなひとがいるとか」
「……いや」
「なに今の間」
「と、とにかく、いい男なんてたくさんいるんだし、俺なんてやめといたほうがいいって!」
と、踵を返して逃げだした。
「あ、ちょっと……!」
石水さんの声が聞こえたが、俺は振りかえらずに走りつづけた。
◇
「ということがあってさー」
その翌日の朝、石水さんに告白された話を、学校の玄関で鉢合わせた真壁に伝えた。
「俺、もしかしたらモテる?」
「鏡って知ってる? あれ便利だから使ったほうがいいぞ」
「使ってるよ!!」
皮肉にパンチが効きすぎだ。
「顔面が地味な認識はあるよ。でもよく言うだろ、人生には三回のモテ期があるって」
「信じればサンタクロースだっているしな」
「陰キャの夢を壊すな……!」
「そんなに自慢げに語るくらいなのに、どうして断ったんだよ」
「そりゃお前……、なんか怖いし」
夕愛のことがなくても、顔も名前も知らない子からいきなり告白されたら誰でも警戒くらいするだろう。悪戯とか美人局、あとなんかの勧誘とか。
「怖い、ねえ……。もしかしてその子ってギャル?」
「ああ、そうだな」
「スレンダーで脚の長い」
「あ、ああ」
「きつめの美人で茶髪ボブの」
「なんで知ってるんだよ。もしかして有名なのか?」
「いや」
真壁は俺の肩口のあたりを指さした。
「お前の後ろにいる」
弾かれるように振りかえると、間近に石水さんが突っ立っていた。
「ほあああああああ!?」
ホラーかよっ!?
石水さんは憮然と言う。
「やっぱり納得いかないんだけど。なんでわたし断られたの?」
「なんでってそりゃ……、なあ?」
振りかえると真壁はすでに姿を消していた。
――あの野郎……!
面倒ごとには関わらないあいつらしいが。
俺は大きなため息をつく。
「わかった。わかったよ」
「え、じゃあ」
「もう一回ちゃんと断るから」
「断るんじゃん……!」
「今は誰とも付きあう気はない。アイドルとか女優に告白されても同じだ」
俺は「というわけで」と敬礼するみたいに手をあげ、昨日と同じように石水さんに背を向けて逃げだした。
「ちょっと待ってよ」
彼女は早足で俺の横に並んでくる。
「やっぱり好きなひとがいるんでしょ」
「関係ないだろ」
「誰とも付きあってないならわたしでいいじゃん」
「そういうことじゃないんだよ」
「じゃあ二番でいいから」
「二番?」
「本命がいるんでしょ? いいよそれで。合間にわたしで遊んでさ――」
俺は立ち止まった。石水さんの顔をじっと見る。
「なに?」
「そういうのってどうなんだ」
「なに急にキレてるの?」
「キレてはないけど。俺が潔癖すぎるのか? 遊びで付きあうとか、そういうのがふつうなのか?」
「……それくらいふつうでしょ」
「そうか……。なら、ちゃんと断る理由ができた。――俺は遊びでひとと付きあう気はない」
「……なにそれ」
「奔放な考え方を否定はしない。そういう文化もあるんだろう。でも俺にはできない」
「……」
「ほら、俺はこういう面倒くさい男だ。興味なくなっただろ?」
俺は階段を上る。それ以上、石水さんがついてくることはなかった。




