(17)
王都を襲った爆発と地響きは、国王がいるベルガイル宮殿にも届いていた。
強い地響きによって宮殿内の照明が激しく揺れ、ガラスがいくつか割れている。それらは些細な被害だ。しかし、戦闘を経験したことのない大臣たちの不安を膨らませるには十分だった。
「な、何だったのでしょうか……?」
「反乱軍でしょう。おそらくクルスに潜んでいた奴らが動き始めたのか、と」
びくびくとした不安を隠さない文官の大臣に対して、控えている近衛隊の兵士が答えた。
「は、反乱軍がすでに潜んでいたのか!? 陛下! マルスを向かわせたのは失敗だったのでは!?」
「――そうかもしれないな」
「へ。陛下!?」
まるでしっかりとタイミングを計っていたかのような動きだった。エグバートが王族特務護衛隊を動かす指示を出した後に王都をいくつもの爆発が襲った。不思議に思えるほどのタイミングの良さに、エグバートはこちらの動きが見破られているような錯覚を感じた。
(ここにスパイが紛れ込んでいる? ――いや、ここにいる大臣たちは信頼できる。寝返っている者などいないだろう。……予見の力を持つ者か。しかし、会話まで見ることができる力の持ち主など教皇以外いないと聞く。それに準ずるオーブの持ち主がマルコラスの側にいる……?)
「……反乱軍がすでにクルス内にいることは間違いないだろう。王都には第一師団と王族特務護衛隊、王家の近衛隊が軍を展開させている。彼らの実力を疑うわけではないが、私たちも場所を移そう」
「そ、そうですな! この執務室は危ないでしょうし」
エグバートの言葉に、先ほどの大臣は大きく頷いた。
他の大臣たちが呆れた表情をしていることを横目に見て、エグバートは側に控えている兵士に声をかける。
「ジュリをこちらに呼べ。マルスが外に出た以上、彼女に宮殿内の護衛を担当させる」
「はっ」
クルスで起こった無数の爆発を受けて、エグバートたちはベルガイル宮殿内を移動していく。先ほどまでいた執務室はあくまで政務を行う部屋であり、防衛に適している場所ではなかった。
「…………」
「陛下?」
「――いや。まさか、ここを使う日が来るとは思っていなくてな」
「……それは私もであります。クルスは五芒星都市に守られており、公国も近く侵攻してくる敵国など今までいませんでしたから」
「その余裕が招いたことかもしれんな」
「……そう、ですね」
エグバートが大臣たちを連れて向かった先は、ベルガイル宮殿の地下にある部屋だった。緊急時以外に開けられることのない部屋は、豪奢な内装の宮殿とはかけ離れている。冷たい印象を強く与える鉄で囲まれた部屋だった。
「ここは……?」
初めて訪れた文官の大臣が驚いた顔をしている。
「戦争時に使用するために作られた特別室だ。私の父が先の戦争時代終結後に作ったものだ。オーブの攻撃にも耐えられるように特別なオーブを使用して作られた防衛用の部屋だな」
「そのような部屋があったのですか。知りませんでした」
「上の執務室よりはいくらか安全だろう。ジュリもこちらに呼んだ。近衛隊と特務護衛隊に護衛を任せよう」
「マルスがおりませんが、大丈夫でしょうか?」
「お前はマルスを信頼しておるのだな。――ジュリも分隊長だ。実力がないわけではない。それに、後がなくなれば私も戦う」
その一言に、文官の大臣はゾッとした。いや、この場にいる全員が顔を強張らせていた。
先の戦争を経験した彼らはエグバートの力を知っている。『バーサーカー』の力を発揮したエグバートの強さは、エリーナを凌ぐほどだ。国王となってからはオーブを使用することはなくなったが、その力は今でも衰えていないだろう。エグバートが戦うとなれば、反乱軍はひとたまりもないはずだ。
だが、オーブの使用にはリスクもある。
「し、しかし、それは無茶では……? 陛下ももうお歳です。オーブの使用は、お体に触ります」
「そうかもしれんが、ここまで反乱軍が押し寄せてきた時に、そんなことを言っていられないだろう」
「そ、それはそうですが……」
文字通りベルガイル宮殿は、エレナ王国の中枢が集まる場所である。ここが落されれば、反乱軍の勝利と言えるだろう。そうなってからでは遅い、とエグバートは暗に示した。それは誰もが理解している。ここに集まっている大臣たちは国の政治や経済を任されている者ばかりだ。王国軍が敗れ、宮殿まで反乱軍の手に渡れば、エグバート家が治めてきたエレナ王国は滅びるだろう。
「…………」
状況は悪化している、と言えた。
それを改めて意識して、誰もが口を噤む。
現王政に反抗の意を持つ者たちが反乱を起こしたと聞いた時は楽観視していた。これまで幾度もの戦争を経験し、その度に生き残ってきた王国が貴族の反乱などに屈するはずがないと信じ切っていた。
その自信が崩れようとしている。王都であるクルスを敵が攻め込もうとしたことも、クルスの市街が爆発に襲われたこともなかった。少数の貴族が企てたちんけな反乱だと高をくくっていたことが滑稽に思えてくる。いざ攻め込まれると、王都はここまで脆かったのか、と不安さえ覚えた。
「……、大丈夫でしょうか?」
「兵士たちを信じるしかあるまい。彼らは決して弱くない。マルスもポールマンもいるのだ。彼らを信じよう」
エグバートは静かに天井を見上げる。硬質な天井のさらに上では、兵士たちが反乱軍と戦っているだろう。彼らのことを思いながら、エグバートは自然と手を強く握りしめた。
(私自ら戦場に出ることはもう出来ない。頼みはお主たちだ。頼むぞ、みんな)




