(16)
突如、クルスの街に大きな音が響いた。
空気が揺れる。それは地面を大きく震わせた音が誘発したものだ。揺れた空気は波となって、周囲へ広がっていく。強い衝撃波は建物を大きく揺らし、地面を砕いていく。立っていることもやっとのような強い衝撃だった。
それは一度で止まらない。断続的に続いた音は黒煙をまき散らしながら、王都を飲み込んでいった。
大地たちがいた宮殿前にも、音は届いていた。
「な、なに、この音!?」
「爆発音? どこから――!?」
突然聞こえてきた轟音に、大地たちは困惑した。何の前触れもなく地震が来たかのような、それほど大きな音で地響きまでしたのだ。
「南のほうから聞こえたような……」
リシャールはそう口にする。
しかし、最初の轟音から数秒後。別の方向からもけたたましい音が響いてきた。
「――っ!?」
「敵? 反乱軍がきたの?」
「分かりません。でも、これは――」
聞こえてくる爆音は続けざまに、四度も響く。それを聞いて、みんながただ事ではないことを理解した。
真っ先に動いたのは、マルスだ。
「危険な状況かもしれない。お前たちもすぐに行動しろ」
「た、隊長は!?」
「前線の援護に向かいたかったが、無理だろう。私はすぐに爆発がした方に向かう。反乱軍が潜んでいた恐れもある」
「わかりました!」
「ティド! 俺たちは――」
「すみません。僕も隊長についていきます」
「え!?」
「け、けど――」
「エリーナ様も心配ですが、僕は王族特務護衛隊の隊員です。王都と陛下たちを守ることが第一の使命。それに、大地。あなたは十分に強い。エリーナ様のことをお願いしましたよ!」
「――ッ。分かった。必ず助ける。ティド、お前も絶対無事でいろよ」
「ふふ。誰に言ってるんですか? 僕は最年少で特務護衛隊に入ったんですよ?」
そうして、大地たちは別れていく。
大地の後に続いたのはリーシェ、リシャール、アイサの三人。彼らは先にムブルストに向かったエリーナを追いかける。
ムブルストは王都の南東に位置している。唯一、エレナ王国の地理に詳しいリーシェが皆を先導していた。
「まだ続いてるね」
「気を散らかしている場合ではないと思います。余所見をせずに、まっすぐ進みましょう」
「う、うん」
アイサの注意に頷いて、大地たちは先を急ぐ。
彼女の言う通りだ。エリーナはすでに反乱軍の本隊がいるだろうムブルストに向かっている。先に行ったエリーナを追いかけるためには、外門前で繰り広げられている戦闘を横切らなければならないのだ。
一方で、旅の仲間であるティドはマルスのあとについていった。
先を走るマルスの足取りは速い。かなり焦っているようにも見える。
「――嫌な予感がする」
「隊長?」
「クルスが攻め込まれるなんて前代未聞だ。反乱軍が潜んでいたのだろうが、手際が良すぎる」
「伯爵の手引きだけではないと?」
「陛下は様々な可能性を考慮するべきだと仰っていた。お前もうすうす気づいているのだろう?」
「……はい」
ティドだけではない。
大臣たちや他の多くの兵士たちも感づいていた。マルコラス伯爵は確かに頭の切れる貴族だ。だが、彼がたった一人で国に歯向かうはずがないだろう。必ず後ろ盾がある、と多くの者が疑っている。
「でも、僕には誰かまでは――」
「それは後で考えればいい。問題は目の前のものから片づけていこう」
そうだ。
反旗を翻した兵士たちの後ろにいる黒幕を炙り出すのはティドたち軍人の役目ではない。それは国防を任されている貴族や大臣たち、ひいては諜報部隊の任務になるだろう。マルスもティドも所属は護衛隊である。与えられた任務は国王や王家に連なる者たちの警備と護衛だ。
それを全うするために、二人はクルスを走っていた。
王都を襲った爆発のような音は、すでに止んでいた。その影響を受けた建物がいくつか損壊している。慌てた様子の住人たちが、第一師団の誘導で避難をしていた。しかし、王都の住民は一○万人を超えている。全ての人を安全に避難させるには時間が圧倒的に足りない。
(手伝っている余裕もない……ッ。先ほどの爆発は誘いのはず。反乱軍はすでに宮殿に向かっているに違いない)
その前に、潜伏していた反乱軍を叩く。これ以上の被害を出さずに、国王たちの元へ辿り着かせずに反乱軍を鎮圧させる。そのために、マルスは真っ先に動いたのだ。
空を見上げれば、黒煙が立ち込めていた。爆発の影響によるものだろう。黒煙の下は酷い有様になっているかもしれない。それを確かめるために、マルスは黒煙が立ち込める方へ足を向けた。
「――隊長ッ!!」
後ろから声が響いた。
振り返る。
「倒れてろ」
「――ッ!?」
振り返った先にいた男の剣を、マルスは体勢を崩して躱した。
尻餅をついたマルスに向かって、剣を振るった男は軽快に声をかける。
「お久しぶりですね、マルス隊長」
「……っ。え、エルヴァー!? ――そうか。お前がクルスに潜んでいたのか」
マルスへ攻撃をしかけたのは、エルヴァー・マルコラスだった。今回の反乱の首謀者であるロッシュ・マルコラスの息子だ。父親似の嫌味ったらしい態度や口調で宮殿内からは評判の悪い彼だが、父親譲りのあくどさは油断できない。
立ち上がったマルスに対して、エルヴァーはニヤニヤとした顔のままで答えた。
「えぇ、そうですよ。国王や大臣たちは父上にばかり気を取られていましたから。僕は
余裕を持って行動できていました」
「…………」
「行動?」
マルスの後ろをついていっていたティドが眉をひそめた。エルヴァーの言い方では、まるで彼も戦力として考えられているかのようだ。
「僕は父上の息子だ。何を疑うことがあるんだい、リスティド?」
「まさか伯爵ともあろう方が、成人にもなっていない子どもを兵士の一人に数えるとは思えませんので――」
「それは君も同じだろう? 若い君が動かなければいけないほど国軍は人手不足なのかな、マルス隊長殿?」
「……まさか、そのような。今回の内乱で得られる経験は大きいものになるでしょう。次の世代を育てることも隊長の役割といったところですよ」
(気を付けろ、ティド。若いが、エルヴァーは強いぞ)
「え……?」
遅かった。
マルスの注意に耳を傾けた時には、エルヴァーは動いていた。眼前に迫ったエルヴァーのにやついた顔が目に入る。次の瞬間には、ティドの身体は吹き飛んでいた。
「ぁあああああああああああ!!!」
痛みが遅れてきた。
折れた骨が皮膚を貫いて飛び出してきたかのような鋭い痛みが、体中を襲う。数メートルも飛ばされて上下左右の感覚すらおかしくなりそうだ。蹴られたと気づいたのは、商店街の店の一つにぶつかった後だった。
「な、なにが……」
「ティド! 大丈夫か?」
慌てて駆け寄ってきたマルスが、ティドに声をかけた。
だが、ティドの目はその先にいるエルヴァーを捉えていた。エルヴァーは何事もなかったように立っている。しかし、ティドを蹴り飛ばしたのは間違いなくエルヴァーだ。
「お前たちはすぐに宮殿へ行け。ここは僕がやる」
「し、しかし、一人で大丈夫なのですか!?」
「マルスとリスティドくらいなら大丈夫だ。それに父上の計画がある。僕よりもそちらが大事だろう」
「はっ!」
エルヴァーから指示を受けた男たちはベルガイル宮殿に向かっていった。
それから、エルヴァーは二人に向き直る。
「どうしたんだい? まさか今のでギブアップじゃないだろう?」
「……あ、あなたのオーブは――」
「あぁ、知らないんだっけ? 僕も戦場には出ないし、父上も引退しているから聞かなくても不思議はないか」
代わりに答えたのはマルスだった。
「マルコラス家のオーブは『モンストルオ』。覚醒系で、『バーサーカー』と似た身体強化系のオーブだ」
「その通りだよ。僕のオーブは覚醒系だ。油断しているとあっという間に倒しちゃうからね」
「――させないっ!!」
視線が追い付かないほどの速度で突っ込んできたエルヴァーの剣を、マルスが食い止めた。
お互いの剣がガキィィンとぶつかり合う。それは一度では終わらない。幾度も剣が激突して、その攻防は激しさを増していく。
火花が飛び散りそうなほどのぶつかり合いに、ティドは呆気にとられた。エルヴァーの背丈は大柄のマルスと比べて小さく、大地と変わらないほどだ。それなのに、単純な力比べではエルヴァーのほうが勝っているようだ。
(そ、そんな……、隊長が……)
ティドにとって、マルスは憧れだ。
王族特務護衛隊の誰よりも強く、『ライトニング』のオーブも合わせて、エレナ王国で最強の軍人の一人に数えられる。その戦闘術や剣術はティドにないものがあり、羨望の眼差しをいつも向けていた。
そのマルスが、押されている。
その現実が、信じられなかった。
「どうです、僕も力をつけたでしょう?」
「……ッ」
右から、左から襲い掛かるエルヴァーの剣を食い止める。マルスは防御に追われていて、反撃に転じる余裕がない。オーブを使用する瞬間も、エルヴァーは与えてくれない。エルヴァーの攻撃は、それほど凄まじかった。
(こ、こいつ……!)
「――くそっ! ティド!!」
「は、はい!」
「お前は先に行ったやつらを追いかけろ!
「え……?」
「お前じゃ、エルヴァーには勝てない! 他の奴らを頼む!!」
「は、はい……ッ」
マルスの大声にティドは慌てて従う。ちらりと逡巡するティドだが、戦っている隊長を置いて、先に行った反乱軍を追いかけた。
マルスは遠くへ走り去っていくティドを横目で見て、安堵した。
「かわいそうですね。邪魔だって言ったと同じですよ?」
「別にあいつの実力を疑っているわけじゃない。だが、あいつじゃお前には勝てないだろう。役割分担しただけだ」
「あなたなら、僕を倒せるとでも?」
「それはやってみないと分からないだろう?」
エルヴァーの表情を真似するかのように、マルスもニヤッと笑った。
右耳のピアスがきらりと光る。その輝きは、支子色だ。僅かに赤みがかった黄色は、その輝きを増していく。
それがマルスのオーブだ。
「……『ライトニング』」
具現系のオーブの中でも最高のエネルギーを持つ力。戦闘に用いれば、最強のオーブとも言われる雷がマルスの周囲に生まれだした。
そして。
ギロリ、とエルヴァーを睨みつけた。
「さぁ、いくぞ」




