(6)
学校を後にして、大地とリーシェはケンブルの町を歩いていた。
ケンブルの町は鮮やかな西日に照らされ、幻想的な雰囲気を漂わせている。町を行き来している人たちも穏やかな表情を見せている。涼しさも感じられるようになって、みんな本当に心地良さそうだ。
「…………」
「……」
しかし。
大地とリーシェの間には会話がなかった。
校長先生から聞かされた話の大きさにショックを感じて、言葉が出ないでいた。いや、それだけではない。大地が立たされている運命に二人して困惑していて、怯えているのだ。
「……なんだか、すごいことになっちゃったね」
そう言ったのは、リーシェだ。
アーリ町へ帰るために馬車が停まる町の広場に戻ってきた二人は、広場のベンチに腰掛けている。
「あ、あぁ」
カラカラの喉で、大地は声を振り絞った。
校長先生の話では、大地は伝承に登場する勇者そのものである可能性が高い、という事だった。
「オーブっていうのは?」
校長先生も口にしていたオーブという単語について、大地は隣に座っているリーシェに聞いた。
「校長先生も言ってたけど、パンゲアに住む人みんなに力を与えてくれる宝玉の事だよ。力そのものって言う方が正しいのかもしれないけど――」
「力?」
「うん。この世界の人は、みんな何か力を持ってるの。私の場合は、これ」
そう言って、リーシェは胸元から首飾りを取り出した。首飾りには鮮やかに光る緑色の宝石が取り付けられている。
「これは?」
「これが宝玉。パンゲアに住む人はみんな、自分だけの宝玉を持ってるの。そして、この宝玉が特別な力を与えてくれる。私はヒーリングの力だけど、本当にたくさんの種類の力があるの」
「そ、そんな物をみんな持ってるのか……?」
校長先生から聞いた話もだが、オーブという力も俄かには信じられなかった。
「うん」
「おとぎ話の勇者もオーブ? の力を持っていて、それが俺かもしれないってこと、か――」
口に出して言葉にしてみても、どうも実感の湧かない話だった。
何より大地はその宝玉を持っていなければ、オーブという力も持っていない。校長先生の深読みな気もしてくるほどだ。
しかし。
「校長先生が言ってたの覚えてない? オーブは受け継がれていくものなの。子どもが持つオーブの力は両親のどちらかの場合がほとんど。そうやってオーブは受け継がれていくから、世界にたった一つのオーブなんて存在しない。けど、おとぎ話の勇者は他の誰も持っていない力を持ってる。現実じゃ、あり得ない事なのよ」
そう言えば、と思い出す。
校長先生はリーシェの言う通りに説明していた。だからこそ、大地が勇者である可能性もある、と。
「けど、俺にはそんな力ないぞ?」
「そ、うだよね……。別の世界から来た大地がオーブに目覚める事なんてあるのかしら?」
と、リーシェも疑うように言った。
「やっぱり校長先生の勘繰りすぎじゃ――」
大地が笑って一蹴しようとした、その時。
広場に悲鳴が響いた。
「……っ!?」
「な、なに?」
突然聞こえてきた悲鳴に、二人は身体を強張らせる。
悲鳴がした方を見ると、広場の入り口で女の人が屈強そうな男に腕を掴まれていた。悲鳴を上げたのは、腕を掴まれた女の人のようだ。
男は一人じゃなかった。
複数の男たちで女の人を囲んでいる。
「な、なんだ? 喧嘩?」
「……と、盗賊よ……っ!」
「盗賊!?」
リーシェの口から出てきた言葉に、また大地は驚いた。
(盗賊なんて、ほんとにいるのか?)
賊という言葉は、今までの大地には無縁のものだった。日常の生活をしている上で賊という単語など聞く事がないのだ。しかし、目の前にいる薄汚れた服装をしている男たちは、大地が今まで見た事ない雰囲気を持っていた。
「助けないと!!」
「えっ!?」
唐突に立ち上がったリーシェを見上げて、大地は呆気にとられた。
身体を硬直させている大地を見ないで、リーシェはすでに駆け出していた。その瞳には、世話好きをはるかに超えた決意が見える。
「お、おいっ――!」
後ろから大地が叫ぶが、リーシェは止まらない。
女の人を捕まえている男の前に、リーシェは果敢に立つ。
「なんだぁ、おめぇ」
「その人、苦しそうにしてるじゃない! その手離して」
「あ?」
強気な物言いのリーシェを、盗賊の男は睨んだ。
それでも、リーシェは怯まない。どころか、リーシェも睨み返した。その顔に怖さなどは浮かんでいない。
「おめぇもうるさいなぁ。金目の物寄こせよ」
(まずい――っ!!)
男の様子を見て、じっとしていた大地も焦った。
男が手を動かす前に、大地は飛びだした。
女の人を捕まえている方とは逆の手がリーシェに伸びる。
「きゃっ――」
リーシェの悲鳴が広場に響こうとする。
その前に。
「……っ!?」
あっという間に広場の入り口まで走った大地の手が、リーシェも捕まえようとしている男の手を止めた。
「な……っ?」
「だ、大地!?」
突然、盗賊の男たちの前に立ちふさがった大地に、男もリーシェも戸惑う。
「女が飛び出してんのに、男が見てるだけにいかないだろ」
背中越しに大地は言う。
しかし。
「や、止めろよ」
大地の声は震えている。
「おめぇもか?」
「見た事ねぇ服着てんな。高く売れそうだ。奪っちまおうぜ」
「いいな。おい、それ脱げよ」
「止めろって、言ってんだよ」
向けられる敵意に、大地は口だけでなく身体も震わせる。
それでも、リーシェが立ち向かったのに、男である自分がじっとしているわけにはいかない。震える声と身体だが、その目だけはしっかりと盗賊の男たちを見据えていた。
「あ?」
「ちっ。おまえから殺してやるよぉ!!」
盗賊の一人が堪らず、持っていた斧を振りかぶった。
(こ、殺される……っ)
迫りくる凶器に、大地は思わず瞼を閉じた。
その時。
ドクン。
と、鼓動が響いた。
鼓動は一度では治まらない。
ドクンドクン、と早鐘のように鳴り響く。
そして、強く響く鼓動は大地の身体を強制的に覚醒させる。身体の隅々まで血が巡っていく感覚が、大地の身体に広がっていく。
(な、なにが――?)
自分の身体に何が起こっているのか、大地は分からなかった。
それでも。
恐怖で閉じていた瞼を開く。
「あぶないっ!!」
リーシェの叫び声が聞こえるのと、斧が目の前で振り降ろされるのはほぼ同時だった。
しかし、斧は空を切る。
「な……っ!?」
大地は身体を捻って、振り降ろされた斧を回避していた。
それだけで終わらない。
身体を捻った回転を利用して、強烈な回し蹴りを盗賊の側頭部目がけて放った。ゴッ! という鈍い音が広場に響く。
「ぐうわっ」
重たい蹴りを受けた盗賊はその場に倒れて、動かなくなった。気を失ったようだ。
「てめぇ!」
味方がやられた事に激昂した他の盗賊たちが、一斉に大地に襲いかかる。
「大地!」
盗賊に掴まれていた女の人を支えているリーシェの叫び声が、もう一度聞こえてきた。
(……な、なんだ、この力――)
自分の身体いとも容易く相手の攻撃を躱した事に、大地は目を見張る。運動神経がいいとかそういう程度の動きではなかった。
(これなら、やれる!)
「大丈夫! 俺に任せろ――っ」
叫び返した大地は、襲いかかってくる盗賊に視線を戻した。睨むように鋭くなった目を、盗賊たち一人一人へ向ける。
「きさまぁ――!!」
怒りを隠さず向かってくる盗賊たちは、それぞれに鋭利な凶器を手にしている。それでも、大地は恐怖に目を閉じる事はしない。
同じように振りかぶって攻撃してくる盗賊の一人一人を躱していき、大地は器用に相手の急所を攻撃していく。
「が……っ」
「ぐぅうううう――」
と、次々に盗賊たちは倒れていった。
「す、すごい……」
いきなり豹変したように盗賊たちを沈黙化させている大地に、リーシェは目を丸くしている。
「な、なんだ、おめぇ……!?」
「後はお前だけだな」
「許さねぇぞ、おめぇ――っ!!」
残った盗賊の一人は腰に携えていた剣を抜いた。一突きで人間を死に追いやる事が出来る単純な武器だ。
盗賊は剣を抜いただけでなく、右手をさらに突き出した。
「……?」
「おめぇは殺す」
突き出された右手から、烈風が吹き荒れた。
一瞬にして大地に届いた烈風は、その頬を斬り裂いた。
「……っ!?」
「どーだ、おらのオーブは! ゲイルは何でも切り裂くかまいたちだ!」
「そうか。これがオーブの力。お前が宝玉からもらった力」
切り裂かれた頬から垂れる血を右手の甲で拭った大地の目はさらに鋭くなっていた。
「こ、これでもビビんねぇのか……!?」
「どんな力使ってこようが、今の俺ならお前を倒せれる――っ」
大地の強い言葉に呼応するように、血を拭った右手が強く光りだした。正確には右手から、強い光が溢れ出している。
「あの光は!?」
強く輝いている大地の右手を見て、リーシェは驚きの声を上げた。
(銀色の光なんて見た事もない色……)
そう。
大地の右手から溢れ出ている光は、強い銀色。
眩いばかりの銀色は、その存在感を強く放っている。
「な、なんだぁ、そのひ、光は――!?」
リーシェと同じように、盗賊も唐突に輝きだした銀色の光に驚愕した。初めて目にする銀色の光に、それまでの威勢が消えている。
(この力があれば、俺はなんだってやれる!!)
走り出す。
残った盗賊の一人へ向けて。
銀色の輝きを放つ右手を力いっぱい握りしめながら。
「うぉおおおおおおおお――っ!!」
雄叫びを上げて、大地は輝く右の拳で思いっきり殴った。
「がぁあああ!!」
拳は立ち竦んだ盗賊の顔面に直撃した。
痛みに呻きながら、盗賊の男は吹っ飛んだ。そのまま気を失ったようで、盗賊の男が立ち上がる事はなかった。
「はぁはぁ……。やった――っ」
肩で息をしながら、大地は倒した盗賊たちが起き上がってこない事を確認した。
視線を下へ移すと、大地の握りしめた右手はまだ強く銀色に輝いていた。閉じていた右手を開く。そこには、親指ほどの大きさの石があった。
「……これは?」
大地の手の平にあった石は、強く輝いている。
輝いている色は、銀色。
突然、大地に力を与えた色だ。
「この石が、俺に力を……」
それほど大きくない石だが、ずっしりとした重さを手の平に感じる。
じっと石を見つめていると、次第にその輝きが色褪せていった。銀色の光沢だけが残った石を大地はもう一度しっかり握り締める。
そこに、傍観していたリーシェが喜びながら、大地に駆け寄ってきた。
「……やった! 大地、やったよ!!」
リーシェに続いて、盗賊たちに囲まれていた女の人が「ありがとうございます」とお礼を述べた。
「無事で良かったよ」
再び感謝の気持ちを述べた女の人は、
「助けて頂いたお礼を何か――」
「そんな、お礼なんて。言葉だけで十分。リーシェまで飛び出すし、いてもたってもいられなかったから――」
「で、でも……」
「本当にいいんですよ」
笑って言う。
女の人は申し訳なさそうな表情を見せるが、ぺこりとお辞儀をして、広場を後にして行った。
「大地って見かけによらず強いのね」
女の人の姿が見えなくなってから、リーシェは率直な感想を言った。
「無我夢中だっただけさ」
「それでもすごかったよ~。初めて見たあんなオーブ」
「……あれがオーブの力?」
「そうだよ! あの銀色の光が大地のオーブだよ」
「やっぱりあれがそうなのか」と大地は呟く。
強く鼓動が響いたと思ったら、急に手の平に暖かさを感じた。それが銀色の光だと気付くのにそう時間はかからなくて、身体がいつも以上に動く事を実感した。
「初めて見たよ、あんな色」
「色?」
「うん。オーブは持ってる力によって色の違いがあるの。私のは深い緑色だけど、大地のはすごく綺麗な銀色だった。あんなに綺麗な色は見た事がないよ」
オーブは力の種類によって、色が違う。
リーシェの説明に大地は見せてもらった首飾りを思い出す。リーシェの首飾りにあった宝石はたしかに緑色だった。
「これが俺のオーブ」
ぐっと握り締めた右手に感じる硬さは偽りではなくて、とてつもない力が宿っていると思うと、ワクワクとした興奮と同じくらい怖さを感じた。無我夢中にオーブの力を使った結果、丸腰の大地が鋭利な刃物を持った盗賊たちを一人残らず倒したのだ。高揚感だけでなく、恐ろしさを感じても不思議ではない。
「それより、突然飛び出すからびっくりしたぞ」
「あぁ、ごめん。やっぱりほっとけない性格なんだよね」
「お人好しなんだな」
苦笑しながら言うリーシェに、大地も苦笑で返した。
「うん。昔からなんだよね」
「昔から?」
「うん」
リーシェはそれ以上話そうとはしない。
聞かれたくない事なのだろう、と大地も深く追究しようとはしない。それよりも、初めてオーブを使った疲れがどっと身体にきていたのだ。
「大変な目にあったけど、そろそろ戻ろっか?」
「あぁ、そうだな」
「疲れた?」
「かなり。オーブ使うのってこんなに疲れるもんなのか?」
「人それぞれだよ。私なんかは上手く使えないから、そんなに疲労感はないんだけど……」
アーリ町へ帰る馬車を待つために、リーシェと大地は広場のベンチにもう一度腰掛ける。
それまでの騒ぎが嘘のように、広場はほどよい喧騒に戻っていく。大地のオーブを目の当たりにした広場にいた人たちも幾らか興味を持ったようだが、大地やリーシェのように事件に関わる事はしたくないようで、遠巻きに眺めているだけだった。
「そんなもんなのか」
「うん。それだけ疲れるって事はきっとすごいオーブなんだろうね」
日が暮れ往く空を見上げながら、リーシェはおもむろに呟いた。
「実感はないけどな」
同じように空を見上げる。
見上げた視界を遮るほどの高層建造物はなくて、空をぽつぽつと彩る雲が普段よりも大きく見える。輪郭をはっきりと映している雲の一つ一つが美術品と思えるほどの綺麗さだった。
(ほんとに綺麗な風景ばっかだよな)
ケンブルへ来るまでの馬車から見えた風景でも同じ事を思った。
大地がいた街とは大きく違う景色に、どことなく懐かしさを覚える。お爺ちゃんの家で遊びまわっていた子供の頃の記憶が自然と蘇ってくるほどだ。
(あの頃もこんな場所で遊んでたな)
小さな山の麓にあったお爺ちゃんの家の周囲は田んぼが幾つもあり、お爺ちゃん自身も畑で農作物を作っていた。
その畑の周りで遊ぶのが、夏休みの大地の日課だったのだ。お爺ちゃんが飼っていた犬の散歩に出掛けたり、長い枝を持っては近所の子供たちとチャンバラごっこをしていた。
「どうしたの?」
「いや。こういう景色見てると、なんか懐かしくて」
「やっぱり違う?」
「うん。空がこんなに広い事、久しぶりに思い出したよ」
脳裏に浮かぶ情景に懐かしさを感じていると、そこへ。
「見つけたわ!」
唐突に、ケンブルの広場に大声が響いた。
「……?」
いきなり聞こえてきた声に大地もリーシェも、広場にいた町の人々も驚いて、そちらを見る。
そこにいたのは、端麗で研磨され装飾が施された宝石のような顔立ちをした少女だった。ブロンドの髪と合わさって、輝かしい雰囲気を周囲へ自然と放っている。
少女の周りには十数人の男がついており、それぞれ逞しい馬に乗っている。男たちが鎧を着ているところを見ると、軍隊と貴族か何かだろうか。しかし、少女の服装は男たちと関わり合いがあるようにはとても思えない簡素なものだった。
そのような事を思っていると、大声を上げた少女はずんずんと広場を歩いて大地の前で立ち止まった。
「あなたが、勇者ね!?」
「え……っ!?」
「勇者で間違いないでしょう!? さっき盗賊を蹴散らしたのも見たわ。勇者に間違いないはずよ!」
「い、いきなり、な……」
「まさか!? 自分の運命も知らないの!?」
「う、運命? そ、それって――」
「自覚あるのね!? 良かったわ。ほら、すぐに宮殿へ向かうわよ。さっそくお迎えをしないと――」
「お、お迎えって……?」
「姫様。何も説明せずに、こちらから尋ねてばかりで押し切っても要領を得ませんぞ?」
たたみかけられるように言葉攻めされている大地を見かねて、少女の後ろに控えていたガチャガチャとした鎧を纏った屈強そうな男が言葉を挟んだ。
「そ、そうね。ありがとう、マルス」
「?」
話についていけない大地は目配せで、リーシェに聞こうとした。
しかし、そのリーシェも呆気にとられたように口を開いていた。目の前にいる少女を見て、唖然としている。驚いているのはリーシェだけではなかった。広場にいる人全員が、同じような表情をしている。
「お、王女様!?」
「え……っ!?」
リーシェの言葉に、大地は驚いた。
王女という単語は知っている。国王の娘であり、王族の一人だ。リーシェの言葉通りなら、目の前の質問責めしてきた少女が本当に王女なのだろう。
「お、王女――っ!?」
しかし、大地には信じられなかった。
「なによ。私はれっきとしたこの国の王女よ。エレナ王国第一王女、エリーナ・シンクレアよ」
高らかにという訳でもなく、自己紹介する姿は嫌々に、という印象を与えた。
やはり、とても王女だとは信じられなかった。想像していた――あるいは、授業などで習ってきた王女の姿とはあまりに違っていたのだ。
大地が想像した王女の姿とは豪華なドレスを身に纏い、厳かな雰囲気を持っている。しかし、目の前にいるエリーナは旅人が着るような簡素な服装であり、とても厳かとは言い難い。顔の華麗さと、服装や雰囲気はミスマッチしていた。
「ほ、本当に……?」
あまりの信じられなさに、大地は思わず聞き返してしまう。
「な……っ!? ま、まだ信じられないの!?」
「い、いや、だって――」
「ちゃんと王女よ! 疑うっていうなら、証明してあげるわ」
エリーナは手綱を握るためにしていた手袋を外して、右手の薬指に嵌めてある赤色に輝く宝石が埋め込まれた指輪を見せた。
「そ、それが……?」
指輪を見せられた意味が分からない大地は、困惑してしまう。
「な……っ!? エレナ王国の人なら、大体みんな知ってるはずなのに――」
「……姫様。勇者は別世界から降りてこられたのでしょう? 姫様の宝玉を知らなくて当然です」
護衛隊のマルスの言葉に、エリーナは「あ、そっか」と一人で納得した。
しかし、大地には聞き捨てならない内容があった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 別世界から降りてこられてたってのは!?」
「ん? 君は別の世界から、このパンゲアにやって来たのではないのか? となると、我々が探している人物と別人になるが――」
「そんなわけないわよ」と言っているエリーナには目もくれず、大地はマルスを一直線に見ている。
「そ、そうだ! 俺はこの世界の人間じゃない。それを、あんたらは知ってるのか!?」
「当り前だろう。姫様はずっと勇者がこのパンゲアに降りられるのを待っておられたのだ。先刻、その兆しが見られたとして、我々はここにいる。パンゲアに降臨したという勇者を迎えに来たのだ」
「こ、降臨……」
仰々しい言葉に、大地は言葉を失う。
気が付いたらパンゲアにいたという事が、ここまで大きな事に発展するなんて大地は思ってもいなかった。しかし、校長先生の話もマルスの話も正しいのなら、大地は勇者としてパンゲアに来た事になる。
「な、なんで、俺が……」
当然の疑問が浮かんだ。
「済まないが、それは我々には分からない。君をこちらの世界へ呼び寄せたのは我々ではないのだ」
申し訳なさそうにマルスは言うが、その言葉は大地の耳まで届いていなかった。
大地の頭の中で困惑と疑問が渦巻く。
「そんな事、今はどうでもいいわ。あなたが必要なの」
「え?」
「エレナ王国は――ううん、パンゲアはもう何年も戦争を続けてる。それぞれの国で大陸統一を掲げながら」
「…………」
「ずっと成し遂げられてない大陸統一を私の代で達成させたいの。そのために、あなたの力を貸してほしい」
「俺の力……」
「そう。盗賊を返り討ちにしたさっきの力見たわ。私の知らないオーブの力だった。たぶん、その力こそがパンゲアに一つしかない宝玉の力。勇者だけが持つ力、よ」
「そ、それじゃ、俺はやっぱり――」
「えぇ。あなたは勇者で間違いない。その手に持ってる宝玉が、それを証明してるわ」
改めて、エリーナは断言した。
突きつけられた事実に、大地の開いた口が塞がらない。勇者である事を、ずっと勇者を待っていた王女にはっきりと言われた。
右手に握りしめている小さな石へ視線を落とす。鈍く銀色の光沢を輝かせている石は、その存在感を強く放っていた。
(やっぱり、こ、この石が俺に力を――)
大地が受けた衝撃はそれだけじゃない。
校長先生は、おとぎ話の勇者はパンゲアに一つしかないとされている宝玉を手にする事を目的として大陸を旅した、と言っていた。その宝玉を手にする事にどのような意味があるのか分からないが、大地が勇者であるならば、おとぎ話の旅をなぞらなければならないのだろうか。
「あら、伝承の事を知ってるの? それなら話は早いわ。あなたの言う通りよ。伝承に登場する勇者は大陸統一を為すために強力な力を持つ宝玉を求めて旅をした。実際に、その宝玉が存在するのかどうかは誰にも分からない。なら、ないって断言するのはおかしくない?」
「つ、つまり……」
嫌な予感がしつつも、大地は聞かずにはいられない。
対して、エリーナは満面の笑みを浮かべて。
「勇者になって、私と一緒にエレナ王国を――パンゲアを救う冒険に出てほしいの」




