(13)
大地たちがクルスにたどり着いたのは、エリーナがムブルストに向かってしばらくしてからだった。
エリーナたちと同様に、大地たちも北の外門に到着した。やはり、こちらの門は侵攻されていないのか、完全な無傷といえる。この門を警備している兵士たちも、どこか気が抜けているような気がしてしまう。革命の動きが起こってから、二日目が終わろうとしているからだろうか。
「勇者殿、よくぞご無事で」
「あ、はい。ありがとうございます……」
「まもなく日も暮れるでしょう。早く街の中に。エリーナ様もすでに到着されています」
「わかりました。あと、この馬たちをお願いします」
「はい、了解です」
兵士からエリーナたちが先にクルスに着いていることを聞いて、ティドは少なからず安堵の表情を見せた。気丈に振る舞っていながらも、護衛するべき主を心配していたようだ。
一方で、大地は違和感を覚えた。
(何かおかしくないか?)
(反乱軍が来ないので、少し怠けているのでしょう。第一師団は王都防衛が主な担当で、これまでも敵に攻め込まれることは少なかったですから)
(だからって、これはダメだろ……)
大地は、隣にいるティドとひそひそと小声で会話する。会話に気づいていない様子の兵士は、ティドが道中で調達した馬を陣の中に連れて行っていた。
「とりあえず街に入ろう。エリーナたちも先に着いてるんだろ」
「えぇ、そうですね」
外門護衛を担当している兵士たちを横目にしながら、大地たちはクルスの街へ入っていく。
「空気が違うね……」
「本当だな。これがクルスなのか?」
大地とリーシェは、その違いに目を丸くした。
大地がクルスを訪れたのは、これで二度目だ。今でも初めてこの都市に来たことを覚えている。忘れられるわけがない。アーリ町で目覚めた大地を、エリーナが見つけ出し、クルスへ連れてきたのだ。
この世界のことを何も知らなかった大地にとって、アーリ町もクルスも忘れられない場所だ。その場所が、記憶の中の街並みと大きく変容していた。
「革命中といってもいいですからね。みんな危険に巻き込まれないように、建物の中にいるのでしょう」
淡々と話したのは、いつもの表情に戻ったティドだ。
「そっか。そうだよね」
それでも。
その違いは、戸惑いを大きくする。
街の景観に違いはない。だが、街がまとう雰囲気というのだろうか。通りに人がいないだけで、歩いていないだけでこんなにも違う。
「まるでゴーストタウンだな」
「ゴーストタウン?」
「人がいない崩壊した街のことだよ」
「クルスはまだ崩壊していないですよ?」
「革命中なんだろ。いつ崩壊したっておかしくないだろ」
「……それはそうかもしれませんが」
「ともかくエリーナたちを探そうぜ。とっくに待ちくたびれてるかもよ」
「えぇ、そうしましょう」
クルスに着いた大地たちはまずベルガイル宮殿を目指した。
大地たちは国の危機――革命――を止めるためにクルスに向かった。途中ではぐれてしまったが、エリーナなら国王がいるベルガイル宮殿に行くだろうと考えたのだ。
クルスの中心にあるベルガイル宮殿に近づくたびに、人の気配が増えていく。それは一般人ではなく、国を守る兵士たちだ。多くの兵士たちが国を、国王を守るために何重もの防衛線を敷いていた。
防衛線を敷いている兵士たちは、エレナ王国軍王族特務護衛隊所属であるらしく、ティドと同じ部隊の兵士たちだった。
「久しぶりだな、リスティド」
「はい、先輩たちこそお久しぶりです」
「あぁ。でも、どうしたんだ? エリーナ様の護衛で旅に出たはずだろ」
「はい、そうなのですが……」
先輩の質問に、ティドは丁寧に答えた。
一方で、話を聞いた兵士は怪訝な顔をする。
「エリーナ様はこっちに来ていないぞ。その話、本当か?」
「え――!?」
「そんなはずは……」
ティドだけでなく、大地とリーシェも驚いた。北門を警備していた第一師団の兵士たちはたしかにエリーナがクルスに着いていたことを伝えている。国を心配していたエリーナは真っ先にエグバートのもとへ行くかと思ったが違ったようだ。
「じゃあ、エリーナはどこに?」
「エリーナ様はみずから戦場に向かわれた」
大地の問いに答えたのは、意外な人物だった。
「あ、あんたは――」
「マルス隊長!?」
「久しぶりだな、リスティド」
「は、はいっ。し、しかし、エリーナ様が戦場に向かったというのは?」
焦るティドを、マルスと呼ばれた大男は落ち着かせた。
エレナ王国軍王族特務護衛隊、その隊長を務めているマルスは、エリーナの幼いころから護衛を担当してきた。言い方を変えれば、エリーナの成長をずっと見守ってきた男である。愛情に似た感情をエリーナに注いできたマルスは、苦々しい表情を見せながらも答えた。
「ムブルストに向かったのだ」
「えっ!?」
「そ、そんな……」
「その話、本当なのか!!」
ムブルストという言葉に、大地たちは敏感に反応した。反乱を起こしたマルコラス伯爵がいるというムブルストに、エリーナ自ら向かっていったことにショックを隠せない。
「ほ、本当だよ」
マルスの話を補うかのように、彼の後ろから二人の人影が現れた。リシャールとアイサだ。
「リシャール。……そっか、本当なのか」
「はい。エリーナ様は単身ムブルストへ向かいました。反乱軍を自らの手で止める、と」
「そんな無茶な――」
「かもしれません。けれど、私たちにエリーナ様を止めることは出来ませんでした」
「……………」
「そんな……」
言葉を失う。
エリーナたちと同様に大地たちは、必死の思いでクルスに到着した。『四人の処刑者』や『執行者』との死闘を潜り抜け、離れ離れになっても最初に決めた目的のために足を動かした。
けれど、一歩遅かったのだ。
エリーナが一人で先に進んだということを聞いて、大地は頭をかきむしる。
「俺たちを待ってられなかったってことかよ」
「そう、みたいですね」
意気消沈としているのはティドも同じだった。エリーナの護衛役を任されていながら、同行できなかったことを悔やんでいるのだろうか。ぎゅっと握りしめた拳が青白くなっている。
「エリーナは一人で大丈夫なの?」
「それ、は――」
誰にも分からない。
『バーサーカー』という壮絶なオーブを持っているが、エリーナはたった一人で向かっていった。その彼女が、『バーサーカー』は持久戦に向いていないと口にしていたことを思い出す。
「反乱軍の数って……」
「正確な数は分かってないけど、三○○○人は超えてるって将軍が言ってたよ」
「そ、そんなに!?」
「無茶だよ……」
「それは私も思う。いくらエリーナ様が強いとはいえ、オーブの使用には限度がある。『バーサーカー』が切れた途端に囲まれてしまうだろう。長らくエリーナ様を護衛してきた私にとって、それは耐えられない。エグバート陛下にはすでに許可を頂いている。王族特務護衛隊も前線に向かうつもりだ」
マルスは、そこで言葉を区切った。
より意識させるように、その瞳は大地をまっすぐに捉えている。
「大地、お前はどうする?」
ドクン、と思い出す。
決闘場で戦った時のことが脳裏に浮かぶ。あの時、マルスは大地の覚悟と力を試した。大地はオーブを発揮して、マルスとの決闘を制した。あの時は、無我夢中だった。全く知りもしない世界で目が覚めて、ようやく状況が掴めてきたところでの決闘だった。国王の護衛も務めるほどの実力者を相手に、大地は勇者のオーブの片鱗を見せつけて、勝負に勝った。
「…………」
けれど。
今は、もう違う。
これまでの旅路でこの世界のことを、共に旅をする仲間のことを、自分が置かれた状況のことを知った。それだけではない。パンゲアという世界について知り、その世界を救おうと過酷な旅を続けている。
今は、その途上なのだ。
だから、
「俺も行く。エリーナに本音を言わせたのは俺だ。勝手に突っ走っても、俺は追いかける!」
言い切った。
大地とエリーナの関係は、マルスと彼女の間に比べればとても軽いものだろう。しかし、肩を並べて歩くことに、共に戦おうとすることに軽いも重いもないのだ。
いつかのように強い意志を瞳に宿らせて、大地は言い切った。
「――分かった。エリーナ様はすでにムブルストについているだろう。急ぐぞ!」
「あぁ!」
(待ってろよ、エリーナ。すぐに行くからな)




