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勇者と王女のワールドエンド  作者: 小来栖 千秋
第四章 エレナ王国、大陸動乱後編
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(13)

 

 大地たちがクルスにたどり着いたのは、エリーナがムブルストに向かってしばらくしてからだった。

 エリーナたちと同様に、大地たちも北の外門に到着した。やはり、こちらの門は侵攻されていないのか、完全な無傷といえる。この門を警備している兵士たちも、どこか気が抜けているような気がしてしまう。革命の動きが起こってから、二日目が終わろうとしているからだろうか。

「勇者殿、よくぞご無事で」

「あ、はい。ありがとうございます……」

「まもなく日も暮れるでしょう。早く街の中に。エリーナ様もすでに到着されています」

「わかりました。あと、この馬たちをお願いします」

「はい、了解です」

 兵士からエリーナたちが先にクルスに着いていることを聞いて、ティドは少なからず安堵の表情を見せた。気丈に振る舞っていながらも、護衛するべき主を心配していたようだ。

 一方で、大地は違和感を覚えた。

(何かおかしくないか?)

(反乱軍が来ないので、少し(なま)けているのでしょう。第一師団は王都防衛が主な担当で、これまでも敵に攻め込まれることは少なかったですから)

(だからって、これはダメだろ……)

 大地は、隣にいるティドとひそひそと小声で会話する。会話に気づいていない様子の兵士は、ティドが道中で調達した馬を陣の中に連れて行っていた。

「とりあえず街に入ろう。エリーナたちも先に着いてるんだろ」

「えぇ、そうですね」

 外門護衛を担当している兵士たちを横目にしながら、大地たちはクルスの街へ入っていく。

「空気が違うね……」

「本当だな。これがクルスなのか?」

 大地とリーシェは、その違いに目を丸くした。

 大地がクルスを訪れたのは、これで二度目だ。今でも初めてこの都市に来たことを覚えている。忘れられるわけがない。アーリ町で目覚めた大地を、エリーナが見つけ出し、クルスへ連れてきたのだ。

 この世界のことを何も知らなかった大地にとって、アーリ町もクルスも忘れられない場所だ。その場所が、記憶の中の街並みと大きく変容していた。

「革命中といってもいいですからね。みんな危険に巻き込まれないように、建物の中にいるのでしょう」

 淡々と話したのは、いつもの表情に戻ったティドだ。

「そっか。そうだよね」

 それでも。

 その違いは、戸惑いを大きくする。

 街の景観に違いはない。だが、街がまとう雰囲気というのだろうか。通りに人がいないだけで、歩いていないだけでこんなにも違う。

「まるでゴーストタウンだな」

「ゴーストタウン?」

「人がいない崩壊した街のことだよ」

「クルスはまだ崩壊していないですよ?」

「革命中なんだろ。いつ崩壊したっておかしくないだろ」

「……それはそうかもしれませんが」

「ともかくエリーナたちを探そうぜ。とっくに待ちくたびれてるかもよ」

「えぇ、そうしましょう」

 クルスに着いた大地たちはまずベルガイル宮殿を目指した。

 大地たちは国の危機――革命――を止めるためにクルスに向かった。途中ではぐれてしまったが、エリーナなら国王がいるベルガイル宮殿に行くだろうと考えたのだ。

 クルスの中心にあるベルガイル宮殿に近づくたびに、人の気配が増えていく。それは一般人ではなく、国を守る兵士たちだ。多くの兵士たちが国を、国王を守るために何重もの防衛線を敷いていた。

 防衛線を敷いている兵士たちは、エレナ王国軍王族特務護衛隊所属であるらしく、ティドと同じ部隊の兵士たちだった。

「久しぶりだな、リスティド」

「はい、先輩たちこそお久しぶりです」

「あぁ。でも、どうしたんだ? エリーナ様の護衛で旅に出たはずだろ」

「はい、そうなのですが……」

 先輩の質問に、ティドは丁寧に答えた。

 一方で、話を聞いた兵士は怪訝な顔をする。

「エリーナ様はこっちに来ていないぞ。その話、本当か?」

「え――!?」

「そんなはずは……」

 ティドだけでなく、大地とリーシェも驚いた。北門を警備していた第一師団の兵士たちはたしかにエリーナがクルスに着いていたことを伝えている。国を心配していたエリーナは真っ先にエグバートのもとへ行くかと思ったが違ったようだ。

「じゃあ、エリーナはどこに?」



「エリーナ様はみずから戦場に向かわれた」



 大地の問いに答えたのは、意外な人物だった。

「あ、あんたは――」

「マルス隊長!?」

「久しぶりだな、リスティド」

「は、はいっ。し、しかし、エリーナ様が戦場に向かったというのは?」

 焦るティドを、マルスと呼ばれた大男は落ち着かせた。

 エレナ王国軍王族特務護衛隊、その隊長を務めているマルスは、エリーナの幼いころから護衛を担当してきた。言い方を変えれば、エリーナの成長をずっと見守ってきた男である。愛情に似た感情をエリーナに注いできたマルスは、苦々しい表情を見せながらも答えた。

「ムブルストに向かったのだ」

「えっ!?」

「そ、そんな……」

「その話、本当なのか!!」

 ムブルストという言葉に、大地たちは敏感に反応した。反乱を起こしたマルコラス伯爵がいるというムブルストに、エリーナ自ら向かっていったことにショックを隠せない。

「ほ、本当だよ」

 マルスの話を補うかのように、彼の後ろから二人の人影が現れた。リシャールとアイサだ。

「リシャール。……そっか、本当なのか」

「はい。エリーナ様は単身ムブルストへ向かいました。反乱軍を自らの手で止める、と」

「そんな無茶な――」

「かもしれません。けれど、私たちにエリーナ様を止めることは出来ませんでした」

「……………」

「そんな……」

 言葉を失う。

 エリーナたちと同様に大地たちは、必死の思いでクルスに到着した。『四人の処刑者(クアトロ・エヘクトル)』や『執行者(エクスキューター)』との死闘を潜り抜け、離れ離れになっても最初に決めた目的のために足を動かした。

 けれど、一歩遅かったのだ。

 エリーナが一人で先に進んだということを聞いて、大地は頭をかきむしる。

「俺たちを待ってられなかったってことかよ」

「そう、みたいですね」

 意気消沈(いきしょうちん)としているのはティドも同じだった。エリーナの護衛役を任されていながら、同行できなかったことを悔やんでいるのだろうか。ぎゅっと握りしめた拳が青白くなっている。

「エリーナは一人で大丈夫なの?」

「それ、は――」

 誰にも分からない。

『バーサーカー』という壮絶なオーブを持っているが、エリーナはたった一人で向かっていった。その彼女が、『バーサーカー』は持久戦に向いていないと口にしていたことを思い出す。

「反乱軍の数って……」

「正確な数は分かってないけど、三○○○人は超えてるって将軍が言ってたよ」

「そ、そんなに!?」

「無茶だよ……」

「それは私も思う。いくらエリーナ様が強いとはいえ、オーブの使用には限度がある。『バーサーカー』が切れた途端に囲まれてしまうだろう。長らくエリーナ様を護衛してきた私にとって、それは耐えられない。エグバート陛下にはすでに許可を頂いている。王族特務護衛隊も前線に向かうつもりだ」

 マルスは、そこで言葉を区切った。

 より意識させるように、その瞳は大地をまっすぐに捉えている。

「大地、お前はどうする?」

 ドクン、と思い出す。

 決闘場(コロシアム)で戦った時のことが脳裏に浮かぶ。あの時、マルスは大地の覚悟と力を試した。大地はオーブを発揮して、マルスとの決闘を制した。あの時は、無我夢中だった。全く知りもしない世界で目が覚めて、ようやく状況が掴めてきたところでの決闘だった。国王の護衛も務めるほどの実力者を相手に、大地は勇者のオーブの片鱗を見せつけて、勝負に勝った。

「…………」

 けれど。

 今は、もう違う。

 これまでの旅路でこの世界のことを、共に旅をする仲間のことを、自分が置かれた状況のことを知った。それだけではない。パンゲアという世界について知り、その世界を救おうと過酷な旅を続けている。

 今は、その途上なのだ。

 だから、

「俺も行く。エリーナに本音を言わせたのは俺だ。勝手に突っ走っても、俺は追いかける!」

 言い切った。

 大地とエリーナの関係は、マルスと彼女の間に比べればとても軽いものだろう。しかし、肩を並べて歩くことに、共に戦おうとすることに軽いも重いもないのだ。

 いつかのように強い意志を瞳に宿らせて、大地は言い切った。

「――分かった。エリーナ様はすでにムブルストについているだろう。急ぐぞ!」

「あぁ!」

(待ってろよ、エリーナ。すぐに行くからな)





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