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勇者と王女のワールドエンド  作者: 小来栖 千秋
第四章 エレナ王国、大陸動乱後編
77/83

(11)

 

 エレナ王国の王都クルス。

 その都市に近づくほどに、何か(いびつ)な感じを抱く。それは恐怖心からくるものか。それとも、高ぶる興奮から来るものか。はっきりとは分からない。しかし、大きな出来事が今まさに起こっているクルスの地に近づくにつれ、その感じはたしかに大きくなっていた。

「…………」

「どうしたの、エリーナ?」

「なんでもないわ」

 不安そうな表情を見せたリシャールに対して、エリーナは大丈夫と答えた。けれど、彼女の表情はいつもと違う。空気の違いを敏感に感じ取っているようだ。

 そんなエリーナは毛並みの綺麗な白馬に(またが)っている。ノーラン教会が所有している高速馬車を()いていた力強い馬で、クルスまで目指していたのだ。その後ろをリシャールとアイサが同じように馬を走らせていた。

 本来なら、同じく旅をしていた三人が一緒にいるはずだった。

 しかし、今はその三人しかいなかった。

 エリーナたちは王都クルスに向かう途中で、『四人の処刑者(クアトロ・エヘクトル)』や『執行者(エクスキューター)』との激しい戦闘にあった。その状況を(から)くも(だっ)したが、戦闘の激しさから大地、リーシェ、ティドの三人とは(はぐ)れてしまったのだ。

「そろそろ五芒星都市が見えてきますね」

「えぇ。二人とも警戒して! 反乱軍はどこにいるか分からないわ」

「うん、わかった」

「了解です」

 気を引き締めたエリーナの言葉に、二人とも頷いた。

 五芒星都市とは、エレナ王国の北東部に位置する場所にある五つの都市の総称である。そのうちの一つが王都クルスだ。五芒星都市は大きな公道で結ばれており、普段は定期便の馬車が行き()い、観光者や商人、キャラバンが多く歩いている。

 しかし、今の公道には人が歩いている気配がまるでなかった。

(……当たり前か)

 五芒(ごぼう)(せい)都市の一つであるムブルストで、マルコラス伯爵が革命の動きを見せた。その出来事は予見者などを介して、あっという間に世界に広まっている。人々も外を出歩かないようにしているのだろう。

 その光景が、とても恐ろしく感じられた。

 普段とあまりに違う景色が、自分の知っている風景と違うことを強く訴えかけてくる。クルスの外壁が見えてくると聞こえてくる都市の喧騒(けんそう)や、交代で警備している兵士の笑顔、多くの商品を抱えたキャラバンの馬車など見て聞こえる音と光景が、エリーナが育ってきた故郷と違うのだ。

「大丈夫、ですか?」

 やはり顔色の良くないエリーナを、アイサが気遣う。

「大丈夫。これくらいなんてことないわ。もっと酷い光景を見てきたことだってあるんだもの」

 それは、思い出したくない。

 けれど、忘れてはいけない一○年前の記憶。

 出来事。

 幼いエリーナが、先の戦争で見た残虐(ざんぎゃく)な光景だ。今のエレナ王国の雰囲気はその時と似ているように感じる。ピリピリとした緊張感は何も戦いの場だけでない。人々が笑いあっている日常的な場所でも争いの空気は広がるのだ。

 そのことを、改めて思い知らされた。

 (くじ)けそうになる心を奮い立たせる。今、戦場では多くの兵士が国を守るために戦っている。それは彼らの使命なのかもしれない。本音では逃げ出したいと思っている人もいるかもしれない。それでも、彼らは国を、あるいは大切な人を守りたい一心で反乱軍に対抗している。

 彼らのことを考えれば、王女であるエリーナは折れそうになってなどいられなかった。

「見えてきた! クルスよ」

 どれほどの時間馬を走らせていただろう。一日中馬に乗っていたと錯覚するほど疲労を感じた。それでも、エリーナはさらに強く馬を駆る。生まれ育った故郷を目にして、焦りがこれまでで一番大きくなっていた。

「はぁ、はぁ……」

(お父様、お母様! ノルア、マルス! みんな……。無事でいて!)

 強く願う。

 勇者である大地を見つけ出して、パンゲアを巡る旅に飛び出して、もう三週間近くが経とうとしている。それ以来、エレナ王国の状況は、風の便りでしか知ることが出来なかった。

 どうしているのだろう。

 どうしていたのだろう。

 その疑問を抱いては、胸の奥に仕舞ってきた。彼女の願いはただ一つだけで、そのために安全で安心な宮殿を飛び出したのだ。そのことを後悔したことはない。エリーナの願いを叶えることが、世界を平和に導いていけると信じているからだ。

 けれど。

 エリーナは初めて胸の奥に仕舞っていた想いを爆発させた。

 家族や育った故郷の安否を気にした。クルスに向かいたいと初めて願った。大地の事情や自身の夢よりも、国を案じたのだ。

「…………」

 その想いは、後ろに続く二人にも伝わっている。

 リシャールもアイサもエレナ王国の国民ではない。この内紛には何の関わりも持たない人間だ。本来なら立ち向かわなくてもいい困難に向かっている。それは、これまでの旅で育んできた感情からか。恐怖を感じながらも、二人は道を(たが)えることはなかった。



 エレナ王国の王都であるクルスの都市は、王家が住むベルガイル宮殿を中心にして広がっている。宮殿が都市の一○分の一を占める大きさであり、エレナ王国で最も大きな都市だ。

 その都市を守るために、王国軍第一師団が外壁に設けられている外門に防衛線を敷いていた。エリーナたちがたどり着いたのは、そのうちの北の外門だ。この外門は反乱軍の侵攻にあっていないようで、比較的静寂(せいじゃく)(たも)っていた。

「ひ、姫様!」

 突然姿を見せたエリーナに、外門に展開していた兵士たちは慌て驚いた。

「ど、どうしてこちらに!? 旅に出られたのでは――」

「国の危機でしょ! 戻ってくるに決まってるじゃない!」

「は、そ、そうでありますよね」

「第一師団ね。将軍はどちらに?」

「ぽ、ポールマン将軍は東の外門です。反乱軍に対応する作戦室におられます」

「そう、わかったわ。ありがとう」

 第一師団を率いているポールマンの居場所を聞いて、エリーナはまたすぐに白馬を走らせた。

「エリーナ!?」

「将軍に会いに行くわ。二人ともついてきて!!」

「う、うん、分かった!」

 先を急ぐエリーナの後を、リシャールとアイサも必死についていく。

 高さ一○メートルを超える外門を、エリーナは誰よりも早く駆け抜けていく。その手綱は迷いを見せない。リシャールもアイサも懸命に馬を走らせているが、エリーナが駆る白馬には追いつけない。

 エリーナの焦りが、自然と馬を強く走らせていた。そのことに彼女自身は気づいていない。遠くで聞こえる轟音(ごうおん)を耳にして、ふつふつと感情を高ぶらせていた。

 クルスの街並みも普段と変わらない。しかし、目に見えている光景は大きく違う。人が、一人も歩いていない。五芒星都市を繋ぐ公道でも見た光景だが、街の中だとさらに違和感は強かった。

「……」

 言葉が出ない。

 かつての戦争の時とはまた違う。自身で物事を考えられるようになり、初めて直面した状況はエリーナの脳を激しく揺さぶる。人気のない通りは怖さと不気味さを如実に醸しだし、否応なく気を散らせる。

(人だけじゃない。鳥も犬も馬もいないなんて。……みんな、無事なの?)

 これが、当たり前の光景になってはいけない。

 クルスは国内最大の都市だ。いつものような活気をまた見せなければならない。エリーナは、そう感じた。彼女にとって、クルスという街は生まれ育った場所であり、かけがえのないものだ。

 それが壊れかけていることに、少なからず恐怖を抱いた。

 また、怒りを覚えた。

「……ッ」

(私だって、王女だ。この国のために戦うことはできる!)

 思いは、彼女の瞳の輝きを強くする。

 怒りは、彼女の拳を強く握らせる。

 それに気づいていながら、彼女は自身を止めない。思いのままに、怒りのままに馬を走らせていく。

 東の外門にはすぐに着いた。

 ここにも第一師団の軍勢が陣を敷いて展開していた。だが、北の外門とはとても同じには見えない。先ほどまで戦闘が行われていたのだろうか。怪我を負った兵士や疲弊(ひへい)しきった兵士たちの姿が多く見える。救護隊が陣内をせわしなく動き回っていた。

 (ひど)い状況だ。

 戦闘に勝ったのか、負けたのかも分からない。ただ、これまでも何度も戦闘が行われていただろうことは容易に想像できた。介護室であるだろうテントがぼろぼろになっており、敵のオーブを防ぐために対オーブ用防壁がいくつも壊れている。その間を縫うようにして、怪我をした兵士が運ばれていた。

(ここにリーシェがいれば……)

 考えていても仕方ない。

 エリーナは本来の目的を思い出す。ここにいる第一師団指揮官のポールマンに会いにきたのだ。

 (さいわ)いにして、多くの兵士が行き交い慌ただしい陣内の中でも、作戦室はすぐに見つかった。門番のように立っていた兵士に伝えて、エリーナたちは中に入る。

「――であります。このままでは騎士隊の成功を待つ前に、門が突破されかねません」

「それは分かっている。側道に回した部隊が敗走した以上、こちらも作戦を()り直す必要がある」

「はっ」

 どうやら報告を受けている最中のようだった。第一師団を率いているポールマンが、部下からの報告を受け終わるのをじっと待つ。

「警備体勢をより強化しておけ。次の手を決める前に、反乱軍が再度侵攻してくることも考えられる。これ以上向こうの士気を上げるわけにはいかない」

「はっ!」

「下がってよし!」

 ビシッと敬礼をして、報告をした兵士は作戦室から下がっていく。

 そこで、ポールマンはようやくエリーナたちに気づいた。

「おぉ、エリーナ様!」

「久しぶりね、ポールマン」

「はっ。よくぞご無事で。しかし、いつこちらに?」

「つい先ほどよ。こちらは大丈夫なの?」

「はっ。第一師団で三重の防衛線を()いています。先ほどの戦闘で第二防衛線まで攻め込まれましたが、なんとか退(しりぞ)けています」

「そう。騎士隊はここにはいないのね」

 第一師団が大規模に敷いている陣のうちには、王国軍が誇る騎士隊の姿は見られない。彼らがいれば、反乱軍の侵攻は容易く止められるのに、とエリーナはぽつりと零した。

「はい。騎士隊はムブルストに向かい、反乱軍本隊を叩いています。マルコラスもそちらに残っているようで、戦況はまだまだ動くかと」

「わかったわ」

「ところで、私に会われたいとおっしゃられたようですが――」

「えぇ、そうなの。あなたにお願いがあって」

「お願い?」

 不思議そうな表情をしているポールマンに対して、エリーナははっきりと述べる。

「私をムブルストまで連れて行ってちょうだい」

「――ッ!?」

 エリーナの言葉に、ポールマンは絶句(ぜっく)した。

 ポールマンだけではない。作戦室にいた他の将校たちやエリーナについてきたリシャールとアイサも同様である。

「ひ、姫様!?」

「マルコラスのことは小さい頃からよく知ってるわ。私が、伯爵(はくしゃく)を止める」

「し、しかし!」

 一介の軍人であるポールマンだが、エリーナの発言にそのまま(うなず)くわけにはいかなかった。エリーナはこの国の王女である。時期王位継承権を持つ者でもあり、反乱の動きがある都市に向かせることなどとうてい出来ない。

「あなたはこの国の未来です。反乱軍の本拠地になど行かせることなど出来ません!」

「どうしても?」

「どうしても、です。騎士隊が動いています。向こうも苦戦しているようですが、クレイが後れをとるなんてありえない」

「クレイ隊長の強さは十分分かってるわ。だけど、必ず、とは限らない。こんな内乱はすぐにでも止めないと!」

「そのために軍が動いています! マルコラスがどれほどの戦力を集めようが、正規軍に敵うはずなど――」

 ポールマンの言葉はそこで止まった。

 止めさせられた。

「あなただってうすうす感づいてるでしょ!」

 その瞳は、言外に語っている。マルコラスという男の性格を。悪名高い伯爵が、考え付くかぎりの策を盛り込んでいるだろうことを。

 だから。

 事態がこれ以上大きくなる前に、エリーナ自身が伯爵を止めに行く。

 それは、

「私にだって力はある。私はこの国の王女よ。黙って守られてるだけじゃないわ!」

 言い放った。

 はっきりと、強く。

 彼女の正義感や使命感は、おそらく父親よりも強い。宝玉(オーブ)から与えられた力のことを十分に理解し、その力を正しく使いたいと思っている。一歩間違えれば、悪として(さげす)まれる力を持ちながらも、エリーナは自身の想いのために振るおうとしている。

「この国は私が育った国。私もみんなと一緒に守るわ!!」

 その想いは、他人によって(さら)け出された。

 それでも彼女は誇らしく言い切った。エレナ王国の王女としてではなく、一国民として剣を握ると。

 誰だって、その気持ちは持っているものだ。

 どんな人にだって守りたいものはある。自身が危険に(さら)されようとも、全力でぶつかろうとするものはある。信念であったり、誇りであったり、家族であったり、愛する者であったり。それは人によって、さまざまだ。

 さまざまな守りたいものがあるから、人は剣を握る。

 そのことに身分は関係ない。強い弱いは関係ない。

 ただ。

 自身の想いにまっすぐになるだけだ。

「わかりました」

 そして。

 その想いは、人をも動かす。

「ムブルストに向かうには侵攻している反乱軍を突破する必要があります。第一師団から二個小隊を護衛につけます。ムブルストまでは難しいかもしれませんが、反乱軍の突破まではご同行させていただきます」



 王都クルスの中央にある巨大な宮殿。

 そのベルガイル宮殿は普段と様子を大きく変えていた。王族特務護衛隊による物々しい雰囲気の警備がされているのだ。普段は一般公開されている区画も封鎖され、護衛隊の兵士が宮殿全体をがっちりと囲っていた。

「……戦況はどうなってるんでしょうかね」

「さぁ? まさか王国軍が負けるなんてないだろうけど……」

 ベルガイル宮殿の一画にある護衛隊の詰所。そこには現在休憩中の兵士たちがいた。彼らは交代制の警備を行っている兵士たちで、二四時間体制の警備に少なからず疲れを見せている。

「早く反乱なんか鎮圧させてくれないかねぇ~」

「ほんとそうだよなぁ。護衛隊はエリート部隊っても騎士隊みたいに都市攻撃はしないもんな」

「俺らも攻撃部隊に混ぜてくれればいいのにな。護衛隊全体で宮殿を守ることもないだろ。隊長がいれば、たいていの奴は倒してくれるしさ」

「マルス隊長は化け物みたいに強いからなぁ」

「その油断が、反乱を起こしたとは思わないの?」

「――ッ!?」

「ジュリ分隊長? どうしてこちらに!?」

 突然詰所に現れた女性に、兵士たちは敬礼した。

「私も休憩よ」

 彼女は王族特務護衛隊の分隊長を務めているジュリ・ライト。自身が持つ特異なオーブを活かすために軍人を目指し、王族特務護衛隊の分隊長を務めるまで努力した人物である。肩で切りそろえられたシルバーの髪とくっきりとした瞳を持つ容姿から、部隊でも人気のある分隊長だ。

「陛下の護衛は?」

「今はマルス隊長が行ってるわ。レオンはレイラ姫の護衛でいないし、アランは長期休暇中でいないから大変なのよ?」

「で、ですが――。外門を第一師団が防衛してますし、ムブルストには騎士隊が向かったんですよ? これで反乱軍を鎮圧できないなんて思えないですよ」

 隣にいる兵士もその発言に頷いた。

「馬鹿? 伯爵が自分で集めた軍勢だけで決起したとは思えないわ。シンクレア王家が『バーサーカー』の家系だって知ってるのよ。後ろ盾がないと反乱なんて起こそうと思わないでしょ」

「そ、その後ろ盾とは?」

「……そうね。考えたくないけど、他の国、でしょうね」

 ジュリの口調からは深刻さが如実に出ていた。

「他国が後ろ盾……」

 その恐ろしさは、すぐに分かった。

「だから、あなたたちも安全な宮殿の警備なんて思わないようにしなさい。この国にだって他国のスパイは潜り込んでるでしょうし、反乱軍がすでにクルス内に潜入してる可能性だってあるわ。反乱が始まって、まだ一日しか経っていないのよ?」

「は、はいっ!!」



 同じ時刻。

 エレナ王国の国王であるエグバート・シンクレアは宮殿内にある謁見の間ではなく、執務室にいた。周囲には彼を支える大臣が数名と護衛を務めているマルス隊長がいた。

 その場にいる誰もが、一様にして(けわ)しい表情をしていた。次々とあがってくる報告が、(かんば)しくないものだったため頭を抱えているのだ。

「……騎士隊が苦戦しているのですか」

「意外ですな。クレイほどの男が逆賊を倒すのに時間がかかるなど――」

「それだけマルコラスが周到(しゅうとう)に準備してきたということなのだろう。数日中に鎮圧できると踏んでいたが、これは難しそうだな」

「はい。現在、王都外門で繰り広げられている戦闘ですが、王国軍は反乱軍の侵攻を抑えることに全力を尽くしており、反撃にはなかなか転じられない模様です」

「そうか……」

「陛下。五芒星都市に展開させている第七師団を回すべきでは? 第一師団が敗れれば、クルスは丸裸も同然ですぞ」

「それは分かっている。だが、ムブルストだけに反乱軍がいるとは限らない。他の都市も制圧されれば、長期戦は逃れられなくなってしまう。敵国へのいい的にもなるだろう。ムブルスト以外の都市もやつらの手中に渡すわけにはいかないのだ」

「…………」

 エグバートの発言に、提案した大臣は口をつぐんだ。

「陛下、発言をよろしいでしょうか?」

「どうした、マルス? 構わんが――」

「大臣のおっしゃることも一理あるでしょう。第一師団が負ければ、宮殿まで一直線です。我ら護衛隊と近衛(このえ)隊がいるとはいえ、数では師団には到底及びません。本当の意味での最終防衛線は第一師団の防衛線だと考えます。――もし、許可を頂けるのなら、我ら特務護衛隊も第一師団の援護に回る所存(しょぞん)です」

「ま、マルス。何を言っておる! お主たち護衛隊は王族と宮殿を守ることが努めだろう!?」

 声を荒げたのは文官の大臣だ。立ち上がる勢いで、声を大きくした大臣はさらに続ける。

「そのお主たちが、宮殿を飛び出すなど言語道断! 最後の防波堤はここなのだぞ!!」

「大臣の方々にはそうかもしれませんが、国民の安全は外壁と門によって守られています。門が突破されれば、それこそ都市が堕ちたと言えるでしょう。そうさせないためにも特務護衛隊も動くべきかと考えます」

「ぐ……」

 マルスの断言に、大臣は唇を噛んだ。

 その間、エグバートは思考していた。両手の指を交差させて、静かに考える。マルスの発言の通りに特務護衛隊を動かすか。大臣の言う通りに、宮殿の護衛に徹底させるか。判断を誤れば、王国軍は負けるといっても過言ではない。

(時間は止まってはくれない。マルコラスにどんな策があるにせよ、こちらから動かなければ状況は変わらない、か)

 反乱軍に占領されたムブルスト攻略に向かった騎士隊は、二日目に入っても都市を解放できていない。一方で、クルスを守っている第一師団は再三の反乱軍の攻撃を防波堤のごとく止めることで精一杯になっている。

 そこへ、執務室の扉が大きくノックされた。

「入れ」

 エグバートの一言で、重たい扉が開かれる。そして、一人の兵士が入ってきた。

「報告します! 王国軍第一師団は依然として王都外周門にて、反乱軍と交戦中。これまでの戦闘より侵攻してきた反乱軍は三○○○と推定されます。また、裏門を強襲している部隊は第一師団の別働隊が対応中であります。戦況は一進一退を繰り返しており、このまま膠着(こうちゃく)状態になるものとポールマン将軍は推測しております!」

「……そうか、分かった。下がってよし」

「はっ!!」

 第一師団の兵士から報告を受けたエグバートは一度思案した。

「マルス。お前の言う通りだろう。クレイだけでなくポールマンまで苦戦しているとなると、こちらも(あや)うくなってくる。特務護衛隊を第一師団の援軍に回せ。第七師団にも通達しろ。ムブルストを警戒している隊を騎士隊の援護に回すのだ。空いた警戒地域は第六師団に範囲を広がせて担当させるのだ」

「はっ!」

「かしこまりました!!」

 戦況は確実に動いていく。

 ますます戦火は拡大していき、ムブルストから始まった反乱の波は周囲に大きな波紋を残していくだろう。エレナ王国が直面した危機は他国にも影響し、大陸を大きく揺るがすに違いない。

 かつての大陸戦争を経験しているエグバートは、胸中でため息を吐いた。

(流れがいやなほうに向かっている。早く止めなければ、昔のように――)

 宮殿から見える空は、エレナ王国の現状を映しているかのように曇り空だった。



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