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勇者と王女のワールドエンド  作者: 小来栖 千秋
第四章 エレナ王国、大陸動乱後編
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(10)

 

 戦況は、大きく変わっていた。

 大地たちがノーラン公国の公都アステーナを出てから、およそ一日たった頃。エレナ王国の王都であるクルスの外門で、王国軍第一師団とエレナ王国の伯爵であるマルコラスが集めた反乱軍が戦闘を行っていた。

 反乱軍を迎え撃った第一師団の団長を務めているのは、クリストファー・ポールマン中将。黒縁の眼鏡(めがね)をかけ、思慮(しりょ)深さを思わせるほど容姿は(おだ)やかである。だが、四三歳という若さでありながら、王都護衛を担当している第一師団の団長を務めている実力者だ。

「ポールマン中将、失礼します!」

 クルスの外門に陣取っている第一師団は、二重三重の防衛網を展開していた。その一画にある作戦室にいるポールマンの元に部下が訪れた。

「あぁ、どうした?」

先遣(せんけん)隊より報告です!」

「分かった、報告しろ」

「はっ! マルコラス伯爵(はくしゃく)が集めた軍勢はこれまでの二回の戦闘と索敵(さくてき)により、およそ三○○○人と推測します。かなりの数を集めた模様です。これとは別に別働隊がクルスの裏手に回り、そちらから侵攻を(こころ)みていますが、クロイツ中佐以下の部隊が抑えています。また、反乱軍の本隊はムブルストに残っているものとみられ、ムブルストへ向かった騎士隊が苦戦しているとの情報が入っております」

「……そうか、わかった。おって、作戦を通達する」

「はっ! 失礼します」

 報告を済ませた兵士は作戦室を退出していく。

 それを見届けて、ポールマンは熟考(じゅっこう)する。

(三○○○人ほど、か。伯爵(はくしゃく)の地位を利用して、集めるだけ集めたという感じ。烏合(うごう)の衆と化しているかどうかは伯爵次第といったところだな。問題はムブルストか)

 最初の戦闘が起こってから、すでに一日が経過していた。

 王都侵攻が難しいと判断した場合、すぐに引き返すかと思った反乱軍も外門前で(ねば)っている。しかし、今のところは作戦も何もない。ただ数にまかせて突っ込んできているだけである。

(軍内部でも悪名高いと(うわさ)される伯爵が大した策もなしに、クルスを落とそうなどしないだろう。本隊が残るムブルストを沈黙させない限り、革命に終わりはなさそうだな)

 その見立てはポールマンだけでなく、他の多くの者がしていた。

 マルコラスは先の戦争を経験し、激動の時代を生き抜いてきている。条約締結(ていけつ)前のエグバート国王とともに武力派としても広く知られている。融和政策ではなく、敵対思考の強い人間なのだ。

(そんな人間がかき集めたとはいえ、三○○○人程度の軍勢だけで国政をひっくり返せると思っていないはずだ。陛下は第七師団を五芒星都市に展開させているが、用心するべきはより広大な範囲になるだろう)

 マルコラスが権力を使用して集めた軍勢は貴族の近衛軍や盗賊、賞金稼ぎの浪人などで占められている。三○○○人を超える数を集めたことは驚嘆(きょうたん)するが、たったそれだけで国を乗っ取れるとは誰も思わない。何か策があるだろう、とポールマンは考えている。

「…………ふぅ。考えていても仕方がない。王都防衛を任されたのは第一師団だ。外門を突破されるわけにはいかないな」

 エレナ王国軍が持つ七つの師団は、それぞれ各地の防衛を任されている。その中で、王都クルスを含む五芒星都市の護衛を担当しているのは第一師団と第七師団である。二つの師団だけで反乱軍に対応している状況だった。

「こちらからも反攻しますか?」

 作戦室に残っている部下が尋ねた。

「いや、我々からは動くつもりはない。侵攻してきた反乱軍もムブルストに残った本隊が墜ちたと知れば観念するだろう。ムブルストの攻略は攻撃を専門にしている騎士隊に任せよう」

「わかりました。第一防衛線の部隊がこれまでの戦闘で消耗(しょうもう)しています。後続の部隊と代えて、休息を与えましょう」

「あぁ、そうしてくれ。――それと、宮殿に使いを。陛下に戦況をお伝えする」

「はっ」

「…………」

(騎士隊がムブルストを抑えるまで、ここを死守することが我らの任務だ)

 この革命の動きがいつまで続くか分からない。

 これ以上に動きが大きくなり内戦、そして他国との戦争状況に陥るかもしれない。そうなってしまっては、これまでの王家の政策が無意味になりかねない。そうならないように各師団や騎士団が反乱軍に対応し、大臣たちが革命の鎮静化に動いている。現場の兵士たちは一般人に被害が及ばないように国を守るだけである。



 頂点まで昇った太陽がゆっくりと時間をかけて沈んでいく。本格的な夏が近づいていることから、日中時間が長くなっていることを感じた。その暑さが、兵士たちの体力を徐々に奪っていく。反乱軍の動きに備えて待機しているだけでも、かなりの体力を要していた。

 そのまま革命の動きが起こってから二日目が終わるかと思っていた時、反乱軍は再度動きを見せた。

「報告します! 反乱軍が再度侵攻を開始! およそ三○分後に接敵します!」

「きたか! 三個大隊で正面の敵に対応しろ! 二個中隊を北の森林帯の側道に回し、敵の側面に突撃させろ。五芒星都市間の公道から外させるのだ。第七師団の一隊と呼応して、挟撃(きょうげき)する!」

「はっ!」

 索敵をしていた部隊からの報告に、ポールマンは次々と指示を出した。

 ポールマン率いる王国軍第一師団に与えられた使命は王都防衛である。どのような手段を用いてもクルスを死守しなければならない。そのためなら、ポールマンは何でも利用するつもりでいた。

 そして。

 各部隊からの報告は、それだけに止まらない。

「報告です! エリーナ姫殿下がノーラン公国から帰国! 王都クルスを目指しているとのことです」

「エリーナ様が?」

 部下からの報告に、ポールマンは素直(そっちょく)に驚いた。

 エリーナはエレナ王国に降臨した勇者と護衛を率いて、パンゲア中を巡る旅に出たとエグバート国王から聞かされていたのだ。当分は国に戻ってこないものと思っていた。

(国の危機を感じて、戻られたのだろうか?)

「エリーナ様が戻られるのはいつごろだ?」

「はっ! 昨日(さくじつ)にはノーラン公国を出発されたそうで、予定では本日中にクルスへ踊られるはずであります。また緊急事態の模様で、将軍への面会を求められています」

「――わかった。時間を作ろう。作戦室はべインタに一任する」

「はっ!」

「俺が戻ってくるまで、外門に反乱軍を絶対に入れさせるな」

「了解であります!!」

 部下の将校であるべインタに指示を任せて、ポールマンは作戦室を後にした。

 マルコラスが集めた決起した反乱軍は再三の攻撃を敢行(かんこう)してきた。第一師団は二度も撃退しているが、それでもめげていないようだ。

 だからこそ。

気概(きがい)も感じるが、やはり焦っているようにも映る。マルコラスの狙いは王政の倒壊。そのためにも一刻も早くベルガイルを手中に収めたいのだろう。しかし、本隊をムブルストに残している点もやはり気になるな」

 ポールマンの目には反乱軍の動きは不思議であり、不気味に映っていた。

(いや、今はそれどころではないな。旅に出られていた姫様が戻られたか。私に会いたいと言っているそうだが、どのような用件か……)

 ほどなくして。

 第一師団が敷いている防衛線で、王国軍と反乱軍が戦闘を開始した。

 三度目の戦闘ながら、両陣営のぶつかり合いは激しさを増している。侵攻してきた反乱軍を指揮しているのはマルコラス派の貴族とみられ、その近衛軍が国王軍にも負けない力を見せていた。

 怒号(どごう)や悲鳴が飛び交う。

 戦場は瞬く間に広がっていき、クルスの外門前は日常とはかけ離れた光景に変貌(へんぼう)していた。

「反乱軍を王都に入れるな! ここで食い止めろーッ!!!」

「おぉーっ!!」

 小隊長の号令に、大勢の兵士が奮い立つ。

 王国軍のオーブが火を()き、反乱軍に襲いかかる。オーブによる波状攻撃も、反乱軍の防衛用オーブに防がれる。だが、空中でやりあっているオーブの攻防を()い潜るように、兵士たちが突撃していった。

「くらえぇえ! 王家のイヌどもぉ!!」

「こんなもの!」

「お前らが腑抜けたせいで、この国は弱くなってしまった! 俺たちが国を変えるんだ!!」

「そんなことさせやしない! お前たちのような逆賊に国をわたすわけにはいかない!」

 お互いの主張が激しくぶつかる。

 三度目の戦闘はさらに激化していった。

 反乱軍の再三による侵攻を防ぎながらも、王国軍は多大な被害を出していた。攻勢に出ている反乱軍の勢いが衰えないのだ。

「く、そ。ロマス隊が突破されそうだ! 後続の部隊は掩護に回れ!!」

「は、はいっ」

「側道に回った部隊はまだなのか!?」

「反乱軍が森林帯にも兵を伏せていたようで、そちらに対処しているそうです! 合流まではまだ時間がかかります!!」

「くそ! 逆賊の分際で小賢(こざか)しいまねを……ッ」

 当初の作戦では、側道に回した部隊と第七師団の部隊と挟撃する見立てだった。しかし、側道を行く別部隊がまだ突撃しないため、第七師団の部隊が待ち構えている公道脇まで反乱軍を後退させることが出来ずにいた。

 このままでは正面でぶつかったまま、お互いが消耗(しょうもう)していくだけだ。

 その状況は、さらに波及していく。

 五芒星都市に敷かれている公道は、それぞれの都市を結ぶ道だ。大きな公道には沿うようにして森林が広がっている地帯がある。その森林帯にある側道を進んでいた第一師団の別部隊が、反乱軍の待ち伏せにあっていた。

「隊長、このままでは……」

「分かっている! なんとしても敵本隊に近づかねば――」

(索敵後の情報ではおよそ三○○○人の軍勢だったはず。伏兵できる戦力があるとなると、総数はもっと多いか……。こちらの予想の上をいっているな)

 別部隊を率いている小隊長は焦っていた。

 森林帯を進む別部隊に与えられた任務は、王都に侵攻してきた反乱軍の側面を突き、公道から後退させることである。だが、反乱軍が森林帯に軍勢を待ち伏せていたため、その動きは止められた。

 ポールマンが考えた作戦は、すでに瓦解(がかい)しかけているのだ。

「やつらをこれ以上進ませるな! ここで皆殺しにするのだ!!」

「おおおおぉ――ッ」

 叫び声は生い茂る木々に響き渡る。

 反乱軍の士気を上げる雄叫びに、第一師団の別部隊は完全に後手に回っていた。小隊長の判断も遅れ、部隊の統率が次第に乱れていく。

 そうなれば、反乱軍の勢いを止めることは難しかった。

 公道沿いの森林が赤く染められていく。雄叫びは悲鳴へと変わっていき、動物たちの鳴き声よりも人間の声が多くなっていた。

 ものの数分で、別部隊は全滅させられてしまった。

「こちらの敵はあらかた倒しただろう。このまま、王都前の第一師団に突っ込むぞ」

「おおおー!!」

 そして、最後に木霊したのは雄叫びのほうだった。

 森林帯で起こった惨劇を、王都を守る第一師団は知らない。戦闘開始とともに始まった作戦の成功をただ信じて、猛攻を繰り返している反乱軍に必死に対抗し続けていた。

「マルコラスめ。なんてやつらを集めやがったんだ」

「文句は後にしろ! やつらを撃退するんだよ!」

 降りかかるオーブを回避し、突撃してくる反乱軍をオーブで撃退する。剣と剣をぶつけあい、額を突き合わせる。そのたびに、お互いの軍勢から人が倒れていく。次々に人が倒れていく光景を目の当たりにしながらも、人間は戦うことをやめない。

 それが、戦争というものだった。

 あるいは、革命だった。

 その争いは終わることを知らず、劇的に変化していく。

 第一師団の別部隊を撃破した反乱軍の伏兵が、防衛線を敷いている第一師団の横から突撃してきたのだ。

「殺せーッ! 王家のイヌどもに鉄槌を下すのだ!」

「おおおおぉおおーッ!!!」

 反乱軍の士気はさらに上がる。

 現れるはずだった味方は一向に姿を見せず、逆に反乱軍の伏兵が現れたのだ。第一師団の兵士たちは慌てふためく。

「く……」

「隊長、このままでは……」

「恐れるな! 王都防衛は我らに託されている! なんとしても防ぐのだ!!」

 士気を上げた反乱軍に対抗するように、小隊長が激を飛ばす。

 だが、一度尻すぼみした軍の勢いは戻らなかった。正面の反乱軍に加えて、側道に回った王国軍を撃破した伏兵の出現に、王国軍の第一防衛線は完全に崩された。このまま突破されるのも時間の問題だった。

 そこへ。

 (しび)れを切らしたかのように、ポールマンが姿を見せた。

「ポールマン将軍!? どうしてこちらに!?」

「ここが王都防衛の最前線なのだ! 烏合の衆でしかない反乱軍などに負けるな!! 王国軍の意地を見せるのだ! 私に続け―ッ!!!」

 ポールマンは腰に提げている剣を引き抜いた。扱い慣れている愛剣を持って、誰よりも速く反乱軍に向かって駆け出していく。

「しょ、将軍に後れを取るな! 俺たちも続くんだ!!」

 第一師団の指令であるポールマン自ら戦場に立った。中将という階級であるポールマンは本来戦場の最前線に立つような人物ではない。それでも、彼は部下を奮い立たせるために、一刻も早く革命の動きを止めるために自ら足を向けた。

 そのことに、部下である多くの兵士たちが心を打たれた。そして、ポールマンの後に続いていく。

「私の手で、この戦いを終わらせる!」

 軍服の胸元が、突然輝きだす。

 灰色の輝きは、反乱軍の軍勢を震え上がらせた。

「あ、あの光は――」

「ひ、退け!! ポールマンの『フォール』だ!」

「遅い――ッ!!」

 反乱軍が後退する前に、ポールマンのオーブがその力を発揮した。

 強烈な灰色の光に煽られるように、目の前の世界が一変する。それだけで、激しい戦闘は終わっていた。


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