(8)
凍てつくような寒さは、治まることを知らない。
ここは、統一大陸――パンゲアにおいてももっとも過酷だと言われている地域だ。そこに城を構え、都を築くことによって、ドンゴア帝国は繁栄を得た。
簡単に侵略されない自然の要塞。厳しい環境は自国の兵士を逞しく鍛え上げ、他国の兵士をあっというまに疲弊させる。長いパンゲアの歴史においても、いまだ侵略されたことのない無敵の城である。
そこに、『凍てつく女王』はいた。
ドンゴア帝国の現女王。
すらっとした高い背丈、凛とした顔立ちや雪のような白い肌からは美人という印象を受ける。容姿からも分かるように、彼女は三○に満たない歳で女王の位に就いた。
だが。
それについて、国民は誰も是非を問わない。彼女が王位に就くことは幼いころから決められたことだったのだ。
「ふふ……っ」
「どうかされましたか? 陛下」
「いや、なに。これから面白くなるなと思ってな」
「面白く?」
彼女は会議の最中だった。
大広間に置かれた巨大な円卓に、多くの大臣が座っている。国政を任されている者から、軍事を任されている者まで、全ての大臣がこの場に揃っていた。
「そうだ。――だから、緊急会議を開いた。みなに、今後について話しておきたくてな」
「今後、ですか? わが国は他国と戦争状態でもありません。怪しい者が数名国内に侵入したようですが、それも大事に至るとは思えませんが――」
「そのような考えではぬるいぞ、マウアー。わが子らが知らせてくれたのだ。予見者よりも信頼できる情報だ。勇者はどの国ものどから手が出るほど欲しい存在だ。その機会をみすみす逃せなかった。ただそれだけだ」
「は、はぁ……」
しかし、その機会は結局逃している。
それすらも『凍てつく女王』は楽しんでいた。自分の思い通りにいかないことに不機嫌にもなっていない。今の状況を心から楽しんでいるのだ。
「次の手も打ってある。――しかし、現実は私の予想を超えてきたのだ。よもや、エレナ王国で革命の動きが起こるとは思わなかった。まぁ、だいたいの差し金は見当つくが、それをただぼーっと見ているだけなのはつまらないだろう? そこで、お前たちに聞きたいと思ってな」
「――ドンゴア帝国の身の振り方、ですね」
別の大臣が、答えた。
「そうだ。勇者について遅れをとり、世界情勢についても遅れを取ってはいけない。南が東に攻めいったことも少なからず関係しているだろう。――世界は、これからどんどん動くぞ」
そうして、ニヤリと不気味な笑みをこぼした。
「では、我々も侵攻を?」
ドンゴア帝国も南のゴルドナ帝国と同様にエレナ王国、クルニカ王国とは親交が浅い。冷戦状態ではあり、敵対関係はいまだ根強いのだ。
「エレナ王国の革命の動きに乗じて、我々もエレナを攻めますか?」
「ふむ。それも一つの手だろう。だが、それではゴルドナと何ら変わりがない。奴らは技術革新を起こしていい気になっている。そのような奴らの二の足を踏むような真似は取りたくないのだ」
「……そ、そうですね。我々は誇り高いドンゴアの民。南の野蛮な連中の後を追うなどあってはならなりません」
「あぁ、そうだ。われらは古くから大陸最強と言われてきたが、それも今はゴルドナにとって変わられようとしている。私にはそれが歯がゆい」
「……」
『凍てつく女王』の言葉に、集まった大臣たちは何も返せない。
それをいいことに、『凍てつく女王』は言葉を続けた。
「そこで、ドンゴアが南に後れを取らない良い案を考えた」
「遅れを取らない良い案ですか?」
「あぁ、そうだ。――我々は、西に侵攻する」
「――ッ!?」
「に、西に!?」
「へ、陛下、それはッ――」
『凍てつく女王』の宣言に、集まった大臣たちは仰天と困惑の表情を浮かべた。円卓を囲む誰もが、ドンゴア帝国の西にある国を思い浮かべたからだ。
「そ、それはまことの考えですか!?」
「あぁ、そうだ。西への侵攻はゴルドナやグルティアでさえもできないだろう。それを我々が行うのだ。世界中に、大陸最強は誰か思い知らせてやるためにもな」
『凍てつく女王』はやはり不気味な笑みをこぼしていた。




