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勇者と王女のワールドエンド  作者: 小来栖 千秋
第四章 エレナ王国、大陸動乱後編
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(4)

 

 山脈が近くにあるのだろうか。

 高地を走る馬車はどことなく冷たい外気にさらされている。それでも馬車は速度を緩めることなく、颯爽(さっそう)と駆けていく。さすがノーラン公国で最も速い移動手段というだけはある。どんな地形も無視して走る馬車を力強く曳いているのは、屈強(くっきょう)な白馬たちだ。

 元来は、教皇や枢機(すうき)(きょう)の移動用の馬車らしいが、緊急事態でありエレナ王国の第一王女がいるという理由から、大地たちはその馬車に乗らせてもらっていた。

「……まもなくノーラン公国とエレナ王国の国境に近づきます」

 口を開いたのは、アイサ・フィル。ノーラン教が保有しているマリテルア騎士団の若き団長が、エリーナや大地たちの護衛として馬車に同行していた。

 大地たちが、公都アステーナを出てから数時間が経とうとしていた。

 国境線からエレナ王国の首都まではまだかなりかかる。しかし、エレナ王国に戻ってきたという感覚は大地たちをどこか安心させ、さらに緊迫感もつのらせた。

「国境は警備か何かがあるのか?」

「関所があります。旅券や通行証がないと通れませんが、事態が事態ですので今回はそこで時間を使うようにはなりません。荷物検査も行う必要はありません」

「そうなのか」

 それほど事態が緊迫(きんぱく)しているのだ。

 関所の通行にはパルトロメイ教皇が直接指示を出しているのだろう。クルスにすぐに向かうことができるように、という配慮が()されているのだ。

「目的を確認しましょう」

 一呼吸おいて、ティドが口を開いた。

「え?」

「本来の旅は一時中断します。国の危機を救うために僕たちも動きますが、クルスに着いて何をするべきか。それを間違えないように、です」

「そりゃ革命を止めるんだろ」

 と、大地は何でもないふうに言った。リーシェやリシャールも同じく頷いている。

 しかし。

「確かに、そうです。――けど、止めるといっても簡単にいくとは限りません。国王軍や騎士団は強いです。ですが、マルコラスが何の策もなしに動いたとは思えません。何か裏があるのかもしれない。それを考えておくべきです」

 ティドの言葉に、同行しているアイサが賛同した。

「私もそう思います。最近になって北と南の両帝国の動きが活発になっています。ゴルドナのクルニカ侵攻は危機の前触れだと危惧(きぐ)している予見者や信者が多くいます。最悪の事態も考えておくほうがいいでしょう」

「……そうね」

 最悪の事態。

 それが、具体的に何を指すのかは分からない。いや、想像もしたくない。ゴルドナ帝国のクルニカ侵攻、エレナ王国の革命運動。この二つの大きな出来事は、それを連想させるに十分すぎるからだ。

「……絶対に、止めないと」

「うん!」

 それぞれが、事の重大さを改めて考える。そして、革命の前兆とも言える今回の暴動を止めるために出来ること、しなければならないことを再確認する。

「僕は軍人ですが、エリーナ様を含めてみんなは軍人ではありません。無謀な戦闘への参加はなるべくしないように。目的は戦うことではなく、反乱を止めることです」

「あぁ、分かった」

「私も」

「――でも、そのためにはどうすれば……?」

「首謀者を抑えることは当然として、暴動の鎮静化、反乱を(くわだ)てた者たちを捕まえて、処罰すること。それらの多くは国軍や王家、大臣たちが行うでしょう。それでも間に合わない部分があるかもしれません」

 今回の暴動は今日の未明に起こっている。王都であるクルスを始めとして、まだ街が寝静まっている時間だ。人々の避難も完了していない可能性がある。そして、マルコラスが集めた軍勢は貴族が抱えている騎士や牢人だけではないはずだ。盗賊などの野蛮な者たちも多く集めているだろう。そうなれば、一般人への被害も多分に考えられる。

「王都クルスは六○万人ちかくの人々が暮らしています。国軍はおそらく外門で迎え撃つでしょうが、クルスに被害が出ないとも限りません。僕たちはそれを極力防ぐようにしましょう。そして、国軍が反乱を鎮圧するのを待つんです」

「分かった。ようはみんなを守ればいいんだな」

「えぇ、そういうことです」

 納得した表情を見せている大地とは違って、エリーナは(しぶ)い顔をしていた。が、すぐに元の表情に戻る。

「――そうと決まれば、私たちも準備しましょ。もうすぐ国境線よ」

 ノーラン公国の公都アステーナを出た時は高地だったが、気が付けば緩やかな平原に出ていた。

 これは、統一大陸パンゲアに中央に位置するエレナ王国の国土の特徴でもある。高い山が少なく、平原がずっと続く地平線は壮観だ。だが、今はその感情も抱かない。一刻も早く地平線の先にあるクルスに着くことを祈るだけだ。

 しかし。

 王都クルスは、遠かった。



「止まって――ッ!!」



 甲高い声が、突如として響く。

 アステーナから道案内役として付いてきているアイサのものだ。その声を受けて、かなりの速度で走っていた馬車が、急停止する。つられて、大地たちは体勢を大きく崩した。

「ど、どうしたの――!?」

 馬車のソファに肩をぶつけたエリーナが、顔をしかめながら尋ねる。

「突然、人が出てきて――」

 走っていた馬車の進路を塞ぐような形で、人が飛び出してきたのだ。

「そんな危ないことをするなんて誰で――」

 怒りを(あら)わにしたティドの言葉が、途中で途切れる。その視線は馬車の外に向けられている。そこには、公道の(わき)に生えている木々から現れただろう五人の人がいた。

 その者たちは、



「あ、あいつらは――」



 見たことのある姿だった。

 クルニカ王国で、トマッシュ地方を探して東海岸に向かっていた時に出くわしている。いや、戦っている。

 同じグレーの軍服。それにはゴルドナ帝国の紋章があり、さらに部隊を示す紋章も縫い付けられている。圧倒的な力を見せていたゴルドナ帝国の『四人の処刑者(クアトロ・エヘクトル)』だ。

 そして、もう一人はエレナ王国の東端の町であるモルス近郊の森で対峙したゴルドナ帝国のスパイだった。

「久しぶりだな、勇者殿」

「な、なんでお前たちがここに……」

 大地と同じように、エリーナたちも驚愕(きょうがく)していた。『四人の処刑者(クアトロ・エヘクトル)』はクルニカ王国で一度撒()いている。その後も執拗(しつよう)に追いかけられるかと思ったが、ノーラン公国に入るまで追ってくる気配はなかった。

 それが、こうしてエレナ王国の国境を目の前にして立ち塞がっている。

「ど、どうして、ここに――!?」

「あれから、こちらもいろいろ調べたさ。お前たちが何をしているのか、目的は何なのか。――アステーナに向かうことは予想できた。だから、待っていただけだ」

「……ちっ」

 完全な誤算だった。

 ここで、ゴルドナ帝国の兵士――しかも、ゴルドナ帝国最強と言われる特殊部隊が出てくるとは誰も考えていなかった。最速最短で王都クルスを目指していたが、思わぬ邪魔(じゃま)が入ってしまった。

「あの者たちは?」

「ゴルドナの特殊部隊よ。少数部隊だけど、かなり強いわ」

「――特殊部隊。狙いは誰ですか?」

 ゴルドナ帝国という単語を耳にして、アイサも警戒心を強める。

「おそらく私と大地ね。前もそうだったから」

「そうですか。……では、やるしかないですね」

「え、でも――」

 と、リーシェが口をはさむが、

「簡単に逃がしてくれる相手じゃないわ。倒して進んだほうが確実よ」

「僕もそう思います。それに、ここはエレナの国境線だ。国内に入られるのはまずいです」

 ティドもエリーナに賛同する。

四人の処刑者(クアトロ・エヘクトル)』はゴルドナ帝国の最強部隊だ。その部隊が、国境線でうろちょろしている状況はよくない。ここで逃げても、国内に入り込まれたら、混乱はさらに広がるだろう。

「懸命な判断だ。――こちらも、任務を遂行させてもらおう」

 言うや(いな)や、大男が突撃してきた。

 男が握った大剣を、ティドがすばやく剣を抜いて弾き返す。

「エリーナ様には手出しさせない!」

「ほう、お前が相手か!」

 キラリ、と大男の胸元が光った。

 ついで、烈風がティドの細い体躯(たいく)を襲う。それを後ろに飛び跳ねて回避したティドが、大男――リカルド・アイマールと向き合う。

「あいつは、僕がやります」

(前回と剣が違う。――こっちが本気というわけですか)

 抜いた剣を右手でしっかりと握りなおす。かなりの身長差だが、ティドはやる気だ。

「じゃあ、俺は誰とやろっかなー」

 と、生意気な口調の男が同じように剣を抜く。男は鋭利(えいり)な剣をくるくると片手で操りながら、笑みを零した。

「やっぱ、勇者は俺がやる!」

「――ッ!?」

 唐突に迫る刃を、大地はよろめきながら身体を倒すことで(かわ)した。

(あぶッ――)

 だが。

 男の攻撃は、そこで終わらない。

 くるりと片手で持ちかえた剣が、さらに大地の身体めがけて振り下ろされた。

「ッ――」

 反応が遅れた。

 まともに食らうと思い、意味もなく(まぶた)を閉じてしまう。

「――ちっ」

 しかし。

 聞こえてきたのは、苛立(いらだ)ったような舌打ちだけだった。

「大丈夫ですか、大地さん」

「あ、あぁ……」

 目を開くと、アイサが振り下ろされた男の剣を受け止めていた。

「誰だ、あんた?」

「マリテルア騎士団団長、アイサ・フィル。あなたの相手は、私がします」

「……へぇ~。エリート騎士団の団長様か。いいぜ~、勇者よりも斬りがいがありそうだな、あんた」

「…………」

 逆立った髪の男――アレクシス・グイサの挑発にも、アイサは無言で返した。

 そして、再び両者の剣が激突する。

 アレクシスが剣をとてつもない速さで振り下ろす。その剣撃もアイサは簡単にいなして、切り返した細身の剣で、アレクシスに反撃した。

「おっと」

(――くっ。躱しますか)

 しかし、攻撃の手は緩めない。

 彼女の耳についているピアスがキラリ、と光った。次いで、いくつもの光線がアレクシスの身体を襲った。

「――なッ!?」

 いくつかの光線は身体を捻ることで回避したが、避けきれなかった光線が、アレクシスの身体を(つらぬ)いた。凄まじい光と音が炸裂(さくれつ)する。攻撃を受けたアレクシスの身体は、数メートルも吹き飛んでいった。

「……はぁはぁ。――へぇ、黄肌色か。それが(うわさ)に名高い『レイ』ってやつか」

「そうです。あなたがどれほど強いか知りませんが、光には敵わないでしょう」

「ははっ。ほんとにおもしれえな、あんた!」

 絶好の相手を見つけた、とアレクシスは狂喜する。

「戦いは、こっからだぜ!」

 甲高い音を響かせながら、凄まじい剣技を繰り広げるアイサとアレクシス。両者の戦いは、他の者が立ち入る(すき)もないほどだった。単純に「すごい」という感想しか出てこない。よろよろと身体を起こした大地は、素人と訓練した軍人の違いを肌でピリピリと感じていた。

 そこへ。

「いつまでぼーっとしている?」

「――ッ!?」

四人の処刑者(クアトロ・エヘクトル)』の別の男――ダビド・デ・ルシアが、斬りかかってきた。

 またしても反応が遅れた大地だが、今度はアイサと同じように抜いた剣で受け止めることができた。

「……ほう。その剣は見かけ倒しではないようだな」

「――くそ」

(力が違いすぎる――っ)

 ティドやリシャールよりは背が高い大地だが、決して高身長というわけではない。対して、斬りかかってきたダビドはやはり大男だ。大地の身体はじりじりと押し込まれていく。

「大地!!」

 押されている大地を見て、エリーナが手を出そうとする。

 王女であるエリーナだが、彼女の強さは誰もが認めている。男の大地よりも『四人の処刑者(クアトロ・エヘクトル)』の相手にはうってつけだろう。

 黒い十字剣を右手に持ち、エリーナが大地と(つば)迫り合いしているダビドに向かっていく。だが、その前に残っていた男が立ち塞がった。

「――あんたはッ」

「覚えてたか。そりゃうれしいね」

 忘れるはずもない。

 セイスブリュックに入る前。エレナ王国東端の町であるモルス近郊の森で対峙したゴルドナ帝国のスパイだ。

「なんであんたがここに!」

「訳あって『四人の処刑者(クアトロ・エヘクトル)』と行動してるからさ。前は途中で終わったからな。ここで決着つけさせてもらうぞ」

 この男はスパイであり、本来は最前線で戦うような男ではないはずだ。

 しかし、エリーナは覚えている。クルニカ王国の王子であるエルベルトとともに、スパイを捕まえようとしていた時は、大地たちが間に合ったことでスパイ二人を取り逃がしている。間の前の男が、そのうちの一人だ。あの時はオーブを使用しなかったとはいえ、エリーナはスパイの男に押されていた。つまり、このスパイの男も相当な手練れなのだ。

(大地の援護に行きたいのに……)

 間の前のスパイの男を倒さない限り、大地のもとへ向かうこともできなさそうだ。

「――いいでしょ。一捻りで倒してあげるわ」

「くく。そうこなくっちゃな!」

 大地たちが戦う相手が決まった様子を見て、ただ一人残っていた『四人の処刑者(クアトロ・エヘクトル)』のメンバーであるソニア・クルスがリーシェとリシャールに向き直る。

「――ということは、私は残りの二人を相手しましょうか」

 ソニアは『四人の処刑者(クアトロ・エヘクトル)』の中で一番若く、年相応の容姿ながら、その表情からは穏やかで優しそうな印象が(にじ)み出ている。だが、彼女も『四人の処刑者(クアトロ・エヘクトル)』の一人なのだ。決して弱くはないだろう。

「…………」

「ど、どうするの?」

「どうするって、戦うしか――」

 リシャールも貴族の端くれである。剣術指南は受けている。だが、彼は軍人でもなければ、剣術が好きなわけでもない。クルニカ王国で大地たちと出会って、世界の真実を知りたいという想いでともに旅をしている。大地同様に、困難が待ち構えていることも理解してきた。

 はずだった。

 ともに旅をしている大地たちは、それぞれ一対一で敵と戦っている。同じように、リシャールとリーシェの前にも敵がたった一人で立っている。以前、クルニカ王国でゴルドナ帝国の追手に追われた時とは違う。その状況に、リシャールは震えていた。

(リーシェは戦うことはできない。僕がやらないと……)

 リーシェのオーブは『ヒーリング』である。傷ついた人などを治す力として貴重だが、戦闘に向いているオーブではない。一方で、リシャールのオーブは『イグニス』。火を発生させる具現系で、一般的なオーブとして知られている。つまり、戦闘に用いやすいオーブだ。

(何より、僕だって男だ! ここで逃げ出すわけにはいかない……ッ!)

 護身用に携えていた剣を、恐る恐るといった感じで抜く。それを見て、ソニアも先端が鋭く尖っているエストックを手にした。

「り、リシャール……?」

「大丈夫。僕だって剣術は習ってたんだ」

 声と身体は自然と震える。

 それは恐怖から来るものだ。木剣を使った訓練とは違う。人を殺める凶器を手にした戦闘だ。剣を振れば相手が傷つき、自身が傷つく。幼い時の喧嘩とは訳が違う。

 がくがくと震える膝を必死に押さえつけ、リシャールはソニアを睨んだ。

「ふふ。かわいい顔して睨んでくるのね。――けど、こっちも任務なの。本気を出させてもらうわ」

 こうして、それぞれの戦う舞台は整った。


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